16話 危険なのは承知で
「『麒麟の角』のギルドマスター、カンナ・オルテンシアだ」
「おーカンナさん…初めまして…じゃなくて、お久しぶりです」
「ああ。お前のことはソニアから聞いた」
「私に代わって助けてくれたみたいで、本当に助かったよ」
「勘違いするな。私は部下の無念を勝手に晴らしただけだ」
「もーそうやってすぐ誤魔化すー。照れ屋なんだから」
「黙れ! 借りを作ったとは思っていないという話だ! お互いにな!」
ソニアが両手を開き笑う。
「私も協会からの連絡を見てすぐ出たんだけどね。私より早く着いたみたいで」
「お前はお前で村の近くに来るなりもう一体を注視していたんだろう?」
「まあね」
「もう一体…?」
ツカサの呟きにソニアが頷く。
「あのサイクロプスと同格以上であろう敵がもう一体いたんだよね。少し遠かったんだけど」
「……マジか」
「今回の件で異常なのはそれだけではない。未確認2体だけでなく、他の魔物たちの知能も上昇していたことだ」
「それねー…」
ソニアが真面目な声で、同調する。
「リサたちの報告によると、初戦のアルミラージは知能がそれほど高くなかったのに、サイクロプス戦の時には別個体と錯覚するほど差異があったらしい。具体的には言葉を喋ったと」
「ああ、それは俺も聞こえたよ。でもアルミラージだったのか…俺が見た時は喋ってなかったんだけどな」
「ブライアの報告によると能力も上がっていたようだ。つまり相手の中には魔物の能力を底上げする奴がいる…可能性が高い」
「……そうだね」
以前リサからの報告があったことと無関係ではないと思われる。ソニアはリサとグレロが戦った場所付近の捜索をしていたが、それらしい魔物はいなかった。
おそらくもうすでに移動していて、サイクロプスの村付近にいたのだろう。
「特殊個体のサイクロプスと、同等級の未確認が1体。これらを討伐するとして、おそらくクエスト難易度で言えばA級以上相当ってことで、この任務の調査は協会に任せる……つもりだったんだけど」
「……?」
はぁ、と大きなため息と分かりやすすぎるほどの不安な表情。
それを物ともせずにカンナが言う。
「我ら2つのギルドは合同でこのクエストに挑むこととした。長期的なクエストになると予想される以上は他のクエストもこなしつつ、ではあるがな」
「……ええ? A級以上なんでしょう?」
普段のソニアを知っているツカサからすれば信じられない結論だった。
「ソニアさん本当にいいんですか…? だって……」
「……リサが探している仇の可能性が高いんだよ」
ほんの少し遠くを見るような、もしくは悲しんでいるような目で天井を目上げる。
「リサがいうにはその仇は流暢に人語が使えたらしいからね。今回の未確認も人語を介する可能性が高い…となると積極的に介入するのは当然と言えば当然だよ」
「……」
「私の参加は言うまでもなく、仇を取るためだ。あの筋肉の首が捩じ切れるまで、追い掛けてやる」
「あ……」
ツカサはマタリーとブライア、2人の顔を思い出した。
「2人はどうですか? あれから無事ですか」
「マタリーはもうすぐで復帰できる。ブライアは暫く復帰は難しいだろう。なんせ腹の中身がぐちゃぐちゃになっていたらしいからな」
「命に支障がなかったことだけは不幸中の幸いだね…」
ソニアの言葉に頷き、改めてツカサを見やる。
「他のギルドや協会も積極的にこの件には介入するだろう。下手をすればS級案件になりうる案件だ。だが、それでも私はあのカス筋肉を、そしてあいつの仲間を私自身の手で根絶やしにしてやるつもりだ」
とすん、とツカサの胸に人差し指を当て、告げた。
「今日はお前たちに感謝と私の今の考えを言いに来ただけだ、無理やり手を貸せとは言わん。だが、リサのようにクエストに挑む意思があるのなら、こちらとしても協力は惜しまん」
