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月影のもとへ  作者:
53/56

52話

「侺!侺!」


転移魔法で菫とヨウを連れて戻った厘だったが、侺と悪魔の姿がない事に動揺していた。


「すぅ姉!侺がいない!どうしよ?俺が侺のそばを離れたから!!!!」


「厘、落ち着いて下さい。状況を確認しましょう。侺の気配を探ります」


「風の精霊よ、彼のモノの位置を導きたまえ」


菫が風魔法を発動させる。だが、ムトスを北に抜けた辺りからの追跡が出来なくなった。


「すぅ姉!どこ?侺はどこにいるの?」


「ごめんなさい、厘。ムトスを北の方向に向かったのまではわかったのですが、それ以上の追跡はできませんでした」


通常の悪魔であれば菫の追跡魔法で場所を特定することは可能なのだが、上位種だったであろう悪魔の追跡は無理だった。

魔王や悪魔が住むジャウザは南西の方向にあるはず…何故悪魔が侺を連れて北に向かったのか…。


「厘、悪魔が帰る場所は1つしかありません。行きましょう。ジャウザに」


「え?待って、菫さん。さすがにそれは無謀なんじゃ…?」


「すぅ姉!行こう!」


「ヨウさん、大丈夫です。もともと私たちの目的は魔王です。それに、侺は無事ですから」


「なんで?そう言い切れるんだ?危険だ!体制を整えてから傭兵団全軍を…」


「無駄死にさせるおつもりですか?傭兵団は街の安全を守る使命があります。侺の救出は私たちで行います」


「でも!…だったら、せめて俺は連れて行って欲しいな」


「いいですよ。もともとそういうお約束ですから」


「約束…?」


「すぅ姉!早く行こう!!」


「えぇ、厘。行きましょうか。でも、ユウも連れて行きますよ」


「わかった。ユウのところへ行こう」


すぐに3人は傭兵団の寮へ戻り、ユウに事情を話してジャウザに向かうことになった。

ヨウは傭兵団のメンバーに別任務のため一時的に不在になると伝え、アキラに権限委譲をした。

もともと学生だったヨウの代わりを務めていたアキラは特に問題なく引き受けてくれた。


「お気をつけていってらっしゃいませ」


「あぁ、傭兵団は任せたよ」


そうして、4人はジャウザへの旅に出た。

海の旅時になるため、船を調達する必要があるため、一度レイティアの南町にある造船所に立ち寄ることにした。

造船所にはたくさんの人であふれかえっており、トンカチのカンカンカンという音が街全体に響いている。


「大きい街だね!船がいっぱい凄い!」


ユウは模型を部屋に飾るほど船が好きらしく、楽しそうに周りを見ている。

厘はそんなユウをみて少し笑顔を見せてはいたが、やはりすぐに表情が曇る。

いつも一緒にいた侺がいないことが厘にとっては異常で、半身がいないという感覚なのだ。

菫に昨晩言われた事に関しては納得している。魔王が侺を傷つけるはずがない、と。

頭では理解していても、連れ去ったのは恐らく魔王の側近であろう悪魔であり、侺の血がたくさん流れた跡があった。

無事だとは思うがかなり疲弊しているのは間違いないだろう。大きなけがをしているはずだし、気が気でないのだ。

それでも、焦ってもいいことはないと知っているので、はやる気持ちを抑えながら現在に至る。

厘一人だけであればすぐにでも侺のところへ転移できるのだが、敵の本拠地に単独で乗り込むのは無謀だ。

菫、ヨウ、ユウの助けが必要だからみんなで一緒にジャウザへ行く方法を相談して決めた。

衝動的に侺の所に行きたい気持ちは常にある。

それを菫も理解しているから、厘の様子を細かく伺っている。


「厘、丈夫な船を選ぶ必要があるので、造船所を数軒まわりますよ」


「わかった」


「菫さん、俺の伝手で知り合いの造船所に船を見繕ってもらっているんだけど、どうかな?」


「ヨウさん、素晴らしいです。是非とも見せて頂けますでしょうか?」


「もちろん。旅路を急ぐと思って先行で動いていてよかったよ」


「ヨウさん、ありがとう」


厘が久しぶりに笑顔を見せたので、菫もユウもヨウまでもが安心した。

みんな双子の事はわからないけど、いつも一緒にいたすごく仲のいい二人だったから離れ離れになってすごく心細いんだろうなとは感じていた。


ヨウの知り合いの造船所に行くと、行先も伝えてあったのか、少し大きめで表面を鉄でコーティングしてある頑丈そうな船が出迎えてくれた。


「ヨウ!来たか。久しぶりだなぁ!大きくなって」


ガシガシとヨウの頭を撫でながら筋肉質のガタイの良い男性が挨拶をする間も与えてくれずに話し出した。


「この船は俺の最高傑作で、船自体は軽く作ってあるが、表面を鉄でコーティングしてある。

 コーティングという名前の通り、船全体に海水に強い鉄を表面に吹き付けたんだ。

 更にその上から防水加工も施してあるから、よっぽどのことじゃ錆びないぜ。

 また、長期間の旅になるって聞いたから寝室と厨房完備、ちょっとした訓練室もあるぞ」

 

「カイルさん…こんにちは。挨拶する隙も与えてくれないなんて相変わらずですね」


「おーすまんすまん!」


バンバンとヨウの背中を叩きながらガハハと笑う。とても陽気な人らしい。


「でもこんなフル装備の船、さすがに昨日の今日じゃ作れないですよね?」


「あぁ。まさにその通り。これは俺が仕事の合間にコツコツ仕上げてきた船だ。この船が完成したあかつきには世界一周の旅に出る予定だったんだが…」


先ほどとはうって変わって優しい手つきで船を撫でる。

それを見る限りかなり精鍛込めて造り上げてきたのがうかがい知れる。


「俺より先にこの船を必要としている人たちがいたってだけのことだよ!」


もう一度1から作り直すのも悪くないと言いながらガハハと笑う。

あと少しで完成だったこの船を、昨日のヨウの連絡から従業員総出で一晩で仕上げてくれたらしい。


「カイルさん、本当にありがとうございます!俺たちすごく急いでいて、こんなにも早く船を入手できるとは思っていなかったから助かります!」


「えぇ、ありがとうございます。」


「それはよかった!俺の船は乗ってもらってなんぼだからな!それにヨウなら信頼できるからな」


ポンと頭に手を乗せる。優しいまなざしでヨウを見る。気を付けて行けよ?と。


「さー!最後の仕上げだ!出航の準備だ!」

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