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星神の導き

 エトナの低い声が星見の祭壇に響き渡る。



「よう。さっきから偉そうにいろいろと講釈垂れてたようだが、一つ大事なことを忘れちゃいねえか?」


「な、何をでしょう?」



 キャンサー枢機卿は、頬を引き攣らせながらも毅然とした態度を崩さない。



「俺様はお前ら枢機卿が何を言おうが、こいつを主として認めてるんだ。お前らがずっと長い間ここを維持してきた努力に免じて、試練のダンジョンに向かうことを受け入れてやったが、それを嘘と言ってのけるなら、こっちにも考えがある」


(嘘つけ。本当は別の目的だったくせに……)



 穴囲は嬉々としてキャンサー枢機卿を詰めるエトナを片手に、明後日の方向を見ながら最終階層であったことを思い出す。



***



 麻痺から回復した後、穴囲は自分の姿を模したソレが目の前に歩いて来たのを見て、大きくため息をついた。



「で? 結局、お前は誰なんだ?」


「わかってるだろ? エトナだよ、エトナ。尤も、どちらかと言うと聖剣要素の方のエトナだけどな」



 聖鞘エトナが聖剣を追い求めなければいけない理由。その内の一つが、聖剣が不完全だからだという。



「だから、俺様単体じゃあ存在できないってわけ。でも、そっちのエトナで倒してくれたら、中に入って運べるようになるってことよ」



 ダンジョンの作成時に、聖剣の力の一部を最終層に封印。リブラ枢機卿が渡したのは、その封印一時的に解くための魔道具だったらしい。つまり、穴囲が怒りに震えた人工のドッペルゲンガーという被害者など、最初から存在しなかったわけだ。


 穴囲は膝に手をついて大きくため息をついた。先程までの怒りは一体何だったのか、と。



「いや、良いと思うぜ。そういうところ。鞘の俺様が認めたのも納得ってな」


「それ喜んでいいのか?」

「おう、胸を張れよ。剣の俺様が認めるのはこの先何人も出てくるだろうが、鞘の俺様が認める奴なんて、後にも先にもお前くらいなんじゃないか? それに魔力も使っていないのに、よく体を鍛えてやがる。今後の伸びしろにも期待ができるぜ」



 そう告げて、聖剣のエトナの一部は大きく手を広げた。



「さぁ、さっさとダンジョンを攻略して俺様の本体と勇者を追いかけろ。下らない神官共の戯言なんざ気にするな」


「ほら、剣の俺様が言ってんだ。さっさとぶっ叩いてやれ」



 無防備な人間を思い切り叩くのは気が引ける。そう思いながらも、穴囲はエトナを持ち上げて、目の前の自分の首から脇腹へと斜めに振り下ろした。



「んー、太刀筋はイマイチ。そこら辺はクロエにでも教わりなー」 



 まるで消しゴムで削り取られたように肉体が消え、空間と体の境目から少しずつエトナへと吸い込まれていく。それらが全て消えた時、闘技場の中央に眩い光と共に水晶玉とそれを安置する台座が現れた。



「アレに触るとダンジョンの入り口に転移するわ。それで何だけど……あの人たち、どうする?」



 ルナの視線の先には気絶した三人の暗殺者。放っておけば、ここから抜け出すことができずに死んでしまう可能性がある。



「外には騎士たちもいます。面倒ではありますが、手足を縛って、連れて帰るのがよろしいかと。上で伸びている男は治癒魔法が必要ですが、いかがされますか?」


「当然、助けるに決まってるじゃない。いくら命を狙われたとはいえ、抵抗できないなら助けてあげてもいいでしょ? その代わりに、ちゃんと牢に入って反省してもらうんだから」


「うーん、場合によってはここで亡くなってた方が良かったまであるかもしれませんが、それはそれ、これはこれということにしておきましょう」



***



 穴囲はいかに聖剣に自分が必要かをキャンサー枢機卿に説明をしていたが、なかなか彼も強情なようで、身を引こうとする気配が見られない。その為、穴囲は仕方がないと思い、最終手段に出ることにした。



「エトナ、もういいよ。ここまで言ってもわからないなら、ここから退場願うだけだ」


「な、何だ? 私に暴力を振るうというなら、周りの騎士が黙っていないぞ? いくら聖鞘に認められたからといって、何でもかんでも許されるとは思うな!?」


「違うよ。もっと平和的に話し合いで解決しようと言ってるだけだ」



 そう言って、穴囲は自分が投げ捨てた毒針を拾う。白銀の鎧を来た騎士たちが穴囲とキャンサー枢機卿の間に割り込んで剣を抜いた。それを横目で見ながら、穴囲はその針を掲げる。



