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5話 初日冒険者特訓プログラム

「ふいー……」

「あら、ソニアもう特訓終わり? どうだった? ツカサは」


 タオルを肩にかけながら伸びをするソニアに、リサが声を掛けた。すると、彼女は口角を上げ。


「実戦慣れしてるね。私の不意打ちに対しても受け身を取ったよちゃんと」

「でしょうね」


 ふっ、と誇らしそうに笑うリサ。その姿からは『すでに私は知ってたけどね』、といった自信が滲み出ている。

  

「それで? どこまでやったの?」

「魔力の基礎的な操作だけはできるようになった。すごいよ彼、まだ魔力操作の感覚なんて覚えたばかりだから、生まれたての子鹿に歩き方から教えないと…って思ってたのに。まぁ実践級にはまだ全然遠いけどね」

「えっ? ほんとっ?」

「ほんともほんと。おそらく盗賊との闘いで得た感覚をそのまま反芻させてるんだろう」

「ほえー……器用ね」

「予想で言ってるから合ってるか知らんけどね」


 リサはグレロとの戦闘を思い返す。先の闘いは、その場しのぎの対応や不確定な要素が多すぎた闘いだった。だが、そんな不安定な闘いであっても感覚を覚えていたということは、ツカサにしてみればそれだけ印象深かったということでもあるだろう。


「今ツカサは?」

「サンドラちゃんに特訓つけてもらってるよ」

「ああ……」


 何かを察したようで、リサは苦笑いを浮かべていた。


「とはいえ魔力や魔法の知識については無知もいいとこだからね、そこはしっかり経験を積ませてあげないといけない」


 リサはソニアの言葉に深く頷いた。

 

「それでリサの方は、手がかりは見つかった?」

「…何も」

「……そっか」


 ソニアは気まずそうに笑いながら、小さく頷いた。

 

「初めてツカサと会った時は怪しかったから何か関わってるんじゃないかとか…疑ってたんだけど、一緒にいても、明らかにただの何も知らない人だったし…あの村の人たちも、その周りも盗賊がいたくらいで……特には」

「こっちも今のところ何も見つけてあげられてない。ごめんね」


 リサに対して心底申し訳なさそうに、茶色の髪を揺らしながら俯くソニア。

 

「謝らないでよ。むしろ感謝してるわ。私の身勝手な私情の為に動いてくれて、しかも自由にさせてくれてるんだもの」

「それはそうだよねー」

「はは…」


 鼻を天狗のごとく伸ばし同意する彼女に、リサも思わず苦笑いした。


「…でも、手がかりとは違うけど、あそこは小規模の村だったのに少しだけ魔物が多かった気がしたわ。ツカサと遭った時もスライムに襲われていたし」

「へぇ……それはツカサがちょっかいを掛けた…とかではなく?」

「スライムから襲ってたのよ、現場をこの目で見てるから間違いはないわ」

「…わかった。その辺も含めて調査の旨を提出しておくから、リサは暫くゆっくり休みな」

「ええ、ありがとう」


 ソニアは、ぽんぽんとリサの肩を叩く。

 

「溶けてスライムになるくらい休みなよ?」

「何それ」


 クスッと笑った後、自室へと戻っていくリサを見送る。


「凶暴性を増した魔物ね…」


 穏やかな場所で気が立っている様子が見られた、ということは自分より強い魔物か何かがいたのか。


 どちらにせよ。


「調査は入るだろうね…盗賊含め」

 

 ♢


「いたぁ!?」


 ソニアからのしごきを終え、さらにツカサは特訓を行なっていた。

 

「ツカサ様。お特訓にならないので逃げないでください」

「そんなこと言われてもぉ! お逃げさせてください! 闘いながら魔力強化なんて到底……!」

「…!」

「無理ですから!」


 メイド服の少女から背を向け続けていたツカサだったが、急に旋回し不意打ちで拳を打ち込んだ。


「ってぇ!? ……ま、魔力ちゃんと込めてる筈なのに!」

「クソほど……失礼、ほぼほぼ込められておりませんでしたよ

 、魔力。やはり動きながらではまだまだ厳しいのですね」

「え、そ、そうですか……ふーっ、ふーっ……」


 人間より遥かに硬い材質で作られた人形のようで、ツカサの拳は一切通らないどころか、むしろ拳を痛めただけだった。


「ちなみに貴方も魔法ですか……? だとしたら魔法、とんでもないぜ…!」


 雅な雰囲気を漂わせる少女だが、どこか不思議なオーラもある。

 流麗な長い金の髪、整った容姿、美しい所作などメイドとしての魅力に溢れているが、ツカサの目には少女の全体像が何か違和感があるように映ったのだ。

 

