024_王とポンコツの祭典
不思議なことに更新の無い日にも閲覧して下さる方が居られます。
嬉しさ以上に驚きがあります。どうやって本作に辿り着いたのか?
更新の無い日に閲覧して下さる方は、皆一度は閲覧して下さった、
タイトルを覚えて下さった方ばかりなのでしょうか?
でもまぁ、経緯はともかく読んで下さるのは嬉しい限りです。
あと、気候のせいか体調が低空飛行状態ですぐに疲れて横になります。
本エピソード執筆には正味6日も掛かってしまいました。我ながら遅い。
尤も、小説執筆に当てられる時間はせいぜい1日に3時間くらいですが。
それ以上のPC相手のにらめっこは、頭痛とめまいで無理なんですよ。
11/12 一箇所だけ言葉を変更しました。お話は全く変更してません
ので読み直しは不要です。変更部:夢にすら思っていなかった
美倉グループ会長秘書室室長三渕信香(36)、蒼の母である秋帆の懐刀である才媛を
驚かせた一通のレポートを前にした彼女は、自分のオフィスで時計を眺めていた。
秋帆より連絡が入った緊急リモート会議の開始を、PCの前で待ちわびて居るのだ。
秋帆は日曜日までの休暇に入っており、オン/オフの切替が上手な彼女が休暇中に
連絡を入れてくる事等滅多にない。 余程に重大な案件であることが予想される。
そしてその余程に重大な案件に心当たりがある。 それは彼女の前にあるレポート
を作成した麒麟児、秋帆の一人息子である美倉蒼を美倉グループに迎え入れると
いう慶事だ。 母である秋帆の話では病弱で休みがちなことと、豊か過ぎる才能が
原因で学校では孤立しがちなのだという。 それならば卒業など待つ必要は無い。
大学に行く必要もない。 大学で学べるものが無い天才を遊ばせる等時間の無駄。
かなりの病弱だというが、ならば医師と看護師を常駐させたICUレベルのオフィス
を用意すればいい。 このレポートの作成者、今半兵衛にはそれだけの価値がある。
彼をブレーンに迎え入れることが出来れば美倉は更に飛躍する。その確信がある。
その確信が有るからこそ約束の時間が待ち遠しい。 だから僅か3分が長く感じる。
ソフトは既に立ち上げ済みなので、後は秋帆の接続を待つだけ。 そろそろ・・・
約束の時間より30秒前に秋帆の姿が映った。「 あえっ⁉ 」そして変な声が出た。
『ヤッホー、ノブちゃん聞こえてるぅ?』
聞こえてはいるが・・・返事が出来なかった。
『もしもーし、おかしいな?何かポカンとしてない?ひょっとして映ってない?』
映っている。 確かに映っているが、映っているからこそ一時的に思考が停止した。
「・・・会長・・・そのお召し物は?」 再起動したがまだ少し本調子ではない。
『あー、これ? 帝山学園高校の今の制服。 大特急で作らせたのよ。 似合う?』
見間違いでは無かった。美倉秋帆(45)、美倉グループ総帥のJKコスプレ姿だった。
聞けば今日は御子息の体育祭当日だという。 なのに一般客はおろか保護者でさえ
観覧を許されない為、生徒に化けて学園に潜入しようというのだ。 馬鹿過ぎる。
『茜ちゃんたら酷いのよ。 私がこの格好で学校に行くなら通報するって言うの』
今の自分の姿を鏡で確認しなかったのだろうか? とんでもない不平を零している。
「・・・全くに適切な判断でしょうね。 逆に会長は何故イケるとお考えで?」
『ほら、帝山学園はMSSのセキュリティシステムを使っているじゃない。 学生の
データを少し細工するだけで、私が学生として校内に入ることが可能でしょ?』
簡単そうに語る口調が癪に障った。 流石に氷の才媛とはいえキレることもある。
「不正操作でシステムは誤魔化せても、人の目迄誤魔化せるわけないでしょうが!
