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銀河鉄道に乗った気分で噂のきさらぎ駅に向かう

作者: 恵京玖


 ガタンと言う音と震動で僕こと椎名 岳は目を覚ました。


 目を開けた時に飛び込んできたのはイチがいて、「いよ!」と言って手をあげた。その笑顔がめちゃくちゃ爽やかで思わず僕もつられて笑ってしまう。

 だけどイチが僕の目の前にいるのはおかしい。だってイチは一週間前、事故に遭って病院にいる。そして意識不明だったはずだ。

 ここは夢の中なのだろうか。



 今、僕がいる場所は電車の中だった。壁に沿うように設置されている長椅子のようなロングシートに座っている。ボックスのように向かうような形で座れないから、少しイチが身体を傾けて僕を見ている。

 イチ、唐木 一は小学、中学時代の親友だった。だけど高校は別々だったから、あまり接点がなく、風の噂にしか今の彼の事を知らない。

「ガク?」

 僕はイチを呼んだ。パッと振り向くとニコニコと笑ったイチがいる。恐る恐る僕は聞いた。

「ねえ、イチ。この電車、何処に行くの?」

 イチは首を傾げて「さあ?」と言い、そして悪戯を思イチたような笑みを浮かべて、


「きさらぎ駅じゃないかな?」


 と言った。

 車窓の景色が夕焼けに染まって、真っ黒な影と真っ赤な光のコントラストが不気味だった。ガタンガタンと音を立てて進む電車は鈍行のように遅い。でも電車の中はとても新しい。ロングシートも真新しいし、上には画面は真っ暗だが電子掲示板がついている。

 電車内にはお爺さんが一人いる。

「きさらぎ駅って銀河鉄道に似ているよね」

 イチが突然、そう言って俺は「なんでだよ」と言った。


「だって電車だし、向かっている場所は死後の世界でしょ?」

「……え? きさらぎ駅ってなんだっけ?」

「あれ? ガクってきさらぎ駅って知らないの?」


 僕は首を振って、スマホで調べたらネットを調べると都市伝説のようなものだった。

いつも乗っていた電車が停まらず、知らない駅に停まってしまったというものだ。匿名掲示板のスレで、実況形式に語られたものだったようだが、見知らぬ誰かに車で乗せてもらって報告は終わりになってしまう。

 異世界のような場所に行ったのか、ただ単に電車の乗り間違えたのか、その後の報告は無いようだ。

「都市伝説みたいだね。きさらぎ駅って」

 僕がそう言うとイチはニコニコになって頷いた。

「でも銀河鉄道と関係なくない?」

「えー、関係あるよ。鉄道に乗って異世界に行くっていう所」

 確かにそうだけど……。そう思っていると、ゴウッと音を立てて電車はトンネルの中に入って行った。


 小学生や中学生の時だったらイチともっと気軽に話せたんだろうけど、高校が別々になると会わない日々が続いた。ラインのやり取りも全然やっていないし、それ以上にイチとはあまり関わりたくないなとは思った。

 でも近所で親同士、仲が良かったから俺達もよく遊んでいた。小学生の時はカブトムシを一緒に育てたし、秘密基地を作ったりしていた。中学の時も同じ野球部だったから一緒に練習をして、試合だってやっていた。それなのに関わりたくないって思う自分が残酷だなって思う。


 不意にイチが言っていた銀河鉄道と言う言葉を思い出した。

 もしこの電車が銀河鉄道だとしてもイチはカンパネルラでは無いし、僕はジョバンニではない。どっちかと言うといじめっ子のザネリとモブ①なんだよな。

 そもそも銀河鉄道の夜を読んだことはあるけど、理不尽で意味の分からない事ばっかりでジョバンニが銀河鉄道に乗る前に飽きてしまった。

 僕が黙って銀河鉄道の理不尽で意味が分からない部分を思い出していると、イチが「何考えているの?」と聞いてきた。


「うん? 銀河鉄道の夜の話しって、序盤から理不尽で意味が分からない部分が多くて全部、読んでいないんだよ。と言うか、俺の中のジョバンニは銀河鉄道にすら乗っていない」

