3話 勧誘
「……んぁ」
柔らかな生地に包まれながらも、太陽の陽射しに照らされて、ツカサは夢から現実に引き戻された。
「……あれ?」
背中に鉛が置かれていると感じるほど身体に重さを抱えながらも、肘をつきながらなんとか持ち上げる。
そしてツカサがゆっくりベッドから抜け出し、部屋を出ていくと。
「あ! 起きたのね!? 身体は大丈夫!?」
「……リサ」
見覚えのある容姿。端麗な顔と、流麗に揺れる白に近い金の髪。そして優しさを帯びていてほんの少し低い声。
間違いなく、リサ本人だった。
「あ……そっか…あの後…」
ツカサにはグレロという男を殴ってからの記憶がなかった。
おそらくそこでそのまま体力が尽きたのだろう。
「動けそう?」
「なんとか……」
「それなら安心。具合は? どこが痛いとか詳しく話して」
ツカサは己の身体を動かして、不調を確認した。
「あいつに蹴られたお腹だけまだ…でも他はそうでもないかも……思いっきり炎を突っ切ったのに…」
「キッチリ魔力を使えてたってことよ。大したもの…というか凄いわよ、火事場の馬鹿力ってやつかしら?」
「さあ…あの時はもうなりふり構ってられなかったから…っていうか!」
身体の無事を確認したところで、肝心の目的を思い出した。
「子どもは…!」
「全員無事よ」
その一言が、ツカサの不安を一気に解消させた。
「利用価値があったからだと思うけど…全員大した怪我もないわ。私も軽傷。貴方が一番重症なくらいよ」
「そっか…あいつらは……」
「ギルドに連絡したからその件ももう大丈夫」
「ギルド…?」
「冒険者同士で集まってできた組織みたいなものよ」
リサは荷物をまとめ、机の上に置いた。
「その話は後で詳しくするとして…どうする?」
「どうするっていうのは……?」
「当然、ここに残るか、私についてくるかってこと。あなたならここで生活することに反対はされないと思うけど」
彼女の言葉に、ツカサは惚けた顔をした。
「俺は……」
この世界に来た時から、1つだけ、ある疑問と目的が生まれていた。
「多分ここら辺からすごい遠くの、離れた場所にいた。だからこの場所での常識とか、経験が俺にはない」
花の危険性や魔法など、何が危険かも分からないままだ。
「だからリサ。リサさえ良ければ、一緒に旅をして俺に色んなことを教えて欲しい。リサがいなきゃそれは出来ないからさ」
「……」
ツカサの言葉に、一瞬硬直するが、すぐに気を取り直した。
「分かったわ、それじゃあ改めてよろしくね」
そして、彼の差し出した手に、リサも笑顔で握り返した。
♢
「本当にありがとう。何度感謝しても足りないわ」
「はい、娘さんも無事でよかったです」
アマリアが、ツカサとリサに感謝を何度も何度も述べている。
「ツカサはアマリアさんの娘さんと話さなくてもいいの?」
「さっき話したよ」
お姉ちゃんの背中で寝てたお兄ちゃんだ、という認識を持たれていたのがネックだったが、アマリアと同様に何度も彼に感謝の言葉を交わしていた。
「こっちこそ、生きててくれて本当によかった」
「…私たちはもう行きます。他の方にもよろしくお伝えください」
「そう…冒険者さんはやっぱり忙しいのね……またこの町に寄ることがあったらうちに来てちょうだい。貴方たちならいつでも歓迎するわ」
そして、アマリアと娘に見送られながら、2人は町を後にした。
♢
「また昨日来た道を戻るのか…? 昨日はだいぶ歩いた記憶があるんだけど…」
「いいえ、ギルドに戻る必要があるから、来た道は戻らないわよ」
「……? リサはギルドから来たんだろ? だったらやっぱり戻るんじゃ…」
その言葉を耳に入れたリサは、あからさまに肩を落とした。
「ぁぁ……はぁああ……」
「な……なんなのそれ…」
「…今から乗り気じゃないなって……実は私ギルドから来たわけじゃなくて、暫く単独で動いてたのよ」
「え」
「だからまあ……絶対怒られるわね。いきなり使い魔送って通報して知らない人間連れてきまーすって言ってんだから…」
今から考えるのはよそう、というようにリサは首を大きく縦に振る。
「その…ギルドの人たちと仲が悪いのか?」
「いや…そういう訳じゃないんだけど私の私情でギルドを勝手に出ちゃったのよね…」
「え、や、辞めてるのに頼ったのか!?」
「辞めてる訳じゃないわよ! ただちょっと自分の都合を優先しただけ! 単独で動いてるって言ったでしょ!」
はー、はーと息を吐きながらも一息、吹っ切れたような咳をして。
「まあ、なんとかなると思うわ…問題は別にあるかな〜…」
「? 何かやばいところなのか?」
「いや……というかね…マスターと面談したら分かるから、まあ……ご想像にお任せって感じだわ」
変にぼかすリサを不思議に思いながらも、話は変わり。
「それより、今朝も確認したけど…ほんとに身体は大丈夫なのよね?」
「ああ、あのでか男に蹴られたお腹が痛いってこと以外は本当になんともないよ。起きる時は怠かったけど、今は快調だし。むしろ普段より少し体が軽いまである」
「とすると……やっぱりほぼほぼ間違い無いわよね」
1人でブツブツと念仏のように言葉を唱えているリサに、ツカサがツッコむ。
