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1話 はじまりの日

「どこだここ…」


 少年が意識を取り戻すと、そこは知らぬ場所だった。

 

「夢じゃない…な」


 周りの見慣れぬ景色に感覚が慣れてきた頃合いで、適当に辺りを調べてみた。


 白くてサラサラした地面と、その脇に広がる草っ原も、花々も。どこにでもありそうだが、少なくとも自分の知っている場所に、こんな景色はなかった。

 

 だが感触や意識はとても鮮明で、夢だとは到底思えなかった。


「う〜ん…?」


 まるでアルプスかと見紛うほどに牧歌的な風景。緩やかな傾斜、遠くにある山々。あまり日本では馴染みのない景色。そう、ここはまるで異国だ。少なくとも男が生きてきた地域では見たことのない風景だった。


「……童話みたいだ」


 辺りの新鮮な景色を見回しながら、その地に咲いていた一輪の花をみると、花びらが宙に舞い、粒子となって空に溶けていく。


 それがあまりに綺麗で、摩訶不思議だったから、より近くで見ようと思い、1つ摘んだ。


「どんな味すんだろ…」


 花を一個摘み、顔に近づけ凝視する。


 まだ花びらは散らずに風に凪いで揺れている。少年は見たこともない花に興味津々で、じーっと見ていた。


 すると。


「──しゃがんで」

「!」


 少年は後方から聞こえる声と共に、何かが急接近してくる気配を気取った。


 そして、聞こえた声の通りに咄嗟にしゃがみ、後方にいた者を視認する。


「キェエエエ!」

「…!?」


 少年の頭上を、異形の生物が飛び越える。

 手足のようなものはなく、流動している肉体が地面に軽やかに着地する。そして再び少年に接近しようとした所で。


「はっ!」


 少女が鞘から抜き、振るった剣がスライムの核を両断し、スライムは消滅した。

 

「……刃物……」


 当然のように剣を携えている少女は、横に散った化け物を見ながら、静かに剣を鞘に収めた。


「大丈夫よ、そんなに警戒しなくとも」 

「…そう?」


 少女は、発言通り敵意を発していなかった。だが、あまりに不慣れな光景に少し少年はたじろいでいた。

 

「…スライム…? 的なの…だったのかな?」

「貴方。怪我はない?」

「ん、あ……ああうん。ありがとう助かった」

「ううん私はただ倒しただけだから。貴方自分で攻撃避けてたし。…よくあの不意打ちみたいな状況で避けれたわね」

「いや、声掛けてくれなきゃ気付くの遅れただろうし、倒してくれて助かったよ」

「ん、そっか。ならどういたしまして」


 少女は少年を気にかけ声を掛けるが、特に動じることもなく平静だった。すでに心の切り替えは済んだようだ。

 

「それよりも…さっきオド花食べようとしてなかった?お腹壊すわよ?」

「おどばな…ってあそこに咲いてる花?」

「ええ。魔法を使えない人がよくチャレンジして食べてるから貴方もそうなのかと思ったけど…そもそも知らないのね」

「うん。知らない、けどチャレンジってどゆこと? 腹壊さない丈夫な身体か確かめてんの?」

「あの花には魔力がこもってるから、魔力を扱えない人が体内摂取しちゃうと危険なのよ」

「ずっとお腹下すとか?」


 話を聞いて、実際に食べた想像をして身を震わせてしまった。

 花を食べて一日お腹痛いなんて絶対嫌だ。


「下手したら死ぬわよ」

「……」

「固まったわね…」


 流石に食べることはなかっただろうが、どんな味がするのか興味を持ったことにゾッとしたのと、食べなかったことに少年は安堵する。


「度胸試しってことか…よくやるな」

「……多分一番は、マナを摂取して魔力を扱える可能性があるからよ。ただ、私の周りでオド花を食べて魔法が使えるようになった人なんていないわ」

「……ふーん」

 

 少年は花をしばらく眺めた後、少女の眼を見て。


「それで、君だれ…?」

「それはこっちのセリフなんだけど。貴方こそここで何してたの?」


 長く綺麗な白髪をたなびかせながら、少女は訪ねた。

 

「さぁ…?」

「……うん?」


 首を傾けた少女に対して、少年は現状を話す。


 ♢

 

