37話 無能者
「やはり……貴方は私が責任持って対処しなきゃならないようね」
先手はセシーリア。
それは風の鋭利な一撃。
セシーリアの長い脚から繰り出される超速の斬撃である。
「『乱風の鎌』!!」
当たれば強力な一撃であることに疑いはない。
だが、モーギュウは突進しながらも咄嗟に地面を蹴り上げ飛ぶことで回避した。
(前よりも反応速度が速い……! 見てからの動きというより、攻撃のタイミングが読まれていた!)
そのままの速度で向かってくるモーギュウの突進を、見てから避ける。
「威力は脅威」
(速度は大したことないわね。見てからでも間合いさえ適切なら避けられる。牛型らしく直線的な動きが主だから間合い管理には苦労しないし。問題は……)
中距離戦。指をモーギュウへと差し向ける。
「『風の弾丸』」
指から放たれる鋭い魔力弾。直撃はしたものの、全て浅手である。
(硬い……やはり奴に有効打を与えるには私もリスクのある距離まで近づく必要があるわね)
「……ふぅ」
セシーリアは剣を両手で持ち直し、一気に踏み込んだ。
♢
「見えた!」
村の外で闘いを既に始めていたセシーリアを捕捉する2人。
「周りにいる奴らが子分って言ってた奴だな! 俺が行くか!?」
「いや逆! 私の方が集団の対応には慣れてるから、セシーリアさんの方にはツカサが行ってあげて。やばそうだったらいつでも撤退ね!」
「オッケー!」
そう言って2人が分裂する。
ツカサはそのままモーギュウの背後を取り、セシーリアに不意打ちを仕掛けるという意図を伝える。
(ただのアイコンタクトだけど……伝わったよな? こっち見てたよな?)
ツカサの心情としては一瞬目が合っただけ故に、非常に不安があるが。
攻撃の機会はそう時間を置かずに訪れた。
「甘い!」
セシーリアに突撃するモーギュウが、前脚を狙われ、硬直する。
その瞬間の隙に剣の鋭い一振りを浴びせる。
「ブモオゥゥ!!」
直撃した魔物は大声を上げる。
「ナイス! 流石ですね! 凄い合わせ方でした!」
「貴方もいい一撃だったわ。本当は私1人で仕留めたかったのだけれど……」
「こんな時まで……っていうか、ガーベラは子分の方を任せたけど、大丈夫ですか?」
「ええ、前は子分も一緒に相手をしてたから。その時と違ってこいつに専念できるだけで助かるわ。それと、あのモーギュウかなり賢いから気をつけなさい」
セシーリアの言葉に戸惑う。
「というと?」
「以前撃退した時に私の事を認識したみたいで、攻撃が通りづらくなってる。そして逆に奴の攻撃が鋭くなってるわ。要はちゃんと学習してるのよ」
『知能が高いのよ、高ランクの魔物は』
ツカサは、サイクロプスの村に行く道中、リサの話していたことを思い出していた。
「なるほど。そういう事なのか」
「だからやれるなら沢山の経験値を得る前に私1人で倒したかった。けど……そうはならなかった以上ツカサくんと私2人で今仕留めたい。それが無理そうなら膠着状態で相手が引くまで待つか。どちらかね」
「……」
ツカサは魔物の知能にも驚いていたが、それ以上に、セシーリアの分析に驚き感心していた。
(そうだよな。セシーリアさん、気は強いけどちゃんと子分とこいつらまとめてやり合って、撃退まで追い込んでるんだもんな……)
2人が間合いを取る。
「セシーリアさんごめんなさい。色眼鏡で見てました」
「そんなの今はいいわよ」
セシーリアの言に頷き、問う。
「ちなみにこいつは動き方も牛に近いと思っていいんですよね」
「ええ。素の肉体が硬いから短期戦は難しいわ。体力を確実に削った方がいいと思う。ただ一撃は重いから気をつけて」
「了解、セシーリアさん何か大技とかあります? 俺ないんで陽動は俺がしますよ」
「分かったわ」
側面に回りながら近づくツカサ。
(本物の牛とそっくり同じとは思わないけど、身体の構造的に側面に立たれるのは苦手だろ)
モーギュウは一瞬で後退。
そして、距離は更に広がったが、一直線にツカサを捉え突撃する。
「!」
ツカサよりも数倍速く、まさに猪突猛進な様。
残像を見た瞬間に回避は不能と判断。
