2話 反撃
「ダイデンさーん!!??」
「や、やりやがった!!」
「こいつ何者だぁ!?」
男を一撃でうちのめしたツカサに、男たちの部下が驚き、慌て始めた。
「すごい…一撃で」
相手の攻撃を的確に見定め、合わせるように拳を打つには技術と経験がいる。
リサはツカサが男を倒したことよりも、その技術を持ち合わせていることに驚いていた。
「やっぱり……只者じゃない」
そして男たちはリーダーを一撃でのした男に畏怖し後退りし始める。
「……お前達は?」
「くぅう……!」
「!?」
男たちの1人が煙幕を発生させ、倒れた男を担いで逃げていく。だが、そんなガラ空きの背中を見逃すわけもなく。
「逃すか…!」
「待ってツカサ! 一旦下がって!」
「…な…」
左腕をリサに掴まれ、ツカサは追撃を止める。
「落ち着いて。魔法が使えないなら用意も無しに深追いするのは危険よ」
「でも今追いかけなきゃ取り逃がすことに…」
「大丈夫」
リサは手を空に掲げ、何かを打ち出した。
「これで後を追える」
「…え?」
「私の使い魔だけど、詳しい話は後」
「──」
リサの落ち着いた対応を見て、ツカサは自分の判断が誤っていたことに気づいた。
魔法なんてものがある世界だ。それ(常識)を知らない自分の考える立ち回りが適切であるはずがない。それは、当然だ。
「ごめん。俺の判断が間違いだった」
「ん?」
「アマリアさんに手助けしたい。けど、俺はここでの適切な対処が分からないから」
ツカサはリサに、深々と頭を下げた。
「力を貸してください」
「……」
リサは一瞬ため息を吐いてから、頷いた。
「まずはアマリアさんを宿に。続きはそこで」
「ありがとう」
「……ご飯の恩くらいはね」
♢
「状況を整理するわ。相手は人攫いのならずもので、この街に数日前に現れた。そうですね?」
「ええ。」
「今回来た数は5人前後で、理由は人攫いと」
アマリアは苦しそうな顔で頷く。
「その内の中で魔法を使った奴らが何人いるか、またどんな魔法を使ったか分かりますか?」
「魔法を使ってる人は仕切ってた男の人1人で、他の人たちはわからない。ただその仕切ってた男は火を手から出してたわ」
「盗賊のリーダーという事ですね。その男の特徴を」
「頭にオレンジのバンダナをしていて、顔に斜めの傷が入ってるわ」
決定的な物を手に入れた、とリサは強く頷く。
「それじゃ行きましょうか」
「ああ」
アマリアは固い口を開き、ツカサとリサに語る。
「私の子供と同じくらいの子たちにこんな危ないことを…」
「やりたくてやってるから気にしないでいいですよ」
「……」
子供に帰ってきて欲しいことも、そのために子供を賊の元に向かわせるのも事実だ。
「…とはいえ、ツカサも含めて安全を第一にさせていただきます。それはご理解お願いします」
「勿論よ。本来なら守らなければならない立場の私が、不甲斐なくてごめんなさい」
「アマリアさん。俺は子供を助けに、いや守りに行くよ。だから」
ツカサはアマリアの手を強く握り、できる限り元気に応えた。
「俺の今日帰る場所は、アマリアさんが守ってください!」
「…はい!」
♢
2人は街を抜け、森に歩みを進める。
「相手は盗賊複数人。目的は拉致された子供達の救出。いいね?」
「ああ大丈夫、絶対に助けるぞ」
「……」
懐疑的な表情でツカサを見るリサに、ツカサが問いかける。
「?…何? どうした? そんなに見つめて」
「…さっきのもそうだけど、貴方が頑張る必要ある?」
ツカサは一瞬目を伏せて。
