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15話 肉弾戦を制する

「あとは俺がやるよ」

「ああ? お前誰」


 人と見紛うばかりに流暢に言語を扱う魔物。そして、初めて見るモンスター。


 クエスト経験もろくにない状態でこのような場に立たされたツカサだが。

 驚きも焦りも怒りも今は一切表には出ていなかった。


 ツカサは、戦闘体制をとり、目の前の魔物にだけ意識を向ける。


「冒険者」

「へえ」


 サイクロプスの図体に似合わぬ速度から繰り出される蹴り。

 ブライアにも直撃した脅威だが、ツカサは間一髪避け、流れのまま肘鉄を脇に浴びせた。


「げふっ…!」


 胴体に当てるために飛んだツカサの着地。その絶対の隙に合わせ、最速のジャブを振るう。


「シッ!」


 着地よりも少し速いタイミングで上体を反らし、地面と並行に体を傾けることでジャブを避けた。更には、ジャブの後隙に蹴りをお見舞いする始末。


「てめ……!」


 地面を軽やかに蹴り、モンスターの眼前まで上昇する。

 蹴りが直撃した事でよろめいたサイクロプスの顔面に拳を数発叩き込んだ。


「ぶっ……っあ!」

「反応が遅れたな」


 直撃後、地面に着地するなり更に蹴り、殴打。

 そのまま、攻撃を数回受け続ける。受ける、受ける。

 受け続ける。


「…?」

「隙ありゃぁ!」


 わざと攻撃を受け、その攻撃をしているタイミングで攻撃を同時に繰り出せばいい。

 受けるダメージより与えるダメージが大きいのなら、これを続ければいい──とサイクロプスは思案した。

 だが。


 ツカサを地面に叩きつけるはずだった両手は彼を空振り地面だけを大きく抉る。

 そして逆にその隙に大振りの右手拳をモロに受け、サイクロプスは吹き飛んだ。


「テメエエエエ……! クソガキィイイ!!」


 強力な水弾も風の刃も、炎の剣も持ち合わせていない。

 あるのは、師匠に鍛えられ続けた至高の肉体と経験。


 そしてこの世界で得た、未だ見習いの魔法。

 それらのみだ。


「雷撃ならともかく…肉弾戦は俺の土俵だぞ」


 魔力強化さえあれば、ツカサの拳はグレロにさえ届く。

 魔法に触れたばかりの素人同然の拳が、魔力強化できる盗賊に通じていたのだ。


 それすらも今は昔。今のツカサは更に肉体も魔力強化も磨かれ、成長している。


 ソニアとの特訓の末、ツカサの近接戦闘能力は更に上昇していた。


「ムカつくぜ……」


 だが、それでも明確な力の差はある。

 単純なパワーで言えば、やはりサイクロプスの方がはるかに上だ。


 B級冒険者達がやられている姿を見て、攻撃は絶対に避けるべし、と判断したが故にこの状況になってこそいるが、優勢に見える状況も、実はいつ逆転してもおかしくないのである。


 それこそ、サイクロプスが態度を改めた今この瞬間。

 形勢はモンスター側に傾いても何らおかしくないのだ。


「褒めよう。俺にとってはお前が一番厄介だ」

「……」


 眼に魔力を集中させ、指向性をもった魔力のビームを放出する。


「!」


 咄嗟の避け。 

 予想していなかった攻撃。だがかわし切る。

 しかし無理に身体を逸らして避けた故にバランスを崩してしまう。無論、次の攻撃は避けられない。


 サイクロプスの俊敏な蹴りはツカサの腹部めがけて放たれた。


「オラァ!!」

 

