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6/11

僕はしおんに恋をする。



 ⚅



 最初に受けたギルドミッションは、小鬼ゴブリンの討伐任務だった。


 僕としおんは近隣の小鬼の巣穴に向かい、夜を徹して巣穴前に落とし穴を掘った。


 準備が整ったら巣穴の前で焚火をして、小鬼の巣を煙攻めにする。やがて、カンカンに怒った小鬼が数匹、巣穴から飛び出して来た。僕は、それを遠距離からひたすら狙撃する。


「『来た来た! 飛び出して来たわよ、ライト』」


 ヌルヌルが叫ぶ。


「わかってる。ほら、こっちだ小鬼ゴブリンども、かかって来い!」


 僕は叫び、矢を放つ。

 サイコロが振られ、命中判定が行われる。矢が次々と命中し、敵の数が減ってゆく。中には、僕のところまで辿り着く小鬼もいたが、攻撃を受けるより先に、ヌルヌルが殴り倒してしまう。

 そうして、僕は小鬼ゴブリンの大半を射ち倒した。

 矢で倒れなかった小鬼達も、次々と、落とし穴へと落下してゆく。


 やがて、巣穴からは気配がしなくなった。


 ライトとヌルヌルは巣穴へと近づき、落とし穴の中を覗き込んだ。

 落とし穴には、6匹の小鬼ゴブリンが嵌って藻掻もがいている。そこへ、ヌルヌルはランプ用の油瓶を三つ程投げ込む。


「ふふふ。この瞬間がたまらないのよね」


 悪い笑みを浮かべながら、しおん、否、ヌルヌルは、落とし穴に松明を投げ込む。忽ち、油に引火して、小鬼ゴブリン達が断末魔の悲鳴をあげる。


「うわあ……」


 僕は思わず絶句する。


「どうしたの?」

「いや。エゲツないなあ、と。しおんはいつも、こんな事やってるの?」

「え? そ、そうだけど」

「どうして普通に戦わないんだ?」

「普通に戦ったら危ないでしょ? (テーブルトーク)RPGは、なんでもアリなのよ。プレイヤーが思いつく限り、何を試しても構わない。その世界の法則とルールが許すなら、ね。とてもとても、自由なんだから」

「う、ううむ。そういう事じゃないんだけど……」


 言い合って、ライトとヌルヌルは小鬼ゴブリンの巣穴に突入した。僕らは、一酸化炭素中毒で死にかけの小鬼どもに奇襲を仕掛け、次々と討伐していった。


「ふふ。これで、ミッションクリアーね。どう? 最初の冒険は」

「なんていうか、卑怯な気もするけど凄く面白かったよ。想像以上だった。しおんとも、仲良くなれたし……」

「……もう」

「あれ? もしかして照れてるのかな?」

「て、照れてないもん」


 しおんは、顔を真っ赤にして呟いた。男の娘のキャラクターを作ったり、ちょっぴり腐女子の素養があるくせに、自分がセメられるのには弱いらしい。


「それよりも……ライトはレベルが上がりました。魔法の習得が可能です」


 しおんは、その日最後のDM(ダンジョンマスター)の仕事をこなす。僕のキャラクターは、レベルが3に上がった。このレベルから、エルフは魔法を覚えられるようだ。


「どの魔法にしようかな。やっぱり、攻撃魔法かな」


 僕は上機嫌でルールブックに目を通す。


「これなんかどうかしら?」


 しおんが指さしたのは、ライトの魔法だった。


「エルフは暗視能力があるから、灯の魔法は必要ないよ?」

「でも、彦星ひこぼし君のキャラクターの名前は「ライト」でしょ。最初に覚えるなら、この魔法がふさわしい。そんな気がするの」


 しおんに勧められ、僕は結局、ライトの魔法を習得した。



 ⚀⚅



 帰り道、僕はまだ、興奮していた。

 日は、とっくに暮れている。でも、しおんと肩を並べて歩く街は、どこか輝いて見えた。冒険の余韻が抜けきれない。まだ空想世界にいるような、そんな不思議な感覚だった。


「TRPG、気に入ってくれた?」


 しおんが躊躇ためらいがちに言う。


「ああ。物凄く。また、続きを遊べるかな?」

「も、勿論よ」

「じゃあ、約束だね。しおん」

「う、うん。約束……」


 言い合って、僕としおんは指切りをした。



 ⚅⚁



 僕の日常は激変した。

 あの放課後から、僕は学校でしおんを見かける度に、すぐに声をかけた。しおんも、恥ずかしそうに応じてくれる。僕等は休み時間も、放課後も、いつも二人で過ごすようになった。


