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刺青の理由

そして夜会は静かに終焉を迎えたが、夢の時間を延長して楽しむペアの姿もあり、甘い余韻を残していた。


レイはレオにこれ以上無理をさせまいと、街の女性達と共に馬車で帰宅しようと、子爵家の玄関で迎えを待っていた。


迎えを待っている間、街の女性たちからレイはさんざん揶揄われた。

アリセナ国の一番の美男子から声をかけられて羨ましいとか、レオとずっと一緒で恋人のようだとかー。


レイは夜会の中の濃厚な時間の流れに飲まれ、すっかりレオからの昨晩の告白の返事をすることを忘れてしまっていたことに気付いた。

しかし返事は今日でなくてもレオは許してくれるだろうと、とりあえず今日は帰って母に会って安堵したい気持ちでいっぱいだった。


そして迎えの馬車が来て乗り込もうとした時、レイは息を荒げる低い声に呼び止められ振り向いた。


「レイ。」

「ロイ子爵様!?」


レイはまさかの自分を呼び止めた人物に驚愕していたが、冷静さを忘れず深くお辞儀をした。


「ご無沙汰しております。ご挨拶遅れて申し訳ありません。本日は招待していただきありがとうございました。」


ロイは基本的に多忙で自宅を空けることが多く、こうしてレイが面と向かって顔を合わせて話すのは数年ぶりだった。

しかし丁寧に対応するレイとは打って変わって、ロイは呼吸が荒く息を切らしたままレイの右肩を掴んだ。


「レイには、とても大切な用事があって、呼びに来たんだ。」

「大切な用事…ですか?」

「あぁ。アリセナ国の宰相が呼んでいるんだ。今からすぐに、一緒に来てくれないか?」

「………はい。」


レイは一瞬言葉を失い、強い心臓の鼓動が全身を伝ったのを感じた。

かつてないほどあのロイの焦りようから、大事な用事は決して只事ではない雰囲気を醸し出している。


『思い当たる節としたら…刺青のことしか。』


レイは思い出したくもないシーダとのバルコニーでの一件を脳裏に浮かべ、自分の失態を責めた。

酷く不安を覚えながら、レイはロイに連れられて子爵家の最奥にある広い客間に着いて行った。




「…失礼致します。」


そしてロイが客間の扉を開きレイが後ろを着いていくと、アリセナ国の宰相ーカヌイと数人の重臣の姿があった。


夜会で遠目に見たカヌイの顔貌はほとんどシーダに似ており、顎髭の整えた小柄な初老だった。

シーダは切れ長の目をレイにまっすぐ向け、極めて厳粛な表情で近くに寄ってきた。


カヌイはレイの傍に来ると、いきなり片膝を曲げて跪き、床に着くほど頭を深く下げていた。

そして一瞬の間に重臣もカヌイの後ろに使え、レイの少し前に立っていたロイ子爵さえも跪いてレイを囲んだ。


「エヴリ王女様。私共、長年探しておりました。」

「王女様ですって…?」


深く頭を下げたまま告げたカヌイの言葉に、レイは当然酷く衝撃を受けた。


「何かの間違いじゃ…。皆様、頭を上げてください。これがどういうことなのか私には…。」


しかしレイの前で誰もが頭を上げぬまま、カヌイは落ち着いた口調でアリセナ国王女の出生の秘密を話し出した。


「レイ様は私の国で二番目にお産まれになられた、アリセナ国正妃のエヴリ王女様でございます。エヴリ王女様は産まれて間もなく誘拐されておりました。」

「そんな……。」

「私達は数年前からこの国にエヴリ王女様がいるのではないかと調べており、今回のクルート国への視察はその目的が主でした。貴方は正真正銘のアリセナ国第二王女ー、エヴリ王女様でございます。」


あまりに一方的な真実に、レイは勿論受容でき流訳がなかったが、両親の対応で一つ不可解だったことを思い出した。

それは自分は捨て子であったが、両親がそのことを決して周囲にはその事実を漏らすことなく、実子だと隠して育ててきたからである。

しかしそれはあまりに非現実すぎるし受け入れられるわけもないとすぐに解釈し、レイはカヌイに反論した。


「でもそんな、私がその、エヴリ王女様だという証拠はあるんですか?」

「それはまさしく、レイ様の右腕には書いてありませんか?」

「…書いて…ある?」

「エヴリーと。そしてアリセナ国の王女様には代々刺青として彫られ、受け継ぐ花があるのです。」

「…ストックの花ですか?」


レイはカヌイの流暢な話につられ、自然と自分の右腕に彫られている花の名前を口に出してしまった。


「その通りです。レイ様は本物のエヴリ王女様。お会いできて、私は本当に光栄でございます。」

「そ…んな……。」


レイは右腕を強く掴みながらそのまま足の力が抜け、床にしゃがみ込んだ。

しかしカヌイはレイのそんな姿に躊躇なく、話の続きを始めた。


「エヴリ王女様は産まれて間も無くアリセナ国の不届者に攫われ、今は無きクルート国の村で子供がいない夫婦に引き取られていたのです。しかもレイ様の育ての母親は伯爵家のご令嬢ということで、赤子がアリセナ国の王女様だという証を持っていたことに気付きながらも隠して手元で育ててきたのでしょう。さぁ、明日になったら一緒に本来のエヴリ王女様の帰る場所へと戻りましょう。我がアリセナ国へー。」