「あはは。銀河鉄道じゃないじゃん」

「だって、ジョバンニにいじめっ子たちが『ラッコの上着がくるよ』っていうじゃん。なんでラッコが悪口になるんだか」

「あー、あの時代はラッコの毛皮は最高級品だったんだよ。それで乱獲されてラッコが絶滅してしまうって事になって捕獲を禁止していた。だけどジョバンニのお父さんはラッコを密輸してくるだろうって言う悪口なんだよ」

「なるほど」

「まあ、確かに初めのジョバンニは理不尽な目にあっているけどね。バイトで心無いあだ名をつけられたり、牛乳が家に届けてもらえなかったり」

「あ、そうだ。虫眼鏡君とかのあだ名をつけてもらっていたな。あのバイトも意味分からない」


 俺の言葉にイチはクスクス笑って、解説してくれた。

 そうだった。イチは頭が良くて特に勉強をしていなくてもテストはいい点を取っていた。

だから俺は自転車に乗って十数分で行ける高校で、イチは電車に乗って都市部の高校に行ったのだった。

 朗らかに笑うイチに何となくあの噂が本当ではないのでは? と思えてきた。

 そんな時、ずっと長らく入っていたトンネルを出る。すると奇妙に大きな月が浮かぶ空と田園のような場所を走っていた。

 チラッと電車の中の人を見るとお爺さんはコックリコックリと頭を揺らしている。どうやら寝ているようだ。



 僕は「あのさ」と言いながら、車窓を見る。明らかにデカい月にギョッとしてしまう。

「この電車ってどこに向かっているのかな」

「さあ、電子掲示板が消えていて行き先が分からないからね」

「行き先が分からないのに、よく平然としていられるな。最近、部活の練習試合に行った時、電車に乗り間違えて悲鳴を上げたもん。部員全員で」

「あははは。電車内のお客さんに迷惑だな。それでどうした?」

「何とか間に合ったよ。練習する時間は無かったけど」

 イチは「大変だったな」と笑うと俺も笑ってしまった。

あの時はもう笑い事じゃないくらい全員で焦ったんだけどなと思った。電車って行き先もそうだけど【快速】とか【通勤快速】とか、停まらない電車があるからややこしくなる。


 それにしても車窓から見える場所は見覚えが無いし、何より異世界と思えるくらいの大きな月が見えて不安しかない。


「あのさ、イチ。怖くないのか?」

「怖い? なんで?」

「だって行き先も分からないんだよ」

「えー、普通、分かるだろ」

 イチは意地悪気な笑みを浮かべてこう言った。


「死後の世界だよ」


 俺は「はあ?」と返事をした。あまりに間抜けな声にイチはニコニコと笑って口を開く。

「だって、銀河鉄道の夜はカンパネルラって旅の終わりに亡くなっているじゃん」

「え? そうなの? いやいや、でもさ……」

「きさらぎ駅だって報告した人がどこに行ったか分からないだろ?」

「いや、あれは乗り間違えじゃ無いのか?」

「それに俺って事故って目が覚めていないだろ?」

 サラっといったイチの言葉に僕は何にも答えられなかった。


 ……あれ? イチの言う通りに死んだ人間が行く駅に向かっているって事は……。


「ガク、お前は、もう、死んでいるって事だああ!」

「うわあああああ」

「あはははは。ガク、ビビりすぎ」

「だって! 突然イチが脅かすんだもん!」


 僕が怒っているとイチが慌てて「しー」っと人差し指を口に当てながら、チラッとお爺さんの方を見ていた。迷惑そうな顔でお爺さんは僕達を見ている。ちょっと騒ぎすぎちゃったな。

 そして小さな声で「大丈夫だよ」とイチは言う。

「ジョバンニは鉄道に乗り続けていたら、元の世界に戻れたんだから。それに電車なんてずっと乗っていれば最寄りの駅に帰れるさ。終点に着いたら、次の日には始発となって出発するんだから」

「ねえ、イチ。お前も帰るんだよな?」

 僕がそう聞いたが、イチは何も答えなかった。



 ガタンゴトンと電車は進む。そう言えばアナウンスが無いなって言う事に気が付いた。相変わらず、何処に着くのか分からない。車窓から見える景色はクレーターさえも綺麗に分かるくらい巨大な月が見える。

 この電車が死の淵を走っていると言う事を知らなければ、非現実的で綺麗だなって思えるのに。


 イチは目をつぶってすうっと寝息を立てて寝ている。彼の姿を観察すると、何処にでもいる高校生にしか見えない。染めていない真っ黒な髪とネクタイをちょっと緩めて、少しだけ腰でズボンをはいているからダボダボしている。僕もこんな感じで制服を着ている。

 小さい頃からキャッチボールをやっていて、こいつの球はとても速かった。だから中学時代は野球部に入ってイチは投手に抜擢された。

 中学を卒業しても、今までより会わなくなるだろうけど仲はずっと変わらないような気がしてきた。


 おもむろに僕はスマホを取り出す。ラインでメッセージを送るが、なかなか親や友達は見てくれず既読にならない。

 そもそも本当に死後の世界に向かっているのか。俺が夢を見ているだけじゃ無いのか?

