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しんじつのあい、再び。(婚約破棄リターンズ) 後編


 会場の重厚な扉がゆっくりと開き、その向こうには凛とした様子の豪奢な女性が入場するべく佇んでいた。


 髪は丁寧に高く結い上げられ、キラキラと眩い宝石が散りばめられた髪飾りが輝きと彩りを添えている。広く開いた首元には確か国王陛下の瞳の色とされている大粒のアメトリンの首飾り、全面に細やかな金糸の刺繍が施されているドレスは明るい紫色である。


 優しくたおやかでありながら有能であると誉高い、王妃陛下エリザベートである。


 扉をすり抜け進み始めるエリザベートを見、(あれ、すんごい怒っているよね)とフランシスカは思った。

 フランシスカとカタリナはエリザベートとは定期的な茶会があるなど面識があるのだが、彼女の恐ろしいところは、立腹した際も一見笑顔でありながら沸々と内面に怒りをたぎらせ、圧として滲み出してくるところだ。

 笑顔の人物と対峙している筈なのに、何故だか冷や汗が止まらないのだ。


(うん、エリザベート様、めっちゃ怒ってる)


 メドゥーサという神話の怪物の話を思い出し、不敬にも(存在するとしたら、こんな感じかもしれない)などとフランシスカは思う。

 そしてカタリナにチラリと視線を送ると、扇の隙間から「圧がすごいですわ」と唇が動く。フランシスカは同意を込めて目で合図した。



「一体何事です」



 エリザベートと、更に周囲からの視線を一身に集めたラインハルトは、説明をしようと慌てて壇上から降りて来た。動かないように足を踏ん張っていたアスカも、嫌々引っ張られ連れてこられた。


「わ、私は聖女アスカとの真実の愛に従って婚約破」

「ありません!」

 そして即刻アスカからの突っ込みが入り、言い訳の言葉が中断させられる。どうしても最後まで言わせない、強い意志がアスカから感じられる。


 場内の人々は二人の状況を見、「よっぽどかよ」と笑いを堪えている。肩を震わせている者は恐らく声を殺して嘲笑っているのだろう。(いやもう気づけよ)(諦めろ王子)と、誰もがそう思っている様子である。


 またその一方で、今まさに婚約破棄されるところである令嬢ディートリンデは、指示さえあれば秒で動けるようにペンを持つ手を構えたまま、さっきから微動だにしない。


 人々は小さな令嬢の背中とペンを持ち固定された右腕を目にしているのだが、その背中は、今まさに自らの運命の分かれ道に差し掛かっているかのような緊迫感を纏ってさえいる。その一角だけ空気が異なることを誰もが感じ、「何あの緊張状態」と囁き声が聞こえてきている。

 ディートリンデは、“婚約破棄の書類にサインをする”、そのただ一つの行動を完遂するべく、今この瞬間その他の行動一切を考えから外しているかのようである。


 王妃はそれらを含めた会場内をゆったりと見渡し、確認すると、ふうと溜息をついた後、パチンと扇を閉じて言葉を発した。


「状況はわかりました」


 人々が(え、このカオスな状況を速攻理解できたんだ!(さっすが王妃陛下!))と思い、エリザベートに耳目を集めていると――エリザベートは徐に、にやり、と少々いやらしげな微笑みをつくった。


 フランシスカは(あっ、あの笑み)と心の中で叫ぶ。そして(あれは、悪巧みをされたときのお顔……)と背を冷やす。チラリとカタリナを見るとやはり扇を広げつつもこちらに目配せをしている。同じ思いで事態を見守っているようだ。


「婚約破棄――いいえ、婚約は解消致しましょう」


 そしてエリザベートはディートリンデに、


「その(ほう)には辛い思いをさせましたね。勿論、責は此方に。王家としては出来る限りの対処を致しましょう」

 と、私信の無い笑みを向けた。


 ディートリンデとその侍女の心からの安堵と、極々僅かに抑えられた歓喜の声が聞こえてきた。

「お嬢様っ……おめでとうございます!」と侍女は感極まった表情さえし、手を取り合っている。よっぽど安堵したのであろう、最早その行動が不敬であるとは気付いていない……しかも、目元にキラリと光るものさえ見られている。


 その一方でラインハルトは「母上、では」と期待したような声と明るい表情をエリザベートに向けた。

 隣のアスカは状況を見守っているようで、口を一文字に引き結んだままエリザベートをじっと見つめている。


 エリザベートは、ラインハルトに一瞬冷淡な表情を見せた後、


 にやり、


 と再びいやらしく微笑んだ。


 フランシスカは恐ろしさに息を飲んだ。

 カタリナも同様にである。


――何かが起こる予感がする……!


