竹やぶゆうれい
むかしむかしのことだった。あるところに、ぜんぞうという、やせっぽちの男の子が、父御とふたりでくらしておった。ぜんぞうの家は、今にもくずれてしまいそうだった。
「家なんて上とうなもんじゃあねぇな」
「ほったて小やでも、もったいねぇ」
村の子どもたちは、よってたかってぜんぞうをばかにした。
「雨風しのげるだけで、じゅうぶんだ」
ぜんぞうは、ばかにされてもへっちゃらだった。
暑い夏がやってきた。夏ならぼろやもすずしくてよいものだった。ぜんぞうとててごは、毎日毎日、朝も早いうちから竹やぶに出かけていった。それは、ててごのつくる竹かごのざいりょうを、さがしに行くためだった。
「ててさん、これなんかどうだ?」
「おお、ぜんぞうや、なかなかよい目をしているな」
ちょうどよい竹が見つかると、ふたりはなたをふるって切りたおした。
「りっぱなかごに、なるんだぞ」
ぜんぞうは、切りたおす前に、かならず竹に声をかけた。
そんなある夜のことだった。ぜんぞうは、ふしぎなゆめを見た。
ゆめの中で、ぜんぞうはいつもの竹やぶにいた。なぜかててごはいなかった。ぜんぞうは、ひとりきりで竹をなたで打っていた。
かつーん、かつーん、と小気みよい音が、竹やぶいっぱいに広がった。
「やめてよぅ」
耳もとでか細い声がした。ぜんぞうはおどろいて、きょろきょろとあたりをみまわした。
「切らないでぇ」
ぜんぞうよりも小さな女の子のような声がする。
「ふしぎなことも、あるものだ」
声はどうやら、ぜんぞうが切ろうとしている竹から聞こえてくるみたいだった。
「こら、竹っ子」
ぜんぞうは、手を止めて竹をしかった。
「だだをこねるんじゃない」
「切られるのは、いやだよぅ」
竹は、よわよわしい声でていこうした。
「りっぱなかごになったら、大じにしてもらえるんだぞ」
「そんなの、しらないよぅ」
竹は、がんこに切られるのをことわり続けた。
「なんでだ」
あまりにもいやがるので、ぜんぞうは、理ゆうがしりたくなった。
「もうすぐ花をさかすのだから」
「花?竹に花などさくものか」
ぜんぞうは、あきれたように言い聞かせた。けれども竹は、けたけたとかろやかにわらいだしてしまった。
「なにをわらうんだ」
ぜんぞうは、ふくれた。
「ほほ、ああ、おかしい」
竹はすっかり元気になって、すんだ声で言うのだった。
「竹には花がさかないだって?よほどものをしらないお子だねぇ」
「なんだって?」
「それはそれはうつくしい花がさくんだよ」
「うそつくな」
「さくよ。もうすぐにね」
竹はまたけたけたと笑いだした。
「そんなに言うなら、毎朝見に来たらいい」
「竹やぶには毎朝来ているぞ」
「なら、ちょうどいいね。もうすぐ花が見られるよ」
そこでぜんぞうは目がさめた。
「ててさん、ふしぎなゆめをみたよ」
朝早く、竹やぶにむかうみちすがら、ぜんぞうはててごに、ゆめのことを話した。
「ほう、竹に花か。それはおもしろいゆめを見たな」
「そうかなあ?」
「竹に花がさくなら、いったいどんな花なんだろうな」
「赤いかな、白いかな、それとも黄色いのかな」
「どうだろうなあ」
いろいろとそうぞうしているうちに、ふたりは竹やぶについた。
それからしばらく、ゆめのことが気になって、ぜんぞうは竹をじっくりと見るようになった。
もとからていねいにえらんではいた。だが、もしや本当に花がさくのではないか、とおもうと、いつもよりもっとよく見たくなったのだ。
そしてとうとう、その日はやってきた。竹のふしから生えた葉の根元に、ぜんぞうがつぶつぶを見つけたのだ。
「ててさん、これ」
「おや、つぼみかな」
ふたりは顔を見合わせた。
「夢は本当だったんだ」
その夜、ぜんぞうはまた、ゆめで竹やぶにいた。
「ね、言ったとおりでしょう」
声にふりむくと、この前ぜんぞうが切ろうとしていた竹があった。
「本当だったんだな」
「もうすぐいっせいにさくよ」
「いっせいに?たくさんさくのか?」
「たくさんさくよ。竹やぶいちめんにさくんだよ」
「それはたのしみだなあ」
「美しいよ」
「どんな花かな」
「たのしみにしているといいよ」
しばらくすると、ゆめで竹が言ったとおり、竹やぶじゅうで花がさきはじめた。
「これが花なのか?」
「ひげみたいだな」
竹の花は、ぜんぞうがしっている花とは、かなりようすがちがっていた。うすみどり色のひげがたばになったように見える。竹やぶのあちらこちらで、ふわふわと花が風にそよいでいた。
その日、かごを買いつけにくる男が、話を聞いて竹の花を見たがった。
「めずらしいことがあるものだ」
「聞いたこともないでしょう」
「どれひとつ、花を見てから帰ろうか」
「ごあんないいたしやしょう」
ぜんぞうとててごは、男を竹やぶまであんないした。
「なんとげんそうてきなけしきだろうか」
男はかんたんした。
しばらくすると、うわさを聞いたみやこのとのさまが、おしのびでやって来た。
「これはすばらしい。よきものを見せてもらった」
とのさまはたいそうよろこんで、後からごうかなたんものや、おいしいおかしをとどけてくださった。
花はだんだん白くなり、やがてかれおちていった。かずもだいぶへったころ、みたびぜんぞうはゆめを見た。あの竹やぶのゆめである。
「そろそろおわかれだね」
竹は言った。
「花がおわったら切るからな」
「どうだろう」
「どうだろうって、どういういみだ」
「そのうちわかるよ」
「気になる」