「あるさ、アマリアさんの子供が攫われてんだぜ、あんな優しい人の子供が」
本心を堂々と話した。
「……そうね」
「ただ意気込むのはいいけど、絶対に無茶はしないこと。本当にヤバそうになったら撤退するからね」
「む」
リサのいきなりの注意喚起にツカサが肩を下げる。
「敵の戦力も把握しきれてない、何より子供の位置もわかってない。アマリアさんには良くして貰っておいて悪いけれど……今回は分が悪いわ」
歩く速度と同じくらい、淡々とブレない声色で伝える。
「あの人には悪いけど私は命までは賭けられない。なるべく恩には恩で返したいけど、それができるだけの余裕が今の私にはない」
「恩に恩で返す余裕がないのに何もやれてない俺を助けてくれたのはなんで?」
「…貴方を助けたのには、善意以外の理由があるからよ。あと道端で倒れてる人くらいは助けるわ」
「なるほど」
要は命に関わる危険には恩があっても関わりたくないということだ。実際それは人として正しい生存判断だと思う。逆に、道端で倒れている人と、誘拐されている人を助けることをツカサは同列に扱っているのか、と口には出さないがリサは心に留めていた。
「それで、肝心の作戦は? 俺はどうすればいい?」
「子供の位置が分かってる状況で且つあいつらと離れてたら一気に回収して逃げる。それ以外は…一応説明するけど、状況を見て判断が変わる可能性があることは念頭に置いておいて」
ただ決定事項として。
「相手に魔法を使える人間が3人以上いたら即撤退するわ」
「子供を助けずにってことか?」
強い意志でリサは首を縦に振る。
「ツカサは魔法が使えないのよね」
以前聞いたことだが、大事なことだともう一度聞き直し、またツカサも頷く。
「魔法を見たのも今日が初めてだ」
「そう。なら尚更危険ね」
「俺、今日来てた盗賊の親分くらいの奴なら勝てると思うんだけど」
「あの人は魔法持ってないもの。魔力はあるみたいだったけど、それも上手く使えてなかったし」
「つまり、魔法を持ってるかどうかってだけで強さのレベルが違うんだな」
またも、リサは強く頷いた。
「正確には実戦レベルの魔法を使えるか、だけど。既に火の魔法を使える奴がいることは分かってるワケで。仮に複数人の魔法使いに囲まれて闘ったら無事じゃすまないでしょうね」
「…リサも魔法使いで、しかも相当強いっていうのは俺でも分かる。現に1人で旅し続けられてるぐらいなんだし。それでも無理なのか?」
「無理、と断言はできないけど、死ぬ可能性が高すぎる」
リサは作戦を譲歩する気が微塵もない。それだけ、複数人の魔法使いと闘うにはリスクがあるということだ。
「私と私の魔法を付与した貴方でも、3人以上の魔法使いがいたら負けると思うわ」
「…つまりボス以外にあと2人いたら逃げるってワケか…」
前提の条件は理解した。だが。
「闘う前から相手が魔法を使えるかどうかなんて分からなくないか?」
「ええ。相手の頭と、今回村を襲いに来てた奴ら以外は不明ね。だから奇襲か対峙して様子見か迷ってるんだけど…」
「…え? 今回来た奴らが魔法使えるかなんて分かるか?」
ツカサの質問に、リサは軽く首を傾げる。
「少なくとも今回集落に来た奴らの中のトップは貴方が倒した奴でしょ? それでアイツが魔法を使えてなかったってことは多分他のもまともな魔法なんて使えない可能性が高いわ」
「いやでも一発ぶん殴ってすぐ倒れちゃったし、魔法が使えるかどうかなんて分からなくないか?」
リサはツカサの言葉を聞き素早く首を横に振る。
「どれだけ油断していたとしても、魔法使いならああはならないから」
