018_時給10万の普通じゃないバイトです
作者は人混みが苦手です。 音が煩くて気分が悪くなるから。
あと病気予防の意味でも、人混みを避けるようにしています。
通勤でも病気予防の為に5時台の電車を使用していた程です。
そんなわけでコミケに行ったことも無ければ、興味もありません。
本エピソードの即売会パートはネット情報を元に作成しました。
実際のコミケとはかなり違いがあるでしょうが、ご了承下さい。
てか、コミケでなくマンイチという架空のイベントですけどね。
「何だこれ⁉」 「どう、凄いでしょ?」 「凄過ぎて・・・ちょっと引くわ」
人、人、人、人、人、人、人・・・人がまるで弁当箱に詰め込まれた米粒の様だ。
彩りが豊かなのでピラフ弁当か炒飯弁当といったところか? どちらにせよ見た
だけで食欲が失せるボリューム感・・・悪夢のような光景が眼前に広がっている。
俺たちは東京都江東区有明にある国際展示場東京ビッグアップルの一般客待機場
を望む位置で、開場を待つ人の群れを眺めていた。そしてその数に驚愕している。
この糞暑い中、熱中症を恐れもせずに集う馬もとい勇者の群れに恐怖すら感じる。
これだけの人が集まるイベントを、真夏に決行する運営側もどうかと思うが、それ
に応える紳士淑女たちには呆れるしかない。自身の健康を何だと考えているのか?
「先輩にはこの熱いパッションが感じられないのですか!」「暑苦しいだけだわ」
そんでパッションというより、もろパッシオーだわ。ホント、よく我慢するよな。
これが世界最大の同人漫画の祭典、漫画市場、通称マンイチの魔力なのだろうか?
会場に入る為に並んでいる圧倒的に暑苦しい人の群れは、ぱっと見でも3000人を
軽く超えている。 2日で25万というのは・・・これ程迄に圧迫的なものなのか⁉
かなり失礼な話だが、並んでいる人たちの正気を疑ってしまう。何がそこまで彼ら
を、そして彼女らを狂わせるのか?これはもう、漫画熱に浮かされた狂気の祭典!
ここに居る連中・・・物理的にも人生的にも色々迷子にならなければいいのだが。
そんなことを考えながら、俺は姉ちゃんや田辺と一緒に持ち場へと戻ることする。
今日明日の2日で2000人というノルマを課せられた戦場、同人誌即売会場へと。
『舐めていた! 所詮は同人誌の即売会だと舐めていた!!』という深い後悔と、
ノルマの達成という個人目標と、昂輝を巻き込んだことへの罪悪感を胸に抱いて。
あー・・・あの暑苦しそうな連中を2000人も相手にするのか?
少し・・・いや、かなり嫌だなぁ・・・何でこうなったかなぁ?
まぁ2日前の軽々しさが原因であることは明らかなんだけどな。
うん、マンイチを舐めていた俺が悪い。だからこれは仕方ない。
なるように・なるさ、なるだろ? なるべきだ! 成行三段願望。
◇ ◇ ◇
SNSで俺が話題になっているらしい。 材木座海岸の美少女とか鎌倉の女神とか。
不思議な程に騒がれているのは、多分身バレしてないから。 Who is she? で話題
になっているようだ。 ちなみに前者はすっぴんな俺で、後者は変身後の俺。 両者
が同一人物だと思われている節は無い。別人と思われる様に行動しているからだ。
前者の場合は、別荘から僅か300mの位置にある海の家を拠点とした活動になる。
虫除け&護衛役が伊藤、田辺は俺のパートナーで、五十嵐は俺と田辺を撮影すると
いう役回りになっている。 各自服装は水着だったりカジュアルだったり。 基本は
学生らしさを意識したもので統一して、学生のグループであると印象付けている。
その活動の目的は【幼馴染】の撮影なのだが・・・一体どれ程撮るつもりなのか?
