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うわさの聖女ちゃん②

「御招き頂きありがとうございます。王妃陛下におかれましては」

「ああっ、そんな堅苦しい挨拶はいいのよ! さあさあ、こちらにいらして頂戴!」


 庭師に丁寧に整えられた庭園の中央に位置するガゼボに豪奢な女性が着座しており、二人の挨拶を笑顔で制止し手招きをしている。


 ガゼボの周りにはぐるりと様々な種類のバラが植栽されているのだが、その豊かな色合いの最も密集している箇所にゆったりとした肘掛け椅子が配置されている。そこが、着座しているその女性、王妃陛下・エリザベートのお気に入りの場所である。

 エリザベートの呼びかけに誘われてカタリナとフランシスカが向かうと、肘掛け椅子の両サイドに一脚ずつ椅子が置かれており、二人は促されてそれぞれの椅子に体を沈めた。


 この王宮自慢の庭園、そしてガゼボに招待されることは、国内の全ての女性たちの憧れと言われている。

 二人は既に何度も招待されているエリザベートのお気に入りだ。

 大変名誉な事であるし、提供される茶も菓子も素晴らしく、毎回実に豊かな体験なのであるが、この日だけは様子が違った。というのも、つい先日、カタリナはエリザベートの愛息である第二王子との婚約が解消されたばかり。今回の茶会は、もしかして先日の騒動を無かったことにし、改めて婚約を結び直す打診ではないか……とカタリナとフランシスカは訝しい気持ちを持ちつつ王宮に足を向けたのである。

 既にカタリナには王弟殿下との婚約が整っていたので、まさか、とも思ったのだが、第二王子との婚約はこのエリザベートが非常に強力に推していた話であり、確実に無いとは断言できなかったのだ。


 そんな訳で、二人は警戒しながらもそれぞれエリザベートの隣に着座した。

 するとエリザベートは開口一番、


「カタリナちゃん、フランシスカちゃん、この度は本当にごめんなさいね」


 と、眉を下げながら二人に目を合わせた。


 (いきなり直球きたっ!)

 

 と、フランシスカは動揺しつつ目を泳がせていたのだが、一方のカタリナは涼しい顔を崩さず「恐れ多いことでございます」と目を伏せた。


「わたくしが至らないばかりに、王妃陛下にはご心労をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」

「いいえ……いいえ! 全く、あのバカ息子!」

 エリザベートは憎々しげに毒を吐いた。


 フランシスカは(エリザベート様って怒ると怖いのよねー)などとぼんやり考えつつ二人を眺めていた。そして(でもまだそこまで怒っていないのかも。エリザベート様って笑顔で怒ってる時が一番怖いのよね)と、他人事であるかのように、若干不敬な考えを巡らせていた。すると、


「ねえ、ではフランシスカちゃんは……どうかしら?」


 フランシスカは話の流れが分からず「はい? 何がですか?」と聞き返した。エリザベートを挟んだ向こう側で、カタリナが苦い顔をしてフランシスカを見ていた。その目は「ちゃんと聞いてないと不敬よ」と告げている。


「ほら、あんなことがあったけど、カタリナちゃんの気持ちをちゃんと聞いてなかったと思って。それで、あの子ともう一度婚約を結び直すのはどうかしら? とカタリナちゃんに確認したのだけど、難しいわよね。だって、ものすごい速さで別の婚約が決まってしまったでしょう?」


 この、『ものすごい速さで別の婚約が決まってしまったでしょう?』のところで、エリザベートが口角を上げて笑顔を作った……のだが、目が全く笑っていないことに二人は気づいている。


「だからね、とても……とても残念だけど、カタリナちゃんの事は諦めるしか無いのかなって」


 そうそうそうそう、そうですよ! とフランシスカは肯首でもしてしまいそうな勢いで、うっすら身を乗り出す。が、ちらりと見えるカタリナの表情は思ったより芳しくない。というか、まるでこちらを心配しているかのような表情をしているのは何故なのかと、フランシスカは気取られぬくらい緩く首を傾げた。


 すると、エリザベートがいやらしくニヤリ、と口角を上げてフランシスカを見据えた。


「あの子、あの騒動でフランシスカちゃんと婚約したいって言ってたのよね?」


 今更ながら、フランシスカはエリザベートの意図に気付いた。


 わ た し か !


(いやでも考えてみたらそうか! すっかり忘れてたけど、あの時隣に居させられて『真実の愛』だかなんだか訳わからないことを言われてたっけ! すっかり忘れてたけど! 本当に忘れてたけど!!)


 フランシスカは突然の出来事に、背に何筋も汗が流れていくのを感じた。動揺を隠すような余裕はなく、落ち着きなくエリザベートやカタリナや空やバラや床に目線を彷徨わせた後に、苦肉の策として「わたくしお花を摘みに」と席を立った。



 季節は春。

 ガゼボを離れても、そこここに色とりどりの花々が散りばめられ、目に飛び込んでくる。様々な色の氾濫のようでいて統一感があり、フランシスカは眺めながら(流石王宮自慢の庭園!)と称賛する。

 それらの豊かな自然を堪能しているうちに気持ちが落ち着いてきたようで、足取りも少し軽やかになったようである。


 そもそも、フランシスカの心臓が強いとはいえ、自国の王妃陛下と気軽にお茶を飲むことに緊張しないわけでは無いのだ。更に、好きでもない第二王子(あいつ)との婚約の打診だなんて。

 フランシスカはふう、と溜息をついた。

 そして、少し自然に癒されて気持ちを立て直すことにしよう、と歩みの速度を益々緩くした。


 ふんわりと色濃い緑などにも目をやりながら、植物を満遍なく眺められるように敷地を周回している小径を踏み締めていると、ふと、不自然に草木が踏まれる微かな音が耳に届いた。


 思わず立ち止まりそちらに目を向けると、木々の奥の方に、もそりと揺れる動きを感じる。

 少し首を傾げ注視すると、音が聞こえた辺りから、何かが、ザザ、ザザ、ザザザザと音が激しくなりつつ近づいてきた。

 そして、かなり至近になった辺りで、突然茂みからザバッと何かが飛び出した。


 驚愕しつつ見るとそこには、頭に不思議な模様の入ったスカーフを被り、両手に小ぶりな木の枝を握った少女が、目の前の茂みから身体を出していたのである。満面の笑みで。

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