第110話 本当にのんきな天使よね。
スコットの強襲事件は、領主の屋敷での狭い範囲での出来事だったおかげで、クライネルの街自体は平穏な日常そのものだった。
亡くなった護衛騎士の弔いを済ませ、屋敷の修繕などもろもろが手早く行われた。
今日も元気に子供達はアカデミーに通っている。
たった数日で日常を取り戻せるのも、人族の強みなのだろう。
大悪魔デストロメアの行方は依然として判明しないままだ。
飛空船の失踪事件も特に進展はない様で、ここ数日は失踪することもなく飛空船は運航されている。
神殿とヘルンも結ぶ航路はまだ停止しているが、この様子なら再開も早めに行われるかもしれない。
クーリエは相変わらず、本を読んでいる。
今は英雄アキーラの英雄譚のようだ。
英雄譚として残されている物語は、250年前の物が多い。
あの時期が一番濃い出来事が多かったと思う。
英雄アキーラが渡ったと言い伝えられる、はるか西の大陸も発見されたとは言っている物の、実際にたどり着くには異常な嵐を乗り越えなければならないと言われている。
ただ偶然その嵐を潜り抜けた者が居て、見たこともない物と英雄アキーラの書かれている本を持ち帰ったから、大陸が発見されたと言っているだけで、正確な場所も分かっていないのだ。
「英雄アキーラの渡った大陸って、どのようなものなのでしょうか?」
「さあねぇ・・・すごい嵐を越えなければいけないそうよ?」
「ルーク島に初めて行ったときの激しい海流みたいなものでしょうか?」
「そうかもしれないわね。ああ、飛空船でも無理だったそうよ。空もダメね」
「あー・・・そうなんですねぇ。気になりますよねぇ?」
「そんな目で見たって行けないものは行けないんだから、あきらめなさい」
「はあい・・・退屈だなぁー」
本当にのんきな天使よね。
「そんなに退屈なら、ルーク島でも行ってみる?」
「ルーク島ですか?」
「そうよ。ルーク島はちょっとした観光地になっているのよ。ついでにアスコットの家がちゃんと無くなっているのかも確認出来るでしょ?」
「観光地ですか・・・何か観光出来るような物なんてありましたっけ?」
「ルーク島でしかなぜか育たない植物を集めた公園が出来ているわ。結構人気なのよ」
「こちらの大陸では育たないんですか?その植物」
「リズが持ち帰って頑張ってたけどダメだったわ。それ以降も何人か学者が試したみたいだったけど全滅ね」
「そんなに大陸から離れていないのに不思議ですね」
「不思議な事があるぐらいが、ちょうどいいじゃないの」
翌日、私達はルーク島に向けてクライネルを出た。
クライネルからブラン経由でルーク島に到着する予定だ。
クライネルから飛空船でブランに向かっている途中で、
「ブランかぁ・・・なつかしいですね。船長元気かな?」
とクーリエがなつかしむ。
「もう亡くなっているわよ。250年も前よ」
「そうでした。時間が経つのは早いですねぇ」
そう言えば、天使には寿命はあるのかしら?
「クーリエ。天使に寿命はあるの?」
「無いと思いますよ。聞いたことがありません」
「あ、そうなのね。悪魔はどう?」
「悪魔も無いんじゃないでしょうか?」
「世界が違うからかしら?」
「うーん・・・そうですねぇ・・・理の問題でしょうか・・・寿命も含むあらゆる現象が理として内包されているというか・・・決められているのですが、神や天使や悪魔は理の外にいる存在だったはずですから・・・」
「む、むつかしいわね・・・」
「はい・・・ちゃんと習ったんですけど、イマイチ理解しきれていないようで・・・確か、死が無いので魂という源の消滅さえなければ問題無かったと思います」
「逆に魂を消滅させなければ、永遠にどこかで復活する可能性があるという事?」
「そう・・・ですね、たぶん」
「頼りないわね・・・」
確かに、悪魔アスコットは、一度リズが倒して焼き尽くして灰にしたのに復活したわね。
復活後は私が燃やし尽くして・・・スッコトは記憶だけ持っていたんだったっけ?
悪魔アスコットとしての復活ではなかったものね。
良く分からない存在ね。
などと、分からないなりに考え込んでいると、
「あの、マリー様?」
「何?クーリエ?」
「あの飛空船なのですが、どんどん近づいて来ていませんか?」
クーリエが指す方向を見ると、確かにに飛空船がまっすぐこちらに向かってきている。
「おかしいわね?あれじゃあ、ぶつかっちゃうけど、大丈夫なのかしら?」
「え?そんなのんきで問題ないんですか?」
と言われてもね。