既に保存済みのデータだけで優に5時間を超えている。 上映予定時間の20分に
対して過大な撮影量だが、多分撮れるだけ撮ってから編集するつもりなのだろう。
ということで、材木座海岸の美少女とは【幼馴染】撮影モード時の俺のことだ。
そしてもう一人の俺は、出動スタイルからして【幼馴染】仕様の俺とは異なる。
前者が海の家まで変装姿で移動し、海の家で着替えるのに対して後者は別荘内で
着替えとメイクを済ませてからミニバンで出発、少しばかり迂回をして鎌倉の街
に戻っての行動になっている。 姉ちゃんが最も売れている車種を選ぶのも、鎌倉
で登録をするのも全ては隠蔽性の為。 地元に溶け込むことで、俺たちが大阪在住
で大阪から来ていることを隠すことが最大の目的だ。 逆に大阪だと横浜ナンバー
は地元民とは思われず、俺たちの所在を隠し、余所者と思わせる効果が発生する。
ストーカー対策ってホントに面倒なんよね。 でもやり過ぎる位が丁度いいんよ。
んっ⁉・・・話が逸れてるかな?・・・よし、戻そう。
ということで、鎌倉の街にUターンした後は昂輝を護衛に、俺か俺と姉ちゃんの
2人かで行動し、それをカメラマン風に変装した沢瀬が撮影するというスタイルに
なっている。 撮影の目的は不明だが、プロ仕様のカメラを使用するという気合の
入ったものだ。 グラドルのイメージDVD撮影にでも偽装しているのだろうか?
だが、そんな偽装でもそれなりに効果はあるようで、遠巻きに注目はされても声を
掛けられることは無い。盗撮をされてもすぐに沢瀬に指摘され、昂輝の圧で消去。
昂輝にサングラスという組合せはもの凄く効果がある。そして昂輝も容赦が無い。
それでも全ての盗撮を防げるわけではないが、面と向かってスマホを向けて来る
礼儀知らずや、ただの馬鹿は完全に排除出来る。 沢瀬の笑顔も地味に怖いしな。
俺の街ブラには特に目的は無い。 沢瀬の撮影に付き合っているだけともいえる。
姉ちゃんと一緒の街ブラは、主に買い物が目的になっている。 服とか小物とか。
俺って変身したら見た目年齢が少し上がるから、大人っぽい物の追加購入が必要
になったのだ。 女子軍団による会議の末に。 装備品の現地調達というわけよ。
で、別荘に戻った後は新装備のお披露目会・・・そんなわけだから、毎日かなりに
忙しい・・・なんてことは全くなく、殆どの時間はのんびりまったりごろごろり。
元来リゾートというものはのんびりすることが目的だし、今回は更にイベント前
の体力チャージという大事な準備も兼ねているから、疲れるわけにはいかない。
元気溢れる五十嵐たちは浜辺で遊んだり、鎌倉の街を散策したり、江ノ電に乗って
江の島まで行ったりと毎日忙しく過ごしているし、姉ちゃんは自室で色々と仕事
をしているみたいだが、俺と沢瀬は殆どの時間を別荘のリビングで過ごして居る。
「・・・トイレの問題なのかな?」 「多分違うと思いますよ?」
沢瀬とさっき見終えたアニメ映画の話をする。 不思議なくらいに90分間という
上映時間に拘っていたことに対する俺の回答は、沢瀬的には的外れだったようだ。
しかし本当に面白い映画だったら3時間を超えても時間なんか忘れるものだぞ?
90分で席を立つなんて、映画が不出来なのかトイレかの二択だとしか思えんが?
