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五歳児エミー、幼馴染に会う

 

 その日の夜、私は不思議な夢を見た。

 私の身体はふわふわと浮かび上がり、まるで雲の上にいるようなメルヘンな空間にいた。

 魔法で宙に浮くことはよくある事だから驚きはしなかった。不思議と夢だという事は分かった。

 雲の切れ目からひとつの映像が映し出される。

 赤子を抱える母とそれを愛しげな目で見つめる父の姿。

 これは、私が生まれた頃の夢……?

 音声はなくただただ映像のみが浮かび上がっている。

 そばにいる牧師が私の両親に何かを告げている。

 両親の表情はぼやけていて、ここからだとよく見えない。

 ただ、私の気のせいでなければ、少しの硬直があった気がした。

 それが何を意味しているのかは、今の私には分からない。

 映像が終わると同時に徐々に身体が重たくなり、下へ下へと落ちていく。

 地面にぶつかる!と思った瞬間、はっと目を覚ました。

 慌てて起き上がり周りを見回す。ここは私の部屋だ。幼い頃のだけど。

 特段変化がある訳でもないことを確認すると、ほっと息を吐いた。

 身体はすっかり回復したものの、さっき見た夢が気になり過ぎて仕方がない。

私が幼い頃も見ていたのだろうか?流石にそこまでは覚えていない。

 あの夢は私に何を伝えたかったのだろう?

 まあ、夢のことなんて気にしても仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。


 私が体を起こすと同時にタイミングよくアンヌが現れ、着替えと髪の毛の手入れをしてくれた。

 化粧台の前で髪の毛を整えてもらいながら、アンヌは私に尋ねる。


「お身体の方は、大丈夫ですか?」

「ええ。すっかりげんきになったわ。ありがとう」

「それは良かったです」


 淡々と答えるそばかすメイド、アンヌの声色はややほっとしているように聞こえた。

 まるで人形のようだとは言ったけれど、彼女に全く感情がないわけではないことを私は知っている。

 私の髪を櫛で梳かしながら、アンヌは話を続けた。


「ですが、病気は治りたてが一番危ないと言います。皆様に感染するといけませんから、朝食は私がお持ちいたしますね」

「はあい」


 昨晩何も食べなかったこともあって、今にも腹の虫が鳴り出しそうだ。私は心の底からアンヌに感謝する。

 今日の朝ごはんはなにかしら、とウキウキしながらアンヌが髪の毛をまとめてくれるのを鏡越しで見ていた。低い位置の二つ結び。幼いころの私はこの髪型を気に入っていた。

 まあそれもこの世界の神様の意思なのかもしれないけれど、そこには目をそらす。


「アンヌもかみのけをふたつむすびにしないの?」

「私には似合いませんので……」

「えぇ、そんなことないわよ」

「そうでしょうか」

「うん。わたしがもっとげんきになったら、むすんであげるわ」

「ふふ、楽しみにしていますね」


 アンヌはやや微笑みを浮かべこちらを見つめ、私の髪の毛を綺麗に結び終えると、「できました」と一言添えた。


「いつもありがとうアンヌ」

「どういたしまして。それではお食事をお持ちいたしますね」


 アンヌはぺこりとお辞儀をし、部屋を出ていった、

 少しすると、廊下からばたばたとこちらに近づく足音が聞こえ、私はなにかあったのだろうか、とそちらに目を向ける。そういえば、と思い出す。

 そうだ。私はこの後の展開を知っている。私は高熱を出して一晩寝た翌朝、たしか――。

 勢いよく私の部屋の扉が開かれ、現れたのは緑色の目をもつ金髪の少年だった。


「エミー! だいじょうぶか!?」


 彼は幼馴染のレオナード・ビデンスだ。

 愛称はレオ。幼いころから私はそう呼んでいた。本人がそう呼んでくれといったものだから。

 高熱を起こし翌朝、レオが勢いよくこの部屋に訪れる。

 これも私の一回目の人生と同じだ。今のところ、何も運命は変化していない。

 まあ、まだ私の人生始まったばかりなのだし、焦ることはないだろう。

 私はにこりと微笑んだ。


「だいじょうぶよ。心配かけてごめんね」

「そうか。おれ、エミーがたおれたってきいて、すっごく心配したんだからな。でも、げんきそうでよかった!」


 晴れ渡る快晴のような明るい笑顔を浮かべて、レオは私に歩み寄る。


「おれがちかくの川へいってみようなんていいださなければ……」

「ううん。わたしがいきたいっていったんだもの。きにしないで」


 私と彼の屋敷の近くには川があり、そこで綺麗な魚が見られると、外へ連れてってくれて、それに私がついていった。

 綺麗な魚、というのは金色のウロコを持った魚らしく。見つけたら、願い事が一つ叶うという噂がある魚だった。

 私たちは目を輝かせながら金色の魚を探した。しかし、夕方になっても夜になっても魚は見つからず、結局そのまま屋敷に戻っていった。くたくたになった体で玄関に足を踏み入れた瞬間、急にめまいがして倒れたのだ。

