幸福なダンス
突然訪れた十年ぶりの思い焦がれた人との再会に、レイはつい身を乗り出して口を手で覆いセラをじっと見つめた。
成人を迎えたセラはもちろん出会った頃より大人びていたが、金髪碧目に色白で細身の身体は変わらなかった。
「アリセナ国でエヴリ王女様にお会いすることができ光栄に思います。クルート国からの帰路、大変ご苦労様でした。我がアリセナ国とクルート国は…。」
「セラ王子様、本物ですか?」
すっかり大人になり整った綺麗な顔を持つセラに、レイは一瞬で心を奪われ胸は高鳴った。
レイは右手で高鳴る鼓動を抑えながら、頬も熱を帯びてきたことを感じる。
故国で密かに恋焦がれていた人物が、アリセナ国の王城で過ごしていることをレイはすっかり忘却していた。
「…エヴリ王女様?」
レイの思わぬ反応に、セラは困惑した表情で俯くレイの顔を覗き込んだ。
レイははっと我に返ると、扇子で熱を帯びた顔を冷やす様に仰ぎながら謝罪した。
「申し訳ありません、王子様のお言葉を遮ってしまって。」
クルート国の王子様の言葉を遮るなど無礼なことをしたことにレイは深く頭を下げた。
しかしレイは内心、全く違うことを考えていた。
ーセラは十年前のたった一晩の出来事を覚えているだろうか。私は今でもあの時のあなたの姿が昨日のことの様に覚えている。しかしセラが私のことを覚えていたとしても、私がレイだと告げることがもう私にはできないのだ。
レイはセラに無意識に恋焦がれる気持ちを抑え、過去の出会いを口に出すことなど決してできない、自分はアリセナ国の王女様としてセラに接しなくてはいけない現実に打ちのめされた。
そんなレイの前にセラは右手を差し出し、柔らかく微笑んで言った。
「…エヴリ王女様、私と一緒に踊っていただけませんか?」
「えっ…。」
レイはセラの思いかがない言葉に動揺した。
敵国に人質状態の王子様が正式な後継者でもある王女様にダンスを誘うことが、どんな意味を持つのか。
しかしレイは理性に逆らえず、セラへの返事に一切の躊躇いもなかった。
「ええ、喜んで。」
レイはセラと敵対する関係になってしまった事実への絶望よりも、身分差でとつっくに諦めていた想い人に再会でき、対等以上の王女様という立場でセラの手を取ることができるこの瞬間を幸福に感じた。
レイとセラが手を取り大広間の中央に向かう姿に、踊っていたペア達は踊る足を止めた。
騒めく観客を鍵分け、二人は会場の中心に立ち一斉の注目を浴びた。
幸いなことに玉座から王様と王妃様が離れており、二人に物を言える立場の人間はいなかった。
「エヴリ王女様、よろしくお願い致します。」
「はい。」
もう一度セラはレイの前に跪き右手を差し伸べると、すぐに手を取ったレイの肩に触れ優しく自分の胸に引き寄せた。
レイはセラの胸の中で高鳴る自分の鼓動が伝わっているのかーと、既に紅潮する顔を隠しながら息を飲んだ。
そして二人のタイミングに合わせて、先程よりもゆったりとしたワルツのオーケストラ演奏が始まった。
レイは美しいセラの姿と懐かしき想いが混ざり、セラにうっとりと見惚れながら踊った。
レイを見つめるセラも、終始優しく微笑んでいた。
二人の姿はまるで愛し合う恋人のようだと観客達が思うほど、息がぴったりで皆を魅了する雰囲気を持っていた。
一曲を終えて周囲に踊るペアが増えると、楽曲は明るいワルツに変わり二人は楽しく踊り回った。
レイは変わらず笑顔のセラから一つの質問をされた。
「王女様、この国での暮らしはどうですか?」
「…正直なところ、クルート国が恋しく思います。」
レイは思いがけず、誰にも言えない本音が口から漏れ出てしまい後悔して俯いた。
一方のセラはレイをぐっと引き寄せると、レイの耳元で小さな声で囁いた。
「私は王女様が故国のことを恋しがられていることを、王子様として光栄に思います。」
そんなセラに、レイは二人だけの秘密ーと懐かしき、美しい花に囲まれた愛する故郷ローレフの話をした。