まぁ、こんなことで沢瀬と討論するつもりなどさらさらない。
そんなことを考えながら円盤が収められた棚を確認する。多くがアニメのようだ。
アニメが駄目なんてもちろん言わないが、TVシリーズは最低でも12話5時間に
なるから観ようという気が起こらない。 結果劇場版に手を出すことになるのだが
タイトルやパッケージだけで観る気がなくなる。 殆どが恋愛ドラマっぽいから。
『鎌倉の円盤コレクションは凄いわよ♡』の・・・凄いの意味を誤解していた。
確かに俺のコレクションを超えてはいるが、BLアニメ全作品コンプとかには興味
が無いし、恋愛ドラマも興味が無い。俺のコレクションを斜め方向に超えている。
仕方ないので、俺が観たい作品や観て面白かった作品を100本程発注しておく。
SF教の布教にもなるし、俺の暇潰しにもなる。 ついでに棚も発注しておくか。
・・・・・・・・・
そんな俺まで撮影している沢瀬、何に使う映像かは判らないが好きにさせておく。
沢瀬の表情は真剣そのものだからきっと意味があるのだろう。止める理由も無い。
「蒼君、今、貴方は何をやっているのですか?」 「映画円盤の大量発注だよ」
「自宅にあれだけのコレクションがあるのに?」 「明日以降観る為と布教用」
「無駄遣いだと思いませんか?」 「無駄こそが人生の華であり潤いでしょ?」
沢瀬が解かり切ったことを聞いてくるのでそれに応える。 応えないと怒るのだ。
きちんと応えることが、日常のシーンを撮影する場合のルールになってしまった。
こいつ、めん太の成長記録と同じ感覚で俺の日常を記録しているのかもしれない。
めん太・・・久しぶりに会いたいなぁ、でも沢瀬ん家に行ったらおばさんに捕まる
んだよな・・・嫌いというわけじゃないけど愛情表現が激し過ぎてちょっと苦手。
それにすぐ沢瀬の兄ちゃんの嫁になれって言い出すし・・・男だと云ってるのに。
・・・やっぱり俺の周りって、変な奴が多いよなぁ。 何でだろう?
14時半、姉ちゃんから全員宛てにメール、『本日16時に海の家に集合』とある。
何をするのかは書かれていないが、多分明後日に迫ったイベント見学の話だろう。
世界最大の同人漫画の祭典と云われる漫画市場を、スタッフ待遇で見学すること
になっているのだ。 五十嵐と田辺は大興奮で、意外にも漫画好きの伊藤も興奮。
俺はコスプレして売り場の華となることが決定済みで、沢瀬と昂輝は付き添いだ。
◇ ◇ ◇
海の家《 EAST SIDE 》は、その名の通り材木座ビーチで最も東の位置にある。
姉ちゃんは別荘から近いというだけでここを借り切り、改装費まで負担している。
その結果、外から見る分には海の家というより小洒落たカフェといった佇まいだ。
但し内装は海の家感を残している。 内装までカフェにすると風情が無いからな。
そしてメニューだが、フード系は焼きそば・ラーメン・カレーといった定番に加え
充実したサンドイッチ類と、それ以上に充実したスイーツ類が特徴になっている。
オーナーが近くでカフェを営んでいるらしく、そことほぼ同じメニューとのこと。
成程、調理場に人が居ないわけだ。 客が俺たちだけだからカフェで作ったものを
海の家に運んでいるだけであることは最初の日に判明した。 バイトのお姉さんが
バイト代はいいが往復300mは地味にキツいと零していた。 ちなみにバイト代は
時給2500円で他の海の家の2倍に充たるらしく、キツくても最高と言っていた。
16時に始まった説明会は1時間で終了し、現在は少し早い夕食会となっている。
最初にテーブルに並んでいたドリンクで1往復、以降3往復分料理を運んでいる
が、更に3往復分は食べそうな雰囲気だ。 合計7往復、夕方とはいえ真夏に2.1
kmの岡持ちウォーキングはしんどいね。 お姉さん頑張れ、熱中症には注意しろ。