そう言い切って、カンナは2人に背を向ける。
「また機会があればな」
バタン、とドアを閉めカンナは外へと出て行った。
「……ツカサ、カンナはああ言っていたけど…」
「ソニアさん」
申し訳なさそうにツカサに話しかけるソニア。だが、ツカサはそれを遮って立ち上がる。
「俺はリサの役に立ちたくてこのギルドに入った。答えは決まってるよ」
それに、とつけて。
「あいつは人を弄んで笑ってた。野放しにはできねえよ」
「いやツカサ、キミは暫くリサと同行はできないよ?」
「ん?」
ソニアも立ち上がり、上着を一枚肩にかけた。
「でも安心した。キミの答えは変わってないみたいで。だからこそ、キミは強くならないといけない。正直、時間もない。カンナは長期を見据えてるみたいだけど」
リサが徒党を組んだ魔物たちとぶつかるのは時間の問題だ。
当然それまでにリサやガーベラたちも成長してもらう必要がある。だが、現時点『阿吽の花』で一番経験が浅いのはツカサだ。
そんなツカサがリサを手助けする意思がある以上、もう緩やかな成長曲線ではいられない。
「最後に一応聞くね。本当にいい? キミがリサを止めたっていいんだよ。少しずつ前に進もうって。他の人たちが情報を集めてからでも遅くないんだから」
「……正直、その提案が分からなくもないよ。でも、リサはリサで考えがあって、その選択をしてるんだろ」
血塗れだった右手、弱さを抱えた右手を見て、ツカサは今一度強く握りしめる。
「なら俺はそれを尊重する。そんでもって、その我を通せるくらい強くなる」
その言葉には、決心があった。
もう、今回のような不甲斐ない結果では終わらせない。
リサに、道半ばで終わらせない。
(ほんと…ツカサもリサも、冒険者気質だよ)
大きく、何かに踏ん切りをつけたようにため息を吐き、ソニアが肯定する。
「……分かった。それじゃあ鍛えよう」
「押忍!」
♢
「まあそもそも、次クエストに挑む時は私と2人でを想定してたんだけどね」
「そうなんですか?」
「今回の件で君の活躍もある程度聞いたからね。私的にはもうツカサはD級クエストは1人でこなせると思ってる。 だから次はC級を目指すことになるわけだけど…私が万が一のために私がついておいて、基本はキミに単独でクエストをこなしてもらうつもりだったのさ」
こんなことになっちゃったけどね、とソニアが言う。
「でも事情が変わった。キミもリサたちも早急に強くなってもらう。その為に彼女らは高難易度の任務を、キミには私の特訓をつける」
「だからここに呼んだわけですね」
訓練場も、ツカサはもう見慣れたことだ。
「カツカツなうちのギルドで、大枚叩いた甲斐があったよね〜」
「本当にそうですね」
「うぉっ!?」
ニョキっとツカサの横に生えてくるように現れたサンドラ。
「ズバッと言うね〜」
「ツカサ様。負けたそうですね」
「──うん」
サンドラの無機質な言動。その言葉には事実のみが込められていた。
「負けた。肉弾戦だけなら互角に渡り合えてたのかもしれないけど、真剣勝負の場でそれは言い訳でしかないしな」
そうは言うものの、自身が武器にしていた肉弾戦ですらギリギリの綱渡りだったことを、ツカサは誰よりも痛感していた。
「その話も聞いたよ。キミには守るべきものがあったとはいえ、負けは負けだ。でも、今生きてる。だから糧にしようじゃないか」
「というと……?」
「新たに魔法を身につけるいい機会だってことさ」
ボールを手で宙に浮かせ、怪しい笑みを浮かべながらソニアは笑った。
その時。ダアン、とドアが勢いよく開かれた。
「えっと……」
「そうだね、紹介するよこちらは……」
「説明はいらん! もうしただろうが!」
カンナ・オルテンシア、その人がまた『阿吽の花』に来ていた。
「お前に魔法を教えてやることになった。よろしく頼む」