「みなさん。先程、キャンサー枢機卿がルナを疑った時のことを覚えていますか? ルナには解毒魔法が使えるはずがないと」


「そ、それに関しては知らなかっただけだ。まさか、試練のダンジョンで使えるようになるなど……」


「あ、それはもう終わった話なんで黙ってて」



 きっぱりと言い切った後、キャンサー枢機卿に向かって穴囲は告げる。



「なぁ、ルナ。さっきキャンサーさん、何て言ってたか覚えてるか?」


「えぇ、もちろん。みんなの前で大声で演説してたから、私以外もきっと覚えてるはずよ」



 穴囲は彼が思わず口走ってしまったある単語を聞いた瞬間、心の中でガッツポーズをしていた。その時、ルナがわずかに口の端を持ち上げて笑みを堪えていたのも見ている。



「リブラ枢機卿に向かって、言ってたわよね? 『暗殺者の毒が塗られた()が刺さったと言っていたのだぞ』だったかな? キャンサー枢機卿、教えて欲しいのですけれど、私は『いきなり首に毒が塗られた()()が刺さりました』としか言っていないのです。()()()()()()()()()()()()()()()?」



 星見の祭壇が沈黙に包まれた。


 その場にいる全ての人間の視線がキャンサー枢機卿に注がれる。間に割り込んだ騎士ですら、背中を穴囲へと晒していた。夕日に照らされているにもかかわらず、キャンサー枢機卿の顔は真っ青だ。



「そ、れは……」


「それは私からも説明を求めたいな。キャンサー枢機卿」



 唐突に星見の祭壇に今まで響かなかった声が轟いた。


 何事か、と穴囲が振り返る。すると、階段を上り切った場所で腕を組んでいる黒騎士がいた。



(確か、聖女の護衛部隊の通称は「黒騎士」。つまり、あの人もルナを護衛する騎士の一人か?)



 そこに佇む女性は腕組みを解き、悠然と歩み寄って来る。



「カミラ指揮官!?」



 クロエが目を見開いて、声を震わせる。



「指揮官ってことは、黒騎士のトップか。確かに強そうな雰囲気はある。いや、実際に強いんだろうな」



 セミロングの金髪を揺らし、沈みゆく夕日のわずかな陽光をこれでもかというくらいに跳ね返す瞳。それは深緑の葉を思わせるような翡翠にも近い鮮やかな色だった。


 他の黒騎士とも鎧の形が異なり、その下にある豊満な胸を強調するような曲線美があった。彼女が殺気を放っていさえしなければ、穴囲は見惚れてしまっていたかもしれない。



「ふむ、二人も女性を侍らせておいて、さらにこちらにも視線と世辞を送るとは……。『英雄、色を好む』とは言うが、流石は勇者代理と言ったところかな?」


「なっ!? そんな意味で言ったわけじゃ!?」


「冗談だ。それより、話を聞かせてもらった。キャンサー枢機卿、何か言った方がよろしいのでは? 私以外にも説明を求める方々が大勢いそうだからね」



 カミラはそう告げて、左手でわざとらしく、右から左へと他の枢機卿たちを示した。



「ふん、暗殺者の使う道具と言えば、真っ先に使うのは毒針――そのような先入観があって、思わず口走ってしまっただけのこと。その点においては、場を混乱させたことをお詫びする」


「因みに、私がここに来たのは、捕まえた暗殺者たちが口をそろえて雇い主の名を吐いたからだ。キャンサー枢機卿、あなたの名をね」


「口で言うならば誰だってできる。具体的に私が命令を下した証拠は残っているのか?」


「それを探す許可を頂きに来たのさ。いくら聖女の暗殺を企てた可能性があるとはいえ、勝手に家捜しするのは手順を間違えているのでね」



 カミラは余裕綽々といった様子で笑みを浮かべていた。それを見て、穴囲はルナへと問いかける。



「なぁ、何であんなに勝ち誇ってるんだ? あの人が言うように、証拠があるようには見えないんだが……」


「アナイは知らないのね。暗殺者って雇い主に裏切られた場合に備えて、いろいろと用意をしていることが多いの。それこそ、自分たちへの暗殺指示書があれば絶対残しておくし、賄賂や脱税の記録なんかもそうね。つまり、キャンサー枢機卿が本当に黒幕なら、今回の件は不問にされても、失脚させられるほどの情報を握られている可能性が高いってことだと思う」