 そうなると、僕としおんとの関係を揶揄からかう奴も出てくる。


「なあ、隅。お前、しおんと付き合ってるんだって? あんな陰キャの何処が良いんだ?」


 声をかけて来たのは、漫画部の副部長だった。僕は、そいつとは特にウマが合わなかったのだが、その日はいつにも増して、そいつが憎らしく思えた。だが、関わり合いになりたくない奴に限って、黙っていたらいくらでも追い討ちをかけてくる。


「なに黙ってるんだよ。わ。マジ? もしかしてマジで付き合ってんのか? 引くわー」

「五月蝿い」

「ん? なんか言ったか? お前も立派に陰キャの仲間入りだな。ご愁傷様」

「お前にしおんの何がわかるんだよ?」


 僕は怒りに震えながら、副部長を睨みつける。すると、教室はしんと静まり返り、生徒たちが固唾を飲んで、僕たちに視線を注ぐ。

 教室の隅では、しおんが泣き出しそうな眼差しで、僕を見ていた。


「うわ。何、キレてんだ? 冗談通じないとか超ウケるんだけど。これだから陰キャと関わるのは面倒なんだよな」


 そいつが言った刹那、僕は我慢できなくて、思い切り突き飛ばしてしまった。


「痛ってえ……」


 副部長は苦悶の表情を浮かべ、僕を見上げる。その目には、薄く怯えが浮かんでいる。


「こっちこそ、お前みたいな薄っぺらと同類にならなくて良かったよ。クソ野郎!」


 僕は言い捨てて、しおんの許へと歩み寄り、華奢な手を掴む。


「行こう」


 呟いてしおんを連れ出すと、教室からは「きゃあっ」と、女子生徒たちの黄色い歓声が上がった。


 しおんを連れて向かった先は、いつもの公園だった。しおんは道中、一言も喋らなかった。僕も、何を言っていいやら、わからなかった。


「ごめん。きっと、僕のせいで勘違いされたよね」


 公園にたどり着き、やっと口を開く。


「ううん。良いの。でも……喧嘩はして欲しくない、の」


 しおんはまだ、泣きそうな顔をしている。すると僕は、やりきれない気持ちになる。確かに僕はやり過ぎた。しおんの事を考えるなら、もっと冷静に、丸く収めるべきだったのだ。なのに、こんな風にしおんを悲しませてしまうなんて。


「でも、怒ってくれて嬉しかった」


 ふいに、しおんが言う。


「え?」

「な、なんでもない、の……」

「いや、聞こえたからね」


 僕が言うと、しおんは僕の胸を、ぽすっ。と、叩いて「バカ……」と、無邪気な微笑を浮かべる。

 その眼を見た瞬間、僕は抑えきれない衝動に駆られ、しおんの頬に触れる。


「あ……」


 しおんの柔らかそうな唇から、吐息が漏れる。途端にその頬が赤みを増し、耳まで、赤くなってゆく。僕も血潮が顔に集まって、心臓の高鳴りを抑えられなくなる。

 ふいに、ぐぅ。と、お腹が鳴る。すると僕たちは互いに笑い合い、冷静さを取り戻す。


 僕としおんは近くのコンビニでパンを買い、公園で肩を並べて齧った。

 勿論、僕等の話題はTRPGについての物が主だった。


 しおんの話によると、彼女がTRPGを始めたのは、中学生の頃だったらしい。仲の良い部活の後輩と街に出かけた時にTRPGに出会い、その後輩と遊んでいたのだそうだ。


「それって、もしかすると男子?」


 聞かずにはいられなかった。


「ううん。女の子、よ。とっても可愛い子だから、今度一緒に遊んで、みる?」


 しおんは、素っ気なさを装って言う。まるで、僕を試すみたいに。


「……ううん。それはいいや。僕は、しおんと二人で遊ぶのが楽しいから」

「ま、また、そんな事言って……」

「本当だよ!」


 思わず声を荒げると、しおんは、驚いた顔で僕を見た。だが、


「……嬉しい」


 と、顔を赤くしてモジモジと、長い髪を弄る。その様子に、僕は心臓をぐっと、掴まれたみたいな気持ちになる。

 しおんの髪が、辿々しい喋り方が、恥ずかしがり屋な素振りや、柔らかそうな頬や唇が、その全てが、僕の眼を捉えて離さない。何もかもがかけがえがなくて、守ってやりたい衝動に駆られる。


 そう。僕は、遠山しおんに恋をしていた。



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