ツカサは即座に壁を張り両の手を前に出す。
だが、それら全てを薙ぎ飛ばしてモーギュウはツカサを吹き飛ばした。
「がっ……!」
衝撃を流せず、受けた勢いそのままに地面に何度も弾かれる。
幾度も跳ねた後に、踵を返したセシーリアが戻り受け止めた。
「ぐ!」
「……っ……が………ぁ、すみません!」
「大丈夫よ。動ける?」
「も、もう大丈夫です!」
サイクロプス戦の一撃よりも強力な一撃。
それを受けて内出血のみで済んでいるのは、それだけツカサが成長しているということなのだろう。
「胸に魔力を集中させたのね?」
「咄嗟だったんで意識してやった訳じゃないですけど……」
(無意識にやれたならそっちの方が凄いわよ……これで3ヶ月ね)
計らずしも、ツカサはソニアの言っていた1つの目標である魔力操作の精度向上ができつつあった。
だが、それだけではこのクエストは突破できないことだろう。
「……私が撃退した時はあそこまで厄介じゃなかったわ。速度も、威力も。手を抜いていたのかしら……?」
「本気を出したのは人数不利だからか……? なんとも言えないですけど、陽動でどうこうってのはしない方がいいかもしれないですね」
「少し様子を見ましょう。奴の攻撃をかわせる距離で牽制し続ける。どう?」
「了解……でも」
と言っても、ツカサに取れる手はない。
「俺飛び道具は投石くらいしかないですけど……」
「分かったわ。お互いにカバーできる距離は守りましょう」
そして2人、ツカサは石を投擲。セシーリアは風の魔法を飛ばす。
有効打にはならないが、無視されることもなく、標的が2人に向けられる。
「ツカサくん!」
再びの突進。
ローリングで強靭な肉体の接近を避ける。
「大丈夫! 対応できる!」
無理なカウンターはせず、再び距離を取る。
そして再び余裕を持った間合いでの攻撃に徹する。
「……」
痺れを切らしたのか、モーギュウは標的をセシーリアに移し、突進。
だがそんな猛進も軽やかにジャンプし避けることで、更に合間に一撃を加える。
そしてそのモーギュウの隙を逃さず、接近したツカサが剣の一撃。
「……!」
「どうだ…!?」
「……」
モーギュウは呻き声を上げながら撤退して行く。
それに合わせてガーベラの周りにいた魔物たちも撤退した。
「あ! あいつ…!」
「いいのよ。想定外の行動をしてきた以上こっちも時間が欲しい……し」
「……セシーリアさん?」
バツの悪そうな顔をするセシーリア。
「……何でもないわ。それより怪我は…軽い訳ないわよね。急いで見ましょう」
♢
「ちょ!? ツカサ大丈夫!?」
群れを対応していたガーベラと合流。ツカサはセシーリアに応急処置を受けていた。
「頭だから派手に見えるだけでそんなに傷は深くない。大丈夫大丈夫」
「体の方は大丈夫じゃないでしょ」
「え!? そうなの!?」
「う、うーん……」
ツカサは己の身体に問うように身体を慎重に動かす。
「少し休めばなんとかなる。手痛いの貰いはしたけど、それだけだ」
「……そっか。でも無理しないで今は休んでおきな?」
「勿論。ていうか、それでいうとセシーリアさんの方が俺は心配だ」
「え!?」
「……」
ガーベラが勢いよくセシーリアの方へ向き直す。
「怪我してたの!?」
「いや、肉体の話じゃなくて、戦闘中も感じたんですけど、セシーリアさん変に焦ってるような気がして……」
「……」
視線を向けられたセシーリアは無言のままだった。
だが、ツカサは構わず続ける。
「言いたくないなら良いって言いましたけど、今回は一筋縄じゃ行かないだろうし、俺らで解決できることならあいつがまた来る前に解決しときたいんですけど。言えないですか?」
「言わない。これは私の問題なの……ごめんなさい」
「でも……相談ぐらいなら」
「意味ないのよ」
食い気味にセシーリアが呟く。
「貴方たちに話しても解決しないから」
そう言ってからセシーリアは2人に背を向けた。
「……宿舎に戻るわ。作戦の話になったら呼んで頂戴。それまでは少しでも体を休めなさい」
「あ……」
そのままセシーリアは足を止めることはなく姿を消した。