 そして、昨日の朝に繋がるというわけだ。


「とうさまからは、しばらく川にはちかよるなっていわれちゃった」

「わたしもよ。あぶないから近づいちゃだめっていわれちゃった」

「じゃあさ、もっと大きくなって、川に近づいてもいいよって言われたらさ。またさがしにいこうぜ」

「ふふ、たのしみにしてるわね」

「おう、やくそくだ」


 レオはにっと健康的な白い歯を見せ、私とレオは指切りをした。

 そういえば、こんな約束もしていたっけ。すっかり忘れてしまっていたけれど。学生の頃は、ばたばたと忙しかったから、そんな約束すっかり忘れてしまっていた。

 願い事が一つ叶う金の魚、か。

 もしかしたら、この約束を果たせていたら何か変わっていたかもしれないな、なんて思っていると、笑みを浮かべているレオの背後に一人の男が、すごいオーラを放ちながらゆっくりと近づいてくるのが見えた。丸い眼鏡をかけ、オールバックの髪型をした男の人だ。

 その怒りに満ちたオーラはレオにも感じ取れたようで、彼は固まった。

 そして、男はレオの首根っこをむんずと掴み、彼を猫のようにぶら下げた。


「うおっ!」

「レオナード……、剣技の稽古を抜けてエミー様のもとへ向かうとは……。今はまだ病み上がりだからおとなしくしてろといっただろう?」


 レオの首根っこを掴んだ男、シュゴベルさんは、確かレオの家の執事だったはずだ。

 私はあまりお会いしたことがなかったけれど、レオがよく話してくれていたことは覚えている。

 すごく怖い人なんだってことを。


「でもさ、この目でたしかめないと……」

「お・と・な・し・く・し・て・ろ、といったはずなんだが?」

「う……、ごめんなさい。シュゴベルさん……」

「よろしい」


 おとなしくなったレオに目を落とした後、こちらに目を向けぺこりと頭を下げた。


「うちの坊ちゃんが失礼いたしました。あとできつく叱っておきますので」

「ほ、ほどほどにしてくださいね……」


 シュゴベルさんは私の言葉に苦笑して一礼をした後、レオの首根っこを掴んだまま部屋を立ち去っていった。それからほどなくして、入れ替わるように朝食を持ったアンヌが部屋に戻ってきた。


「お嬢様、朝食をお持ちいたしました」

「あ、ありがとう」


 朝食を運んできたアンヌは私の様子を気にも留めず、淡々と食事の説明をし始めた。


「本日の朝食は焼き立てのブレッチェンにミネストローネ、スクランブルエッグ、コールスローサラダです。お口に合えば幸いですが」

「ありがとう」

「では、私は失礼いたしますね」


 アンヌは一礼して部屋を出ていく。

 私はパンを手に取り、一口かじる。焼き立てでとても美味しい。

 このブレッチェンというパンはコーヒー豆のような見た目をしている白くて丸い小さなパンだ。

 中がはもちっとしていておいしい。素朴な味わいが癖になる。

 ミネストローネも野菜と肉の出汁が出ていて舌触りもよく、あたたかい。

 スクランブルエッグもふわふわで、バターの風味が口いっぱいに広がる。ブレッチェンと一緒に食べるとさらにおいしい。

 コールスローサラダも野菜がシャキシャキしていて歯ごたえもよく、ドレッシングの酸味がまた食欲をそそる。

 どれも好きだけれど、私はやっぱりスクランブルエッグが好きだな。


「ごちそうさまでした」


 あっという間に朝食を食べ終え、アンヌに食器を片付けてもらいながら、ふと窓の外に目を向けた。

 隣の庭でレオがシュゴベルさんにこってり絞られているのが見えた。 

 素振りをするレオの後ろでシュゴベルさんが腕を組み、彼をしっかりと見張っている。

 その様子に、私はやや胃を痛めつつ、今後の自分の未来について考えることにした。


 

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