 そんな事を考えながらイチのアイコンが見えた。チラッと寝ているイチを見ながら、【いざ、きさらぎ駅へ!】と言うメッセージを送った。うーん、ちょっと不謹慎。

 安らかに眠っているイチを見て、僕はある噂を思い出す。


『イチがイジメをしていたらしいよ』


 中学時代ではあまり接点のなかったけど、高校が一緒だったから良く話すようになった子だ。最初、聞いた時、俺はキョトンとしてしまった。

『ほら、イチと一緒の高校に行った奴が教えてくれたんだ。なんか主犯格みたいに言われているみたい』

 僕は『まさか』と言った。ただイチはテンションが高くなるとふざけすぎたり、羽目を外した行動を起こすことがあって、そう言うのが原因でトラブルになっていた事は少なくなかった。でも特定の人間一人を攻撃するって言うのは考えられなかった。

何があったんだ? って、話しを聞きたかった。

 ラインではやり取りしていたけど、つっけんどんに【大丈夫だから】【俺も忙しい】って返されて、直接話したいと思っていたけどなかなか時間が合わなかった。


 それで、すぐにイチが事故に遭ったって親が言った。

 

「あれ? まだきさらぎ駅じゃ無いのか」

 寝ていたイチが起きて大きく伸びをした。そしてポケットからスマホを取り出して、ニヤッと笑った。どうやら僕のメッセージを見たようだ。そしてポチポチとスマホを操作する。

 すると僕のスマホがバイブした。

【本当にみんなの幸せのためならば僕の体なんか百ぺん焼いても構わない】

 イチのメッセージを見て首をひねる。恐らく何かの物語の一節なのだろうか? 疑問に思っていると、そのメッセージの下からシュポシュポとスタンプが張られる。【なんてね】とか【あれ? 僕また何かやっちゃいました?】って言うおふざけなスタンプだった。

「俺がこんなメッセージを打つ資格なんて無いんだ」

「このメッセージって何かの物語の?」

「うん。さっき言っていた、銀河鉄道の夜の一節」

 遠い目をしながらイチはそう言った。

 

 僕は「あのさ」と言って、あの事を聞いた。

「イチ、噂で聞いたんだけどイジメをしていたの?」

イチは「……うん」と頷いただけで何も言わなかった。

 僕は構わず聞いてみる。


「悪口言ったとか? 物を隠したの? もしかして暴力的な事をしたの?」

「ガクに関係ないじゃん! 別の高校だし!」

「関係なくないよ。友達だったんだから」

「高校も別になったんだから、友達でも何でもないだろ!」


 僕らが言い争いをしているとゴホンと言う咳払いが聞こえてきた。見ると一緒の車両のお爺さんが睨んでいた。

 イチも気が付いたようで気まずそうな顔でお爺さんに会釈をする。


 そのままイチと黙って僕らは電車に揺られた。

「友達でも何でもないだろう」

 イチからそんな事を言われて僕はちょっとショックだった。確かに部活とかで忙しくて大変で連絡などしていなかったけど。少なくてもイチは親友だったって僕は思っていた。でもイチはそう思っていなかったんだな。

 チラッとイチを見ると身体を傾けて車窓の景色を見ていた。その時、ゴウッという音と共にトンネルに入って行った。車窓は真っ暗になったけど、すぐにトンネルは通り過ぎて、巨大な月とちょっとした街並みが見えた。