 避けられないのは仕方がない、と割り切ったツカサは咄嗟に両の手で腹部を守った。


「づぁ……!」


 それでも尚ダメージを受けるほどの一撃。両の手も、腹部も強烈な痛みを訴えている。


「直撃だけは絶対避けないと…!」


 一度直撃しただけでアウトである。理性も本能も満場一致だった。


「そらそら!」


 瞳から放たれる魔弾の速射。それらを避けた後にツカサも負けじと岩を投擲する。

 だが魔物は軽々と避け、接近する。


「そんなのろいの当たるか!」

「知ってるよ」


 くい、と手を引くと、糸が巻き付けれられた岩がブーメランのように戻る。そしてサイクロプスの頭部にぶつかった。


「あ!?」


 すかさず拳を叩き込む。


「づぁああうぜえええ!! これでいいだろもう!!」


 怒りが頂点に達した魔物は、周りの岩を抉り出して投擲する。


「これはどうすんだ!?」


 岩の投擲。だが、狙いはツカサではない。


「!?」


 上空へ投げた。狙いは、村の人たち。

 だが大丈夫だ。あちらにはガーベラがいる。事実、投擲を一度防いだのはガーベラだ。

 こちらの様子はツカサが、村へはガーベラが。

 その分担で別れて現状を維持しているのだから、この程度なら確実にガーベラは対応できる。


「もういっちょう!!」

「二発……!」


 それは無理だ。たまらずツカサは飛び出し、1つを蹴りで砕いた。


「…って」


 衝撃の残る足が震えている。できれば、次に魔物が岩を投げる前に攻撃をしたいところだが、近づけない。


「くっそ……!」


 ツカサには有効な飛び道具がない。糸を括りつけた岩も、それ単体ではあくまで陽動にしかならない。魔法なんて論外だ。


「ほれ一発! オラ!」


 今度は、ブライアたちに向けての投擲。当然防衛する。


「んじゃこれも喰らえ!」


 それはリサに向けての投擲だった。距離が離れすぎていて、粉砕することは無理。だから必然、肉体で受けることになる。


「お、いいねえ。そういうタイプなの助かるぜ!」

「……卑怯なやり方ですげえ楽しそうだな。お前」

「見つけた見つけた! 攻略きたきた! そういう顔が見たかったんだよなあ!」


 まだ止まらない。完全に弱るまで一方的な攻撃は続いた。

 投擲、投擲、投擲。


 その末、とうとうツカサが膝を地面につけた。


「やっぱ人間はわかりやすくていい! 本当に悔しそうな顔してくれるからいいな! 兎とかさ、獣はそういう主張してくれないもんな!?」


 血だらけの拳を強く握りしめる。そんなツカサの姿に愉悦を感じて笑う。


「お前らが全滅したと知った時の村人の顔……想像しただけでたまんねぇ〜!!」


 ザクリ。

 サイクロプスの胸に一筋の鋭い痕が刻まれる。


「リサ……!?」

「殺させない……あんたなんかに……好き勝手やらせない…!」

「な、なんでここに!?」

「ガーベラにアンタがこっちに来てるって聞いちゃったから、引き返すしかないでしょ!」


 奇襲で振り下ろした剣は胸を一閃したものの、致命打にはなり得なかった。


「お? 自分もフラフラなのに殊勝だな! お前は後でじっくり味わってやるよ」

「下がれリサ!」


 ゆらりとツカサの前に立ち、ボロボロの身体を押してサイクロプスの前に出る。


「あー……そっちの男に苦悶の顔してもらうのもいいか…?」

「やめろ…!」

「ツカサは下がりなさい。その身体じゃ動けないでしょ」


 リサはギラギラと目を燃やしながら、サイクロプスを睨む。


「じゃあやっぱりお前から〜!!」

「──上等!!」


 剣の一振り。拳の大振り。そのどちらも、お互いの身体には届かなかった。



 巨大な拳を、受け止める者がいたからだ。

 その者は軽々と一撃を受け止め、周りに砂埃が舞う。


「え……」


 一瞬何が起こったか理解ができなかったリサ。そして、ツカサが呟く。


「ソニア……さん?」


 煙越しにでも分かる凛々しいその姿から、ギルドマスターの姿を見出した。だが、拳を押さえた女性が答える。


「私があれと同等? バカ言うな、貴様の目は節穴か? いや、褒め言葉ではあるのか……まぁ何でもいい」


 砂煙が晴れた時、見えたのは小柄で金髪な女性だった。


「あー? なんだ…? お前」

「幻聴かと思ったが、貴様、本当に喋ることが出来るのか」

「そうだよぉ。ビビってくれていいぜ?」

「フン」


 サイクロプスの発言を心底コケにしたようなため息だった。


「気に入らね〜、気に入らねーな? お前人間の癖に」


 否。コケにした”よう”ではなく、確実に今彼女はサイクロプスを見て侮蔑していた。


「よく吠えるな。たかが害虫が」

「あ?」


 その一言を、挑発と受け取ったサイクロプスは思い切り拳を振り下ろす。


「肉塊にしてやるこのアマ!!」

「──誰にモノを言っている!!」


 振り下ろした拳に拳を合わせ、弾き返した。


「ぎゃああああ!?」

「うるさい!!」


 突きでサイクロプスがぶっ飛ぶ。


「なんだあれ……」

「す、すごいわね……」


 スタスタ、と一定の足取りでサイクロプスの前に脅威が近づいてくる。


「貴様がこの地域で確認された未知のモンスターだな。特殊個体のサイクロプスか」

「あ…? んなそっちの事情知ってるわけねえだ──」