今の会長はどう見たってJKには見えません! 怪しい風俗の店員かAV女優です」
『そこを何とかするのが貴女の・「 何とか出来るわけないでしょうがァ!!! 」
《平成の奇跡》の立役者で《浪速の魔女》の異名すらある秋帆の常識外れな発想と
行動力は時に常識から外れ過ぎることがある。 それが今の姿、ただのポンコツだ。
ポンコツ化した秋帆の放置は危険。 そう判断した信香は直ぐにMSS職員を増員
して、秋帆を自宅マンションから一歩も外に出さない様に緊急警戒態勢を整える。
信香は有能な秘書であるが、有能な保育士でもあり、有能な猛獣使いでもあった。
ただ45歳JK姿のあまりの衝撃により、肝心の今半兵衛のことは失念してしまった。
その今半兵衛は秋晴れの空の下、チアの衣装を纏ってポンポンを振り回していた。
◇ ◇ ◇
先程午前の部最終種目の男女混合二人三脚が終了した。 俺と五十嵐でA組が圧勝。
チア姿のまま走ったことで審査員特別賞も受賞し、1位点15点に10点加えて25点
が追加されたことで、我らがA組は総合7位から5位に順位を上げることが出来た。
「よおぉし! このまま順位を上げて、今年は総合3位を狙うわよ!!」「おぉ?」
五十嵐が発破をかけるが盛り上がりに乏しい。 A組は伝統的に体育祭に弱いのだ。
何故かは判らないが半世紀以上総合優勝をしていないし、基本的にやる気がない。
昔から個人主義のA組と云われる程、協調性に乏しいのがA組の伝統になっている。
本当にどうしてそんなことになっているのかは判らないが、確かにA組の面子は
個人主義者が多い。 五十嵐や伊藤のようなタイプが稀なのだ。 クラス編成は入試
順位だけで決定され、個人の性格等は加味されないにも拘らず個人主義者が多い。
ちなみにクラス編成だが入試1位がA組で2位がB組・・・9位がI組で10位になる
とまたA組からという振分けになっていて、以降はクラス替え無しで3年間一緒。
そんなクラス編成だから、定期考査の平均点で毎回A組が1位を取っていることは
何とか納得出来るが、纏まりのない個人主義集団となっていることの説明は無理。
一説では試験で好成績を取っているから、運動まで頑張る必要は無いと割り切る
生徒が多いからとも云われているが、真偽の程は定かでないし正直どうでもいい。
他のクラスメイトはともかく、俺は体育祭なんかに興味はないからな。
「ホンット! A組はあんたみたいなのが多いんだから!!」
・・・五十嵐はおかんむりだ。 どうやらそういうことらしい。
それにしても総合3位を狙うとなると、ライバルはやはりH組になるだろうな。
毎年優勝を争う強豪B組や、昨年度優勝のD組は既に手の届かない存在だから。
しかしH組か・・・打倒H組に向けての最大の障害は、何を隠そう変人山田。
昨年度MVPの最強アスリート山田を抑える事なんかは、誰にも出来ないだろう。
となると、山田が出ない競技でどれだけ点数を稼ぐかがポイントになると思う。
・・・・・・・・・
体育祭には興味はないが、五十嵐の配慮にだけは応えないといけないよな。
・・・まぁ、俺は俺の出る競技で、そこで全力を尽くすしかないんだがな。
あとチアも! 応援だって最大25点を狙えるんだから馬鹿には出来ないし。
そんなわけで、俺は午後の部で最初に行われるお笑い競技、借り物競争に
向けての体力回復の為に、昼寝をしようと映研部室に歩を進めるのだった。
その時の俺は・・・まさかこの俺が、総合3位の座を掛けて、体育祭の絶対王者
山田と障害物競走で雌雄を決することになるなんて、夢にすら思っていなかった。
映研部室には、大きな重箱を抱えた沢瀬と田辺がスタンバイしていた。
おまけににやこたも一緒。 アイアイコンビや昂輝迄も集まって来た。
・・・やはり昼食を食べさせられる運命かも? 面倒だけど仕方ない。
◇ ◇ ◇
個人競技中心の午前の部に対し、午後の部は団体競技が中心になる。 主にリレー。