そういうものなのだと。リサは淡々と述べる。
「…じゃあ、とりあえずあいつらが見える所まで近づいてみて、子供がいるなら奇襲。いないなら一旦また会議でどうだ?」
「賛成」
──そして。
「あれだわ、奴等はあの洞穴で野宿をしてるみたいね」
「子供は……見えないな」
リサの使い魔を辿り、敵のアジトまで辿り着く。だが、肝心の目的は見当たらない。
「あの洞窟の中かしら…彼らは子供が欲しいと言っていたけれど…殺さずに見張るなら確かにあそこは悪くない場所ね」
物騒な程冷静に思考するリサを横目に、ツカサが問う。
「それよりリサ、どうだ? 魔法使い、いるか?」
「…報告通り頭領は使えるんだろうけどそれ以外はわからないわね」
頭領の容姿はアマリアの提供した情報と一致する。オレンジのバンダナと顔に斜めの傷。
「当たり前みたいに炎を手から出してるな…」
「…あれとは私がやるわ。ツカサには周りの奴らを抑えてほしい…やるなら奇襲ね」
「理由を聞いてもいいか…?」
「作戦に失敗した時に敵の数が少ない方が逃げやすいでしょ」
「了解。んじゃそっちの合図で右側のやつから叩くよ」
淡々と準備を進めるツカサの姿は、リサのそれを上回っている。
そんな振る舞いに、リサは問うた。
「怖くないの?」
「怖いよ。死ぬほど怖い。相手は本気で赤の他人の子供を誘拐できる奴なんだろ? 絶対手加減とか知らないだろうしやり合いたくないよ」
話を聞く限り人間の中でも最悪の部類だ。関わりたくもない。
「でもせめて、困ってる人が、その子供が生きてるなら助けてあげたいって思うのは変か?」
だが、関わっていて心地いい人がそんな最悪な人たちから被害を受けているのならどうにかしたいと思う自分の心も、ツカサはまた受け入れていた。
「…その気持ちは変じゃないけど、貴方は変人の部類だと思うわよ」
気持ちのいい理由ではあれど、実際に行動できるのは、ごく少数だからだ。
「うん、まあそうだよな」
「でも」
リサはツカサの言葉を聞いて受け入れるように。
「気持ちのいい答えだわ」
柔らかな笑顔で、そう言った。
「それじゃ、行きましょうか」
♢
「ほう…それで、ガキ連れて来いっつったのにおめおめと逃げ出してきた訳だ」
「わ、悪い。でも本当に強くて気づいたら寝ちまってたんだ…」
ツカサとリサのいた村落を襲った盗賊が、頭領に頭を下げながら説明していた。
「どんな奴だった?」
「黒髪の…変わった服を着た小柄な男だった。多分ガキだ、武器も魔法も使わずに、拳だけで向かってきやがった」
「……拳だけで?」
言葉を疑うように、首を傾げる。そして、再度問いかける。
「どうやって負けた」
「俺が振りかぶった攻撃避けてそのまんま…」
「カウンターで一発か」
気まずそうに下を向く男に、頭領は口を開く。
「おそらくそいつはあの村の人間じゃねえな。そんな技量のやつこんな田舎にいると思えん」
「じゃあ偶々そいつがいただけってことか…?」
「…旅で寄っただけ、とかかもな」
そんな会話の折、激しい音と煙が盗賊たちの周囲を囲んだ。
「!? なんだぁ!?」
「なんか爆発したぞ!」
「お前ら構えろ。来たんだろダイデンの言ってたやつが」
武器を用意し、煙から現れるであろう襲撃者に備える。だが。
射出されたのは人物ではなく、水の弾丸だった。
唐突な不意打ちに対応できず周りの部下たちは被弾する。
「チッ! きっちり避けろよ! 」
「ぐぅう!」
かろうじて、頭領に報告していた男、ダイデンと呼ばれる男だけは武器で相殺していた。
「いてぇ…いてえよ……」