「本当に行っちゃった……」
「行っちゃったね……」
ツカサは気まずそうな顔で俯く。
「数人で組んでる奴らじゃわかんねーよ的なあれかな……それじゃ実際どうしようもないな……」
汗を頬に垂らしながら呟いた。それにガーベラが答える。
「……いや。多分、あの人の場合別だと思う」
「ん? 何で?」
「戦闘し終わってから思い出したんだけど、ビオラベル家って確か凄腕冒険者たちを輩出するので有名な家だった気がするんだよね」
「へぇ。その割にガーベラあんま知らないのか? そこそこ冒険者やって長いんだろ?」
「他の有名な冒険者にあまり興味もなかったから…ソニアさんなら知ってそうなんだけどね」
「でも本当に名門の出だったとして、なんで落ち込んでるのか全然分からん……」
「色々あるんでしょうけど想像つかないしね〜…」
考えたところで適切な答えは出なさそうであった。
「となると、やっぱ直接聞いてみるしかないよな」
「え、今断られたばっかなのに?」
「聞きたてホヤホヤの方がまだ聞きやすいだろ?」
「その理屈はよく分からないけど、どっちにしろ作戦の話は必要だもんねー」
♢
「というわけで、教えてください」
「帰りなさい……」
セシーリアは汗を垂らしながら呆れた声で答えた。
「作戦の話でもないんでしょう。雑談をする体力は回復に使いなさいよ」
「いや作戦の話みたいなものじゃないですか、メンタル面のトラブルのせいで動きが鈍ってるのであれば……」
「言わない理由はさっきも言ったでしょ」
「……」
「どうしてもダメなんですか? 私たちでも、何かアドバイスできるかもしれないじゃないですか」
ガーベラの言葉に、セシーリアが返す。
「アドバイスというのは、相手の悩みに対して己の経験を照らし合わせた上で、悩みの解消やその人の歩みを支える杖になる言葉を掛けるものよ。同じ境遇でない貴方達からは助言が生まれないでしょう」
「でも……」
「あのね」
食い下がるツカサを睨みながら、セシーリアがトドメの言葉を言い放つ。
「これは私個人の問題。それを気にも止めずに覗かれるのは不愉快なのよ。分かったら出ていって」
「は……はい」
セシーリアの言葉を聞くなり2人が宿舎を出る。
「……はぁ……」
頭を抱えながら、ため息は増すばかりだった。
♢
「あれは折れそうにないわよ……あの感じで通されるとちょっと……」
撤退も視野に入れなければならない、というニュアンスがガーベラの言葉には込められていた。
「ガーベラの言いたいことは分かる。けど俺もうちょっとやれることやってみるよ」
「……ツカサはまあ、そうだよね」
「セシーリアさんはほぼ確実にここに残るだろうから……村の人たち全員を別の場所に移動させるわけにもいかないし、討伐するしかない。って考えたらやっぱあの人の悩みを解決するしかなさそうだし。もう少し話してみる」
「分かった。じゃあ私は私で準備しておくよ。無理そうだったらいつでも戻っていいからね。体調に響きそうだったら無理せず私に任せること! 私でも結果は変わらないと思うけど、やれるだけはやるから!」
「ん、ありがと行ってくる!」
そう言ってから、2人は手を振ってそれぞれ分かれた。
♢
「……はぁ」
1人、宿所でため息をつくセシーリア。
そこに、コンコンという音が鳴る。
「……また来たの。今度こそ作戦の……」
ガチャリ、と彼女がドアを開けた直後にザッとツカサが入る。
「きゃあ!? ちょ、ちょっと!?」
「教えてください!!」
土下座だった。
ツカサは、自分の情けなさ、裏などないという事を披露することだけが相手の心を開く手であると考えたのだ。
「お願いしますお願いします、悪いと思ってるんですがこの通り。聞けなきゃ不安で作戦立てられません!」
「大したへりくだりの割にきっちりドアを塞ぐように立ってるじゃないの!!」
「セシーリアさんの動きに影響が出てる理由が聞けたらすぐにでも開きます! 誰にも告げ口とかしませんから教えて欲しいです!」
ガンガンと頭を打ちつけながら効果がないとみるや否やうつ伏せで地面に寝そべりながら謝罪を続ける。