 図らずも青ざめた二人は、エリザベートの次の言葉を待った。


「貴方に、他国にて新たな縁談のお話がありますのよ」


 と、エリザベートはチラリとラインハルトを見た。

 ラインハルトは自身に都合の良い想像とは異なったためか、拍子抜けたような表情を見せた。

 そして隣ではアスカが人目も憚らず派手なガッツポーズと共に「いよしっ!」と雄叫びを上げた。


 更にエリザベートはニヤニヤと不穏な笑顔を見せ続けながらラインハルトに言葉をかけた。


「実は、既に貴方がそちらへ行く手筈は整えているのですわ。もう、手当たり次第勝手に婚約の打診をするなんてことは許しませんよ。ふふふ」


 “許しませんよ”、の箇所に他より力が籠っているのは気のせいか。


 すると青ざめたラインハルトが震えながら叫んだ。


「北の国か!? い、嫌だ! 北には行かないぞ!」


 この国の北には友好国があり、そこには騎士も真っ青の肩甲な第一王女がいる。


 真面目でちょっぴり粗野、戦いが三度の飯より大好きで、色んな争いに首を突っ込んでいたら名声も轟いたが行き遅れと言われる年齢になっちゃった(テヘペロ)――と、最後に大会で顔を合わせた時にぼやいていたある女性のことをフランシスカは思い出す。そう、北の王女もチェス繋がりでカタリナやフランシスカと友人なのである。

 ラインハルト(こいつ)が行ったら、多分鍛え直されるんだろうなぁ、とフランシスカはほくそ笑む。そして(それもまたよし)とも思う。だが、


「あら、北ではありませんわ」


 とエリザベートは笑みを深めて告げた。


「……えっ。で、では、私はどこへ……」


 ラインハルトは恐る恐るエリザベートに尋ねた。大層不安げな表情である。

 するとエリザベートはニヤニヤと嬉しそうに言葉を放った。


「南の王女様のところへ。貴方を映えある13番目の王配に迎えても良いそうよ」


 エリザベートは優美にほほほと場内に笑い声を轟かせた。


 人々は思った。(ハーレム入りかよ)と。


 そしてアスカは「知ってる! 逆ハーよね……!」と呟いた。

 更に「こんなところで乙女ゲームと言われるジャンルの有名なルートが見られるなんて胸熱っ」と(一応)控えめに興奮している。

 カタリナが隣で「あの子、また何かわからない事を言っているわ……」と呟いているのが聞こえた。


 南の国は女王のみ一妻多夫制の国である。


 南の国は男の気質が兎に角ぐうたらで、王を立てるとぐうたらな政策ばっかり繰り出し、ぐうたらが蔓延して国力が激しく落ちるのが常だったのだそうだ。そのため、長い間南の国の印象は『何だか皆ダラダラしている国』というものだった。

 しかし、ある代替わりの時に気まぐれのお試しで女王を立ててみたところ、何と国力がぐんぐんアップ。そこで以降は有能な王女を女王として立てることが伝統になっているのだそうだ。

 因みに今世の女王はつい最近、前代の女王が「普通の女に戻りたい」と言い始めて不本意にも王位を譲られた若い女王なのだが、王配をたくさん得ているふしだらな女王として有名な人物であった。


 ラインハルトは見る間に青ざめて声を無くしている。

 そんなラインハルトの状態を露ほども気にすること無く、エリザベートはふう、と困った様に表情を変え、頬にそっと手を当てる。


「ただねぇ、条件があるのですわ……」

「ななな、何ですか」

 狼狽え、後ずさったラインハルトにエリザベートは言い放った。


「痩せてから来てほしいそうよ。なので貴方」

 エリザベートは、扇の先でラインハルトを指し示して宣言した。

 