女子200mと男子400mに男女混合600mの3種があり、それぞれ1位だと160点、
160点、240点となる。 個人競技の1位50点に比べ3倍以上になるので、リレーを
制したチームが体育祭を制するといっても過言ではない。 つまり午後からが本番。
・・・・・・・・・
まぁ午前中に大勢が決してしまえば、午後の競技はグダグダになるだろうからな。
競技順やら配点やら・・・色々と考えてやってるんだろうなあ。 多分だけど。
「ほら、美倉! ボーっとしてないで早く行きなさい!」 「へーい」
五十嵐に促されてくじ係の許に向かう。そこで引いたくじ番号の封筒に入った紙に
書かれた物を借りるなり、人を伴うなりしてゴールすればいいのだが、問題は何が
書かれているかだ。 借り易い当りもあれば殆ど無理と言ってもいい大外れもある。
例えば過去の外れ例、かつら、矯正下着、渡しそびれているラブレター、等々。
・・・借りられると思うか? 例え誰が持っているか判っていたとしても。
他にも去年はこんなもの( ↓ )もあったらしい。
《失恋で大酒を飲み泥酔の結果に公園で爆睡、生徒に保護された25歳国語科教師》
宮前はこれを審判員に提示出来ないまま、ただ茫然と失格の宣告を待ったという。
某国語科教師を保護したのも宮前らしいし・・・何であそこまで不運なんだろう?
というか・・・どうしてここまでえげつないお題を用意出来るのだろう?
空気を読まない奴が、教頭にかつらを要求したらどうするつもりなんだ?
・・・お笑いで済むと思っているのだろうか?
まぁ考えても仕方ない。 なるようにしかならない。 全てはくじ運次第。
引いたお題が当りか外れかが全て・・・完全に運任せの競技なんだよな。
外れの時は悪足掻きをせず早々にギブアップして、1分待ってから再度くじ引き。
ギブアップは審判員に申告する必要があるが、その際に審判員が書かれた内容を
面白おかしくコメントする。 その過程こそこの競技がお笑いと呼ばれる由縁だ。
くじ係の許に9人のお笑い戦士が集う。 何故か筋肉も居た。
そうか・・・こいつ、パワーだけが取柄の猪武者なのかも。
「美倉か・・・さっきは病み上がりなのに見事だった」 「・・・どうも」
割と失礼なことを考えていたのに褒められた。なんか調子が狂う。そしてスマン。
流石に母ちゃんに拉致られて旅行してた・・・なんて云えないから、風邪がぶり返
したことにしていたのだがやはり嘘は駄目だな。筋肉に迄心配をさせていたとは。
そして褒められたのは二人三脚だろう。 あれは本当に圧勝だった。 俺と五十嵐は
体形もピッチも殆ど変わらないから相性最高、ほぼ全力疾走の状態でゴールした。
問題が有るとしたら男女混合って処か。五十嵐が男と思われたんじゃなかろうか?
鼻の差ならぬ胸の差で・・・。
後が怖い気もするが、今はそんなことより目の前の競技を優先だな。
『さぁ各選手がくじを手にしました。それではヨーイ《 パァン 》スタート!』
スターターピストルの音に合わせて各人がくじを確認する。 ・・・俺は27番。
すかさず横の長テーブルに置かれた封筒を開いて中身を確認・・・大当たりだ!
《誰もが認める帝山学園一の変人》 こんなの、山田しかいないじゃないか!!
H組応援席に目をやると何かを喰っている山田が居る。 その山田の許に向かおう
としたら、後ろから誰かに肩を掴まれた! 誰かと思って振り向いたら筋肉だった。
「何すんだよ⁉」 「すまん、つかぬ事を聞くがブラの色を教えて貰えないか?」
いきなり何を?と思えば、まさかのブラの色だった。 「紫だよ、もういいだろ?」
別に隠すことでもないから素直に答えて、早く山田の許に・・・行かせろよおぉ!
何と筋肉の奴、俺を米俵の如く肩に担いで走り始めるではないか!?
「何すんだよ! 競技妨害だろ! 下ろせよ!!」 ジタバタ暴れて猛抗議してやる!