「……気づいたら知らない場所にいた、ね…う〜ん、申し訳ないんだけど精神系の魔法は専門外なんだ。貴方に何があったのかは私じゃ分からないかな」

「……魔法?」


 あたかも当然のように、彼女は”魔法”という言葉を使用した。少年は違和感を覚え、おうむ返しする。


「もしかして貴方、魔法も聞いたことないの? だからオドバナも知らなかったのね」

「…そりゃ言葉として聞いたことはあるけど、実際に見た事はないかな」

「そいっ」

「!?」


 少女が手をかざすと、少年の身体に光が灯る。


「…軽っ!? すごい体楽!」

「ふふん、凄いでしょ! これがあれば歩くのも楽なのよ!」

「歩くのはそもそもキツくないけど…」

「……」


 だが身体が軽くなっただけではない。力も、平常時よりはるかに増しているのが感覚でわかる。


「すごい…これが魔法か…!」

「ふっふん…!」

 

 自信満々に腕を組む少女。だが、少年は少しだけ落胆の表情を浮かべていた。

 

「けど…」

「?…けど…?」

「魔法っぽくないな」

「うっ……!」


 痛い所を突く。といわんばかりに、少女は大きく肩を落とす。


「あっ、いやごめん! 悪気はないけど! ただ思ってた魔法と違ったから…」

「ふふふ…いいの…よく言われるから」

「ほんとごめん。デリカシーがなかったごめんなさい!」


 膝を抱えてしゃがみ込んでいた少女が、暫く落ち込んだ末に立ち上がった。


「とりあえず、一緒来る?」

「? いいの? 俺荷物持ちくらいにしかならないけど」

「悪い人ではなさそうだし。こんなところに天然な流浪人さんをほっといたまんまにしておけないわよ」

「んじゃ、お言葉に甘えようかな」


 少女の差し出した手を快く握り返す。


「私の名前はリサ。君は?」

「司だよ」

「じゃツカサ、よろしくね」

「ああ! よろしく」


 挨拶を交わした2人は笑みを浮かべ、道をまっすぐ進んでいった。


 ♢


 2人が挨拶を終え、平坦な道を歩き続けること数十分。未だ街は見えずにいた。


「ずっと歩いてるのに、何もないんだけどこんなもん…?」

「ここら辺は特に辺境の地だから……街もあと1時間くらいは歩かなきゃ見えないと思うわよ」

「げ。ほんと……?」

「うん。ほんとほんと」

「ほええ……うお、虫…」


 うにょうにょと地面を這いずる虫を避けながら進む。

 

「何、虫嫌いなの?」

「動きがねっとりしてる奴が多いからあんまり好きじゃないけど、同じ虫でも住んでる場所によって姿が違う奴がいるのは面白いとは思う」

「そ、そう…」


 絶妙に細やかなことを知ってるツカサに対して、リサは微妙な反応だった。

 そして道中の長さを少しでも和らげたいが為か、ツカサは質問を続ける。

 

「リサは何で流浪してるの?」

「…ん〜、探したいものがあるから、かな」

「そっか」


 言い澱んだ彼女を察してか、ツカサはすぐに次の話題に切り替えた。

 

「俺みたいに心当たりなく迷った人ってそれなりにいるの? 俺を見てもあんまり動じてないみたいだったけど」

「いや初めてだわ。少なくとも、私は貴方みたいな状況の人を見たことも聞いたこともなかったけど、まぁ有り得なくもないかなって」

「へえ……」

 

 そんなもんか、というような相槌を打つと、また1つ疑問を解消するべく質問しようとするが。

 

「魔法についても詳しく…」

「そろそろかな」


 ツカサの声を遮って、リサがその場に留まる。

 