「そうですね。私はソニア様によって造られた人形の一角、サンドラです、よろしくお願いします」

「あ、ど…どうもこちらこそ、ツカサです。来たばかりなんですけどよろしくお願いします」

「はい」

「がああああ!」


 サンドラはお辞儀をしているツカサの後頭部に思い切りチョップを打ち込んだ。


「挨拶くらいは見逃してほしいんですけど!?」

「ツカサ様はまだ意識をしないと、魔力で強化できないようですね」


 魔力で身体を強化する。それがツカサが魔法使いとして、冒険者としてやっていくために必須の技術だと、ソニアは告げた。


「やっぱり才能なし…? かな」

「いえ、むしろ魔力操作を開花させた次の日にいきなり己の意思で強化できたツカサ様のバランス感覚は優秀な方かと思われます」

「いだっ」


 脛に蹴りを入れながらも、サンドラは解説を続けていく。


「元々自分の手や脚感覚で魔力操作を扱えていた者と違い、オド花を摂取して後天的に得た魔力操作をある程度はもうモノにしているのですから、やはり優秀ではないでしょうか」

「ふーん…手や脚ですか…」


 魔力操作がそんな簡単なモノじゃないのは、ツカサがよく理解していた。何しろ7割ほど意識を割かなければ持続すら出来ない。


「そんな簡単じゃないけど、な…!」

「ええ、後天的に魔力操作を覚えた場合は特に。ですから褒めているではないですか」


 残りの3割は肉体を動かすことに意識を割くわけだが、それすらも普段と違う強化された肉体を動かす行為とであり、慣れていない感覚なのでおぼつかない動きになってしまうし、他人に触れたり物とぶつかるなどして、自分の予期せぬ感覚を感じただけでもすぐに操作が乱れてしまう。


「ニヤニヤしてますね」

「え? いや、褒められたから…」

「甘えんですよ」

「ぐっ!?」


 メイドの容赦ない蹴りがツカサを地面にころばせる。


「筋が良くても普通の冒険者と比べたら実力はお話になりませんからね。それにリサ様は真面目なキリギリスですから。お役に立ちたいのでしたらもっと、お頑張りをください、ファイトファイト」

「何なんですかそれ…?」

「エルシー様がおっしゃていました。『ツカサは素直なタイプだから応援すれば多分やる気を出す』と」

「初対面で何を言っとるんだあの人は……」


 不思議なタイプのリーダーなのかな、と思いながら悪態をつくツカサだが、エルシーの読み通り内心嬉しいのか、口角が上がっている。


「それでは、リサ様の為にも、ツカサ様の冒険者認定の為にも、意欲あげていきましょう」」

「うん!」


 ♢


「はぁ……はぁー……も、もう動けない……」


 きっちりサンドラに叩き潰されたツカサだったが、たった一日の特訓でかなりの手応えを感じていた。

 

「はいお疲れ。」

「あ、ソニアさん」


 ソニアに水とタオルを渡され、安堵のため息をつくツカサ。


「疲れたよねえ。頑張ったよホント、一日目なのに」

「そうですね、でも…達成感みたいなのはあります」

「そりゃよかった」

「あのさツカサ」

「ん、はい?」

「……」

 

 ソニアはサンドラの特訓後の反省会を思い出した。

 

 ♢

 

「どうだった?」

「戦い方自体はクレバーでした。タイマンでお互い魔力を使わない肉弾戦ならかなりお強いかと」

「そうだね」

「身体も元々かなり鍛えていたようです。お若いので未完成ですが」

「うんうん、何日ぐらいで冒険者としてやれそう?」

「D級なら一週間もあれば可能かと。あくまで下級ですが」

「……そうだね〜」


 サンドラの腹部を打ったツカサの一撃を、サンドラ自身はこう表現した。


「まるで、ベテラン魔法使いの一撃かと見紛う迫力でした。威力はおそま……微弱でしたが」


 ♢


「ツカサは、かなり闘い慣れてるみたいだったけどなんでなの?」

「ああ、元々頼れる人が周りにいない時期があったので、喧嘩とかもそれなりに経験があったんですよ。それで暴れてたら今の師匠と会いまして」

「師匠か…」

「ボコボコにされました。そっから師匠の元で生きて特訓してたので闘い慣れてるのはそれが理由だと思います」


 うんうん、とソニアは頷く。

 

