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うわさの聖女ちゃん Final

「あんな所でどうしたのでしょう、アスカ様。気になりますわね……でもわたくし、そろそろ対局の時間ですわ。また後ほど」

「あ、私もだわ。では後で」


 カタリナとフランシスカはアスカの様子を気にしながらも、その場を離れた。

 フランシスカが対局の相手と挨拶を交わし、ふと気になってアスカがいた場所を見ると、アスカは柱から半顔を出し対局中のディオンを凝視していた。


(やだ、ホント不審者)


「ふしん……何ですか?」


 目の前の対戦者が不思議そうな表情でフランシスカに尋ねた。


「あっ、いいえ、何でもありませんわ」

「そうですか?……では、宜しくお願いします。フランシスカ様とこのように向かい合えますこと、大変光栄に思います」


 対戦者と笑顔を交わし、フランシスカも表情を引き締め、チェス盤を見つめた。




 全ての対戦が終わり、参加者はチェス盤が片付けられ、広々とした空間になった会場に再び集められた。これから表彰式になる。

 白熱した戦いも幾つか見られたようで、未だ興奮冷めやらぬ様子の会話がちらほら見られている。


「あら、ご一緒だったのですね」

 フランシスカは、近づいてくる王弟殿下とカタリナに微笑んだ。

「ええ、最後の対局が終わった後迎えに来てくださって」


(近くでじっと待ってたんだろうなー、忠犬のように)と、フランシスカが予想すると、

「ああ、片時も離れたくないからね」と王弟殿下に即座に返された。


 またうっかり考えを口にしてしまったらしい……とフランシスカは若干気まずくなったのだが、当の王弟殿下はさほど気にもせずカタリナを熱く見つめている。大層甘い雰囲気のようであるが、一方のカタリナは普段通りの表情を崩さないまま、「アスカ様はどちらへ行かれたのかしら?」と呟いた。


「聖女殿もいらしているのか?」

「ええ、参加されているのです」

「観客ではなく参加!? 何故?」

「チェスに興味を持たれたと仰ってましたわ」

「あれ……? でも、対戦した覚えがないのだが……」

「恐らく、気付かれなかっただけですわ。変装されてますもの」


 (あれは変装と言えるのだろうか?)と思いつつも、フランシスカは首肯した。


 その時、大会の運営委員たちが入場してきた。

 得点の集計結果らしき書類を携え、会場奥の壇上に登って行く。自然に参加者の口数が少なくなり、会場内にうっすらと緊張が漂った。


 恐らく運営委員長であろう中央に立つ人物が、一つ咳払いをした後、今回の大会の総評が述べられる。


 ふと、フランシスカは視界の中で何かが不自然に動いたことに気づいた。

 その方向を見ると、壇上に上がる途中の柱の影に隠れ、もじもじしながらこちらを窺っているアスカらしき人物を発見した。頭を覆う例のスカーフの端が、ちらり、ちらりと覗いている。


「あの子、本当に何をしているのかしら」

 フランシスカは思わず呟いた。


 授与式は最優秀者のみ壇上に上がり、その後で男女三人ずつ優秀者が読み上げられる。最優秀者として、予想通りディオンの名前が読み上げられ、ディオンは壇上に向かっていく。


 その様子を見ている人々が、(また、いつものようにすっ転ぶのではないか?)と心配、或いは訝しげな様子を見せていると、


「あっ」


 と、誰かが声を上げた。


 刹那、銀縁の眼鏡がキラキラと輝きながら、放物線を描きつつ落下していくのが確認された。


 予想を裏切らず、ディオンは躓いた。

 何もない、平坦な場所で。


 眼鏡が落ちて行くその軌跡と、ディオンが床に伏している様子を見、人々は生ぬるい表情をして(いつも通り)と苦笑いをする。最早お約束である。


 するとその時。


 離れた柱の影にいたはずのアスカが、猛ダッシュで眼鏡に向かって行った。


 そしてスライディングする勢いで、床に這いつくばって眼鏡を探すディオンの足元にキッ、と急停止する。

 それからその至近な位置で「もう、仕方ないわね」と親切にも拾ってあげようと手を伸ばしていたご婦人が、あとほんの数センチのところで手にする筈だった眼鏡を、ごく自然な動作で掻っ攫った。