そして俺はというと、水着姿で昂輝のグラスにコーラを注ぎ御機嫌伺いの最中だ。
「昂輝、ごめん・・・まさかこんなことになるとは思ってなかった」
「気にするな、ところで何故水着姿なんだ?」 「沢瀬のリクエスト」 「あぁ」
昂輝は俺の創ったキャラであるK-SXのコスプレをすることになってしまった。
変にエロかったり、馬鹿っぽかったりする衣装デザインでないのは救いだが、真夏
に学ランはやはり暑苦しいだろうし、K-SXの学ランは陸戦用重装甲仕様なので
ゴチャゴチャして動き辛いのだ。 そしてまさかそこまでは再現しないだろうが、
設定重量だと120kgになる。 厚さ12mmの装甲部分が鋼鉄ではなく軽い素材で
造られていることを、裏地に鎖帷子が縫い付けられていないことを祈るばかりだ。
「・・・これが蒼君の描いた漫画ですか・・・随分と愛されていますね?」
沢瀬は、姉ちゃんがK-SX説明用に用意した付録本を見て不機嫌になっている。
『やはり男の人に愛されたいのですか?』なんて聞いてきたから全力で否定する。
やはりって何だよ? やはりって? と、ツッコめる雰囲気でも無かったので逃走。
昂輝と伊藤の間に入ってお酌係りに興じていたが、それもまた悪手だったようだ。
不機嫌オーラがより膨れ上がった気がする。姉ちゃん、面白がらずに何とかして!
「沢瀬先輩の言う通り、藤堂先輩が蒼先輩を責めるシーンは正に圧巻ですね!」
田辺、煽るんじゃない! あと昂輝じゃなくK-SXだから! そこを間違えるな!
・・・・・・・・・
それに件のシーンは俺的には不満なのだ。最初は3頭身キャラにデフォルメした
ギャグ調のエロだったのに、デフォルメ無しの耽美なエロに修正させられたのだ。
・・・おかげで笑えないシーンになってしまった。 昂輝・・・じゃなくてK-SX
がマッ、マッ、マッと責めて、俺がキャン、キャン、キャンと子犬のように泣いて
いるシーンだったのが・・・あん、あん、あんと喘ぐシーンに変わってしまった。
・・・多分修正前のままだったら、沢瀬が不機嫌になることは無かった筈だ?
「伊藤はどう思う?」 「僕は修正前を読んでないから、でも決定稿はエロいね」
「昂輝はどう思う?」 「・・・出来れば、俺以外の奴に聞いてくれ、頼むから」
五十嵐は昂輝の『マッ』が余程ツボにはまったのか、腹を抱え肩を震わせている。
・・・考えたら、既に不機嫌になってしまった今になって、不機嫌にならなかった
可能性を模索しても意味は無い。 考えるべきは如何に不機嫌を解消させるかだ。
・・・・・・・・・思い浮かばん。
取り敢えず沢瀬の横に戻って正座してみる。 それを見て姉ちゃんが大きく頷く。
・・・これが正解なのだろうか?ただ隣に戻って不機嫌オーラに晒されることが?
「・・・膝を崩してもいいですよ。 でもその恰好での胡坐は禁止とします」
ふむ・・・確かに原爆水着での胡坐は問題だな。 根本的には布面積の問題だが。
そういうことなら割座かな? えっ、これも女の子座りっていうの? 女の子座り
って、両足先を外向きに開ける座り方だけじゃないの? どっちも出来るけどさ。
「うふふ、蒼君はやっぱり女の子でしたねぇ♡」
なんと・・・座り方ひとつで御機嫌回復ですか? ちょろいんだか難しいんだか。
・・・やっぱり男子より女子は難しい。てか解かり辛い。やっぱ俺って男子よね。
そんなことを考えていたら姉ちゃんから封筒を手渡された。 全員貰っているが、
俺だけが異常に分厚い・・・何だこれ? お金じゃん、帯封が付いたままじゃん。
えっ⁉ 一応は全員サークルのバイト扱いになるからバイト代も出す。その代わり
に何かあればサークル会員の指示に従って貰うと・・・うん、それは納得だよね。
で、何で俺だけ皆の20倍になるの? バイト代じゃなくてギャラってどゆこと?