【ザザザ……駅に間もなく到着します】


 初めて電車のアナウンスが聞こえたが、何の駅なのかノイズ交じりで聞き取れない。

 やがて駅のホームに着くが、乗車する人も駅員さんもいない。しかも屋根もなく、古いベンチしかホームには無い。田舎の無人駅みたいな感じだった。

 電車はゆっくりと停まって、ドアが開いた。それをイチと一緒に見ていた。

 良かった。イチは降りないようだ。ほっとしていると、イチが後ろの窓を指さして「ガク」と話しかけてきた。


「あっち」


僕が「え?」と言って後ろの窓を振り向く。その瞬間、イチが駆け出した。

「イチ!」

 くっそ! 嵌められた! 何にも無いのに、俺が目線を離すために「あっち」と言って後ろの窓を指したんだ。何のため? 当然、自分から目を離させるためだ。

 急いで走ってイチを捕まえた。イチは電車から出ていてホームに足をついているが、俺が腕を掴んでいるから引っ張れば電車に乗せられる。


「イチ、電車から降りるなよ!」

「うるさいな、俺はこの駅に用があるんだよ!」

「こんな現実離れしたところに、どんな用事があるんだよ!」


 俺は腕を引っ張るが、イチはなかなか電車に乗ろうとはしなかった。そうして引っ張り合いをしていると電車のドアが閉まる。だが俺達がドアの所にいるため閉まる事は出来ず、開いたり閉まったりしていた。


「ほら、電車のドアが閉まらないだろ!」

「じゃあ、電車に乗れよ!」

「いやだ!」

「なんで!」

「ちょっとくらい、ちょっとくらい俺が死んで、あいつらが後悔とかすればいいんだ!」


 僕が「どういう事?」と聞こうとした、その時。


「うるせえ! 降りるんだったら、さっさと降りろ!」


 僕らと同じ車両にいたお爺さんがいつの間にか僕の背後にいた。そしてポンと僕の背中を押した。


「え?」


 僕はよろけて電車から降りてパッと振り向く。プシューッと音を立ててドアが閉まってしまった。そして電車は走り出した。


 僕はポカンとその様子を見ていた。いや、見ているしかなかった。当然、イチも呆然とした様子で走っていく電車の後ろ姿を見ていた。



 こうして僕らは電車から強制的に降ろされた。

降りるつもりなんて無かったのに……と思ったけど、イチを引っ張っていた時を思い出すとお爺さんや駅員さんにとってはかなり迷惑な行動だった。

 駅名の看板は錆びていて行き先どころか、ここの駅がどこだか分からなかった。また時刻表も無いから、いつ電車が来るかも分からない。


「えええええ! 僕、死んじゃうってこと?」


 相変わらず巨大な月が見えるホームで僕は叫ぶ。改札口には駅員もいないし、そもそも改札さえも無い。これから死ぬんだから、お金なんていらないって事なのかもしれない。

 イチの方を見たら呆れた表情で僕を見ていた。

「ガク、落ち着けって。多分、また電車が来ると思うから」

 そう言ったが「いつまで待つか分からないけど」と付け足した。

 こうして騒いでいてもしょうがないと思いつつ、僕もイチの隣に座った。相変わらず電車の窓から見ていたけど、相変わらず不思議な空間だった。巨大な月が浮かんでいて線路の先も後ろも地面は無くて、駅のホームは夜空に浮かんでいるように見えた。このホームから出ない方がいいかも。


 風景を楽しんでいるとイチが「あのさ」と話し出した。

「なんで俺を引き留めたんだよ」

「だって電車を降りたら死んじゃうって言われたら、誰だって引き留めるよ」

 そう言うとイチは「ふうん」と相打ちを打って、黙った。しばらく無言の時間が過ぎていき、僕は意を決して、もう一度、ある事を聞いてみた。

「イチ、本当にイジメをしていたの?」

「……していたよ。でもさ、イジメって一人ではできないんだよね」

 遠い目をしながらイチは話し出した。


「高校入学してすぐに、そこの子がちょっと失敗して俺がそれについてあだ名をつけたんだよ。それが定着してクラスのみんなが色々と弄っていて……。俺はあいつが嫌がっているって思っていなかったんだよ。あだ名をつけた時、笑っていたし。あだ名を言ったのはそれっきりで、後は派手な連中がずっと弄んでいたり、パシリにしていたんだ」


 ぽつりぽつりと言うイチは俯いて話し出す。


「そしたらあいつは突然、学校に来なくなって、先生にいじめが辛くて学校に行けないって言って。そしたら派手な連中はあだ名をつけた俺が悪いって言いだして……。俺も悪かったけど、俺はあれっきりしか言って無いし、元々いじめみたいな事をしていたのは派手な連中なんだ」