「本当にすまん、後で好きなものを奢ってやるからゴールまで付き合ってくれ!」
筋肉の言葉で状況を理解した。 俺が・・・多分紫のブラがお題だったのだろう。
筋肉の様な四面四角の堅物野郎には、俺以外の相手・・・多分は女子にブラの色を
訊ねるなんて絶対に出来ないことぐらい俺にも想像がつく。 だったらギブしろよ。
・・・と言いたいところだが、丁度目の前に俺が居て、丁度お題に適っていたなら
俺を担いでゴール目掛けて走り出すのも無理はないなと納得出来る。 更には丁度
山田の前を走り抜けようとしているではないか! 山田に手を振って呼び掛ける。
「山田、俺と一緒にゴールしたら、こいつが好きなものを奢ってくれるってよ!」
俺を担いで最終コーナーを駆ける筋肉と並走する山田。 後に続く者はまだ無い。
半分以上が新しいくじの時間待ちで、天を仰いで佇んでいるだけの者も2人居る。
・・・・・・・・・
取り敢えず俺の1位は確定だろう。 労せずして1位だ・・・正に筋肉様様だな。
そして筋肉は俺に対する競技妨害で失格になるだろう。 フフ、我ながらあくどい。
そうして俺たちは、3人で一緒にゴールテープを切った。
結果・・・俺と筋肉が同着の1位。 面白かったから競技妨害の対象外とのこと。
失格どころか、俺にも筋肉にも審査員特別賞が付加されてそれぞれ25点となった。
・・・何というか、判断基準が緩過ぎないか? お笑い競技はこんなものなの?
・・・・・・・・・
まぁ結果自体は満足出来る内容だが。筋肉はB組だから3位争いには関係ないし。
ちなみに筋肉が引いたお題は《紫色のブラを着けた黒髪美人》だった。
よく居たもんだな、該当者( 俺だけどさ )。 そしてよく知ってたな、実行委員。
後で知ったことだが、沢瀬が頼まれて仕込んだんだそうだ。 黒いな、実行委員。
・・・・・・・・・
ともあれ俺は、出場した2つの競技を共に最高点で終えることが出来て任務完了。
・・・となる筈だった。
◇ ◇ ◇
体育祭も終盤に入り男女混合リレーの後は、女子と男子の障害物競走を残すのみ。
現在は障害物設置の為に15分の休憩時間になっている。 この設置と回収という
作業があるから、個人競技である障害物競走が体育祭最終種目になっているのだ。
その15分の休憩時間を使って、俺たち2年A組は最終ミーティングを行っている。
チームA組の大将である鹿原先輩も、オフィサーとしてその推移を見守っている。
現在A組は4位H組に15点の差をつけて、総合3位の好位置を確保しているのだが
トラブルが発生した。 先程の男女混合リレーで先頭走者の宮前が怪我をしたのだ。
幸い怪我は大したことなかったが、問題は宮前が障害物競走の選手だったことだ。
代わりの選手を同じクラス、2Aから選出することになったのだが有力メンバーは
皆最大の4競技に出場している為、それ以外の男子からしか選ぶことが出来ない。
そして選出可能な残りメンバーの中で、最も運動能力の高いのが俺だったりする。
「いけるか? 無理をする必要は無いぞ」「問題無い。借り物で楽が出来たからな」
昂輝の問いに答える。 実際はチアで結構疲労しているが、なんとかなるだろう。
「美倉が楽出来るように、私ががっつりリードを拡げて来るわ!」
女子障害物競走A組代表の五十嵐が力強く宣言する。 そしてこけた。
気負い過ぎて第三障害ポイントのタイヤゾーンで派手に転倒したのだ。
結果3位、2位だったH組には5点差にまで詰め寄られる事態となった。
ちなみに1位は1Dの田辺、男女混合リレーが終了した段階で総合優勝
を決めていたD組の、その圧倒的な実力を見せつけられることとなった。
「ごめーん、美倉、差が縮まっちゃった」
五十嵐が謝ってくるがこけたのは仕方ない。 寧ろ怪我が無くて何よりだ。
「気にするな。 俺が山田に勝てばいいだけのこと」
だからそう答える。 それしかないし、それが不可能だということでもない。
何故なら俺の方が山田より、小柄で身軽で敏捷だという優位点が有るからだ。