「うちは基本的に書店の委託販売と通信販売で本を捌いていて、即売会はただの
ファンサービスといったところなの。 それで、今回のサービスの目玉が一番の
人気キャラである御国藍音と握手してのツーショット撮影会になるわけね」
成程、それでタレント扱いでギャラになるわけか。 出来れば握手とか撮影会とか
は初めから説明しておいて欲しかったが・・・でも2日で100万は多過ぎでは?
「蒼の仕事にはそれだけの価値があるの。 先ずアンソロジー本だけど握手&撮影
権付限定版として今回2500円で2000部を販売するのだけど、後から予定して
いる通常版は2000円、差額の100万円がそのまま蒼のギャラというわけ」
握手会や撮影会に掛かるコストや、サークルの取り分を差し引く必要は無いの?
「アンソロジー本の販促コストと考えれば問題無いわ。 アンソロジー本には記念
企画という以上に、推し作家以外の作家紹介と新人紹介の意味合いが強いのよ」
・・・そういうことなら・・・でも何か引っ掛かるな・・・何だろ?
「握手会とか写真会なんて即売所で出来るのですか? それと販売部数2000部と
いうのは、マンイチでの平均的な販売部数を考えたら桁違いなのですが?」
そうだ! 販売部数だ。 2000部って新人プロの単行本発行部数並じゃん。 それを
たった2日で売り切ろうなんて無理じゃね? どんだけ人が集まるのか知らんけど。
それにしても流石は伊藤だ。 事前調査は完璧だな。 さぁ姉ちゃん、どう答える?
「よく調べているわね、確かに一般の即売会場なら握手会や写真会は出来ないわ。
でもうちは専用スペースを確保済みだから問題無いし、販売部数も蒼の体力を
考慮して2000部に抑えただけで、その倍は売り切る実力を持っているわよ」
ばっさりと一太刀で切捨てた。 流石は姉ちゃん、準備段階で勝負を決めている。
そういや姉ちゃんはビッグアップルの大株主だし、漫画市場の運営会社ともコネ
があるだろうから、力技でいくらでも好き勝手出来そうだな。 いや、してるな。
それにしても4000部を売り切る自信があるのか? 2人に1人が買うなら8千人
3人に1人としたら1万2千人が入場することになるが・・・購入確率高くね?
漫画市場って・・・ひょっとしたらBL漫画に特化した同人誌のイベントなのか?
そんな俺の疑問も、姉ちゃんはばっさりと切り捨てる。 参加人数の桁が違うと。
・・・2日間の開催で予想される一般入場者数は25万人。
それが漫画市場・・・世界最大の同人漫画の祭典なのだと。
◇ ◇ ◇
開門待ちの人々の群れを眺めた後、姉ちゃんたちサークルの即売場に足を運んだ
のだがそこはもう別世界、広い会場に長テーブルを並べて壁だ島だと騒いでいる
他のサークルに対して、姉ちゃんの《眺富の会》は独立した建物を占有していた。
東京ビッグアップル内で常設のカフェを営んでおり、イベント時にはそこを専用
スペースとして使用しているとのことだった。 最早チート以外の何物でもない。
会議棟2Fに繋がっている2F部分がカフェで、1F部分が同人誌専門の書店、3F
部分は事務所兼バックヤード、イベント中はカフェを休業し2F部分は在庫置き場
に変貌する。つまりマンイチの日程に縛られずに万全の準備を整えることが出来、
期間中で売り切ることが不可能な量の在庫を手近に用意出来、売れ残ってもその
まま常設の書店用在庫になるという、正に同人サークルの理想郷がこの有明書店
なのです! と熱く説明してくれたのは・・・ごめん、名前忘れたわ。長いもん。
とにかくこのサークル準会員さん、俺を見るなりテンション爆上がりで凄い早口。
概要を聞き逃さないだけでいっぱいいっぱいなのだ。 そんな彼女に案内されて俺
と昂輝はコスプレ用の更衣室に向かっている。 そこでコスプレ登録をする為だ。
「昂輝はともかく・・・俺のコスプレ登録って必要?」 思わず零れてしまう。
何といっても俺は少し派手な学ランを着るだけなのだ。 本当に少し派手なだけ。
はっきり言って帝山学園のB制服やC制服の方がもっと派手でコスプレっぽい。
今のドレスシャツ+ストレートパンツ姿に、白の学ランを重ねるだけで全然普通。
カラコンは入れてるけど、後は全くノーメイクでOK、もう普通の学生姿じゃん。
「嫉まれ要素満載のサークルなので、突っ込まれ要素は少しでも排除する方針で」
理屈は解かるが納得は出来ない。 こんなところで常設施設を営む経営努力を何だ
と思っているのだろうか? 事前に出来ることをしようともせず、結果だけを嫉む
行為に何の意味があるのだろう? 何を生み出せるのだろう? 時間の無駄だろ?