「立てねえ……」
頭領は情けない姿で地面にへたり込む男たちを見てため息をつく。
「単純なおつかいもできねえし、いざという時の壁にもならないとは。とことんまで……はぁ」
もういいや、とでもいうように前を向き直す。
そして、煙が晴れてきた所で女が姿を表した。
「女!?」
「仲間だろ、一々戸惑うな」
リサが剣を振るうのに合わせて、頭領も剣を振り相殺する。
「!…冷静ね」
「俺だけな」
二人が剣で鍔迫り合いを行っている背後で、生き残ったダイデンが隙だらけの背中を攻撃をしようとするが。
「おいバカか」
「え?」
煙から現れたもう一人の人間が、奇襲しようとする男の後頭部を蹴り抜いた。
「が……」
「さっきぶりだな」
それを見るなり咄嗟に頭領は後ろに下がった。
「お前やるな」
だらりと地面に倒れ伏し、早々に頭領は人数の有利を失った。
「ダイデンが言ってたのがお前だな。一撃でやったんだろ?」
「…ああ、そいつか。そうだよ」
「俺の名はアド・ゲレロ」
「……?」
頭領の唐突な自己紹介に疑問符が浮くツカサとリサ。
「筋がいい。仲間にならないか? 聞いた感じ旅人なんだろ?」
「何バカなこと…」
「いいよ、仲間になるよ」
「え!? ええ!!?」
ツカサが承諾したことに、リサが驚く。
「お、マジか助かるぜ」
「ただし条件がある」
「なんだなんだ。俺は強い奴にはいい待遇をやるぜ」
「ちょ、ちょっとツカサ……ツカサぁ!?」
状況が理解できず慌てるリサ。だが、そんなリサには目もくれず。
「お前が攫った人たちはどこにいるか教えろ」
「……そいつは厳しいかもなあ」
「んじゃいいよ」
語尾を言い切ると同時に、回し蹴りを腹に当てる。
「…キレはいいが、油断したな!」
「は!?」
ゲレロは蹴りを直撃させたはずの脚を軽々と持ち上げ、叩きつける。
「がっ──」
「ツカサ!」
リサが妨害することで追撃は免れたが、リサの魔法を付与していても尚、ツカサには多大なダメージが入っていた。
「大丈夫!?」
「ゲホッ……まぁ、気絶しないくらいには無事…それよりリサ、さっきの演技本気にしてなかった?」
「……いや、別に?」
謎の間でなんとなく察したツカサは、ゆっくりと立ち上がる。
「なあ、さっきのタフなの、あれもリサと同じ魔法か?」
「…厳密には違うけど、魔力を使って身体を強化してるのよ。魔法の初歩ね」
ゲレロは少しずつ、歩みを進める。
「お前ダイデンを一撃で倒したって言ってたが」
「……」
「あいつに一撃喰らわせて気絶させる程度の奴なら、魔力で強化すりゃ耐えられるんだよまぁ、それにしたって大した威力ではあるけどな」
着実に、二人の力量を見定めるごとに歩を一歩ずつ。
「硬さの割に威力が小せえ。となるとそっちの女が本命の可能性が高いわけだ」
ある程度推測を固めた所で、ゲレロは右手を空に掲げた。
「! ツカサ!」
ツカサは、名前だけを呼んだリサの言葉の意図を推しはかる。察するに、魔法を用いての攻撃。ツカサが知らない闘い方。
「『炎玉』」
ゲレロが打ち出した炎の弾を、リサは魔力で身体を守りツカサはバックステップで避けることで直撃を避けた。
だが、炎弾が地面に着火することで炎の壁が生まれ、実質リサとグレロの一騎打ちとなる。
「リサ!」
すぐに迂回して合流を図るツカサだが。
「──! 違う、避けて!」
「いくら硬くとも、魔力なしにこれが受けられるか?」
炎の壁越し、見えない箇所から、グレロの鋭い蹴りがツカサの腹部を強打する。
「がっ……!」
受け身も取れず、ツカサは森の木々へと衝突する。
