28話 方針確認
「確認するね、リサ。君の町を滅ぼしたのは、白髪の道化師みたいな奴?」
「……」
ソニアの問い。
リサは幼き頃の、しかし未だこびりついている記憶を呼び起こす。
蹂躙、虐殺。その悲惨な光景で目にしたのは。
「──ええ」
「……そうか」
ソニアの言う通りの容姿の人物だった。
♢
「本当にありがとうね。リサちゃんツカサくん」
「アマリアさんも、元気で!」
サイクロプスたちを討伐した後は、それまでが嘘かのように場は静まり返り、モンスターが襲ってくることもなく、国からの冒険者が到着したのだった。
「また来ますよ、ツカサとガーベラと一緒に」
「ふふ、そうしてくれるとこの子も喜ぶわ」
「うん、また来てね!」
サントリナの手をブンブンと振り回すスージー。
「それじゃあ行きましょうか」
「ばいばい! 絶対また来てよ〜!」
「ああ! またな!!」
そんな会話の後、スージーとアマリアに見送られてその場を後にした。
♢
「よかったわね、なんとかなって」
「ああ! リサもガーベラも、サントリナさんも、皆んな来てくれてありがとう」
全員無事にギルドに戻ることができ、ソニアが戻るまでの時間を各々が過ごしていた。
「怪我、治すから見せてツカサ」
「え、恥ずかしい……」
モジモジするツカサの服を勢いよくめくるリサ。
「ああー!」
「何恥ずかしがってんのよ」
女医に聴診器で体を見られるのですら少し違和感を感じていたのに、いきなり見せるのは抵抗が。
なんて思いも、場の普通な雰囲気を感じ取り数秒で消える。
「あーやっぱり痛めてるね……」
「まぁそりゃあ……」
「そうよね……」
「いたた〜…」
腫れた胸部を見てガーベラが声を上げる。
「いやガーベラは痛くないだろ」
「それでも間近で見るとうわってなるんだよ」
そんなもんか、とやりとりをしていると。
「それじゃあ……」
「…お!?」
ツカサの胸に置いたサントリナの手が光るとともに、ツカサの体に異常が起こる。
「お……お、おお……!?」
鈍い痛みが徐々に冷たくなっていく。触れた手からは熱を感じるため、なんとも奇妙な感覚となってツカサの身に押し寄せた。
「はい、どう?」
「な、治ってるー!?」
「ふふ、そこまで驚かれるとやりがいあるね」
「サントリナ凄いな…! 俺にも出来るかな!?」
「どうだろうねー……」
「軽い治癒を自らに施すのは割とできる人もいるけどね、欠損した肉体を治したり他人を治すのは訳がちがう」
「へー…」
「ツカサもソニアからそれっぽいこと言われたことあるんじゃない?」
♢
「ほい」
「ぐえっ!」
それはソニアとカンナ2人の指導の元、鍛錬していたある日のこと。
「ツカサももうかなり慣れてきたね〜」
「はい! カンナさん相手でも、最近はすぐにやられることはなくなりました!」
「手を抜いてるんだ愚か者が……!」
「うんうん、良いことだ。そんじゃ次のステップの為に少し知識を授けよう」
キョトン。とした顔のツカサ。それに対しソニアが悠々と語り始める。
「今のところ君が出来るのは強化だけ。だけどその魔法は冒険者にとってかなり重要度の高い魔法なんだよ」
「簡単に出来るからですか?」
「まぁ、それもあるけど…一番は自分の生存率に直結するからかな。とにかく頑丈ならそれだけで死ににくいでしょ?」
強化。それはシンプルに自らの生存率を引き上げてくれる。
「ツカサの言う通り基礎だからっていうのも間違ってはない。でもね、魔力強化は基礎であり応用でもある魔法なんだよ」
「……?」
ソニアが、自らの体に魔力強化を施す。
「これは自身への強化。魔力操作に慣れた人間なら大抵はできる。ツカサもそうだったよね」
特に思考で躓くこともなく、ツカサが頷いた。
「んじゃこれ」
「ん?」
ソニアがボールをツカサにパスする。
「強化してみろ」
横からカンナが指示し、言う通りにツカサは魔力強化を試みる。
だが。
「……あら?」
「……だろうな」
「できてないねえ」
あたふたするツカサを横目に、ソニアが解説を再開した。
「これでよく分かったと思うけど、強化1つとっても色んな応用があって、難易度も全然違うんだよねー」
「お前が出来るのはせいぜいまだ体を魔力強化することぐらいだろう」
「は…はい」