 アスカは眼鏡を探していたディオンの手に「こ、こちらですわ」と震える手でその戦利品を乗せると、無事眼鏡を取り戻し慌てて装着したディオンを、"この眼鏡をあなたに届けたのはわたしです!" と言いたげにじっと見つめている。


 カタリナとフランシスカは唇を半開きにしたまま、その様子を眺めていた。

 驚いてだらしが無い表情になっていることを察したのであろう、カタリナはすぐに扇で口元を隠した。しかし瞠目したままである。


「あざとい」

「あざといですわね」


 アスカはディオンに見つめ返され「ありがとう」と言われると、「はわわ」と言いながら赤くなった頬を両手で隠し高揚した状態で――



「いっ、いえっ、お役に、立てて、この上なき、幸せにごじゃりますれば!」



 と、叫んだ。

 本人が思っていたよりも、その声は室内に響き、人々は思考停止したのか静まり返った。


 アスカは「はうっ!」と言って重ねた両掌で口元を覆っている。


 ディオンだけでなく、うっかり周囲の視線も集めてしまったことに気づき、アスカは「はわわ」と後退りし、慌てて立ち去った。

 不思議な柄のスカーフをはためかせながら。


 我に返った観客の一人がポツリと「ねえ、あの方なんとなく見覚えがない?」と言った。

 その隣の人物が「そういえば……なんとなく今日初めて会う気がしないわね」と返している。


「「どなただったかしら……」」


 会場のそうした若干のざわめきを受け、口に出さないよう細心の注意を払って(聖女だよ聖女)とフランシスカは思う。


 そして逃げ去るアスカの小さくなっていく背中を見ながら、


「成程」

「なるほどねぇー」


 と、カタリナと二人、逃走を見送ったのであった。


「え、あれは聖女殿なのか?」

「ええ、そうですわ」

 カタリナがこっそり王弟殿下に伝える。


「あの被り物は何なのだ? まさかあれが変装なのか?」

「そうですわ」

「……やはり聖女殿は一風変わったお方だ」


 スカーフの事では無いのだけれどそれには同意する、とカタリナとフランシスカは互いに目配せした。


 中央大会は、王弟殿下は最優秀者を除いた男性の一位、フランシスカとカタリナはそれぞれ女性の一位と二位、アスカは健闘したのだが五位だった。




 その後、日を改めて二人はアスカに事情を問い詰めるための茶会を開いた。


 アスカが言うには、事の起こりは全国チェス大会 一般部門でのこと。アスカは視察と称してお忍びで観客に紛れていた。

 その時もディオンは最優秀者として壇上で表彰された後、壇から降りる際に盛大にすっ転んで眼鏡を飛ばした。だが、その眼鏡がない顔を見て、


(やだ! 好みのタイプ!)


 と、アスカは瞬時撃ち抜かれた。

 また、その時に無事眼鏡を装着し直し「眼鏡がないと落ち着かない」とツルを弄りながらブツブツ言っていたのを聞いて、


(はうっ、自分と同じだ!)

 とシンパシーを感じ、


(これは最早、推し……!)


と射抜かれたそうだ。


「でも! チェスに興味を持ったと言うのは本当ですよ! 不純な動機じゃないです!」


 と、あわあわと焦りながら言い訳を捲し立てた。



 カタリナとフランシスカは、そんな興奮して話すアスカの話を聞きながら「恋とは不可思議なものである」と再認識したのであった。

一日置いて、4日に次の話を上げる予定です。一話完結の予定ですが、もしかしたら前後編の二話かもしれません。その次はまだ煮詰めていないので、暫く間が開きます。宜しかったらまた見にいらしてくださいね!

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