表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

少年少女スケッチ

竹やぶゆうれい

作者: 黒森 冬炎

 むかしむかしのことだった。あるところに、ぜんぞうという、やせっぽちの男の子が、(てて)()とふたりでくらしておった。ぜんぞうの家は、今にもくずれてしまいそうだった。


「家なんて上とうなもんじゃあねぇな」

「ほったて小やでも、もったいねぇ」


 村の子どもたちは、よってたかってぜんぞうをばかにした。


「雨風しのげるだけで、じゅうぶんだ」


 ぜんぞうは、ばかにされてもへっちゃらだった。



 暑い夏がやってきた。夏ならぼろやもすずしくてよいものだった。ぜんぞうとててごは、毎日毎日、朝も早いうちから竹やぶに出かけていった。それは、ててごのつくる竹かごのざいりょうを、さがしに行くためだった。


「ててさん、これなんかどうだ?」

「おお、ぜんぞうや、なかなかよい目をしているな」


 ちょうどよい竹が見つかると、ふたりは()()をふるって切りたおした。


「りっぱなかごに、なるんだぞ」


 ぜんぞうは、切りたおす前に、かならず竹に声をかけた。



 そんなある夜のことだった。ぜんぞうは、ふしぎなゆめを見た。


 ゆめの中で、ぜんぞうはいつもの竹やぶにいた。なぜかててごはいなかった。ぜんぞうは、ひとりきりで竹をなたで打っていた。


 かつーん、かつーん、と小気みよい音が、竹やぶいっぱいに広がった。



「やめてよぅ」


 耳もとでか細い声がした。ぜんぞうはおどろいて、きょろきょろとあたりをみまわした。


「切らないでぇ」


 ぜんぞうよりも小さな女の子のような声がする。


「ふしぎなことも、あるものだ」


 声はどうやら、ぜんぞうが切ろうとしている竹から聞こえてくるみたいだった。



「こら、竹っ子」


 ぜんぞうは、手を止めて竹をしかった。


「だだをこねるんじゃない」

「切られるのは、いやだよぅ」


 竹は、よわよわしい声でていこうした。


「りっぱなかごになったら、大じにしてもらえるんだぞ」

「そんなの、しらないよぅ」


 竹は、がんこに切られるのをことわり続けた。



「なんでだ」


 あまりにもいやがるので、ぜんぞうは、理ゆうがしりたくなった。


「もうすぐ花をさかすのだから」

「花?竹に花などさくものか」


 ぜんぞうは、あきれたように言い聞かせた。けれども竹は、けたけたとかろやかにわらいだしてしまった。


「なにをわらうんだ」


 ぜんぞうは、ふくれた。



「ほほ、ああ、おかしい」


 竹はすっかり元気になって、すんだ声で言うのだった。


「竹には花がさかないだって?よほどものをしらないお子だねぇ」

「なんだって?」

「それはそれはうつくしい花がさくんだよ」

「うそつくな」

「さくよ。もうすぐにね」


 竹はまたけたけたと笑いだした。


「そんなに言うなら、毎朝見に来たらいい」

「竹やぶには毎朝来ているぞ」

「なら、ちょうどいいね。もうすぐ花が見られるよ」



 そこでぜんぞうは目がさめた。


「ててさん、ふしぎなゆめをみたよ」


 朝早く、竹やぶにむかうみちすがら、ぜんぞうはててごに、ゆめのことを話した。