「ん〜? …お! ほんとだ! なんか見えた!」


 米粒くらいのサイズだが、複数の建物があることを視界に捉えた。


「ええ、街ね。今日はあそこに泊まろっか」

「あー悪いけど俺お金持ってないよ」

「あまり高くないところで良ければ、2部屋なら取れるわよ」

「……何から何まで申し訳ない。けどお金ないからお願いします!」

「そこまでしなくていいから!?」


 ツカサは土下座しながらリサに感謝の言葉を述べるが、リサにとっては重すぎたのかツカサの肩を持ち上げる。


「お金なら贅沢しすぎなければあまり困らないと思うし、そんなに気にしなくても大丈夫だから」

「もし良ければ俺をコキ使って下さい…」

「しないわよ多分…」


 ♢


「思ったより普通……」


 街に入るなりツカサは。


「何を想定してたのよ」

「もっとなんかワイワイしてるもんかと……」


 人の通りが少なく、容姿も平々凡々な人たちしかおらず、少し肩透かしを食ったのだった。


「スライム状の化け物がいるくらいだから建物とか人とかももっと変なのだと思ってた……」

「何それ。…まぁでもここは過疎地だからっていうのもあるわ。栄えた都市だとまたちょっと見栄えが変わるわよ」

「…そう、なんだ…?」


 イマイチ実感が湧かないまま、ぼーっと辺りを眺めているツカサにリサが声をかける。


「とりあえず宿を先にとりに行きましょ」

「あ、うん」


 親ガモの背中を追いかけるヒナのように、リサの背を追う。


「こんにちは」

「いらっしゃい。お2人でいいかしら?」

「ええ、今日明日分です。足りますか?」

「はい確認したわ、部屋まで案内するわね」

「ありがとうございます」

「ど、どうも」


 テキパキと手続きするリサと受付さんを見て、ツカサはただ愕然とした。


「2人は姉弟?」

「えーっと…」

「そんな感じです」


 ツカサが言い淀んでいる間にキッパリとリサが答えた。

 

「ふふ、年頃の男の子がいると姉は大変よね」

「そうですね、色々と教えなきゃならないことも山積みですし」

「そんなことない、よ…?」

「自信なさげね」


 2人のやり取りを見て受付の女性が笑う。


「受付のお姉さんは1人で宿屋を経営してるんですか?」

「アマリアよ。お察しの通りここは私1人で経営中なの」

「大変ですね」

「ここに泊まりに来る人自体そう多くないからそうでもないわ」

「へえ」

「はい、着いたわよ」


 3人は階段を登り、ドアを開けると。

 

「……お」


 ツカサの知っているようなイメージのホテルとは違い、狭い木造の一部屋に白いベッドだけが置かれている。


「ボロでごめんなさいね」

「いえ、素朴で素敵だと思います。ツカサはこっちでいい?」

「あ、うん」

「どうかした?」

 

 愕然としていたツカサにアマリアが問う。


「あ、いや…あんまりこういう場所に泊まったことがなかったので新鮮で…」

「ちょっと…」

「良いのよ」


 咄嗟にリサが叱責する。


「でも、俺もすごく好きです。落ち着いてて」

「ありがと」


 アマリアは明るく答え、受付を終えて自分の仕事に戻った。


「子供2人で旅してるのにこういう所に泊まった経験がないっていうのは怪しまれるわ。気をつけて」

「ああごめん。もうちょっと気を配るよ」


 リサは笑いながら指で丸マークを作る。


「にしても…さっきのスライムといいこの街といい、ここで起きてから初めて見るものばかりだよ」

「そういえば魔法も知らないもんね貴方。もしかして記憶喪失?」

「いや、今日の記憶がないだけで昨日までの記憶はあるんだよ」


 平々凡々と学校生活を終え、帰宅しご飯を食べて風呂に入って……と普通の生活をした。そして次目を開いた時には知らない場所で倒れていた、というわけだ。


「だから正直、今のこの体験が丸々夢だって言われてもおかしくないんだよ」

「…夢ねえ」

「……まあ流石に、ここまでリアルな夢は見ないだろうなってのはわかってるんだけどさ…」


 五感も、世界の雰囲気も、流石に明瞭とし過ぎていて、夢だとは思えない。だが、到底現実とも思えないのだ。

 

「…貴方の話も気になるけど、まずはどうするかよね。貴方はどうしたいの?」

「ん〜……」


 また日常生活に戻る。ありだ。見るもの全部が新鮮なこの世界で生きていく、それもありかもしれない。


 だが。


「……」

「…いきなり言われても難しいか」

「……うーん…難しいというか…」


 ツカサが何かを言おうとしたところで、ドアの方からノック音がした。


「2人ともいる? 入っても良いかしら?」

「? はい」


 ドアが開かれると、料理を持ったアマリアが入ってくる。

 

