12話
侺は厘と別れてオーガの方へ向かう。
道すがら、倒れている生徒に軽く回復魔法を掛けながら進んでいく。
重症者でなければ、起き上がって避難できるくらいにはなるはずだ。
「動けるものは寮の方へ行け」
そう言い残してその場を去る。
すると、人の気配がどんどん寮の方へ向かうのを感じた。
オーガが周りの木々の間に隠れているのを把握する。
隠密行動を得意とするのだ。だが、侺は周りの動きを察知する空間管理能力が特化している。
少しの気配と、殺気を感じることが出来るため、オーガたちの位置は把握できている。
厘と違って、複数を相手にすることが得意なのである。
周りに生徒が残っていないことを確認してから、魔力を解放する。
「氷龍よ、すべてを凍てつかせろ」
静かに呪文を唱える。
すると、侺がいる一帯にあるものがすべて凍る。
隠れていたオーガもすべて凍り、動けなくなる。
更に氷魔法を発動し、オーガを倒していく。
すると、1体のオーガに異変が起こる。
「ぅおおおおおおおお!」
雄たけびをあげながら侺の氷魔法を力ずくで解除した。
オーガ・ナイトへと変異を遂げたのだった。
「モンスターの変異、初めて見たな」
それでも、まだ俺の方が強い。
だからと言って、油断するような侺ではない。
最後まで手を抜かず戦い抜く、それが出来るのが侺の強みなのだ。
オーガ・ナイトは名前の通り、剣を扱う。
木の間から出てきたオーガ・ナイトは、2本の剣を両手に携えていた。
「剣士か。それでは、俺も剣でお相手しよう!」
氷で剣を作り出すと構える。
一通りの格闘術もマスターしている侺は、中でも剣術が得意だった。
もともとオリジンだった二人は幼いころから格闘術に関しては叩き込まれていた。
オーガ・ナイトは奇声をあげながら突進してくる。
変異してからオーガ・ナイトの魔素量は格段と上がっていた。
その自信からか、にやりと口角を上げると2本の剣を振り上げて侺へ向かって走ってくる。
侺はその様子を見ながら、氷の剣を下方向で構えなおす。
目の前にオーガ・ナイトが到着し、剣を振り下ろす直前に侺が動く。
オーガ・ナイトの左側をすり抜けざまに、左のふくらはぎに一閃、そのまま返しで後ろから腹部に剣を突き刺す。
「ごがあああああああ!」
オーガ・ナイトが痛みのため叫び声をあげる。
突き刺したままの剣に魔力を流し込む。
「氷龍よ、彼の者を凍てつかせろ」
すると、剣が突き刺さっている腹部から身体がどんどん凍っていく。
もがくが、すぐに全身が凍り付き、動けなくなる。先ほどとは違い、体の中から血液も含めて凍らせているため、解除が出来ない。
オーガ・ナイトは断末魔の叫びをあげながら凍り付き、そして砕け散っていった。
侺は素早く魔石を回収すると共に、周りにモンスターが残っていないか注意深く確認する。
周囲にモンスターの魔素は確認できなかった。
寮からここまでの間にモンスターは居なかった。
だとしたら、校舎の方にモンスターが集まっているはずだ。
厘が向かったからよっぽど大丈夫だとは思うが、他の方角からモンスターが来ないかを確認する。
「風の精霊よ、我にあだなすモノの位置を導きたまえ」
索敵の魔法を詠唱する。
すると侺を中心に穏やかな風が流れ出ていく。
今は、この前張ったシールド内だけの索敵に留める。
現状でシールドが破られていないということは、まずは中の敵に集中するべきだ。
だが、最悪の場合の事を考えて…。
「風の精霊よ、我らに守護を与えたまえ」
続けて風魔法を詠唱する。
シールドの内側に、更にシールドを施す。
補助アイテムを使用し、厘と二人で張ったシールドよりは弱いが、万が一シールドが突破されたとしても
少しの間は時間稼ぎができるはずだ。
「よし、とりあえずモンスターは校舎の方とユウのいる方だけか。となると…」