「魔法を使えねえ奴はこの炎を越えないよな。思った通りだよ。もっとも、もう聞こえちゃいねえだろうが」
炎の壁を迂回して回ろうとするツカサは、傍からの攻撃に捌くのが間に合わなかった。
「お互い、魔法を使えない人間を持つと苦労が絶えないな」
グレロはようやく本番だと言わんばかりに、大剣を構える。
「…よくもまあそこまで他人を見下せるものね」
リサの苦言にグレロはフッ、と失笑し、口角を上げる。
「実際格下だからだろうな」
「人間の価値は魔法に依らないわよ」
リサはグレロに一瞥したあと、眉を顰めながら尋ねた。
「…なんであの村の子供を攫ったの?」
「んーまあ、人間の数が必要だったから、かな。大人でもよかったんだが、運ぶの大変だろ?」
「何がしたいの?」
「これ以上教えてやる理由がねえよ」
「そうね」
リサは最後の言葉を皮切りに、地面を蹴り上げ一撃振り下ろす。それに合わせてグレロも剣を振り、刃と刃がぶつかり合う。
「く…」
「やるな。だが少し非力か?」
リサの剣は徐々に押され始める。それに気づきすぐ後退し水弾を放つが、グレロは前進したまま避け、その勢いで蹴りを入れる。
「がっ……!」
蹴りが直撃したリサは岩に吹き飛ばされる。なんとか受け身を取るが、一撃のダメージは確かにリサに蓄積された。
「…逃げるわよツカサ!」
たった一手の殺陣だが相手が一筋縄ではいかない相手であることは把握できた。故に一時退却を進めるリサだが。
「逃げてもいいが、その場合ガキは殺すぞ!」
「…っ! そんなことで…」
「攫った奴らを助けに来たんだろ? 逃げたら助けられなくなるぞ」
「…人手がいるって話なのに、私たちを逃さないためだけに殺すの? 言っとくけど私は、死ぬくらいなら…誰かを犠牲にしてでも逃げるわよ……そのあとで貴方はきっちり仕留めるわ」
「ほお? お前は魔法使いらしく冷静無慈悲な判断が出来るようだが、少なくともさっきのあいつは今の言葉を聞いたら逃げないんじゃないかなあ? どうだろうなあ?」
「……」
リサは苦虫を潰すような顔でグレロを睨む。そして、思考する。この状況下でも、撤退するべきか否か。
──撤退しかない。いくらなんでもこのまま戦闘を続けるのはリスクが高い。
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「!」
リサの判断が鈍っている一瞬をグレロは逃さず、接近した。
そして一手遅れたリサに再び剣を振る。
「甘いんだよ女」
後手後手に回るリサは遂に一振りを身に受け、吹き飛ぶ。
「硬いな…斬れないか、だが…確実にダメージは入ったろ」
受け身も取れず地面を跳ねながら吹き飛び、よろめく。
「こんなくだらない失敗を……」
戦闘中にも関わらず、ツカサの容態や子供の確保、敵戦力の把握といった多くの情報を把握しようとし過ぎたこと。
そしてグレロの脅迫に、リサも少なからず動揺していたのだ。その隙を突かれてしまった。
しかし、己の不甲斐なさを怒る時間も、嘆く時間もない。
リサは破片が突き刺さった左脚の痛みを我慢しながら、すぐに立ち上がる。
「お?」
グレロはリサの強く睨む瞳と、高まっている気迫を感じ取った。
「逃げねえのかよ?」
「…貴方を見逃したらこれからも被害が増えるでしょ」
「んん? いやいや逃げるって話だったろ? はは、見苦しいな。その身体じゃ俺から逃げられないってだけだろ」
「……っ…」
事実、今の状態ではリサが全力で逃げても、背中を斬られる。
リサはそんな危機的状況に追い込まれていた。
