悪役令嬢エミー、処刑される
その日のエーゼルライズンは、まるで天空に住まう雪の女神が、その身にまとう白い衣をうっかり落としてしまったかのような、真っ白な雪が辺り一面を覆い尽くしていた。
私の目下に立つ民衆たちは、この寒空の下、白い息を吐きながら私を一目見ようと広場に集っている。
だがしかし、その瞳は尊敬や敬意から来るものではない。
大罪を犯してしまった、この私という者が、はてさてどういう顔をしているのか、生活の合間に閲覧に来ているのである。
私、エミー・デュ・ボアは、本日の太陽が沈み始めた夕刻時に、処刑される。
ゲムリア王国内の中央都市エーゼルライズン。
その都市の末端にある噴水広場に処刑台が組まれ、そこで首を刎ねられる。
はじめこそは抵抗していたものの、自分よりも強力な魔法で押さえつけられてしまったのだから仕方がない。その魔法に抵抗する気を無くさせる魔法でも付与されていたのだろうか。今はただぼんやりとした頭で考えている。
薄いボロ切れ一枚の囚人服を着させられた私は処刑台の上に立ち、その時を静かに待つ。
広場に集った庶民たちは吐く息を白くしながらこちらを見あげている。私をここまで連れてきた兵も寒さで身を震わせながらも、私を睨みつけている。
一体、私が何をしたというのか。
それは、私にも分からない。気づいたときにはこのようなことになってしまっていたのだから――。
この世界には魔法が存在する。ただし、使える者はごくごく一部に限られている。
自分が魔法を使える素質があるか否かは、生まれてから半年ほどたった頃に神父の鑑定によって判明する。
血筋が良ければ良いほど、魔法が使える子供が産まれてくる可能性が高くなるそうだ。
鑑定された頃の記憶はあまり覚えていないけれど、三歳くらいの頃には頭のてっぺんからつま先に通じて、何かチリチリとしたものが通っている感覚はあった。
それは、決して不快なものではなかった。おそらく、その感覚が魔法を使う際に必要な感覚になるのだろう。
そして、魔法使いの素質ありと判断された私は五歳くらいの頃に、お父様の親友の家庭教師から教えを受けて魔法を習得した。
その頃は、魔法は使えない代わりに騎士として周囲を守っていきたいと夢見る幼馴染や、私以上の魔力を持ち私を溺愛してやまない婚約者、そして、気の利いた友人たちと仲睦まじくなりながら育っていった。
そして、十五の歳になる頃、私は『ゼインエル王立学園』に入学した。
ゲムリア王国には数多くの学園が存在するが中でもゼインエル王立学園は、王国有数のエリート学園である。
学科は魔法科しか存在せず、その中でも爵位でクラス分けされる。AからEクラスまで存在し、上のクラスであればあるほど爵位が高いということになる。もちろん、私はAクラスだった。
入学直後は、気の合う友人同士で談笑を楽しみ学園生活を満喫していた。
そんなエリート学園に、私が入学して三か月目の時に私のクラスに転入してきたのがアリシア・ローゼリタ。
思えば、私の人生が大きく狂い始めたのはあの子が来てからだった。
彼女は公爵の娘で、地味ではあるが愛らしい印象の子だった。
魔法はAクラスの中でも最弱で最低限の物しか使えず、おっちょこちょいな一面もある。
その小動物のような可愛らしさから、一定数の人気はあった。
私はわざわざこちらから仲良くなろうという気持ちは起きなかった。つまり、さほど彼女に対して興味がなかったのである。
そんなある時のこと。私は彼女と魔法の合同練習をしているときに気づく。
彼女は私が所持していない珍しいものを持っていることに。
具体的には『魔石』だ。
魔石というのは、魔力を秘めた石のことで、それを用いることでより大きな魔法を放つことが出来るという便利な代物だった。
アリシアは幻の魔石といわれている、虹色の魔石を所持していた。
私は数千個の魔石を所持しているし、それを利用した魔法も使用できる。
だが、唯一手にすることに出来なかった魔石、それが虹の魔石だった。
アリシアは不用心にもその魔石をブレスレットにして首元にぶら下げていた。
私ですら書物でしか見たことがない虹の魔石。それが彼女の手元にある。
瞬間、私の頭に雷が落ちたかのような衝撃が走った。
それからというもの、寝ても覚めてもあの虹の魔石のことを忘れられずにいた。
来る日も来る日も彼女の持つ魔石のことを意識せずにはいられなくなり、まるで魅了されるかのようにそれに執着し続けた。
そして、卒業式の日。紆余曲折を経て、ついて私は幻の魔石を手にすることができた。
『これが、あの魔石……』
私が虹の魔石を手にし、そうつぶやいた瞬間、この石に宿った魔力が唐突に暴走したのだ。
虹色の魔石から放たれた魔力は、突如私の身体に異変をもたらした。
それは今まで感じたこともないような不思議な感触だった。
気を失い再び目を覚ました時には、すでに私は檻の中にいた。
私は発狂した。混乱した。泣きわめいた。なぜ、なぜ、こんなことになっている?