「モノに魔力を込めるのは難しい。他者…特にオドがあるモノは特にね」
「オドって?」
「生命ある者がもつ魔力のことだよ。私とかカンナとか、ツカサなんかが持ってる魔力。で、大気中にある魔力をマナって呼ぶの」
「大事なのは、お前がソニアやリサを強化するには高等な技術を必要とする、という点だ」
「治癒なんかも同じだね。自分と他人じゃ勝手が違う」
カンナの話を聞いた時、リサと会った時の一幕をツカサは思い出していた。
彼女は、他者の体を強化できていて、それはツカサ自身が実感していた。つまりそれは。
「……もしかしてリサってめちゃくちゃ凄いのか」
「まぁそうなるのかな。あれは魔術だけどね。いや、そう考えると逆に凄いのかな?」
「魔術の凄さはそんな所ではないだろう」
「そうだね。まぁそれは今はいいよ」
そう言って、ソニアがサンドラに魔力を灯す。
「この話の結論なんだけどね、今みたいに他人に強化してる奴がいたら即逃げなって話なの。強化の話で分かったと思うけど、他人を強化できるレベルの相手なんて、今の君じゃなす術なく殺されるからね」
「そもそもそんな奴とやり合うってことになったら俺逃げれんのかな…?」
「そこは運次第かな」
「簡単に殺されんように今から修行をつけるんだろう! もういいだろうソニア!!」
「はーいじゃあ今日のお勉強のコーナーはここまでね。次はカンナ先生の特訓だよ〜」
「な、なんかウズウズしてる〜!?」
♢
「他人にするのは難しいって言ってた…」
「そうそう。だからサントリナって滅茶苦茶凄いのよ。崇めなさい」
「ははー…」
「かえってやりづらいよ」
「ははは…」
ふぅ、とリサが一息つき、つぶやく。
「ソニアたち遅いわね…」
「まぁ色々話さなきゃいけないこともあるだろうからね…」
サントリナが宥め、リサが両手を上にあげる。
「……ソニアさん」
村で集合した時、ボロボロな姿だっただけに、胸に少しの心配があった。
♢
ソニアとカンナが、2人狭い部屋で話をしていた。
「どうだった」
「めちゃくちゃ強かったよ、その証拠に」
彼女が後頭部をカンナに見せる。
「ほら見てよ〜毛束ごっそり持ってかれたせいで襟足の左側がガクガクになっちゃったよ〜、町で笑われそーだよね〜」
「髪の報告はどうでもいい。早く敵の報告しろ」
カンナの声に、ソニアが「はいはい」と答えた。
「ハズヴァルム・フォン・スノースマイルって名乗ってたよ。道化師の服装で顔も真っ白の凝り具合。んで目元には縦の赤い線を入れてた。今頃崩れてるだろうけどね! ふふん、目に物見せてやったよ」
「なぜちょくちょく要らん感想を挟む……!」
「んじゃ、要る感想を言うね。目的はただの実験……らしい。本当かは知らない。ただ実際の強さは折り紙付きだよ。私と同格かそれ以上なのは間違いない」
瞬間、カンナの醸し出す雰囲気が変わる。
「……本気で言ってるのか?」
「お試し戦闘実験って感じのナリでS級魔物ぶっ放してきやがったからね。私がかなり本気でやってたのにあっちもまだ余力を残してたのは間違いないと思う」
ソニアは、今思い返してみても己の評価が間違っていない、と確信を持っていた。
「S級の魔物を速攻で討伐するためにサンドラとロプフェンの魔力のほとんどを使った。それからはあの道化師にバレないように私が魔力を回してたんだ」
魔力切れを起こしたのはミサイラだけ。そう印象に残すためのゴリ押しだったが、逆に目論見を見抜かれていたら危うかった。
「どこまでバレたか分からないけど、私の能力が漏れても仕方ないと思えるくらいにはギリギリだった…本当に」
何はともあれソニアという戦力の低下は甚だ大きい。
「……しかも私は先の戦いで魔力を相当使ったけど、スノースマイルは私が見えている範囲では魔物しか大技を使ってなかったよ。まぁ、魔物操術の応用にも魔力を使ってるだろうけど……」
「お前と同じ型の魔術であれば、スノースマイル本体の魔力はほとんど使わなくても良い可能性もあるのか……信じられんな」
カンナの脳裏には、敗北の文字がよぎった。
しかし、それは見えていた範囲だけの話。
「とは言っても魔物使い。己の中の素質ではなく外部の生命を使役するのであれば、容量に限りがあると信じたいが……」
