023_悪いけど無理
本エピソード以降は毎週土曜更新を想定しています。
これからも宜しくのお付き合いをお願い致します。
それでですが・・・本エピソードもかなりの難産でした。
蒼と母親の関係が、互いの遠慮でギクシャクしてるせいか、
どこかしっくりしないことが多く書き直しの繰り返しでした。
『いきなりはちょっと・・・』 沢瀬は戸惑いながら断った。 無理も無い事だ。
『体育祭の準備があるので』 田辺は残念そうに断った。にやこたへの遠慮かな?
『俺も体育祭の準備があるから』 俺の言葉は始めから無視される運命にあった。
『一週間のお休みをゲットしたわよ!』 という母ちゃんの第一声から始まった。
そして俺だけが、母ちゃんの運転する派手なダッジチャレンジャーに乗っている。
このクルマ、流石にアメリカ車だけあって室内が広くて乗り心地も至って快適だ。
カスタムにも思えるレトロな外観や逞しいV8サウンドからは想像が出来ない程に。
俺たちは阪神高速豊中ICから名神高速を使い、現在は多賀SAの辺りを走行中。
母ちゃんの趣味であるロングドライブに付き合わされている最中だが、目的地は
まだまだ遠い。 何処を目指しているかといえば福島県の五色沼。 大阪から八百
キロは離れている。そこまで一気に走ろうというのだから・・・マジでタフだな。
「ホントに五色沼に行くの?」 「行くわよぉ、でも蒼君は寝てていいからね」
いくらアメリカンマッスルカーとはいえ、流れに合わせた程度の速度域なら十分
に静かで会話に支障は無い。たまに聞こえるナビの音声指示が一番煩く思う程に。
アメリカンポップスが好きな母ちゃんだが、俺に配慮して音楽無しでのドライブ。
そんなわけで会話が弾む・・・というか会話をしないと場を持たせられない。
家族とはいえ年に五回も帰って来ないから、一対一だとなんか気まずいのだ。
「えっ⁉ 北陸に向かうの?」 「そうよ、こっちの方がずっと早いらしいの」
クルマは米原JCTで左に別れて福井方面へと進路を変える。 こちら側に進むの
は全体の1/4くらいだろうか? 交通量が激減するから渋滞が少ないという事か?
「あと徳光PAからの夕日が絶景らしいのよ。絶対に観たいから一気に行くわよ」
徳光が何処か知らんが一気に行くらしい。まぁ事故と覆面にだけは注意してくれ。
◇ ◇ ◇
徳光には日の入りに十分な余裕を持って到着した。 周りのクルマをガンガンと
ごぼう抜きにしていたのは・・・周りが遅過ぎたのだ。 という事にしておこう。
ソフトクリームを片手に海に沈む夕日を眺めたのは、人生で初めての経験だった。
その夕焼けの美しさよりも、日の入りを初めて直接目にしたことに少し感動した。
姉ちゃんも母ちゃんも、こんな感じで少しでも多くのことを俺に体験させようと、
少しでも多くの光景を俺に見せてやろうと、気遣ってくれていることを自覚する。
その気遣いが嬉しくもあるのだが、心苦しくもある。 多分返せないだろうから。
いくら大切に想われ扱われても、俺にはその恩を返すことが出来ないだろうから。
もう少し沢瀬のドライさを見習って貰いたいのだが、これが家族という事だろう。
その家族、母ちゃんに目を向ければ、沈む夕日でなく夕日を眺める俺を見ていた。
「俺の顔に、何か付いてる?」 「私に似て、本当に美人だなぁと思ってたのよ」
・・・そんな、他愛もない会話を交わすしかなかった。
◇ ◇ ◇
「ところで母ちゃん、俺に話があるのでは?」
クルマが金沢を通り過ぎ、富山県の山中を走っている時に俺は話を切り出した。
俺以外の誰もが断る時期にドライブ旅行の話を出したという事は、俺と二人だけ
で話をしたいという思惑があってのことだと考えたのだ。 恐らくは間違いない。
「どうして蒼君はそう思ったの?」 という母ちゃんに俺の考えを伝えた。
「・・・やっぱり蒼君は鋭いわね。 茜ちゃん以上かも知れないかな?」
僅かに伝わるV8サウンドが、邪魔にはならなくて丁度いいBGMにも思えてくる。
場があまりに静か過ぎると、深刻な雰囲気になる話だろうと思ってしまったから。
何かを覚悟したような、そんな力強さを感じさせる目を見た時にそう感じたから。
「・・・単刀直入に言うわよ。 学校を辞めて頂戴」 「やだよ」