「ほう、竹に花か。それはおもしろいゆめを見たな」

「そうかなあ?」

「竹に花がさくなら、いったいどんな花なんだろうな」

「赤いかな、白いかな、それとも黄色いのかな」

「どうだろうなあ」


 いろいろとそうぞうしているうちに、ふたりは竹やぶについた。



 それからしばらく、ゆめのことが気になって、ぜんぞうは竹をじっくりと見るようになった。


 もとからていねいにえらんではいた。だが、もしや本当に花がさくのではないか、とおもうと、いつもよりもっとよく見たくなったのだ。


 そしてとうとう、その日はやってきた。竹のふしから生えた葉の根元に、ぜんぞうがつぶつぶを見つけたのだ。


「ててさん、これ」

「おや、つぼみかな」


 ふたりは顔を見合わせた。


「夢は本当だったんだ」



 その夜、ぜんぞうはまた、ゆめで竹やぶにいた。


「ね、言ったとおりでしょう」


 声にふりむくと、この前ぜんぞうが切ろうとしていた竹があった。


「本当だったんだな」

「もうすぐいっせいにさくよ」

「いっせいに?たくさんさくのか?」

「たくさんさくよ。竹やぶいちめんにさくんだよ」

「それはたのしみだなあ」

「美しいよ」

「どんな花かな」

「たのしみにしているといいよ」



 しばらくすると、ゆめで竹が言ったとおり、竹やぶじゅうで花がさきはじめた。


「これが花なのか?」

「ひげみたいだな」


 竹の花は、ぜんぞうがしっている花とは、かなりようすがちがっていた。うすみどり色のひげがたばになったように見える。竹やぶのあちらこちらで、ふわふわと花が風にそよいでいた。



 その日、かごを買いつけにくる男が、話を聞いて竹の花を見たがった。


「めずらしいことがあるものだ」

「聞いたこともないでしょう」

「どれひとつ、花を見てから帰ろうか」

「ごあんないいたしやしょう」


 ぜんぞうとててごは、男を竹やぶまであんないした。


「なんとげんそうてきなけしきだろうか」


 男はかんたんした。



 しばらくすると、うわさを聞いたみやこのとのさまが、おしのびでやって来た。


「これはすばらしい。よきものを見せてもらった」


 とのさまはたいそうよろこんで、後からごうかなたんものや、おいしいおかしをとどけてくださった。



 花はだんだん白くなり、やがてかれおちていった。かずもだいぶへったころ、みたびぜんぞうはゆめを見た。あの竹やぶのゆめである。


「そろそろおわかれだね」


 竹は言った。


「花がおわったら切るからな」

「どうだろう」

「どうだろうって、どういういみだ」

「そのうちわかるよ」

「気になる」

「そのうちわかるから。ぜんぞ、切らないでくれてありがとうね」


 竹の声は、どこかさびしそうだった。


「ここじゃ切らなかったけど、本当の竹やぶじゃ、竹っ子がどこにいるのか分からない」

「いいの、竹はみんなわたしだから」

「みんな?」

「そう、みんな」


 竹はまたけたけたとたのしそうにわらった。そこでゆめはおしまいになった。



「花のさいた竹はだめだなあ」


 ててごはここしばらく、むずかしい顔をしていた。はじめのうちは、うつくしい、めずらしい、とよろこんでいたのだ。でも、やがて顔はくもっていった。花のさいた竹は、かごをつくるのにはむかなくなってしまうのだった。