他の競技ならともかく、障害物競走に限って謂えば俺にも山田に勝機がある。
男子障害物競走は女子障害物競走より障害の数が多い。 第一障害の網潜りと
最終障害の梯子潜りが追加されて全7障害となり、距離も80mから100mになる。
それを去年休んだ俺が知っているのは、ダイジェスト映像に山田の障害走が完全
に映っていたからだ。 だからどうすれば山田に対抗出来るか、山田に勝てるかを
考えることが出来る。 その攻略シミュレーションに俺の優位点を入力したのだ。
その結果、障害部分は俺が先行して、最後の直線で山田に追い付かれると推測。
そこで如何に抜かせないようにするかが、勝敗を決する鍵となるだろう。 多分。
・・・そんなことを考えていたら障害の追加も終わった様で、集合の合図が出た。
スタート地点に移動しようとしたら、鹿原先輩に呼び止められて髪を纏められた。
「・・・はい出来ました、それじゃ頑張って来てね」
鹿原先輩に見送られて、俺は山田が待つスタート地点に足を進める。
男子100m、200m、1000mの三冠を制しながら、障害物競走を最も得意とする
昨年度個人MVP、体育祭の絶対王者山田が待つ男子障害物競走のスタート地点に。
◇ ◇ ◇
9人がスタート地点に並ぶが、既に1位2位が確定している為、殆どやる気が感じ
られない。 やる気があるのは3位が掛かるA組とH組だけ・・・尤も山田は自分
自身の四冠に懸ける意気込みだけで、クラス順位なんかには興味が無いだろうが。
自分で言ってたからな。 MVP賞品の校内共通金券二万円分にしか興味が無いと。
・・・金券ならやるから手を抜いて貰えないかな?
・・・何か、山田ならOKしそうで怖いな。 冗談でも考えるべきことじゃない。
「お前・・・その恰好で走るのか?」
競技に集中しようと思っていたら、いきなり隣、B組の奴が話しかけて来た。
確かに9人の中でチアガール姿は俺だけだ。 目立つ上に怪我もし易いだろう。
「仕方ないだろ、着替えるのが面倒なんだから」 「・・・仕方ないのか?」
審査員特別賞の10点を期待しているとは言わない。 言うと真似されるからな。
(無駄な期待です↑特別賞が有るのは余興競技のみ) (どうして↑そう思うのか?)
「各選手、指定の位置に並んでください・・・それではヨーイ・《 パァン 》」
9人が一斉にスタート・・・俺と山田と高梁の3人が抜け出して、他は少し遅れた。
・・・・・・・・・
高梁は真面目だなぁ、もう勝っても負けても一緒なのに何で全力で走るんだろう?
・・・しかしなぁ、障害区間は俺の独壇場なの、悪いが先に行かせて貰うからね。
先ず第一障害の網潜りと第二障害の叺抜けは、小柄な俺が圧倒的に有利な障害だ。
第三障害の壁越えと第四障害のタイヤゾーンでは、体格の不利を敏捷性でカバー
可能だし、第五障害のジグザグ三連ハードルも同様だ。 結果俺が不利なのは第六
障害の平均台渡りのみだが、たかだか5mの長さでしかない。 最後に用意される
第七障害の梯子潜りも、やはり小柄な俺に圧倒的有利な障害と謂える。
つまり七つの障害の内三つが圧倒的有利で、一つだけ若干不利ということになる。
この条件から昨年度の山田に対し、最大5mのリードを奪うことが可能だと判断。
先ずはその5mを確保する為に、ミス無しで障害をクリアしていくことが必要だ。
第一障害と第二障害は問題無くクリアした。 五十嵐が転倒した第三障害も、団子
状態でないから問題無くクリア出来そうだ。 障害物競走では団子状態で並走する
ことが最大の転倒原因になるのだ。 第四障害もクリア、続く第五障害も問題無い。
そして昨年の大会で山田が、女子体操選手並みの美技を見せつけた第六障害だが、
俺も山田同様に伸身宙返りで平均台に上り込むことにする。 減速出来ないのだ。
体操の経験は無いが、伸身宙返りくらいは出来るし巾10cmへの着地も問題無い。
俺は反復でなく、頭で運動パターンを覚えるタイプなのだ。 手足の動きを1mm