私のせいではないと訴えるも聞き入れてくれず、お父様もお母様も私を守ってくれなかった。
私の記憶がなくなっている間にあったことを誰一人として教えてくれるものはいなかった。
結果的に私はこうして処刑されようとしている。
処刑台の上に立っても、誰一人として助けは来ない。
私を守っていた護衛も騎士も執事もメイドも、誰一人。
絶望した私は、死を受け入れた。
『これより! エミー・デュ・ボアの処刑を執り行う!』
処刑人の無情な声が響き、断頭台の上に首を固定される。
私は涙を流しながら、空を見上げる。
――ああ、神様。いったいなぜ……。
断頭台の刃が落ち、首と胴体が切り離された。
最期に見た景色は、民衆たちの侮蔑した視線だった。
そして、意識が途切れる直前、以下のような文章が頭をよぎった。
【最終章、エミー・デュ・ボアの処刑クリア。ゲームをローディング中……】
……は?
しなりお? げーむ? 一体何の冗談だ?
私は私として今まで生きてきたつもりだ。
私の周りにいたものたちも皆生身の人間だった。
それが、ゲームだって? チェスやトランプなどの娯楽と同じだったというの?
私の人生が、誰かのお遊びだったというの?
そういえば、だ。私はアリシアのことをあまり知らないのに、アリシアはこちらのことをよく知っているとでもいうように、にこにこと笑顔を浮かべていた気がする。
そして、アリシアに意識を向けるようになったのも唐突だった。
それもすべて仕組まれていたことだったとするのならば――。
怒りが湧いてくる。殺意が芽生えてくる。
私の人生はお遊びなんかじゃない。
私の人生は誰かの踏み台なんかじゃない。
アリシアが、許せない。
許せない。許せない、許せない、許せない!!
すると、ザザッと大雨が降り出したかのような音が鳴ったかと思うと、別の言葉が私の頭の中をよぎった。
〈記憶、ヲ引き継、いデ、再び、”エミー・デュ・ボア”、トし、て始め、マスか?〕
先ほどのすらすら連なっていた文章とは異なり、こちらは継ぎ接ぎだらけの歪な文字の羅列だ。
実際にうまくいくかもわからない。生まれ変わったって運命は変えられないのかもしれない。
それでも、そうだとしても。私は、もう一度やり直したい。
運命をこの手で切り開いて見せたい。
そして、アリシアに復讐をしたい。
「ええ、もちろん!」
私は片言の無機質な言葉を相手に、高らかと宣言した。
そう、これは私が人として生きていくための物語――。
初めまして。霜月巡と申します。
凄くスローペースで更新すると思います。
その分、真剣にお話を書くつもりでいます。
このプロローグがお気に召しましたら、
ブクマやコメント等くれると大変嬉しいです。