「お前も、さっきの男もキッチリ殺す」
リサの柄を握る力が強まる。お互いに高まる緊張。次の静止が途切れた時、勝敗が決まる──かに思えた。
「なら止めなきゃな」
♢
グレロに吹き飛ばされ、森の木々にぶつかった直後。
「うぅ……」
痛めた背中を押さえながら自然に漏れ出てくる声。蹴りをモロに受けたのもダメだが、受け身を取れないのは不味かった。
立ち上がるために脚に貯めた力がすぐに抜けていく。よく知ってる痛み。こういう痛みの時は暫く待たないと力が入らないんだ。
落ち着いて深呼吸しなきゃ。動けるようになった瞬間に迷わず行動できるように。
「…うげ、こっち来んなよ」
地面にべったり身体をつけているせいで、虫の動きが良く見える。正直苦手なので動けない今くっつかれたりされたら泣きそうだ。
「……あ」
虫の動きを追うと、後ろにある花──オド花を見つけた。
「…昔はよく花吸ってたな」
ふと、妹と下校中にピンクの花の蜜を吸ってた記憶を思い出した。ここにある花とは違い、ただほんのり甘いだけの花だったが、妹との大事な思い出を作ってくれた大切なモノの1つだ。
今はもういないけれど。俺の大切な繋がりだ。
「……うん、やっぱあいつは倒さないとな」
今あの男に誘拐された子供たちも、その親も。できることなら俺と同じ気持ちを味わって欲しくない。
「よし、そろそろ…」
立ち上がれるようになる、だからそろそろ作戦を考えなきゃいけないが。
そもそもの話として、今の自分じゃ足を引っ張ってしまう。悔しいがあの男とリサの闘いにおいて、自分は数歩後ろの立ち位置にいる。そして2人は俺が着く頃に決着がついていないのであれば、それなりに実力が拮抗しているはずだ。
だからこそ、俺の行動が大事になる。何かあるはずだ、戦況を変えるだけの手札が。
『……多分一番は、マナを摂取して自分の魔力を扱える可能性があるからよ』
♢
2人の緊張は、ツカサの乱入で崩れた。
「ツカサ!? …早く逃げなさい!」
状況はすでに変わっている。負傷した状態では万全にフォローできないかもしれない。
「そいつの言う通り逃げればまだ生きられたろうに」
「お前の行いを知ってて逃げる選択肢なんて、俺には元からないよ」
自分が生きてる限り、子供と親を引き離した原因を許すことも見逃すこともない。まして、赤の他人がそれをして良い理由など微塵もない。
自らの気持ちに準じ、ツカサはグレロを睨む。
「理不尽なことして罪のない人たちを悲しませたこと、謝れよ」
「力のない者が受けるべき義務だ、理不尽は」
「……そうか」
「当然、お前も例に漏れずに受けることになる。俺の手によってな」
「ツカサ……!」
剣をツカサに向けるグレロ。だが、ツカサは動じることなく見据えていた。
「リサ、言ってたよな」
「…?」
「これは、魔力を身体に取り込めるって」
ツカサは、オドバナと呼ばれる花を握りしめていた。そして、じっと見つめ──。
「まさか──駄目!!」
「俺はこれに、一か八かこの不思議な花に懸けてやる!」
ゴクリ、と飲み込んだ。
「がっ……!」
身体に侵入した異物に対しての拒絶反応と、体内に灯った魔力が、身体を焼きつくそうとする。
「なんてことを…!」
「あっづ…や……ば…!」
脂汗が滝のように溢れ出し、ツカサの身体が膝から崩れ落ちていく。自らの胸に手を当て、痛みを堪えているが過呼吸を抑えられない。
「……っ…!」
「ツカサ……!」
激しい痛みの果てに、身体が破裂したかのような衝撃が走る。
「……これ、は」
ツカサは、痛みと活性に息を切らしながらも、まず己の内にある力に驚いた。