「それで、イジメの主犯格みたいな感じになっちゃったの?」

「そう。あだ名をつけた奴だって派手な連中と一緒に遊んでいたから、イジメみたいな事をしていたって分からなかった。てっきり弄られているだけなんだと思った」


 そう言えば、先生もいじめと遊びが遠くで見ると分からないって言うもんな。


「名付けたのは俺だけど、それですべてのイジメの主犯格になるのは理不尽だったなって思う。でもクラスで犯人が分かれば、他の人間はそれでいいって思うんだ。自分は悪くないって思えるから。でも俺からしてみれば理不尽だなって思った」

「……だから、自殺したの?」

「事故は自殺じゃないよ。青信号だったのに突然、車が走ってきたんだし。だけど、こうして電車に乗っていると死んだ方がマシかなって思えてきたんだ」


 僕は「そうか」と呟いた。何だろう。「死んじゃダメだ」とか説教をしたくないし、可哀そうってイチは思われたくないだろうから同情したらいけない気がする。

 色々と考えを巡らせて、僕は口を開いた。


「次の電車に乗ったら、またキャッチボールしよう」

「なんだよ、それ」

「またイチと野球したいなって思って」

「二人じゃできないだろ。でもまたキャッチボールをしたいな」


 そう言って、笑いあった。


 そんな話しをしていると電車がやってきた。車内は昔ながらのボックス席があり、俺達は向かい合うように座った。車両を見るとお客さんは誰もいなかった。

「久しぶりに見たな、ボックス席」

「車窓が見やすくて好きだけどね、ボックス席。なんでロングシート席ばっかりなんだろう?」

「そっちの方が人間をたくさん収納しやすいからだろ」

「収納って嫌な言い方」

 そんな事を言いながら僕らは笑いあう。

 ふとイチがポケットを探りながら「あれ? スマホが無い」と言った。


「もしかして最初に乗っていた電車に落としたのかも」

「うわ、どうしよう」

「まあ、大丈夫だろ」

 

 そう言いながらイチは笑う。

 こうしてしばらく電車に乗っていたら、急にウトウトして僕は眠ってしまった。









「おい! 起きろって!」


 野太い声が聞こえて身体を揺らされて、パッと目が覚めると電車の中にいた。

「あれ? きさらぎ駅?」

「お前、何言ってんだよ」

 そう言うのはイチではなく、野球部の先輩だった。あ、そうだった。今日は練習試合があったから電車に乗って試合相手の学校に行ったんだった。

「ほら、さっさと降りろぞ」

 先輩にそう言われて慌てて、電車に降りる。そこはきさらぎ駅でも何でもない最寄り駅だった。見慣れた駅名の看板を見てほんの少しホッとした。


 練習試合の反省会をして後片付けを一年である僕らはやった後、ようやく帰れる。一年だけでコンビニで何か買おうぜって話しをしていると、僕のスマホが鳴った。母親のラインのメッセージだった。


【イチ君が目を覚ましたよ!】


 僕はコンビニに行こうとしていた部活の仲間に「用事が出来たから、先に帰る」と言って、すぐさま家に帰ってイチのいる病院に行った。

 まだ喋れないようだったけど、目が覚めて本当に良かったと思った。


 ただ一つおかしなことに、イチのスマホが見当たらないらしい。


 イチの母親が言うには警察からイチのスマホを返してもらって家に保管をしていたらしい。だがイチが目覚めた後、見当たらないようだ。

 あの電車に落としちゃったから……と一瞬、思ったがあれは夢だしと考え直した。


 だが僕のスマホにはイチへ【いざ、きさらぎ駅へ】と言うメッセージやイチが返した銀河鉄道の夜の一節とスタンプが張られている。

 そしてその後、こんなメッセージが張られていた。


【スマホは落とし物保管センターが預かっております】


 僕が【どういうことですか?】と打ったが未だに既読にはならない。

 それに落とし物保管センターに連絡してもイチのスマホは見つからなかった。じゃあ、何処の落とし物保管センターなんだ?


 ……まあ、いいか。イチは目覚めたのだから。

 イチはケガをしてリハビリを必要らしい。

キャッチボールの約束があるのだから、リハビリの手伝いをしないと。




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