俺は更衣室に入ることなく登録を済ませた。 考えてみれば俺は男子更衣室からも
女子更衣室からも省られる存在だったのだ。 まぁ着替える必要が無いので問題も
無いが・・・昂輝を待っていたら沢瀬と田辺がやって来た。 案内無しでよく迷わ
無いものだと思ったが、俺のスマホを位置検索したとのこと。 その手があったか
と思う俺は、実はスマホ嫌い。 だってSNSなんか時間と労力の無駄遣いだもの。
雑談も嫌いだし、タップもスワイプも嫌い。独立スイッチにキーボード派なのだ。
理由? そんなん決まってる。 メカメカしいのが好きなのだ! レバーは必須よ。
ところで、カメラを構える沢瀬はいつも通りだが、田辺は何を持ってるのよ?
「宣伝です!」 と、応える手には等身大の藍音のバストアップ写真。
『リアル藍音と握手&ツーショット撮影会開催各日先着1000名様限定』
という煽り文句の下に11:00よりと、開催時間が書かれている。
11時から16時迄1日5時間、2日分計10時間が俺のリアル藍音タイムになる。
10時間で100万円、時給換算10万円という条件からは怪しさしか感じられない。
俺の人生初バイト・・・時給2500円を最高と言っていたお姉さんはどう思うか?
つくづく恵まれ過ぎていると思いながら、宣伝を兼ねて施設を大周りに移動する。
・・・身体の弱さを考えたら相殺なのだろうか?
・・・いや、世間では身体の弱さが貧しさに、暮し辛さに繋がることが多い。
その逆も・・・貧しさが、身体の弱さを作っていることは第三世界の常識だ。
いくら身体が弱くとも、贅沢三昧し放題な俺は十分過ぎる程に恵まれている。
「・・・蒼君? どうかしたのですか?」
・・・つまらない思考が顔に出ていたのだろう。 沢瀬を心配させてしまった。
気を取り直して・・・お気楽モード全開で行こう! 考えても栓無き事なのだ。
「にゃ、人が多いし、騒がしいしで、正直うんざりだわ・・・早いとこ戻ろ」
「蒼先輩! 宣伝ですからもっと愛想よくしましょう」「いいんだよ、藍音は」
俺様なんだから・・・の言葉が続かなかった。 意外な人物と遭遇したからだ。
「・・・樹原さん?」 「・・・おねたん!!」
ぞろぞろと集団で移動する人の群れの中に高梁の想い人がいた。 集団での移動
なので彼女ひとりが足を止めることも出来ず、そのまますれ違うことになった。
彼女を見送ったことで気付いたが、この集団は殆どが、多分9割は女性だった。
「蒼君、お知り合いですか?」 「高梁ん家の住込みの職人さんで姉貴分な人」
「さっきの集団は、案内係りのプレートの色からうちのサークル目当てですね」
沢瀬の質問に答えていたら、準会員さんからとんでもない発言が飛び出した。
あれだけの集団が、姉ちゃんのサークルだけを目当てに列を成すというのか?