セラもクルート国のことを話し、会話は途切れることがなかった。
レイがアリセナ国にきて初めて楽しい時間を過ごせた相手は、皮肉なことにクルート国の王子であるセラであった。
しかし楽しい時間というのはあっという間なもので、レイはセラからエスコートされて席に戻ろうとしていた。
レイはセラとの時間を惜しみ、レイの歩幅は自然と狭くなりゆっくりとセラの後を歩いていた。
「エヴリ王女様?」
ダンスが終わってから黙り俯くレイに、セラは心配そうに顔を覗き込んだ。
『二人でもう少し話がしたい。まだ別れたくない。』
レイはアリセナ国の王女様としての立場として、クルート国の王子と公的な場でこれ以上深く関わることの危険性を自覚し、気持ちをぐっと抑えた。
「エヴリ王女様と踊ることができて光栄でありました。子供のような感想で申し訳ないですが、とても楽しかったです。」
「…私もです。」
セラの率直な感想にレイはつい笑みが溢れ、隣にいてくれるずっと想い続けていたセラを見つめた。
『こんな幸せな時間をまた過ごせればいいのに。』
これから自分に待ち受ける運命も忘れて、セラを想い寄り添える時間。
レイにとってセラとダンスをして共に過ごした時間は、心が洗われるような夢のひと時だった。
「エヴリ王女様。ますます夏の暑さは強くなりそうですね。情けないですが私は最近まで夏風邪にかかっておりました。エヴリ王女様もお体にはお気をつけてくださいね。」
「そうだったんですか。私もあまり夏は得意ではないです…。」
「一緒ですね。…花も夏には弱いですよね。」
「そうなんです、夏の花の手入れは苦労します。特に…。」
つい得意の話題が出て語り始めようとした時、ふとレイはセラの台詞に違和感を感じた。
「エヴリ王女様は花がお好きなんですよね。」
「どうしてそれを?」
「秘密です。その答えは次会った時にでもー。」
まるで昔から自分を知っているかのような語り草のセラの言動に、レイはつい心を躍らせた。
レイはこんなにも単純に心を動かされることは未だ嘗て無かった。
高鳴る胸の鼓動はセラが自分の前からいなくなってもずっと続き、レイの頭の中ではセラとの幸福なダンスの光景がずっと流れていた。
「エヴリ王女様は、セラ王子様派でしたね。」
「…そうね。」
舞踏会が終わってもずっと夢現でぼうっとしていたレイに、最近は冗談も言うような気さくな関係になってきたゼロが帰り道にこっそりと言った。
それは王城で密かに流れる美男子のシーダとセラ王子を巡る女性達の嗜好のことだと、ゼロはレイに語った。
そんなゼロの話に相槌しながら、レイはセラの魅力に強く惹かれる自分を認めた。
しかしだんだん現実に引き戻されてきて、ため息をついた。
「ゼロも呆れているのでしょう。エステルにもさんざんお説教を受けたわ。」
婚約者のいる自分が関係性が極めて不安定であるクルート国の王子様と公式の場でダンスをしたことは、臣下や民衆から批判を受ける可能性もある大変な危険な行為であった。
その失態が王様と王妃様の二人に話がいくのもきっと時間の問題であろう。
しかしそんなことは今のレイには正直どうでもよくて、自分が長い間セラを想っていた気持ちがどんどん溢れた。
『夢よりも良いものだった。セラはもう夢の中の人ではなくなった。近くにいて、また会うことができる。』
そしてレイは自室に戻り就寝の支度が整うと、バルコニーに出てまた夜空を眺めながら合掌した。
レイの手の中には、レイとセラを繋ぐ藍色に輝くアクアマリン石のネックレスがあった。
「セラに迎えに来てもらうことはもうできないけれど、また会うことができて本当に良かった。セラはきっと辛い境遇を抱えているのだろうけど、もうそれに打ち勝つ強さを感じたわ。お母さんもどうかご無事で、そして近いうちに会えますように。」
想い人との再会に心から歓喜し未来に希望を馳せていたレイには、この先二人に待ち受ける運命など知るわけがなかった。