「えっ?」

「お料理のサービスよ。子供たちには元気に育ってもらわないとね」


 アマリアは明るく微笑みながら、手作りの料理をリサとツカサの前に置いた。

 

「えっと…」


 リサが返答に迷っていると。


「わぁ、良い匂い! 美味しそう!」


 ツカサが目を輝かせて料理を見つめてた。


「本当にいいんですか? お金払いますけど…」

「いいのいいのサービスだから。召し上がって」


 ツカサとリサは料理を食べ始めた。味は期待以上に美味しく、ツカサは感動した。


「アマリアさん、これ本当に美味しいです! ありがとうございます!」

「うん。すごく美味しいです。お店出してほしいくらい」


 アマリアは2人の笑顔を見て、満足そうに頷いた。


「喜んでもらえたみたいで良かったわ。もし何か他にも必要なことがあれば、何でも言ってね。」


 リサとツカサはアマリアに心から感謝しながら、食事を楽しんだ。



 そして、次の日の朝。

 リサが外の騒ぎに気付いた。


「なんか、すごいうるさいわね…」


 2人で窓の外を覗くと。


「…何あれ」


 厳つい男たちが、街の人たちに立ち塞がっていた。


 ♢

  

「ツカサ、止まって」

「…?」

 

 騒ぎに気付いた2人はこっそりと宿屋の影に隠れて騒ぎの元凶をこっそりと見る。


「あれ、盗賊だわ」

「と、盗賊…?」

「辺境の土地だし、あり得ないことはないなと思ったけど…」

「なんか、みんな集まってるな…」

「絶対私の後ろから離れないでね、ツカサ」


 屈強で威圧感のある男、おそらく盗賊のリーダーが、村長らしき男を睨む。


「な、なんでまたここに……もう暫くは来ないと言っていたじゃないか!!」

「いやぁ、それがやっぱり女子供じゃ手が足りなくてなあ。悪いがもう少しくれや」

「返して!!」

「……ああ?」


 村人たちを掻き分け、アマリアが盗賊たちの前に立つ。

 

「うるせえのがいるな…」

「!」


 アマリアに複数の敵意が向けられ、2人の心臓が跳ねる。


「リサ……アマリアさん殴られるぞ、どうする? あいつらの背後から奇襲するか?」

「…いや…まだ戦力がわかってない以上手は…」

「……じゃあどうす…」


 そんな会話を小声で交わしていると。


「返してください…! 私の娘を…返してください!!」


 アマリアが必死にしがみついて抵抗していたのも虚しく、盗賊に容易く引き剥がされ、投げられる。


「うるせえ!!」


 アマリアの声を煩わしく思ったのか、男は眉をしかめ、腕を空に振り上げた。


 そして、振り上げた腕を勢いよく叩きつける──が、それは1人の男に阻まれた。


「やめろよ」


 ツカサが腕を前に出し盗賊の拳を防いだ。

 

「ツカサ!?」

「リサ、アマリアさんを頼む」

「…っ…ええ、こっちは大丈夫!」


 アマリアをリサに任せ、男の方へと振り向く。


「……なんだ? お前?」

「今言ったろ、やめろ」

「ほー、お前気に入らねー態度してんなー?」


 相手は完全にツカサに敵意を向けている、これでもう引き下がれない。大いに結構だ。

 もとより逃すつもりもない。


「後悔すんなよクソガキ!」


 大振りの拳をツカサは紙一重でかわす。


 そして、流れるように盗賊の腹部に拳を撃ちこむ。


「ぎょえっ!!」


 お手本のようなカウンターを受け、男は背中から倒れた。


「お前こそ後悔…する…暇なかったか」


 

 

 

  


 

 

不慣れな身ですので色々試行錯誤しますが、寛大な目で見てくれると、ありがたいです!


【1話を読んでくださった方へ】

ブックマークや評価をしていただけると、とても喜びます。まだ入れていない方も、ここまで読んでくださったこの機会にぜひ入れていただけましたら、とても嬉しいです。

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