「おいおい、ここにもう1人いるんだから、会話のボールを俺にもくれよ。グローブに叩きつけてるだけじゃつまんないだろ?」
「何言ってんの…いやね? オド花を食べてから、明らかに魔力を扱えるようになってるのがほぼ事実っぽいから……驚いてるのよこっちは、本当に」
リサは、ツカサの現象に信じられない、と前置きして。
「物心ついた後に魔力や魔法を扱える人間もそう多くないっていうのに…ましてやオド花を食べて初めて魔力が扱えるようになったのなんて、世界で貴方くらいじゃないの?」
「おおー俺はじゃあ稀有な存在ってことか」
「そうね。だから、他人に言わないほうがいいわよ」
理由は単純で、その噂がどんな事態を引き起こすか分からないからだ。
「そりゃそうかありがとな、教えてくれて」
「色んなことを教えてって言われたからね」
ムフン、と得意げに息を漏らすリサに、少しはにかんだ。
その表情を見て一瞬笑った後。
「…リサ、本当にありがとな」
「え?」
ツカサは神妙な面持ちで、リサに話しかけた。
「俺こっちに来てからリサにずっと助けてもらいっぱなしだよ」
彼女は、ツカサの言葉に静かに耳を傾ける。
「1人で知らないところにいるのだってほんとは凄く怖かった。ご飯の心配とかもあったし…それに変な化け物にも襲われて……でもすぐにリサが助けてくれたから、安堵できたんだ。……まぁ、刃物持ってるのは怖かったけど」
あはは、とツカサは苦笑いを浮かべた。
「アマリアさん達のことだって、俺1人じゃどうしようもなかった。…ここに来てから俺の非力さには無念を抱きっぱなしだ」
事実、盗賊との戦いでは、魔力・魔法についての常識のなさが足を引っ張り、リサを危険に陥れてしまった。
「でも、危険なことをしてでも…アマリアさんをなんとかしてあげたかった…子どもを助けたかったんだ」
生きているとわかっているなら尚更、母親の元へ送り届けたかった。深い繋がりを持った人との離別が苦しいことなんて、自分が一番わかってる。
「リサは最後まで残って闘ってくれた。だから、本当に感謝してる……ありがとう」
「…ツカサ。私だって、あの人たちを助けたかったから、それに貴方がいなかったら私もあの子達を助けられなかった。だから、やっぱり私からも言わせてよ」
はにかみながら、彼女はツカサに。
「ありがとう」
心からの感謝を伝えた。
「リサ。俺はさっきも言った通り、みんなが知ってる常識を知らないし、経験もない」
一瞬目を強く瞑り、リサに目をむける。
「一緒に旅をして教えて欲しいって言ったけど…俺はリサの助けになれるなら力を借したい。だからリサの旅で俺にできることがあったらなんでも言ってくれよな」
リサは、強く頷いた。
「……ところで…あの……目的地まで、どれくらいですかね?」
「私たちのギルドまではもう少し…」
「もうちょい具体的に言ってもらえるとするなら…?」
リサから発せられる気長にオーラを感じ取ったツカサは、恐る恐る質問をしたのだが。
「ゆっくり歩いて行くから数日ね」
「足が! 足がパンパンになっちゃうよ!」
案の定、帰ってきて欲しくない答えが帰ってきて、涙を流したのであった。
♢
一方その頃、洞窟では。
「うぅぅ……」
「いてぇよぉ……」
「ほどけねえ……」
盗賊たちは全員捕らえられていた。
「お前らうるせえぞ…文句も大概にしろ。俺らはあいつらより弱かった。それだけだろうが。事実を受け入れて黙って俯いとけ」
弱音を吐く者たちをよそに、グレロは、すでに来たるべき結末を受け入れていた。
「おやおや面白くない。やはり、貴方は大きい人だ。人間は小さくないと困る」
「……はぁ?」
ヘラヘラとした声が後ろから反響していた。と、同時に周囲の人間が意識を失い全員倒れていることに気づく。
「…ああ、あんたか…最後に俺とお喋りしたかったのか? 悪いが話すことはないぞ」
「もっと暴れたり、来たる絶望に対し抵抗していただきたかったのですが」
「…自分の失態の責任は自分に却ってくる。誰も例外じゃねえだろ」
グレロの反論に、大きくため息をつきながら、その人物は洞窟の中、グレロの正面に立った。
その人物は、背が高くそれ故に尚更映える派手なマントをたなびかせている。そして、真っ白な化粧に目元だけを派手なメイクで覆っている。ようは道化師のそれだった。
「予想通り、期待外れの答えですね。実力が伴っていればなおさらつまらない人間でしたが…その一線は超えなかったようで」
よく分からない基準での品定めを終えた後、道化師は何もない空間から杖を取り出し。
「何か言いたいことはありますか? 面白ければ気が変わるやも?」
グレロの首元に杖を乗せ、くいっと持ち上げることで顔を引き上げた。
「ないと言っている!」
「はい」
杖を喉元に突き刺しても、呻き声ひとつあげない男にとどめを刺し、愛想を尽かしたような声色でつぶやいた。
「うーん…実に面白くない方でした。おしまい」
コツコツ、とその者は歩きながらひとりごちる。
「ここで騒ぎは起こせなくなったから……別の場所にするしか無いなぁ」
そして、その洞窟では怪しげな者と共に、周りの人間たちも姿を消したという。