単位でコントロールすること等造作もない。 昂輝の話では俺の最大の強みらしい。
平均台への上り込みにも成功し後は巾10cmの台上を全力疾走するだけ。僅か5m。
そのまま体重の軽さを利用して減速無しのジャンプから着地、そして間髪入れずに
ダッシュでコーナーに突入、コーナー中央に用意された最終障害梯子潜りに移る。
今迄の処全て計算通りに進んでいる。 両脚にはまだ力が入るし、脈拍も問題無い。
そして最終障害の梯子潜りだが、去年の山田は野球のヘッドスライディングの様に
手を伸ばして梯子の開口部に跳び込んで、滑り抜けた後に直ぐ跳ね起きたが、俺は
両脚を伸ばし、プロレスのドロップキックの要領で開口部に跳び込むことにする。
そうすることでよりスムーズな進入となる。 そして下半身が梯子から出た段階で
脚を開きながら膝をゆっくりと曲げてつま先を接地、その状態で滑り続けて全身が
梯子から出た瞬間に、ブリッジから起き上がる要領で一気に前方向に跳ね起きる。
名付けて、超低空ドロップキック・・・からのリンボーダンス走法。
ブレーキはつま先の摩擦抵抗のみ、梯子突入時の運動エネルギーを最大限に残した
状態のままで、スライディング状態から全力疾走状態への起き上がりを完成させる
この走法こそが、俺の考えた山田対策の最重要点であり、最高難度の秘密兵器だ。
・・・そして遂にその秘密兵器を披露する時が来た。
俺は走る勢いを殺さぬように、慎重に上半身を後ろ寄りに傾けながら重心を下げ、
同時に両脚を前に伸ばして低空飛行の状態に入る。 その姿勢で梯子の開口部に突入
に成功。 あとはこのまま脳内シミュレーション通りの動きを再現していくだけだ。
リンボーダンス状態から起き上がる前のその一瞬、後方を確認することが出来た。
高梁は平均台の半ば辺りだが、山田が想定よりも近くに居た。 その距離約3m。
山田が去年よりも速くなっていた・・・当然予想出来ることだが計算は破綻した。
・・・どうしたらいい?
現在位置で4mのアドバンテージが有ったとしても、逃げ切ることは困難だった。
それなのに僅か3mしかアドバンテージが無い。 今のままなら確実に逆転される。
・・・どうしたら勝てる?
今のままなら逆転され僅差の総合4位だ。 A組としては決して悪くない数字だし、
俺の障害物競走2位という成績だって悪くはない。 ・・・というか大健闘だろう。
なんせ相手は体育祭の絶対王者、昨年から無敗の4冠王者山田なのだ。
それに俺は体育祭なんか全然好きじゃないし、食券も金券も要らない。
でも・・・その絶対王者山田に・・・どうやったら勝てる?
・・・なんてことを考えているのは、五十嵐に対する義理立てだろうか?
・・・・・・・・・
違うな・・・俺は基本的に我儘なんだ。 自分勝手で好きな事ばかりしたいんだ。
俺は・・・絶対王者相手に勝ちたいんだ。 きっと。 負けず嫌いな我儘だから。
そうだ・・・俺は単純に、山田に勝ちたいと思っているんだ。
・・・・・・・・・だったら、リミッター解除だな。
俺は山田を近くに確認したことで、初めて自身の願望に気付くことが出来た。
試験だけじゃない。 運動だってやっぱり負けず嫌いなんだよ。 それが俺な。
その覚悟を決めたら後は簡単、コーナー終了から直線に入って15m迄は想定通り
リミッター付きの最高速度で走り、そこからさらにギアを上げる。 心臓の動きが
より大きく、より激しくなり、視界の端に影が掛かっていく。 声援も消えていく。
50mは無理でも15mくらいなら大丈夫だろうという予想が甘かったことを知る。
・・・徐々に脚に力が入らなくなっている。 というか、感覚が鈍くなっている。
目の前に映るゴールテープが、なかなか近付いてこない。 走っている筈なのに。
激しい呼吸音と驚くような心音ばかりが、頭の中で響く程に大きく聞こえている。
やっちゃったかも? そう思った時・・・視界がブラックアウトした。
◇ ◇ ◇
強い衝撃を受けた。 何かが当たったのか? それとも俺が倒れたのか?