 ゴリッ、と肩を抉る。


「ガァぁぁぁあ!!」

「それもそうだな。調査は私の仕事ではない」


 女性は淡々と告げる。


「私は部下2人が受けた痛みを100倍にしてお前に返すだけだ」

「ぅ……うぅ…」


 彼女は魔物の異変を感じ取り身を構える。


 すると、巨大な岩を2つ握り、仲間の方角へと投擲する。


「庇わねえと死ぬぞ!!」


 先ほどツカサを封じた策。


「たわけが!」


 だが、彼女は炎の弾で岩ごと破壊した。


「……貴様その程度の策が私に通用すると思っているのか?」

「ぃぃいいい……ぁぁぁああ……」


 サイクロプスは焦りと怒りを混ぜたような表情を浮かべ、激昂した。


「殺せええええええええ!! 人間の1人も残すなあああ!!」


 村に響く怒声。その直後、村の外から下級モンスターが現れる。


「!? どういうことだ……」


 女性が来る際には閑散だったはずの村の外。

 サイクロプスが大声を上げた途端に、モンスターが集まり始めた。


「魔物がまだこんなにいるとは……ありえん話だ」

「はぁ……はぁ……女ァ…お前は……必ず殺してやる…泣いて媚びるまで痛ぶった末になァ……!」

「くだらん捨て台詞だな。それも余程頭に来ていると見える──そいつの敵意に気づかんほどとはな」


 ブライア、マタリー、リサ。みんなをコケにされ、あろうことか卑怯な戦術で命に手を掛けた。

 そんな相手をただでは逃さない。



 ツカサが予備動作に入った状態で、サイクロプスに接近していた。


「! てめっ──」

「オラァ!!」


 全力の一撃。拳に全ての魔力を込め撃ち抜いた。


「お前も、ォ……まとめてぶち殺してやる……!」


 そう言って、サイクロプスは魔物たちを囮にし、逃亡していく。


「く……」

「逃すか……いや……!」


 深追いするべき、ではない。

 今の惨状の冒険者たちを放置して執着するべきではない。


 女冒険者はツカサを見て、冷静に思考する。


「おい、そこの冒険者まだ動けるか?」

「い、今ので限界……悪いけどリサたちをお願いします…!」

「おのれェ!!」


 女性の怒鳴り声に肩をビクッとさせながらも、身体を地面に倒し、息を整える。


 もう限界だった。気合いだけで最後の一撃をぶつけたが、その腕ももう血まみれで動かない。


「…避難所の方に1人、冒険者がいるので……そっちと協力していただければ……」

「了解した。それと…」

「?」

「私の仲間を助けてくれたこと、感謝する」


 その声を聞いて、内心喜んだのと同時に、ツカサは眠りについた。


「……ふん」


 意思疎通の図れる魔物。最低でもA級以上の魔物が2()()はいる。おそらく徒党を組んでいるのだろう。


「……何を企んでいようと、いずれ真正面から叩き潰してやる」


 ♢


「面白いものが見えましたねぇ」

「俺のことかよ」

「いいえ。まあ確かに貴方も面白かったですけど」

「キィィ……!」


 道化師の男はステッキをふよふよと浮かせながら遊ぶ。


「彼女私に気づいていましたよ多分」

「……へえ?」

「あのレベルの強者では貴方がボコボコにされても仕方ないかも」

「うぜえ……」

「でもいい物が見れましたし成果はありましたよ。ほら、行きましょう」


 ♢


「ふぁ……」

「あ、起きた!」

「ソニアさんに連絡してくるね」


 ツカサが目を覚ました場所は、ギルド内だった。


「あれ…?」

「おはよう。身体の調子はどう?」

「ん、ああ…」


 右手がほんの少し痛む。だが、他に感じる不調はない。


「右手が痛いくらい?」

「了解。それじゃ、まずはおかえり。それと頑張ったね」

「た、ただいま?」

「キミが眠った後は向こうのギルドマスターが後片付けをしてくれてね。みんな無事だったよ、それはそれは喜んでたさ」

「そっか……」


 ツカサの笑顔に釣られてソニアも笑う。だが一瞬で気を引き締め直す。


「問題は未確認モンスターの件だ」

「未確…ああ、あの筋肉野郎か」

「そう。協会も調査中で詳しいことは分かってないんだけど……ごめんね、そいつが近くにいたなんて。私の把握漏れだった。申し訳ない」


 ソニアが頭を下げる。だが、ツカサはすぐに答えた。


「顔あげてよソニアさん。こうして皆んな無事に生きてるんだし、クエスト自体は達成して、村の誰も死んでないんだろ? ならいいじゃんか」

「ツカサ……」

「それより筋肉の方について詳しく聞きたいよ、あいつなんなんだ?」


 ツカサも詳しいことは分かっていない。周りのモンスターを片付け応援に向かったらいた、という認識でしかないからだ。


「それについてなんだけど……」

「失礼するぞ」

「はいはい」

「あっ…あーっ!」


 見覚えのある女性だった。金髪で三つ編みが巻き付けられた団子状、いわゆるシニヨンヘア。かつ鋭い目付きの女性といえば、ツカサが知っている女性は1人しかいない。


「いやごめん…そういえば名前知らないんだった……」

「そうだね、紹介するよこちらは……」


 ツカサの前に仁王立ちし、自ら挨拶をした。


「『麒麟の角』のギルドマスター、カンナ・オルテンシアだ」


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