遠山しおんは赤面する。
旅立ってすぐ、僕は三匹の小鬼と出くわした。僕は二匹のゴブリンを弓で仕留め、三匹目はショートソードで切り倒した。敵の矢が当たったり、ナイフの攻撃を受けて少々苦戦はしたが、なんとか生き延びた。
レベルが、一つ上がった。
「おめでとう。レベルアップよ。サイコロを振って」
しおんに言われ、僕は6面体を振る。出た数値は4。ヒットポイントが10点になった。
こうして、僕は上機嫌で旅を続け、間もなく、人間の街へと辿り着いた。
「ライトは人間の街へと辿り着きました。どうしますか?」
「とりあえず、冒険者ギルドへ向かうよ」
「そうね、いよいよ、仲間と出会うのね」
と、しおんは鞄から、使いこまれたキャラクターシートを取り出した。
「それは?」僕は疑問を口にする。
「わ、私のキャラクターよ。私と冒険するのは……嫌?」
しおんの瞳が微かに潤む。
「ううん。嫌じゃないよ。しおんと冒険してみたい」
「あ、ありがとう……!」
しおんの表情が、パアッと明るくなる。まるで花が咲いたみたいに、あどけない笑顔だ。
だが、次の瞬間……。
何故かしおんは白い眼帯を取り出して、左目に装着した。
「ん? それは何をしているの?」
「き、気にしないで」
言いながら、しおんは左手に包帯を巻き始める。
「どうして左腕に包帯を巻くのかな?」
「気分よ。こうすると、私の隠された本当の力が出せる、の……」
「本当の力?」
「そ、それは、簡単には言えないわ……」
「もしかして、左手に強力な魔王が封印されてる。とか?」
「ど、どうして解ったの!?」
しおんは簡単に吐いた。
「そう。私の左手には、古の暗黒龍が封印されているの。そして左目には、盟約の戦乙女が……」
「否、しおん。それは中二びょ──」
「──駄目よ! それは呪われた言葉だわ。決して、口にしてはいけない恐ろしい単語なのよ?」
「…………中二びょ──」
「だからダメッ! な、なんで二回言おうとしたの?」
この時になって、僕は初めてしおんの正体に気が付いた。
この娘、中二病だ……!
⚄
「ちゃーん、ちゃららっちゃっちゃっちゃ、らっちゃっちゃっちゃ、ちゃちゃーん!」
突然、しおんが謎のメロディーを口ずさむ。
まさか、オープニングのメロディのつもりか?
若干、引き気味の僕をよそに、しおんはメタルフィギュアを取り出した。メタルフィギュアは、冒険者を模った人形だ。このTRPGでは、主に戦闘場面で使用する。チェスの駒のようにバトルフィールドを動かして、モンスターと戦うのだ。ちなみに、僕のメタルフィギュアは、弓を構えたエルフの人形である。
「ライト君は冒険者ギルドへと辿り着き、受付へとやって来ました。受付には年老いた係員がいます。どうしますか?」
「じゃあ、とりあえず話しかけてみるよ」
「もう。ちゃんとなりきって。RPGは、なりきってシミュレーションする事を言うのよ」
「そ、そうだったね。じゃあ……『我が名はスター・ライト。近隣の、青の森より来たりし者。このギルドで仲間を募り、魔王軍への雪辱を晴らしたい』こ、こんな感じで良いかな?」
「ええ。バッチリよ」
しおんは嬉しそうに言って「こほん」と、咳払いを一つ。
「『それは良く来なすった。では、冒険者ギルドに登録いたしましょう』」
しおんは、今度は受付のお爺さんになり切って言う。
「あと、魔王軍の情報が欲しいのだが」
「『ああ。ピンサローの軍団の事ですな。連中、魔王城に帰還せず、ここから北のナーロッパ王国へと攻め込みおった。その戦いは膠着状態となっておりますな。ナーロッパ王国は強固な城塞都市。決着まで、最低でも三か月はかかるじゃろう』」
「三か月、か……じゃあ、まだ時間的に余裕があるな」
「『そうですじゃ。もし戦うならば、ピンサローは強敵。この酒場で仲間を見つけて、実績を積んでみてはいかがですかな?』」
「うん。じゃあ、そうしよう」
言葉を交わして、僕としおんは頷き合う。僕は思わず、クスリと、笑う。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや、しおんがあまりにも上手だから。演技の才能があるんじゃない?」
「も、もう。からかわないで」
しおんは、顔を真っ赤にして抗議する。すると僕は、また積極的な気持ちになり「ごめん、ごめん」と、しおんの頭を撫でてやる。
「あっ」
しおんは余計に顔を赤くして、両手で頭を押さえた。