予想通りの内容に準備していた言葉で返す。 母ちゃんが言い出しそうなことで、
姉ちゃんや沢瀬たちの前では話辛いことを考えれば、どんな話か大体想像出来る。
「やっぱり嫌なの? でも蒼君には学校なんて必要ないじゃない。何でも独学で
出来るようになるんだから・・・授業を受ける時間が勿体ないだけでしょ?」
「必要だから行ってるんじゃなくて、行きたいから行ってるの。 学校が楽しい
から行ってるんだよ。 それに母ちゃんの言ってることはただの建前じゃん。
ちゃんと本音で我儘言ってくれないと、俺だってちゃんと話を聞けないよ」
俺の言葉に反応して俺に顔を向ける母ちゃん、危ないから前を見て運転しような。
「ママが蒼君の・・・身体のことを心配するのが我儘だって言うの?」
「学校を辞めろって言うのが、俺の楽しみを奪おうっていうのは我儘でしょ」
こういう時は言葉少なに、必要最低限の答えに止めるのが正解だ。 多くを語ろう
とすると興奮して、言わなくてもいい事まで口にすることが往々にしてあるから。
「そんなに学校が楽しいの? 授業が退屈だったり、通学が辛かったりしない?」
「楽しいよ。 体調を崩して休むことが残念に思えるくらいに。 通学も殆ど歩かず
に済むから楽ちんだし、授業中は基本的に好きなことをしてるから退屈しない」
教師が聞いたらがっかりしそうな発言だが仕方ない。 独学以外の勉強法は学校を
休みまくる俺には難しいし、何より自己流の勉強法が最も効率よく結果を出せる。
「う~ん、ということは学校には遊びに行ってるってこと?」 「そうだよ」
「・・・そっか、遊びなら仕方ないか」 「そうそう、遊びだから仕方ない」
益々学校とは何ぞや? と考えてしまうような会話だが本当の事だから仕方ない。
「母ちゃんは学校が楽しくなかったの?」
「・・・詰まらなかったわね。 退屈だったし、何より窮屈で仕方なかったわ」
俺にはとても広くて刺激に溢れた学校だけど、使用人のバイクを無断借用しては
北海道を一周するような、行動派だった母ちゃんには退屈で窮屈だったのかな?
それとも改革前の帝山学園は、堅苦しいだけの退屈なお嬢様学校だったのかな?
母ちゃんが帝山学園高校に通っていたのは今から30年前、バブルの崩壊から4年。
確かその頃は学校経営が破綻寸前で、保護者からの寄付金に頼り切っていた時代。
保護者が望む様な、テンプレ的良家の御息女育成機関に成下がっていたのかも?
そんな学校・・・俺だって嫌になるだろうな。
◇ ◇ ◇
取り敢えず、自主退学の話は有耶無耶になった。
本当は学校を辞めさせた後に、俺に何をさせようとしていたか迄を
知りたいところだったが、やぶへびになりかねないので止めておく。
・・・下手したら姉ちゃんと母ちゃんの大喧嘩に繋がりかねないし、
そうなってしまったら完全に、俺一人の手には負えなくなるからな。
・・・・・・・・・
話が終わると俺は眠りにつき、ホテルに着いたら起こされた。 何か湖が見える。
深夜のチェックインだが笑顔で応対してくれた。 流石はプロのホテルマンだな。
ホテル内部は少し装飾過多に思えるが・・・多分他にいい処がなかったのだろう。
というか母ちゃんも驚いているようだから、ホテル選びは秘書さんにお任せかな?
肝心の部屋の方はどうなのだろうとハラハラしていたが、落ち着きのあるシック
な内装だったので一安心。 寝る処も派手派手キラキラな内装なんて疲れるもんな。
◇ ◇ ◇
朝は8時過ぎに目を覚ました。 2時過ぎにベッドに入ったから少し寝不足かも。
だが一緒に寝た母ちゃんはとっくに起きていて、おまけに朝食も済ませたという。
そして俺にも朝食を摂るように強く迫って来る。朝食は9時半がリミットらしい。
「あまり食べたくは無いんだけど」 心配するからサラダとミルクの軽い朝食。
ホテルから見える湖は桧原湖というらしい。 福島県では猪苗代湖に次ぐ2番目、
日本でも27番目の大きさとのこと。 その特徴は細長い形状と入り組んだ湖岸線に
湖島の多さ。 琵琶湖の様に大きな有人島はないが、かなり多くの湖島が存在する。
そして宿泊したホテルは五色沼に最も近いホテルだった。 だから選ばれたのかも?