「拳を握る力も…地面を踏ん張る脚の力も…嘘みたいに強くなった…!」
「う……そ」
「…はっ、運のいいことで。それで? 魔法使いになったってか!? 甘いんだよ、お前はまだ魔法のまの字も知らない赤子だ!」
「!」
放たれた炎弾を、ツカサは咄嗟に回避した。
「ぐっ……!」
「はっ…やっぱり受けきれねえんじゃねえか! 魔力があっても魔法が使えないならただのカスと同じよ!!」
前方に生じた炎の壁。そこから距離を置きツカサはリサに接近する。
「ツカサ大丈夫なの!?」
「リサ! 質問だ、今の俺ならあいつの炎に耐えられるか!?」
「は!? …何する気!?」
「要は──」
♢
「なるほど…リスク高すぎ……って言っても貴方なら多分1人でもやるわよね」
答えるまでもなく、ツカサの瞳には、強い意志が宿っていた。
「さっきの案に私の考えも加えて。一緒に倒すわよ」
リサは蚊の鳴くような声でツカサに作戦を耳打ちする。
「それじゃ……行くわよ!」
「ちぃ!」
グレロは2人との間に炎を放ち、一定の間合いを強制する。
「何か考えやがったな…」
ツカサとリサにはもう壁越しの不意打ちは通らない。だが心配しすぎる必要もないとグレロは考えた。なぜならこの期に及んで炎を捌く手段がないツカサは確実に姿を見せる。上か、壁を迂回してか、どちらにせよ音で気づけるはずだ。つまりリサの挙動に深く注意すればいい。
そう、思考していた時点でグレロが後手に回るのは必然だった。
「受けてみなさい!」
グレロが声のした方角を見やると、水の弾丸が炎の壁から出現する。
「かかったわね!」
反対側からリサが奇襲を仕掛けるが。
「オラァアア!!」
魔力を貯めに貯めた大振りの拳で迎撃し、彼女を大きく退かせた。
これで体勢は崩れたが、向かってくるのが魔法使いでもない人間1人の相手ならどうとでもなる。姿が見える前に体勢を整えれば──。
そして、グレロに行動を予測されていたツカサは、上でも横でもなく──正面から炎の壁を越え接近した。
「はっ!?」
♢
「は!? …何する気!?」
「要は今の俺ならあいつの炎に耐えられるかってこと! あいつは俺をいまだに俺の危険視を怠っている。だから耐えられるならあの炎を突っ切ることで不意打ちできる」
「ああ…今のあいつは多分貴方が通れるとは思ってないしね。でも……どうだろう、耐えられるかは分からないわ」
しかも、急襲するにはツカサ1人では効果が薄い。そもそも耐えられるかも分からないと考えるとかなり運に左右される。
「さっきあの炎に近づいて分かった。オド花を食べる前より俺の体は明らかに強くなってる」
「だから捨て身の作戦で行くってことね……なるほど…リスク高すぎ……って言っても貴方なら多分1人でもやるわよね」
お互いに行動を擦り合わせた上で、リサが耳打ちした。
「私の水と硬化でカバーする。だからトドメは貴方に任せるわ」
♢
「お前が言ったんだぞ」
炎の壁を突っ切った男の肉体を見て、ようやくグレロは自分の認識に不和があったことに気づく。
「魔法が使えないとこの壁は越えないって!!」
「しまっ……」
だが認識した時にはすでにゼロ距離。信念の宿った拳が、巨体に届く範囲だった。
「遅い!」
グレロは咄嗟に手を前に出すが当然抵抗できる筈もなく、ツカサの拳は巨体に捩じ込まれ、その大きな身体を吹き飛ばした。
「……勝った…勝てた!」
白目のまま後ろに倒れるグレロ。それと同時に膝を崩すツカサ。その姿はボロボロで満身創痍だったが、確かな勝利だっだ。




