僕はしおんに恋をする。
⚅
最初に受けたギルドミッションは、小鬼の討伐任務だった。
僕としおんは近隣の小鬼の巣穴に向かい、夜を徹して巣穴前に落とし穴を掘った。
準備が整ったら巣穴の前で焚火をして、小鬼の巣を煙攻めにする。やがて、カンカンに怒った小鬼が数匹、巣穴から飛び出して来た。僕は、それを遠距離からひたすら狙撃する。
「『来た来た! 飛び出して来たわよ、ライト』」
ヌルヌルが叫ぶ。
「わかってる。ほら、こっちだ小鬼ども、かかって来い!」
僕は叫び、矢を放つ。
サイコロが振られ、命中判定が行われる。矢が次々と命中し、敵の数が減ってゆく。中には、僕のところまで辿り着く小鬼もいたが、攻撃を受けるより先に、ヌルヌルが殴り倒してしまう。
そうして、僕は小鬼の大半を射ち倒した。
矢で倒れなかった小鬼達も、次々と、落とし穴へと落下してゆく。
やがて、巣穴からは気配がしなくなった。
ライトとヌルヌルは巣穴へと近づき、落とし穴の中を覗き込んだ。
落とし穴には、6匹の小鬼が嵌って藻掻いている。そこへ、ヌルヌルはランプ用の油瓶を三つ程投げ込む。
「ふふふ。この瞬間がたまらないのよね」
悪い笑みを浮かべながら、しおん、否、ヌルヌルは、落とし穴に松明を投げ込む。忽ち、油に引火して、小鬼達が断末魔の悲鳴をあげる。
「うわあ……」
僕は思わず絶句する。
「どうしたの?」
「いや。エゲツないなあ、と。しおんはいつも、こんな事やってるの?」
「え? そ、そうだけど」
「どうして普通に戦わないんだ?」
「普通に戦ったら危ないでしょ? TRPGは、なんでもアリなのよ。プレイヤーが思いつく限り、何を試しても構わない。その世界の法則とルールが許すなら、ね。とてもとても、自由なんだから」
「う、ううむ。そういう事じゃないんだけど……」
言い合って、僕とヌルヌルは小鬼の巣穴に突入した。僕らは、一酸化炭素中毒で死にかけの小鬼どもに奇襲を仕掛け、次々と討伐していった。
「ふふ。これで、ミッションクリアーね。どう? 最初の冒険は」
「なんていうか、卑怯な気もするけど凄く面白かったよ。想像以上だった。しおんとも、仲良くなれたし……」
「……もう」
「あれ? もしかして照れてるのかな?」
「て、照れてないもん」
しおんは、顔を真っ赤にして呟いた。男の娘のキャラクターを作ったり、ちょっぴり腐女子の素養があるくせに、自分がセメられるのには弱いらしい。
「それよりも……ライトはレベルが上がりました。魔法の習得が可能です」
しおんは、その日最後のDMの仕事をこなす。僕のキャラクターは、レベルが3に上がった。このレベルから、エルフは魔法を覚えられるようだ。
「どの魔法にしようかな。やっぱり、攻撃魔法かな」
僕は上機嫌でルールブックに目を通す。
「これなんかどうかしら?」
しおんが指さしたのは、灯の魔法だった。
「エルフは暗視能力があるから、灯の魔法は必要ないよ?」
「でも、彦星君のキャラクターの名前は「ライト」でしょ。最初に覚えるなら、この魔法がふさわしい。そんな気がするの」
しおんに勧められ、僕は結局、灯の魔法を習得した。
⚀⚅
帰り道、僕はまだ、興奮していた。
日は、とっくに暮れている。でも、しおんと肩を並べて歩く街は、どこか輝いて見えた。冒険の余韻が抜けきれない。まだ空想世界にいるような、そんな不思議な感覚だった。
「TRPG、気に入ってくれた?」
しおんが躊躇いがちに言う。
「ああ。物凄く。また、続きを遊べるかな?」
「も、勿論よ」
「じゃあ、約束だね。しおん」
「う、うん。約束……」
言い合って、僕としおんは指切りをした。
⚅⚁
僕の日常は激変した。
あの放課後から、僕は学校でしおんを見かける度に、すぐに声をかけた。しおんも、恥ずかしそうに応じてくれる。僕等は休み時間も、放課後も、いつも二人で過ごすようになった。