「このちょうしじゃあ、来ねんのざいりょうはたりないかもしれないな」

「ええっ」


 ぜんぞうは叫んだ。


「ひどいや、竹っ子!まってやったのに、つかえなくするなんて!」


 竹やぶにおこった声がひびいたが、こたえる声はひとつもなかった。



「ごめんね」


 その夜もゆめに竹っ子があらわれた。


「ひどいじゃないか」

「そうだなあ、ぜんぞはまってくれたから、おれいをしないといけないね」

「おれいなんかいらないよ。竹をつかえるようにしておくれよ」


 竹やぶじゅうで花がさいている。つまりは、竹やぶじゅうの竹が、つかいものにならなくなってしまったのだ。早くにさきはじめた竹などは、かれて(しら)茶けていた。


「竹のみはすくないけど、ひとたび竹が生えたなら、すぐにやぶができるよ」

「そんなのまっていられるか」

「わかったよう、せっかちだなあ」


 竹っ子がけらけら笑うと、ぜんぞうはゆめからさめた。



 竹はつぎつぎにかれてしまった。さいごには、かつては青々としていた竹やぶに、かれた竹ばかりがのこっていた。


「竹っ子のやつ」


 ぜんぞうははらをたてたが、もう竹っ子のゆめを見ることはなかった。


「おれいをするとか言ってたくせに」


 かれはてた竹やぶに毎朝かよって、ぜんぞうは歩きまわった。


「おや?これは竹のめかな?」


 よく見れば、あちこちに小さなめがそだっていた。ひょろひょろとまだたよりない。


「これがおれい?竹やぶになるまでは、どうしたらいいだろう」



 村はずれにあった広い竹やぶがきゅうにかれたことは、あっというまにしれわたった。


「やまいじゃなかろうか」

「たたりだろう」


 人々はおそれて、かれた竹をやきはらい、おはらいもしてもらった。その時、せっかく生えた竹のめは、すっかりやけてしまった。


 親子は、いまある竹をかごにあみながら、このさきがふあんでたまらなかった。



 竹を切る夏がすぎ、秋が来て、冬が来て、雪どけのきせつがめぐってきた。


「ぜんぞ、竹やぶのあったところへいってごらん」


 まんまるな月が出た夜に、ぜんぞうはひさしぶりに竹っ子のゆめを見た。朝目がさめると、ぜんぞうはててごとつれだって、雪がのこるかれた竹やぶへといそぐのだった。


 竹やぶは、村はずれの山すそを回っていくとある。みちが大きくまがったところを通りすぎると、かつては広い竹やぶがあった。いまはほとんどすみになってしまった。やけのこっても立ちがれた竹は、雪や風で折れたり割れたりしているだけだった。



「ひゃあー」


 ぜんぞうはおどろいて、まぬけな声を上げた。


「これはたまげた」


 ててごも思わず足をとめた。


「前とかわらない竹やぶだ」


 ふたりは、よろこびいさんで竹やぶへと走っていった。



 今年もまた、かごの買いつけに男がやって来た。


「聞いたぞ。花が咲いた後で、竹やぶがすっかりかれたって?」

「ああ、それならだいじょうぶですよ」

「だいじょうぶといったって、これから竹かごのざいりょうはどうするんだい」

「竹やぶはもどりました」

「もどった?きょ年ぜんぶかれたんじゃないのかい」


 ぜんぞうとててごは、買いつけの男を竹やぶにつれていった。



 竹やぶにつくと、男は顔をしかめた。


「ほらかれているじゃないか」


 ぜんぞうとててごはきょとんとした。


「え?こんなに青々としげっているのに?」


 男はいたましそうにふたりを見つめた。


「まあ、気を落としなさんな」


 青々とした竹やぶは、親子にしか見えないようだった。



 次の年も男はやって来た。


「ほう!これはすばらしい。けん上ひんにもまけないほどだ」


 男はかごを手に取るなり、目をかがやかせて大喜びでし入れていった。


「それにしても、こんないい竹を見つけたとは、こううんだったな」


 親子はにっこりわらって、男を見おくった。


「ぶじにすんでよかった」


 男がかえると、ててごはぺたんと手をついていきをはき出した。


「竹やぶはほかの人に見えないのに、かごになると見えるしさわれるなんて、へんだなあ」


 ぜんぞうは首をひねった。


「竹やぶはまるでゆうれいみたいだな」


 ててごがじょうだん半分で言った。


「竹やぶのゆうれいかぁ」

「これが、竹っ子のおれいってやつか?」

「そうだと思う」



 竹かごには高いねがつくようになった。竹の出どころを聞かれると、ぜんぞうはいつも、にやりとわらって言うのだった。


「竹やぶゆうれいの、ゆうれい竹をつかっているのさ」


 ぜんぞうが年をとって、もうかごをあまなくなるころまで、竹やぶのゆうれいは、ずっとそこにあったということだ。


お読みくださりありがとうございました

冬童話2024には、もう1作品投稿しています

『レマニの夢は銀色』

この画面を下の方に進むと、リンクがあります

連載中のため、完結すると一覧に表示されます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レマニの夢はぎんいろ(画像から飛べます) kmx9yad3xxwd3imbterh4w7ik5_136y_340_2c0_11l8y.jpg
― 新着の感想 ―
[良い点] 切り倒す前に声をかけるような優しい子だったから、竹っ子さんが何度も夢に出てきてくれたんでしょうね。 (勿論、初めは切られたくない思いも強かったのでしょうが) もしぜんぞうが無視して切って…
[良い点] 「冬童話2024」から拝読させていただきました。 優れた創作民話と感じました。 リアリティもあって、◯◯地方で採話された民話と言っても通りますよね。 そして「竹の花」。 名前だけは聞いたこ…
[一言] え、かぐや姫? なんて思いながら読み進めました。 違いましたね^_^ 不思議で楽しいお話でした。
2024/01/13 11:59 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