「それ、やろうと思えば濡れ衣着させ放題じゃないか?」


「そこはどんな契約を結んだかによるでしょうね。でも、あそこまでカミラが自信満々ってことは、キャンサー枢機卿に勝ち目はないかも――」



 唐突にルナが西へと振り返る。


 彼女だけではない、キャンサーを含めた枢機卿たちが一斉に夕日が沈みきった彼方を凝視した。



『――告げる。此度はそなたらの姿が良く見える。故に、聖女ルナにのみ届きし声を皆にも届けた』


「な、何だこの声!?」



 男の声が頭の中に響いて来た。エトナとも違う頭の中に響く声に穴囲は思わず手で頭を抑えた。すると、ルナが穴囲を睨みつけて小声で怒る。



「静かに! 星神様のお告げよ」


「これが、星神の声……!?」



 穴囲は驚きを隠せず、西の空を見る。そこには地平線のオレンジから白、そして瑠璃色へと変化する中にポツンと小さな星が一つ浮かんでいた。



『キャンサーは我が指名した聖女と聖鞘の主を亡き者にしようと画策した。そなたの今までの献身には目を見張るものがあっただけに失望したぞ、キャンサー』


「あ、あぁ……」



 まさか自分の信仰する神に名指しで罪を暴かれるとは思っていなかったのだろう。蒼褪めるを通り越して、その顔色は土気色になっていた。



『リブラ枢機卿。そなたなら、どのような罰を与える?』


「恐れ多くも我らが神よ。愚考ではありますが、枢機卿の地位を一時剥奪。その後、調査をした上で罪を決めるべきかと。神の座よりは全てが見えておられるかもしれませぬが、我ら人には限りがあります。誰もが納得する証拠を以て罪を白日の下に晒すことが、最終的にはキャンサー枢機卿のためにもなるでしょう」


『そうか。ならば、我も口は出すまい。ただ、我は穢れを好まぬ。血を流すのではなく、他者を救う行動で反省を示すべし。かつての献身が偽りでなければ、いつの日かここで再び相まみえることもあるだろう』



 泣き崩れるキャンサー枢機卿。それを見たカミラは、手で他の黒騎士たちに命令を下した。



 ――キャンサー枢機卿を連行せよ。



 両脇を黒騎士に固められたキャンサーは、穴囲の横を通って階段を下りていく。


 しばしの沈黙が訪れ、誰もが星神の次の言葉が聞こえるのを待った。



『さて、聖女ルナよ。聖鞘に選ばれし稀人(まれびと)と共に試練のダンジョンをクリアしたようだな。勇者ウィリアムは既に東へと向かい、ヴォツム湖の村へと辿り着こうとしている。そこでは何やら事件が起こっているようで、勇者はしばらくそこに滞在することになるだろう。追いかけるならば今が好機だが、急いては事を仕損じる。今日はゆっくり休み、明日に街を出発するといい』


「……はい。必ずや勇者に聖鞘を届け、魔王の討伐を成功させてみせます」



 そんなルナの言葉はどこか元気がなく、歯切れが悪かった。何か言いたそうにしている様子が隣にいた穴囲にも伝わって来る。



『……何か、言いたそうにしているな? 聖女ルナよ。言ってみるがいい』


「アナイを元の世界に戻す方法を、星神様は御存知ですか?」



 ルナの口から出た質問に、何人かの枢機卿が顔を上げる。


 宗教関係には疎い穴囲でも、ルナの行動がいかにあり得ないのかがわかる。神がその教えに迷いを抱くのを諭すことはあるだろう。しかし、それとは無関係なことに答えてもらうというのは、神を自分の都合で利用していると捉えることもできる。



『ふむ、あるぞ。魔王の討伐を成功させたのならば、元の世界に戻してやろう』



 その言葉に穴囲は違和感を感じ取った。その言い方ではまるで――



「星神様。聞き間違いでなければ、ここに彼を呼んだのが――」


『そうだ、私が呼び出した。この者ならば聖鞘も気に入るだろうと思ってな。良い心、魂の在り方をしている。何の相談も無しに、ここへ招いたことは私の落ち度だ、謝罪しよう。穴囲忠士、申し訳なかった』



 穴囲は突然の謝罪に戸惑いを隠せなかった。それよりも、アナイが気になっていたのは二点。


 何故、魔法討伐の勇者がいるのに呼ばれたのか。そして、元の世界に戻るとしても討伐に時間がかかってしまったらどうなるのか、だ。すると、穴囲の考えを見抜いたのか、何も話していないのに穴囲の疑問に星神は答え始めた。



『お主を選んだのは、先程も言ったように聖鞘との相性が良かったからだ。他の者ではそう上手くいくはずがないからな。それに以上に体の使い方をよくわかっているのも良かった。走り、跳び、投げる。そのような鍛え方をする者はお主の時代に多くいない。そして、もう一つの疑問も安心せよ。その点はこちらで融通を利かせて、時間のズレの被害を最小限に留めておこう』


「はぁ、ありがとう……ございます?」



 拉致した相手だというのに、思わずお礼を言ってしまう穴囲。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、もうこの世界に来てしまった以上、相手が神様ならば駄々をこねても無駄だと悟ってしまう。



「星神様。もし、勇者に聖鞘を届けることができたのならば、彼を元の世界に戻して――!?」


『聖女ル――無理な――だ。残念――』



 急に星神の声が聞こえ辛くなり始めた。そして、数秒後、声は完全に跡絶えてしまった。

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