うわさの聖女ちゃん⑦
「こんにちはー!」
聖女アスカが元気よくガゼボに向かってくるのを、着席していたカタリナとフランシスカは立ち上がりつつ待った。今日も張りのある声で手をブンブン振りながら挨拶をしている。
「こ、こんにちは?」
「えー、何で疑問系?」
と、アスカは軽く首を傾げた。
フランシスカは同じように隣に立っているカタリナの様子を伺うと、通常の令嬢の挨拶と異なることに面食らっているようだ。
この日、フランシスカはアスカとカタリナを自邸に招いた。二人の顔合わせのために設営したお茶会である。
先日、アスカがカタリナに会いたがっている事を伝えた所、カタリナも是非ともと了承した。それを受けての会合の機会を設定したのである。
「わぁ、凄く美味しそうですねぇ!」
アスカはガゼボに辿り着くと、テーブルに用意された色彩豊かなお菓子の数々に、より一層目を輝かせた。
「うちのパティシエの自信作を並べてもらったの」
「いつも手が止まらなくなってしまうのよね」
と、フランシスカが自慢げに紹介すると、カタリナも同意を見せ、嬉しいような困ったような表情を見せた。
「聖女様もスイーツはお好きなんですの?」
「大好きですぅ。……あ、私のことはアスカって呼んでください! お嫌でなければ!」
「光栄ですわ。では、私のことはカタリナとお呼びください」
と、少しずつ距離が縮まっているようである。
フランシスカは(滑り出しは好調)、と胸を撫で下ろした。
三人が着席すると、それぞれの目の前に用意されたティーカップに温かい紅茶が注がれ、ふわりと湯気と共に芳しい香りが立ち上る。
アスカは益々目をキラキラさせ、大きく空気を吸い込み香りを堪能していた。
「アスカ、今日はスカーフ外しても大丈夫じゃない?」
「あっ、そうですねー、じゃあ失礼して」
と、それまで頭を覆っていた不思議な模様のスカーフをするりと滑らせた。
今日は幾何学模様のような柄が全体に配置されている斬新な色合いのスカーフである。
「もしかして、そちらのスカーフには何か意味がおありなのかしら?」
「はい、一応聖女なので、お忍びのお出かけは身分がばれないようにっておじい――えーと大神官と神官長と神官長補佐がうるさ――言われているんですぅ。因みに、このスカーフは特殊な加工がされていてですね、聖なる力を阻害して認識できなくできるんですよねぇ。高かったです」
高いんだ。と、フランシスカは脳内で呟いた。
「そうなんですぅ」
どうやらまた、口に出していたようだと気づくフランシスカであった。
「あんまり聖なる力を出しっぱなしにしてフラフラしてると悪いおじさんに連れていかれちゃうかもしれんって。おじいたちが」
子供かよ。と、フランシスカは脳内でつぶやく。
「ねー、ほんと過保護ですよねぇ」
あれ? また漏れてた? とフランシスカが首を傾げると、カタリナが「全部聞こえてますわ」と小声で伝えた。
「ところで、アスカ様は何の出来事があってチェスに興味を持たれたのかしら?」
と、カタリナが尋ねると、丁度摘んだ焼き菓子を口にしたばかりのアスカは、一瞬「ぐっ」と詰まらせた。
「ええっと、先日の全国大会を見て、お二人の対戦とか凄いなって思ってー」
なぜかもじもじと両手の人差し指を突き合わせている。
「ああ……そうよね、見に来てたよね」
フランシスカは、全国大会の退場時、やはり不思議な柄のスカーフを被ったアスカと目が合ったことを思い出す。それと共に決勝を逃した事を思い出したのか、少々苦い表情を見せた。
「それで、ちょっと面白そうだなーって。やってみたいなーって思ったんですよぅ」
と、上目遣いで二人を交互に見ていた。
「せっかくだから、一局いかがですか? もしかしたらお教えできることもあるかもしれないし」
「えっ、いいんですか?」
「うん、練習になるし、私もそれがいいと思うわ」
侍女たちを呼びチェス盤の用意をさせると、アスカは緊張からか少しビクビクと落ち着かない様子になった。
「はわわ……めっちゃ緊張するぅ。オートにしたいよぅ」
との言葉に、ふとフランシスカが反応した。
「そう言えば"オート"って結局どう言う感じなの?」
「おーとって何ですの?」
「自動で動くこと? って聞いたような気がするわ」
「そうそうそうですー。自動で行動できるんですぅ。緊張する時とか、オートモードにすると勝手に動けるので楽なんですぅ」
フランシスカもカタリナもわかったようなわからないような表情で、うっすらと眉間に皺を寄せ首を傾けている。
「トランス状態、って言うことかしら?」
カタリナが「もしかして、」と前置きをして尋ねると、
「そう……かな? うーんでも近いかも?」
と、アスカは微妙な肯定を返した。
「でも、それならその間は楽しさ半減になってしまいますわね……」
「うーん、確かにそうかもね」
「考えてみたら、そうかもですねぇ……自分でやってる感、少ないですもんねぇ」
アスカはしゅんとして俯いた。
「先ずはオート? を使わず普通に対局してみましょう。大会に出る時は、どうしようもなく緊張してしまってとても困った時にオートを使うことにしたらどうかしら?」
不安そうではありながら同意したアスカは、数回勝負してみたところ、オドオドとしながらもなかなかの筋の良さであった。
流石に全国大会優勝者と準優勝者の二人に勝利することはなかったが、試しに一ヶ月後の中央大会に出てみてはどうかと進言した所、心許なげでありながら「挑戦してみる」と言う返事だった。
一度、カタリナとフランシスカが興味を持ちオートでの対局を試してみた所、普段のアスカとは全く様子が異なり、背筋をピンと伸ばし、挙動に不安なく淡々と駒を進めていた。
ただ、本人の実力としてはどちらでもあまり差異が無いようだ、と二人は判断した。
「それにしても全く別人ね」
「ほんとほんと。でも、こっちの方が聖女っぽいかも」
などと話していると、オートを解除した後に「ひどいですぅ」と二人は怒られた。
そこで、オート中でも話は聞こえるんだと理解したのである。
そんな経緯があったのだが、今現在目の前のアスカは"オート"での対局になっていた。
対局の相手は、全国大会一般部門で毎回優勝している、ある男性であった。