「お願いします! 教えてください! お願いしますお願いします!!」
「もうふ、ふざけてるでしょ!?」
指摘されたツカサは唐突に黙った。
「……」
「……」
ここで黙らないでよ、と内心ツッコンでいたセシーリア。だが、実際に声に出さないことで、お互い無言の時間が生まれその場に長い沈黙が訪れる。
だが、それを破ったのは。
「……貴方ね……ただ聞くだけじゃ断られるからって普通そんな事する?」
「ご所望であれば3回回って犬の鳴き真似でもしましょうか」
「やめなさい」
セシーリアはツカサのそんな振る舞いを見て、素直に感嘆の声を漏らした。
「……すごいわね」
「え?」
「手段を選ばず。言うのは簡単だけど実行できる人は中々いないわ。少なくとも私じゃ貴方と同じ振る舞いできないもの。貴方から見ればくだらないプライドだなって思うかもしれないけど」
「いや……思わないですよ。多分はたから見たら俺が変なだけだし……」
ツカサのごもっともな言葉にふふ、とセシーリアが笑う。
「……ツカサくんは私の動きを見て何か焦りがあると思ったのよね」
「?……はい」
「周りをよく見てるわね……自分の事を気にしてばかりの私とは大違いだわ」
「……そんなことはないと思います」
セシーリアから発せられた声は、自嘲するような、自分に心底呆れているような声色だった。
そして一呼吸置いてから、彼女は語り出した。
「……ビオラベル家の名を聞いたことはある?」
「……ガーベラから。優秀な冒険者がいっぱいいるので有名な所だって」
さっき聞いた。とは言えない雰囲気だった為、ツカサも真面目に答えた。
「その認識は正しいわ。ビオラベル家は優秀な冒険者の家系。私の兄弟も皆もれなくA級以上よ」
ツカサが何かに気づいたような表情を浮かべ、セシーリアがうっすらと笑う。
「私だけがB級なの」
「……」
「私の家じゃそれは認められない。弱い人間はビオラベル家の人間じゃないのよ」
そう、だからD級に押し負けるなど論外。
(あの時異様に反応してたのはそれか……)
「……だからもう、ダメなのよ。A級にもなれない私はビオラベル家の人間じゃない」
服の裾を握りしめながらも、セシーリアは穏やかな声で語りかける。
「私は1人でもやれるって、ビオラベルの人間だって証明したかった。貴方の目に私が焦っているように写っていたのなら、きっとその気持ちが前に出過ぎていたんだと思う」
「……」
「……聞いたところでどうしようもなかったでしょう? 私の弱さの問題なのよ」
ツカサはセシーリアの言葉に答える。
「セシーリアさんは、どうしてA級になりたいと思ったんですか?」
「? ……だから、A級になって皆んなに認められて……」
「認められて、そのあとは何がしたいですか?」
「そのあと……」
「……」
セシーリアは不安そうな表情で俯き、言葉を止めた。
「……俺は、助けてくれた人に恩を返したくて、関わった人たちくらいは助けられたらいいなと思って冒険者になりました」
だから、セシーリアと違って具体的になりたい階級もない。
「……セシーリアさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」
「……私は……」
A級になりたい。認められたいという気持ちでいっぱいいっぱいだった。
今のセシーリアでは、ツカサの問いかけに答えることはできなかった。
「…………」
「……ごめんなさい、繊細な事なのに聞いてしまって。謝ります」
同じ目線に立って話すツカサの声色は暖かな物だった。
その声に、どこか懐かしい感覚をセシーリアは感じた。
「少しでも話したいと思ったならいつでも声掛けてください。絶対否定しないし、誰かに何か言ったりもしません。自分は本当に、力を出せるように協力したいだけです」
「……ええ」
「また……夜、ご飯の時に」
これ以上はやめた方がいいと判断したのか、ツカサは扉を開けて出た。
「……」
『……セシーリアさんはどうして冒険者になろうと思ったんですか?』
「……私の、したいこと……」
セシーリアは、己の見つめ直すべき物にうっすらと、気づき始めた。