カヌイの話す衝撃的な事実に打ちのめされ、レイは言葉を失った。

レイが動けぬ間に、カヌイは子爵家の召使を呼び、瞬く間にレイを貴賓室へ案内させたのであった。



子爵家の召使達はいつも笑顔で家に来ていたレイが深く沈んでいる姿に哀れんだ。

しかし、隣国の王女様であったレイにかけられる言葉はなく、部屋に独りになった。


それから何時間経っただろうか。

レイはベランダ近くの椅子に座って、外の窓から夜景をただ眺めていた。

すると廊下から微かに足音がすると貴賓室のドアがノックされ、いつも聞き慣れている声を聞こえてきた。


「レオ…?」


レイは貴賓室の電気も付けず真っ暗な部屋で、外の光だけが頼りだった。

レオがそっと部屋に入ってくることが分かったが、レイは後ろを振り向かなかった。

そしていつの間にか隣に立ったレオに、レイは目を向けられなかった。


「お父様から聞いたよ。レイ、アリセナ国の王女様だったんだね…。」

「うん。…レオ、よくここまで来られたわね。」

「お父様を数時間説得して、やっと許可をもらったんだ。エヴリ王子様の警備は家の方でしていたからね。」

「そう…。」


俯くレイの声はか細く、活気がなかった。

レイにとって自分の正体がアリセナ国の王女だったという事実は、これまでの平凡な生活を大きく覆すものだった。

レイは今までの自分は、ずっと夢の中にいたんだろうかとぼんやりと思っていた。


「辛い?」


暫くの沈黙の後、レオはレイの耳元で落ち着いた声で囁いた。

レイはようやくレオの方を振り向き、泣きそうな表情で言った。


「うん…すごく。お母さんやレオと別れなくちゃいけないんだよね。もう二度と会えなくなっちゃうのかしら。」

「レイ…。」

「でも明日、お母さんも見送りに来てくれるのかな?一度家に帰って荷物はまとめられるのかな?あれ?荷物を持っていくことも許されるのかな?あの時動揺していて、何も聞けなかった。」


先の見えない不安と愛する者たちとの突然の別れ。

レイはただ傍にいてくれるレオの存在に落ち着きを取り戻し、とりあえず少し先の未来のことに向き合う気持ちができた。

しかしレイの前には既に、辛い現実があった。


「レイ…落ち着いて聞いて欲しい。レイのお母さんは、もうこの街にはいないんだ。」

「えっ、それはどうして?」

「アリセナ国軍に捕まって、送還されたんだ。」

「嘘…!じゃあ今お母さんは…お母さんは。」


レイは驚きのあまり、椅子から降りて跪き、両手で頭を抱えた。

自分を育ててくれた愛しい母親の最悪の事態が、脳裏に浮かんでしまう。

事実を拒絶して喚く姿に、レオはすかさずレイを後ろから強く抱きしめた。


「レイ…。一緒にここから逃げないか。」

「レオ…。」

「一緒にこの街を出て、レイのお母さんを助ける方法を考えて…そして。」


レオはがむしゃらに、逃げ出した先の二人の未来について語った。

それはまるで現実味のないことをレオは分かっていたが、アリセナ国の王女様だとしてもレイと本気で離れたくなかった。

一方でレイの答えは迷いがなかった。


「ごめん。レオを巻き込むことはできない。私と一緒に逃げたら、レオは一体どんな身にあうか…怖いわ。私のために、レオの身を危険に晒すことはできない。」

「レイ…。」


レオはレイを抱く力を緩め、床に項垂れた。

レオの右目からは自然に、涙が伝っていた。


「レオ、私はアリセナ国へ行くわ。どうにかして、お母さんを救い出さないと。レオはね、この街にいて幸せになってほしい。」

「レイがいないなんて…。」

「レオ…ごめんなさい。本当に。」

「謝らなくていいから…。」


レオは静かに自分の涙を拭うと、レイは涙いっぱいの顔で振り向いてレオの胸元に飛び込んだ。

レイの震える体を抱きながら、レオは危険を冒してまでも側にいることを許されない自分の存在が悔しかった。


「レイ、もう日付変わっちゃうね。」


声を出して泣いていたレイが落ち着いた時、ふとレオは部屋の時計の針の2本がどちらも真上を示していることに気付いた。

一年に一度しか来ない、大切な人の特別な日が終わろうとしていた。


「お誕生日おめでとう。」

「レオ、ありがとう。」

「これが最後だったと分かってたら、これからのレイのためになるようなプレゼントを用意できたのに。ごめん、何もなくて。」

「いいの。今までの誕生日はいっぱいレオに祝ってもらったんだから。ありがとう。」


それは本当に今生永遠の別れで、そしてレイへ昨晩自分が伝えた告白の返事だとレオは思った。

レオは胸が締め付けられ、また目頭は熱くなりもう涙を抑えられそうになかった。


涙が洪水になる前にそしてレオはそっとレイから離れて、静かに部屋を出ていた。

永遠に続くと思っていた二人の関係が、ただ一つの真実が全てを変えた。



「ごめんなさい。レオ。」


レイはレオがいなくなってからも、これまでずっと優しく自分の命をかけてまでも救おうとしてくれたレオを失うしかなかった自分の選択を悔やんだ。

そして窓の向こうにある故郷を眺めては合掌し、レオの幸福と母の無事を祈りながら、長い独りの夜を過ごした。




ローレフ編は終了で、次回からはしばらくアリセナ国でのお話になります。

レイの正体はエヴリ王女様だと明かされましたが、理由あって人物はレイとして話を進めさせて下さい。

ややこしくて申し訳ありませんがよろしくお願いします。

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