「なるほど、実戦の経験自体はあったわけだ」

「刃物とかとは流石にあんまりなかったですけど…」

「実戦、ていうのがミソだよ。武器の有無も大事ではあるけどね」


 なるほどなーと何回も呟きながら椅子に座りながら足をぶらんぶらんさせるソニア。


「それにしても、お師匠さんは今はどうしてるんだろうね。いきなり変な場所に立ってたっていうんならキミのこと探してるんじゃない?」

「あ、いや…ちょっと前に失踪しちゃったんです」

「──」


 一瞬、動揺したが、すぐに平静を装い。

 

「ごめん、聞かれたくない話だった?」

「大丈夫です。そんなだから、俺ここに来た時もあんまり気にしなかったんですよね、それどころかなんならここに来た時思ったんです」


 彼女は、ツカサの言動を静かに聞いていた。

 

「もしかしたら俺の師匠が消えたのも、今の俺と同じ状況だったからじゃないかって思って」


 幼なさの残る顔をあげ、ツカサが笑う。


「まあ、俺と同じ状況だったんなら、リサみたいな人にあってない限り厳しい気がするし、あくまでそういう可能性があるんじゃないかってくらいですけど」


 それでも、その思考が出てきた以上、もしかしたら師匠と会いたいという気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。


「なんで、いたら儲け物だなってくらいです。別に深く捉えないでも大丈夫ですよ」

「キミがそういうなら。ただ手を借してほしい時はいいなよ?」

「はい」

「リサなんて、私の手どころか全身借りまくってるからね〜遠慮なく借りなよ〜?」

「あはは」


 ふぅ、とため息をついてからソニアは話を続けた。


「それと、リサのことだけど…ツカサから見ても前のめりになりすぎてたら止めてあげて。私じゃ止めてあげられない状況の時もあるだろうから」

「前のめり…?」

「そ。詳しいことは私の口からは言えないけど、今のあの子は少し焦ってるから。ほんとはもっと周りを見られる子なんだけどね」


 ソニアの言にツカサは何度かうんうん、と頷く。

 

「そっか…うん、分かった。俺も気づいたら声を掛けてみます」

「よろしくね」

「ただ、どんな言い方すればいいですかね…」

「? まあ普通に、ちょっとストップとか落ち着こうとか? ……そういうの気にするタイプ?」

「先日の戦いの時は俺の方が大分前のめりになってたから、お前が言うなって思われそうでちょっと怖いかな。俺そういうの割と気にするんですよ」


 ツカサは目を泳がせながら声を並々と揺らしながら自分の気になっている点を話し始めた。


「いいじゃん。警告してくれるのはそれだけ自分を大事に思ってくれてる証拠だって、リサも分かってくれる筈だよ」

「そうかな…そうかも……?」

「ま、とにかく私がいない時にリサが暴走したらツカサに任せるよ」

「りょ、了解。ひとつ今思いついたのがあるのでリサが止まらなそうだったらそれをやろうと思います」

「お、いいね。やってみやってみ」

「これです」

 

 そう言って、ツカサが行った一連の流れを見て、ソニアは笑った。


「あはははは!!」

「どうですかね?」

「殴られるんじゃない?」

「えっえ〜……」


 真面目にやれってね、とソニアは言って。


「でも落ち着けると思うからアリだと思うよ。普通キレてる相手にそんなことやろうと思わないし……くく」


 と、ツカサを褒めた。 

 

「それじゃ、今日はこの辺にして、もう休みな。明日からもビシバシ動かなきゃなんないんだからね」

「はい!」

 

 ツカサは元気よく返事をして、その場でうずくまった。


「ん? ストップ…ストップストップ、待って、待て」

「はい! …まだ何かアドバイスが?」

「ここで寝るの?」

「逆にここじゃないんですか…?」


 ソニアは部屋の案内をしていなかった、と土下座で謝罪をしたのちに、ツカサを空き室に案内した。


 ♢


 ──ギルドの正式登録から数日後。

 

「それじゃ、気をつけて行ってきなよ。ただし、何度も言ってるけど命優先ね? な〜んか危ないなーと思ったら帰ってきな? はい、復唱!『いのち』」

「いのち!」

「い…いのち!」

「よし、行っておいで」


 ソニアの号令に合わせて2人が復唱する。

 

「いのちだいじにとかじゃないんだ……」

「そこら辺全部含めてるんだよマスターは」


 サントリナのツッコミでケラケラソニアが笑う。


「それじゃ行ってくるわ」

「行ってきます!」


 こうして、ツカサは冒険者登録してから初の実戦に向かうのであった。



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