遠山しおんはグイグイ来る!
「続けようか」
僕はからかうように言う。すると、しおんはルールブックを手に、シナリオを再確認する。
「『ねえ。貴方は、青の森のエルフさん?』突然、ライト君は声をかけられました。見ると、そこには可愛らしい聖職者がいます。どうしますか?」
しおんが、RPGを再会する。
「そうだ。僕はスターライト。大鬼を追ってるんだ」
「『やっぱり。聞いたわよ。青の森は襲撃を受けたらしいわね。私も、ピンサローには恨みがあるの。先週、村と教会を焼き討ちにされて、仲間を大勢失った。どう? 冒険にでかけるなら、私と組まない?』」
「……勿論。回復系は必須だ。仲間になってくれると助かるよ」
言い合って、僕としおんは微笑み合う。
「この女の子が、さっきしおんが言ってたキャラクター?」
「そうよ。でも、女の子じゃないわよ?」
そう言って、しおんはキャラクターシートを見せつける。
キャラクターの名前は「ヌルヌル」
レベルは7。職業は聖職者。回復魔法と毒消しの魔法等、必須魔法を習得している。
能力値は、魅力と賢明度が高く、腕力も高め。描かれているイメージ絵は、露出度多めの美少女である。だが……性別は男だった。
「この子、男の娘なの」
と、しおんは軽くウインクする。その意味を理解した瞬間に、僕の背筋に怖気が迸る。
男に娘と書いて男の娘……。
何故だ。何故、よりによってそんなキャラクターを!
「『それより……貴方ってとても素敵ね。髪が水色でサラサラしてる。とっても美形だわ。私、エルフって前から興味あったの。私と旅をするなら……勿論、仲良くしてくれるわよね?』 そう言って、ヌルヌルはライトの手をぎゅっと掴み、背伸びして口づけを──」
「──しないしない! なにこれ。どういう状況? それにネーミングセンスどうなってるのかな!」
「ど、どうして断るの? せっかくのBLチャンスなのに!」
「はあっ? BLチャンスって何!? 僕にそういう属性はないからね?」
「そ、そう? ウケが嫌ならそう言って。ヌルヌルがウケを担当しても良い、から……」
「ウケかセメかを問題にしてるんじゃないよ!?」
「ちゃんとなりきってよ。彦星君は、私の事、嫌いなの?」
しおんは再び、瞳を潤ませる。
僕は困惑を隠せずにいた。
どういう事だ!? この娘、ゲームの中ではやけにグイグイ来るな。自動車のハンドルを握ると人格が変わる奴がいる。なんて話を聞いた事があるけど、しおんもそれと似たタイプなのだろうか? 否、これまでのしおんの言動から察するに、しおんは演技とか、役にのめり込むタイプ。って事か。
「あ、いや、嫌いじゃないけど、そういう問題じゃないだろ! 僕はノーマルなんだよね。男とベタベタする趣味はないんだ」
「男の娘なのは空想上の話でしょ。今、彦星君の目の前にいるのは私なのよ?」
「それを言ったらおしまいだろ?」
「じゃあ、なりきって対応して。ちゃんと、男の娘の私を受け入れてあげて」
「滅茶苦茶だ! と、いうか……しおんは本当に女の子、だよね? 実は男でした! とかないよね?」
「し、失礼ね。私は女よ」
「本当に?」
「本当に!」
しおんは咄嗟に僕の手を取って、自分の胸に押し当てた。
「ほら。ちゃんと女でしょ?」
「え、あ、うん……」
大きくはない。決して大きくはないが……確かに、ぽよぽよした弾力が、掌に感じられる。
顔が熱い。心臓が、バクバク音を立てている。
ピクリと、指先が動く。
「あ、きゃっ」
しおんは我に返り、咄嗟に手を離して顔を背けた。そして、
「こ、この事は……秘密だからね?」
恥じらいながら言うしおんに、僕は完全に心を撃ち抜かれてしまった。流石の僕も、暫くしおんの眼を直視できなくなってしまう。
どうであれ、僕としおんのパーティは結成された。否、スター・ライトとヌルヌルのパーティである。
「『戦うなら、まずは装備を整えなきゃね。ライト君、お金は持っている?』ヌルヌルは言いました。ライト君はどう答えますか?」
しおんは再びヌルヌルになりきって、ゲームの進行を再会する。
「お金はあまりないかな。でも120ゴールドあるから、初期装備ぐらいは整うと思う」
「『ふうん。少ないわね。とりあえず、私のアイテムを使って』」
そう言って、しおんはキャラクターシートのアイテムを消し、僕のキャラクターシートへと書き写した。
アイテムは、魔法の武器だった。
木霊の弓・攻撃力は6面体のサイコロ2つ分。
普通の弓の攻撃力が6面体一つだから、今の倍の攻撃力を得られる。射程も、通常の弓より三割程長い。
「これ、いいのか? 魔法の武器なんだろ」
「いいの。ヌルヌルは聖職者だからどうせ使えないし、店で売っても、魔法の武器を買える訳じゃないもん」
「ありがとう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
「『お礼なんていいのよ。感謝は、行いでしめしてくれればそれで……』そう言って、ヌルヌルは可愛らしく背伸びして、ライトに口付けを──」
「──いや、しないからね!」
こうして、僕としおんは冒険に出かけた。