「大丈夫か?」 ・・・この声は、山田?
目を開けたら山田の顔が近い。 そして顔の向こうは空だから俺は上を向いている。
・・・違った。山田に抱き抱えられて斜め上を向いていた。何か周りが騒がしい。
「・・・ひょっとして、俺、倒れた?」 「いや、ふらふらしながら歩いていた」
「じゃあ、今の状況は何なの?」「お前がいきなり俺の前に来たからぶつかった」
「ちょっと美倉、大丈夫なの? 気分が悪いとかない?」 高梁が走り寄って来た。
あと、他にもうじゃうじゃ寄って来た。 先生とかも寄って来た。
・・・・・・・・・うん、全く状況が判らん。
◇ ◇ ◇
どうやら俺はゴール前で急減速しながらも、そのまま歩いてゴールしたのだとか。
そしてすぐ後にゴールした山田の前に、倒れる様に飛び出して撥ねられたらしい。
・・・あとは俺が見た通りの状態。 俺が意識を喪失していたのは、ほんの数秒程。
だが解せぬ・・・その数秒が有れば、山田なら余裕で逆転出来た筈だ。
・・・・・・・・・
「ひょっとして山田、何かミスった?」 「迷ったな」 「何を?」
「お前のスライディングを見て、そっちの方が速そうだと一瞬迷った」
・・・成程、あの状況で迷いは致命的なミスだ。 一瞬の戸惑いが動きを鈍らせる。
何にせよ・・・俺は山田に勝てたようだ。
後で沢瀬に滅茶苦茶怒られたけど。
昂輝や伊藤や田辺やにやこたに迄怒られたけど。
一番納得いかないのが、五十嵐に一番激しく怒られたことだ。
おまけに案の定、熱を出して寝込むことになったし。
これもアレだ。 試合に勝って勝負に負けたって奴だ。
◇ ◇ ◇
「焼肉を所望する」(山) 「せめて焼肉王の食べ放題にしてくれ」(筋)
一通のレポート:蒼が作成した御蔵財閥の攻略方法 (要所要所に黒塗り有り)
学校では孤立:秋帆の情報が古い。 中学時代から全く更新されていないだけ。
秋帆が敢えて学校の話を避け、蒼が無頓着だった結果の勘違い。
今半兵衛 :今孔明でないのは蒼が病弱であることもあるが、それ以上に信香が
孔明を高く評価していないから。演義派ではなく正史派だからです。
彼女は孔明を関羽の死の張本人、蜀敗亡の戦犯筆頭と考えています。
総合3位: 体育祭の成績には個人成績とクラス成績と1年~3年の3クラス合計の
総合成績の3つがあり、賞品が出るのは個人最優秀者と総合1位~3位
の計4つだけで、クラス成績は参考記録として残るだけになってます。
その理由はクラス順位迄競うようになると競技時間が増え過ぎるから。
クラス編成の件、昂輝は実力ならB組になっていましたが、蒼と同じクラスに
なる可能性に賭けて入試で手を抜きました。1/9の賭けに勝ったのです。凄い。
校内共通金券:学食とカフェと購買で使用可能。 ちなみに総合上位の賞品は
1位がSランチ(800円)、2位がAランチ(650円)、3位がBランチ
かカツカレー(500円)の食券を1年~3年のクラス全員90人分。
網潜り :大型獣を捕獲するような極太の網を地面に広げ、そこを潜る競技。
叺抜け :口が開いた叺に身体を通すだけの競技。叺は自分で調べて下さい。
壁越え :高さ2m、厚み15cmの木製の壁を乗り越えるだけの競技。
タイヤゾーン:大きなタイヤが転がっている区間を走り抜けるだけの競技。
梯子抜け:開口部が55cm四方×8箇所の大梯子の開口を潜るだけの競技。