「そのうちわかるから。ぜんぞ、切らないでくれてありがとうね」
竹の声は、どこかさびしそうだった。
「ここじゃ切らなかったけど、本当の竹やぶじゃ、竹っ子がどこにいるのか分からない」
「いいの、竹はみんなわたしだから」
「みんな?」
「そう、みんな」
竹はまたけたけたとたのしそうにわらった。そこでゆめはおしまいになった。
「花のさいた竹はだめだなあ」
ててごはここしばらく、むずかしい顔をしていた。はじめのうちは、うつくしい、めずらしい、とよろこんでいたのだ。でも、やがて顔はくもっていった。花のさいた竹は、かごをつくるのにはむかなくなってしまうのだった。
「このちょうしじゃあ、来ねんのざいりょうはたりないかもしれないな」
「ええっ」
ぜんぞうは叫んだ。
「ひどいや、竹っ子!まってやったのに、つかえなくするなんて!」
竹やぶにおこった声がひびいたが、こたえる声はひとつもなかった。
「ごめんね」
その夜もゆめに竹っ子があらわれた。
「ひどいじゃないか」
「そうだなあ、ぜんぞはまってくれたから、おれいをしないといけないね」
「おれいなんかいらないよ。竹をつかえるようにしておくれよ」
竹やぶじゅうで花がさいている。つまりは、竹やぶじゅうの竹が、つかいものにならなくなってしまったのだ。早くにさきはじめた竹などは、かれて白茶けていた。
「竹のみはすくないけど、ひとたび竹が生えたなら、すぐにやぶができるよ」
「そんなのまっていられるか」
「わかったよう、せっかちだなあ」
竹っ子がけらけら笑うと、ぜんぞうはゆめからさめた。
竹はつぎつぎにかれてしまった。さいごには、かつては青々としていた竹やぶに、かれた竹ばかりがのこっていた。
「竹っ子のやつ」
ぜんぞうははらをたてたが、もう竹っ子のゆめを見ることはなかった。
「おれいをするとか言ってたくせに」
かれはてた竹やぶに毎朝かよって、ぜんぞうは歩きまわった。
「おや?これは竹のめかな?」
よく見れば、あちこちに小さなめがそだっていた。ひょろひょろとまだたよりない。
「これがおれい?竹やぶになるまでは、どうしたらいいだろう」
村はずれにあった広い竹やぶがきゅうにかれたことは、あっというまにしれわたった。
「やまいじゃなかろうか」
「たたりだろう」
人々はおそれて、かれた竹をやきはらい、おはらいもしてもらった。その時、せっかく生えた竹のめは、すっかりやけてしまった。
親子は、いまある竹をかごにあみながら、このさきがふあんでたまらなかった。
竹を切る夏がすぎ、秋が来て、冬が来て、雪どけのきせつがめぐってきた。
「ぜんぞ、竹やぶのあったところへいってごらん」
まんまるな月が出た夜に、ぜんぞうはひさしぶりに竹っ子のゆめを見た。朝目がさめると、ぜんぞうはててごとつれだって、雪がのこるかれた竹やぶへといそぐのだった。
竹やぶは、村はずれの山すそを回っていくとある。みちが大きくまがったところを通りすぎると、かつては広い竹やぶがあった。いまはほとんどすみになってしまった。やけのこっても立ちがれた竹は、雪や風で折れたり割れたりしているだけだった。
「ひゃあー」
ぜんぞうはおどろいて、まぬけな声を上げた。
「これはたまげた」
ててごも思わず足をとめた。
「前とかわらない竹やぶだ」
ふたりは、よろこびいさんで竹やぶへと走っていった。
今年もまた、かごの買いつけに男がやって来た。
「聞いたぞ。花が咲いた後で、竹やぶがすっかりかれたって?」
「ああ、それならだいじょうぶですよ」
「だいじょうぶといったって、これから竹かごのざいりょうはどうするんだい」
「竹やぶはもどりました」
「もどった?きょ年ぜんぶかれたんじゃないのかい」
ぜんぞうとててごは、買いつけの男を竹やぶにつれていった。
竹やぶにつくと、男は顔をしかめた。
「ほらかれているじゃないか」
ぜんぞうとててごはきょとんとした。
「え?こんなに青々としげっているのに?」
男はいたましそうにふたりを見つめた。
「まあ、気を落としなさんな」
青々とした竹やぶは、親子にしか見えないようだった。
次の年も男はやって来た。
「ほう!これはすばらしい。けん上ひんにもまけないほどだ」
男はかごを手に取るなり、目をかがやかせて大喜びでし入れていった。
「それにしても、こんないい竹を見つけたとは、こううんだったな」
親子はにっこりわらって、男を見おくった。
「ぶじにすんでよかった」
男がかえると、ててごはぺたんと手をついていきをはき出した。
「竹やぶはほかの人に見えないのに、かごになると見えるしさわれるなんて、へんだなあ」
ぜんぞうは首をひねった。
「竹やぶはまるでゆうれいみたいだな」
ててごがじょうだん半分で言った。
「竹やぶのゆうれいかぁ」
「これが、竹っ子のおれいってやつか?」
「そうだと思う」
竹かごには高いねがつくようになった。竹の出どころを聞かれると、ぜんぞうはいつも、にやりとわらって言うのだった。
「竹やぶゆうれいの、ゆうれい竹をつかっているのさ」
ぜんぞうが年をとって、もうかごをあまなくなるころまで、竹やぶのゆうれいは、ずっとそこにあったということだ。
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冬童話2024には、もう1作品投稿しています
『レマニの夢は銀色』
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