「本日から粛々と減量していただきますわ! 衛兵!」

「「「「「はっ!」」」」」


 気付けば、エリザベートの背後に不自然な人数で整列していた衛兵たちが、捕獲のためにラインハルトの周辺に放たれ、ジワジワと対象(ラインハルト)との距離を詰めている。


 場内の人々は皆「行け! 衛兵行け!」と手に汗を握り、捕物を見ているようだ。


「い、嫌だ。行きたくない」


 側近予定だった令息たちがほんの少しラインハルトの側にいたのだが、今はすっかり後ずさりラインハルトから離れていた。

 ラインハルトはキョロキョロと振り返り叫ぶ。


「き、君たち! 側近なんだから助けろ!」


 だが令息たちは王子と目を合わせないように、益々距離を取り始めている。どうやら関わり合いになりたくない様子だ。()の国について行く気などさらさら無いのであろう。

 そしてアスカはというと、ラインハルトの手が緩んだタイミングでとうに大神官達のところへ逃げている。


 衛兵達が丁重な様子でありながら無事にラインハルトを捕獲したことを確かめると、エリザベートはふわりと優雅に身体の向きを変えた。と同時に、その視線の先にある両開きの扉が再びゆっくりと開かれる。それを合図に、衛兵と彼らに捕まったラインハルトはエリザベートの背後へと移動した。

 先頭となったエリザベートは、扇をふわりふわりとひらつかせながらほほほと優雅に扉に向かう。


 衛兵に両脇を抱えられたラインハルトの「いやだああああああぁぁぁ」という断末魔の叫びと、エリザベートの高らかな笑い声が少しずつ遠ざかって行く。

 カタリナが溜息をつき、ポツリと「王子ですのに恥も外聞もありませんわね」と辛辣な言葉と共に眉間の皺を深くする。


 扉に到達するとエリザベートは振り返り、


「お騒がせしましたわね。皆様は気にせずこの後もお楽しみになって」


 という労いの言葉の後、重厚な扉はゆっくりと閉じられた。


 アスカはと言うと、おじいズに「良かった良かった」と言われながらバンバン肩を叩かれていた。


「「「第二王子(ラインハルトさま)はやだよねー」」」

「ねー!」


 向かい合って同じ方向に「ねー」と頭を傾けている。

 更に「危ないとこじゃったな」とも聞こえてきて、フランシスカは(人攫いかよ)と脳内で呟く。

 するとすぐさま優秀な侍女に「お嬢様、お言葉」とうっかり下げていた扇子を口元にやんわりと戻された。

 また言葉が漏れていたようである。




 その後、ラインハルトは分刻みのスーパーハードなトレーニングを提示され、始めは拒否していたのだが、「ならば食べ物は与えない」とエリザベートによる強行案が提示されたので渋々従った。


 そして三ヶ月後そこそこ立派な体躯になり、嫌々南へと向かったという。

 身体作りは成功したが()の国に向かう表情は限りなく暗く、豪華な馬車を見送るスーパー野次馬モードの民衆に手を振るが、その勢いは立派になった体つきに見合わない、吹けば飛ぶような弱々しい動きだったという。

 だが、「憂いが加わって素敵」と言う声もあったと言えばあった、ような気もしなくもない。



 後日、カタリナとフランシスカはエリザベートに招待され、王宮のガゼボで茶会が催された。


「食すわけでは無いから肉は不要。削ぎ落としてから寄越してと言われたのよねー」


 とエリザベートは優雅に微笑む。そして、


「恥ずかしながら同行させる側近がいないってお伝えしたら、『ちゃっちゃっと適当にやっておくから身一つでいい』と仰ったのでサクッと送っちゃった(テヘペロ)」と宣った。


 二人は「やはり“王妃陛下”とは、例え身内でもさっくり切り捨てる強靭な心と冷酷さが必要なのか」と実感を新たにしたのであった。

次はラインハルトのその後に予定ですが、暫くお時間いただきます。

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