「ないね、多分……いや九割九部ない」
ソニアがさらっと言ってのける。
「なぜだ?」
「S級相当の実力だからだよ。私と違って戦力の上振れ下振れが激しいけどさ。だからこそ逆に上限なんてない方がしっくり来る。D級からS級まで、いくらでも変動し得る不気味さを感じたね私は」
使役できる魔物の戦力はそのままスノースマイルの戦力に直結する。
下手すればB級、いやC級冒険者ですら通用するような状況もあり得るが、逆に誰も敵わなくなるポテンシャルがある。
それだけの潜在能力を、彼女は先の戦いで感じていた。
「第一。想定するなら最高より最悪の事態を考えなきゃダメでしょ。いざまたやり合ってS級モンスター100体とか来たらどうすんのさ。パニクって動けないでしょ」
「む……それはそうだな。すまん」
「…いや謝らせるつもりはなかったんだけどね。ごめんごめん。やり合ったばっかりで、過敏になってるんだと思う。謝るよ」
そうは言うが、ソニア自身は己の感覚がそうズレてはいないと踏んでいる。
野放しにしてはいけない類の相手だと、そう感じているのだ。
「ただ有難いことに本体性能は間違いなく弱い。魔力の強化は私以下……いや、もしかしたらC級とかその辺の冒険者と同じくらいかも? ……だからこそ、魔術だけは規格外、そういうタイプだと思うんだよね」
己の得意に向き合い続けたが故に、あそこまで特異かつ強力な魔術に磨き上げたのだと、ソニアは推測した。
「それはまた尖った……奴だな。魔力操作をある程度覚えたら、真っ先に肉体強化を鍛えるだろうに」
当然の話だが、肉体の丈夫さは生存率と直結する。
故に、魔術や魔力操作に慣れ、本格的に力をつけようと思ったら魔力強化を覚える人間は多い。
「勿論マタリーのように遠距離魔法に力を注いでいる奴もいるが……S級にもなるとな」
「まぁ私ですらA級相当の強化は出来るからね……カンナには負けるけど」
よほど尖っている。
だが、それを補ってあまりある力が、あの道化師にはあった。
「それでもこの通り、傷だらけだよ。中距離戦を得意としてる冒険者なんて、一方的にやられるだろうね。お互いに同じ間合いの武器でやり合って勝つにはよっぽど手数が求められちゃうよ」
「……やり合いたくはないな」
「たくないっていうか……見たら絶対逃げなよ。どんな状況にも関わらずさ。万全じゃないなら私でも即逃げの一手を選ぶ相手だからね。やるなら急襲かつ囲んで一気に、が一番理想だよ」
つまり、今スノースマイルと接敵した場合、ソニアは逃げを選択することになる。
「……他のギルドが動くのを待つのか?」
「そりゃね。今の状態でやり合っても絶対返り討ち。よくて痛み分け、なんて結果になりかねないもん」
もどかしい。そのカンナが抱く気持ちは、カンナ自身まだ抑えが効くモノだった。
だが。
「リサはどうするんだ」
「……それね〜」
仇がスノースマイルなのは、流石のソニアも予想外だった。より具体的に言うと、実力が想定外であった。
リサの気持ちを尊重していたソニアだったが、流石に今の状況で戦うのは無謀である。
「……今は、状況を理解してもらって気持ちを抑えてもらう……しか、ない」
すでに今のリサは仲間や自分を優先できる子だ、と思ってはいる。
だが、実際に仇が自分の手の届く距離にいる場合、本当に気持ちを抑えられるかは、また別の話だ。
「いざ仇が目の前にいて、自分がやれるかもしれないって状況で我慢するなんて、優しい人でも、聡い人間でも難しい話だ。理解はしても納得はできない、とか。ままある話だよね」
正論。合理的、ではあるけど感情的にその行動に従いたくない。
それは、誰しもが持っている、当然のものだ。
「お前なんてその典型だしな」
「そんなことないでしょー何言ってんの」
「……お前の我の強さが部下に移ったんだろうな」
「……本当にそうなら、困りものだよね」
「冒険者なんてそんなものだ。むしろ我が強くないと務まらんだろ」
とにかく、とカンナは話を切り替える。
「一旦他のギルドが動くのを待ち、情報を得てから動く。それまでは各々のやるべきことを、でいいな?」
「うん。なんかあったら些細なことでも教えるよ」
「当然だ」
そして、情報を得られる時まで、そう遠くないことを2人は予想していた。