ホテルから歩いて直ぐの位置に柳沼がある。この柳沼から毘沙門沼に向かって進む
東向きルートが一般的らしい。というのも毘沙門沼が最大且つ一番の見所だから。
そして毘沙門沼近くに大型駐車場やレストハウスが有るから、先ずここにクルマを
停めて、バスで柳沼側に移動、そしてゆっくりマイペースでの観光トレッキング。
移動で疲れた後に休憩がてら食事や買い物を済ませ、最後にクルマに乗って帰る。
つまり面倒なバス移動は最初に、一番の見所は最後に、疲れた後は休憩して帰る。
・・・成程、理に適ってる様なこじつけの様な。
だって好物を最後の楽しみにする人も居れば、最初に食べる人も居るからな。
そして面倒事は最初に片付ける人も居れば、最後の最後に回す奴も居るんだ。
結局は東向きだろうが西向きだろうが、好きに観光すればいいという事になる。
東向きをおすすめルートにするのは、東西両方にお金を落とさせる為だろうな。
そうしないと桧原湖観光の拠点にもなる西側ばかりが賑わう可能性が有るから。
・・・まぁそんなことは、俺たちにはどうでもいいことだが。
というのも、優秀な秘書さんが全部御膳立てをしてくれていたから。
現在はホテルが用意したクルマで、毘沙門沼側に向かっている最中。
西向きルートで五色沼を楽しんだ後に、桧原湖でボート観光の予定。
あと、朝食時に気付いたことだが宿泊客にMSSっぽい人が何人も居た。
俺たちが遊んでいる最中も、付かず離れずの位置から警護するのだろう。
少しばかり鬱陶しいけど・・・こればかりは仕方ないからなぁ。
俺にしろ母ちゃんにしろ、誘拐する価値が十分にあるのだから。
◇ ◇ ◇
「この後に大内宿にも行くの?」
トレッキング開始から約1時間、弁天沼の展望台で小休止している最中に放った
言葉には訳がある。 今回のドライブ旅行の発端が正月番組で紹介された大内宿に
母ちゃんが行ってみたいと言い出したことだからだ。 その時に俺が五色沼の方に
行ってみたいと口にしたから五色沼に来たのだと思うし、大内宿にも行くのかと。
「今日は桧原湖観光で終わりかな? 蒼君が疲れるだろうし、大内宿は朝一番
でないと観光客でいっぱいになるらしいのよ。 そんなのは嫌なんでしょ?」
「それなら桧原湖の後は浄土平に行ってみない? 結構近いみたいだし」
「そうね! 蒼君が大丈夫ならそうしましょう。
それで今日はそこで終わって、明日朝一番に大内宿へ行くわよ」
そういうことになった。 観光案内でみた浄土平もかなり面白そうだったから。
ただ俺のひと言を皮切りに、周りに居たカップルの3組共が携帯を使い始めた。
互いに相手を見ようとせず、周りばかりを忙しく見ていた怪し気なカップル。
・・・ちょっとした気紛れでバタバタさせてしまった。 誠に申し訳ない。
何にせよ天候に恵まれたのが良かった。
五色沼は写真より豊かな色彩を楽しめたし、ボート観光も楽しかった。
ボート乗り場近くで食べたワカサギの天ぷらやお蕎麦も美味しかった。
浄土平は車中から見える景色が絶景だったし、吾妻小富士も良かった。
ホテルもディナー限定で和食レストランを選べたし、そして美味しかった。
昨日は遅かったのでよく見れなかったが、ホール以外は実にいいホテルだ。
翌日は朝一番にホテルを出発、大内宿には7時半に着いた。
普段はどの店も空いてない時間だが、一軒だけ早朝からの営業を依頼していた
らしく、秘書さんのおかげで朝から大内宿名物のねぎ一本蕎麦を食べることに。
ねぎ一本蕎麦・・・丸ごと一本のねぎで蕎麦を掬って食べるという謎名物でねぎ
をそのまま齧って薬味にもするというが、どう考えても、どうやっても食べ難い。
在り来たりの蕎麦じゃあ面白くないから・・・そんな理由だけで生れたらしい。
それをユーモアと考えるか、馬鹿げた悪ノリと考えるかは食べる人次第だろう。
俺は馬鹿馬鹿しいと感じたからすぐに箸を使った。 実際箸も用意されてたし。
そんな食べ辛い蕎麦はともかく、此処も人気の観光地だけあってかなり魅力的。
俺的には ① 五色沼 ② 浄土平 ③ 大内宿 ④ 桧原湖 というランク付けになるな。
「ねぎ蕎麦は食べたし、大内宿もぶらついたから、次は湯沢温泉に行くわよぉ!」
あっ、それは悪いけど無理。 俺は此処から福島空港に行って伊丹便に乗るから。
金曜日には体育祭が有るんだから、流石にこれ以上は休めないからね。
ごねる母ちゃんを無視して空港まで送って貰い、何故かそのまま一緒に帰った。
空港駐車場に残されたダッジチャレンジャーは、誰かが引き取りに来るのだろう。
それにしても福島空港・・・何でこんな不便な処に造ったのかが理解出来ない。
もっと利便性が良さそうな土地が、幾らでもあるように見えるのに。
福島県の五色沼:すごく好きな処です。 福島県に行ったら先ず寄るべき処かと。
俺に配慮して音楽無し:蒼がアメリカンポップスを苦手にしているという意味
ではありません。蒼が疲れない様に音楽を掛けないだけ。
身体が弱いと、音楽を聴くだけでも疲労感を覚えるので。
御息女育成機関:経営破綻前の帝山学園は女学園でした。破綻後に施行された
改革の目玉、三大改革が共学化と学生生活の充実と実力主義。