そうなると、僕としおんとの関係を揶揄う奴も出てくる。
「なあ、隅。お前、しおんと付き合ってるんだって? あんな陰キャの何処が良いんだ?」
声をかけて来たのは、漫画部の副部長だった。僕は、そいつとは特にウマが合わなかったのだが、その日はいつにも増して、そいつが憎らしく思えた。だが、関わり合いになりたくない奴に限って、黙っていたらいくらでも追い討ちをかけてくる。
「なに黙ってるんだよ。わ。マジ? もしかしてマジで付き合ってんのか? 引くわー」
「五月蝿い」
「ん? なんか言ったか? お前も立派に陰キャの仲間入りだな。ご愁傷様」
「お前にしおんの何がわかるんだよ?」
僕は怒りに震えながら、副部長を睨みつける。すると、教室はしんと静まり返り、生徒たちが固唾を飲んで、僕たちに視線を注ぐ。
教室の隅では、しおんが泣き出しそうな眼差しで、僕を見ていた。
「うわ。何、キレてんだ? 冗談通じないとか超ウケるんだけど。これだから陰キャと関わるのは面倒なんだよな」
そいつが言った刹那、僕は我慢できなくて、思い切り突き飛ばしてしまった。
「痛ってえ……」
副部長は苦悶の表情を浮かべ、僕を見上げる。その目には、薄く怯えが浮かんでいる。
「こっちこそ、お前みたいな薄っぺらと同類にならなくて良かったよ。クソ野郎!」
僕は言い捨てて、しおんの許へと歩み寄り、華奢な手を掴む。
「行こう」
呟いてしおんを連れ出すと、教室からは「きゃあっ」と、女子生徒たちの黄色い歓声が上がった。
しおんを連れて向かった先は、いつもの公園だった。しおんは道中、一言も喋らなかった。僕も、何を言っていいやら、わからなかった。
「ごめん。きっと、僕のせいで勘違いされたよね」
公園にたどり着き、やっと口を開く。
「ううん。良いの。でも……喧嘩はして欲しくない、の」
しおんはまだ、泣きそうな顔をしている。すると僕は、やりきれない気持ちになる。確かに僕はやり過ぎた。しおんの事を考えるなら、もっと冷静に、丸く収めるべきだったのだ。なのに、こんな風にしおんを悲しませてしまうなんて。
「でも、怒ってくれて嬉しかった」
ふいに、しおんが言う。
「え?」
「な、なんでもない、の……」
「いや、聞こえたからね」
僕が言うと、しおんは僕の胸を、ぽすっ。と、叩いて「バカ……」と、無邪気な微笑を浮かべる。
その眼を見た瞬間、僕は抑えきれない衝動に駆られ、しおんの頬に触れる。
「あ……」
しおんの柔らかそうな唇から、吐息が漏れる。途端にその頬が赤みを増し、耳まで、赤くなってゆく。僕も血潮が顔に集まって、心臓の高鳴りを抑えられなくなる。
ふいに、ぐぅ。と、お腹が鳴る。すると僕たちは互いに笑い合い、冷静さを取り戻す。
僕としおんは近くのコンビニでパンを買い、公園で肩を並べて齧った。
勿論、僕等の話題はTRPGについての物が主だった。
しおんの話によると、彼女がTRPGを始めたのは、中学生の頃だったらしい。仲の良い部活の後輩と街に出かけた時にTRPGに出会い、その後輩と遊んでいたのだそうだ。
「それって、もしかすると男子?」
聞かずにはいられなかった。
「ううん。女の子、よ。とっても可愛い子だから、今度一緒に遊んで、みる?」
しおんは、素っ気なさを装って言う。まるで、僕を試すみたいに。
「……ううん。それはいいや。僕は、しおんと二人で遊ぶのが楽しいから」
「ま、また、そんな事言って……」
「本当だよ!」
思わず声を荒げると、しおんは、驚いた顔で僕を見た。だが、
「……嬉しい」
と、顔を赤くしてモジモジと、長い髪を弄る。その様子に、僕は心臓をぐっと、掴まれたみたいな気持ちになる。
しおんの髪が、辿々しい喋り方が、恥ずかしがり屋な素振りや、柔らかそうな頬や唇が、その全てが、僕の眼を捉えて離さない。何もかもがかけがえがなくて、守ってやりたい衝動に駆られる。
そう。僕は、遠山しおんに恋をしていた。