移動開始前に待機場に集っていた連中の1/4程が姉ちゃんのサークル目当て?
更に言えばまだまだ人が集まってきては、案内係りを目印に動き回っている。
「この調子なら開場前の段階で1000人に達しそうですね」 「本日分完売です」
いや、仮に開場前に1000人が並んだところで、全員がアンソロジー本を買うとは
限らないのでは?という俺の疑問への回答は『全員が買いますよ』の即答だった。
というのも、此処でしか買えない数量限定品は握手付アンソロジー本のみだから。
他の本は通販等で確実に入手出来るのが《眺富の会》の特徴で、マンイチのような
大型イベントでも、開場前からの行列なんかは発生したことが無かったとのこと。
・・・そのサークルで初めての開場前行列、目的はアンソロジー本以外には無い。
・・・実に論理的で、誰もが納得出来る完売予想理由だった。
◇ ◇ ◇
結果を言えば初日も2日目も開場前にアンソロジー本の完売が確定、両日ともに
11時だった開始予定を少し繰り上げての握手&撮影会となった。 行列の予想が
少し甘かったらしく、混乱を避ける為の対応だった。 それ以外は特に問題無し。
というのも、書店部分の構造や本の販売方法が大行列への対応を想定したものに
なっていたからだ。 また《眺富の会》の新作はHPにアクセスすれば、スマホや
PCで試し読みが出来る上ネットでの予約注文制になっており、事実上会場に来た
段階で残される選択肢はアンソロジー本を買うか否かの二択だけ。 買わない場合
は朝一から並んだりしない為、結果的に全員が注文確認→代金支払い→商品受取
→リアル藍音を前に興奮 or 一時フリーズ→握手→写真撮影のルーチンワークに
見事嵌まることになった・・・完璧な流れ作業化の成功で早さを実現出来たのだ。
とはいえ、2000人との握手&撮影会は・・・とても疲れる作業だった。
ただ、行列にはむさ苦しい男が殆ど居らず、多くが樹原さんのような
穏やかなお姉さんだったことには救われた。 逆なら精神的に死んでたわ。
・・・なんとなく、姉ちゃんたちがBL漫画を描く理由が解かった気がした。
そんでもって、別荘に戻ったら3日寝込んだ。 なかなかに調子がいい。
パッシオー:passio ラテン語で受難、パッションの語源。
マンイチ :少し語呂が良くないですが、初期想定のマンバだと同名の
マンガ情報総合サイトがあったのでマンイチにしました。
アニメ映画:2人が鑑賞したのは《 映画大好きポンポさん 》です。 過去の
紹介作品もですが、面白いと思ったものなら実名も問題無いかと。
俺の暇潰し:で、軽く50万くらい遣っちゃう蒼も大概茜と共通な金銭感覚です。
めん太 :006を参照、沢瀬家で飼っているチワワです。
沢瀬がめん太の記録を撮るのは、犬の寿命を知っているから。
蒼の日常を記録しようとするのは・・・想像にお任せします。
K-SX・・・付録本:015を参照、昂輝をモデルにしたロボと蒼が参加した本。
原爆水着 :ビキニ水着のことを、蒼が勝手にそのように呼称しています。
水着のビキニが原爆実験を行ったビキニ環礁に由来するから。
昔、同じ呼称を使った芸能人か文化人が居た様な気も・・・。
割座 :正座の形ですねを外に出す座り方、足首は真直ぐに伸びたまま
の筈なのですが、女の子座りのひとつになっているようです。
脚をM字に開いてお尻を落とせば、全部女の子座りになるの?
BL漫画を描く理由 :どう考えても蒼の盛大な誤解ですね。
なかなかに調子がいい:蒼は1日全力で活動したら疲労で2日は寝込みます。
2日活動したから4日寝込むところが3日で済んだ。
だから『なかなかに調子がいい』の判断になります。