侺はユウの所まで戻る。
ほとんど倒し終わっているが、あと数匹のモンスターが残っていた。
ユウは息も上がっており、かなり疲労が蓄積していた。
「ユウ、加勢する」
「侺!?戻ってきたのか!助かる!」
ユウは侺に背中を預けた。
5人ほど集まって更にその中にチェンジャーが一人いてやっと1匹倒せるほどのモンスターが5匹。
周りに転がっている魔石は十数個。
ユウはやっぱりかなり強くなった。が、まだ実戦経験が少なすぎる。
無駄な動きが多く、体力を消耗しているな。
「ユウ、まずは回復だ。お前も戦いながら回復することを覚えろ」
「え?回復…?俺の得意な魔法だよなそれ」
「光の精霊よ、彼の者を癒したまえ」
光がユウの中に入っていく。
すると、切り傷や疲労といった負の要因が取り除かれる。
「おぉ!そっか、回復したらよかったのか!」
「あぁ、だが、まずは魔力の使い方をマスターしないと、魔法発動に時間が掛かって回復するタイミングがつかめない」
厘や侺は当たり前のようにすぐに魔法を行使しているが、それは並みならぬ努力の結果、発動スピードがかなり上がっているからだ。
普通、魔法を発動するために、体内の魔力を練り、そこから属性ごとに力を振り分け、
振り分けた魔力をためてから行使したい魔法の詠唱をして魔法を発動させる。
光魔法や、闇魔法は出力が高い魔法がほとんどで、魔法発動までに時間が掛かる。
だから、光や闇魔法の使い手は後方で守られながら魔力を練って、タイミングを見計らって回復や、強力な攻撃魔法へと転じるのだ。
だが、今ユウは一人で戦っていたため、回復魔法に必要な量の魔力を練ることが出来ないでいた。
「確かに、俺は身体強化魔法でいっぱいいっぱいだった。凄いな!侺は」
「ユウ、全力で戦っていい。俺がサポートに回る」
ユウは頷いて、身体強化を自分にかける。
「光の精霊よ、我に力を与えたまえ!」
身体強化魔法の発動時間はかなり短くなったようだった。
この短時間でかなりの成長を遂げたようだな。
これなら本当にサポートだけで終われそうだ。
モンスターと戦って出来た切り傷などを、瞬時に侺が治癒していく。
その間も、ユウはモンスターを殴り倒していく。
すると、最後の1匹になったようだ。
「これで終わりだ!」
ユウは身体強化した体でモンスターを殴り飛ばした。
すると、モンスターは地面に転がり、魔石がモンスターの外に出てくる。
この魔石が外に出てきたら、そのモンスターを倒した証になるのだ。
モンスターの核となっているのか、魔石がないとモンスターは動けなくなる。
侺は風魔法で魔石を回収する。
それを袋にしまってからユウに向き直る。
「ユウ、おつかれ。お前、かなり強いな…」
「おぅ!ありがと…ってなんだよ、その奇妙なものを見る目は!」
実際、ユウが倒したモンスターはかなり強く、間違っても一人でしかも素手で倒せるようなモンスターではない。
若干引き気味の侺を見て、ユウは少し意気消沈する。
「そんな、あからさまに引かなくても…」
「悪い、引いたのは事実だが…それよりも驚きの方が大きい」
何の慰めにもならない言葉を言われ、ユウは更に落ち込む。
ユウは打たれ弱く、落ち込みやすいのだ。そう、かなりネガティブなのだ。
また、侺は侺で慰めるのが上手くない。
ここはあえて何も言わない方が良いなと判断する。
「ユウ、とりあえず、ここら辺にモンスターの気配はない。校舎の方へ急いだほうがいい」
そう言うと、さすがに今の状況を理解したのか、少しばかり浮上する。
「わかった。厘は先に向かってるんだな。急いで加勢しないと」
お互い頷き合うと、校舎の方へ向かう。
周りの動ける生徒達は、お互いに支え合いながら寮の方へ避難する様に指示を出しておいた。
しばらくは問題ないだろう。
先に校舎へ向かった厘が気になる。急がないと。