夢の夜会
夜会が始まると隣町の楽団が演奏するワルツが流れ、ロイ子爵夫妻からダンスが始まった。
そしてクルート国の紳士達が街の少女達にダンスを誘い、夢の時間が始まった。
『皆ダンス上手で綺麗。私も踊れるかしら。あれ、レオは接待をしているのかな?いないわ。』
レイが貴賓席を見渡し、レオの姿を探していると、レイの下に一人の紳士がお辞儀をして跪き右手を差し伸べた。
「私シーダと申します。あなたのお名前は?」
「私はレイと申します。」
「レイ様、一緒にダンスはいかがですか?」
「はい、喜んで。」
シーダは漆黒の髪に茶色の目を持つ鼻が高い典型的な美形で、長身細身の男性であった。
レイは数ヶ月前からナタリーやレオと懸命に練習したダンスを、表舞台で初めてシーダと踊った。
「私はアリセナ国の宰相の息子です。レイさんは何をされていますか?」
「街の花屋の娘です。」
「そうですか。」
シーダは紳士の中でも特別身分の高いようで、その気品や対応にレイは気が引けてしまった。
そのためレイはダンスも上手く披露できず、あまり会話も弾まないまま時間が過ぎた。
そしてあまり良い雰囲気とは言えないえないような状態で何周か踊った後、シーダはレイをエスコートする足を止めて言った。
「少し、飲みましょう。」
シーダは近くにあったテーブルからワイングラスを両手に抱え、レイを誰もいないバルコニーに連れ出したのであった。
バルコニーでは暫く夜景を見ながら二人でお酒を飲んでいたが、シーダはだんだんくだらない冗談を言うようになり口数が増えて気さくになっていた。
そして先ほどとは打って変わって虚ろげに目を泳がせ、レイを見つめては言った。
「…レイさんは本当に綺麗な人ですね。まるで花のようだ。」
シーダはそう言うとレイに向き合い近付こうとし、レイはすかさず後退りをした。
しかしシーダはベランダの端まで来て逃げ場を失ってしまった。
そしてシーダが被るようにレイと力強く抱き着こうとした時、辺りに強い南風が吹いた。
レイの右肩のオフショルが揺れて白い包帯が見え、シーダはそれを凝視しながら手が伸び包帯を解いてしまった。
「これは、刺青ですか?」
レイはシーダの無礼な行動に酷く困惑した。
そしてシーダの元からすかさず距離を置き、すぐに左手で刺青を見られないように右腕を押さえた。
「すまない。つい…あまりにも貴方が魅力的で迫ってしまった。」
『…私は怒ることができる立場ではない。そして見られては絶対にいけないものを見られてしまった。』
レイは返す言葉が見つからず、青ざめた顔を手で覆いながらバルコニーの入り口まで後退りした。
自分の姿を見つけて誰かが間に入ってきてくれることレイを願ったが、ベランダにいる二人のことを周りは全く気付かず夢を楽しんでいるようだった。
暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはシーダだった。
「最後に一つだけ聞いてもいいですか。」
「…なんでしょうか。」
「レイさんの腕にはなぜ刺青が入っているのですか?」
レイはシーダから視線をずらしながら生唾を飲んで一つ深呼吸した。
「子供の頃、私は身体が弱かったんです。両親が私の身を守るように案じ、御呪いのように彫ったもののようです。」
「ほう…。」
どんな嫌な顔をされるのかと恐る恐る、レイは顔を上げてシーダを見ると意外な反応だった。
「奇遇ですね。私の婚約者も花を彫った刺青があるんです。」
レイは想定外の、興味津々で受け入れ良好のようなシーダの反応に不可解に思った。
シーダはそんなレイの反応に無頓着なようで、一人で話を進めた。
「私の国ではある一族にのみ、刺青が許されている。私の婚約者は特別な人で、その身が誰にでも分かるようにと彫られています。」
レイはシーダはなぜリセナ国内の秘密のようなことをよくもこの人は見ず知らずの敵国の田舎人に話せるだろうと、不審に思っていた。
そんなレイをよそに、シーダはアリセナ国での刺青が嫌悪される理由を語り始めたが、レイは聞く耳を持たなかった。
そんな時間も束の間、二人の背後から救い舟のようにレイが聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「ここにいたんだ、レイ。」
それはずっと隣国の重臣の接待をしていてやっと解放され、レイを探していたレオだった。
レイはレオの顔を見て深く安堵した。
「ロイ子爵のご子息、レオ様ですか。」
「はい…。お役目ご苦労様です。」
「あれ、もしや二人は…?ははっ。そういうことか。レイさん、楽しい時間を過ごせました。それではまた。」
シーダは二人の関係を悟ったのか一瞬への字で笑うと、紳士的な冷静さを取り戻し、二人の前から颯爽と去って行った。
レイはやっと緊張感や疲労感から解放され、深呼吸をついた。
「レイ、あの人誰だっけ。」
「アリセナ国の宰相の息子だって。名前はシーダ。」
「ふうん。レイ、あの人と最初に踊ってたよな。もしかしてずっと一緒にいたのか?なにかされた?」
鈍感なレオでも察するような、レイは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
しかしレイはレオに心配をかけるまいと、必死に笑顔を作ったが、両目の裏には自然と涙が溢れていた。
レイはローレフに引っ越してからロイ子爵やレオのおかげで恵まれて平凡に過ごしていたからか、無礼なシーダとの時間は拷問のようだった。
「…ううん、なんでもないよ。それにレオが来てくれて本当に良かった。ありがとう。」
「それならいいけど。レイ、会いたかったよ。」
「…え?もう、レオお酒飲みすぎた?」
「それが仕事だからね。さぁ、踊ろう。ずっと楽しみにしてたんだよ。」
そして二人は会場に戻り、レオは華奢なレイの体を優しく抱き寄せて念願であったダンスを始めた。
レオはもちろんレイの初めてのダンスの相手をしたかったが、こうやってゆっくり時間に身を任せ二人の時間を過ごせるのも満足だと思った。
「ねえレオ、大丈夫?」
「少しは落ち着いた。」
しばらくしてレイはレオとラウンジのソファーに座って、レオの背中を優しく摩っていた。
レオはレイとのダンスですっかりお酒が体に回ってしまい、気分が悪くなってしまったのだった。
「ごめんなさい。私のために無理して踊ってくれたのよね。」
「いら無理はしてなかったから!」
「でも…。」
レイはレオへの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
レオは元気のない自分を楽しませようと無理して何周も踊ってくれたとレイは分かっていたのだ。
しかし一方のレオは酔っ払っていても気分が悪くて俯き頭を抱えていても、自分のことよりも一番に考えるのはレイのことだけだった。
「レイ、すごく楽しかった。」
「私も楽しかったよ。ありがとうね。」
「レイのその笑顔が見たかった…。」
「レオ?」
夜会を楽しませてくれたレオの気遣いに、レイは満面の笑顔を見せると、レオはつい堪えていた気持ちが溢れてきた。
そして愛おしくてしょうがないレイと見つめあったその時、低い声がレオの耳元に響いた。
「おい、レオ。そろそろ夜会も終焉だから、父上が戻ってこいってさ。」
ついお互いの世界に浸っていた二人には、目の前に立っていたソラの存在に気付かなかった。
レイとレオはお互い紅らめた顔が恥ずかしくなり、顔を逸らして一つの約束をした。
「レイ、また後で会おう。」
「うん。でも無理しなくていいからね。」
レオは怠そうに立ち上がると、一つ深呼吸をした。
まだ気分が悪そうなレオの後ろ姿を労いながら、レイはレオ達を見送った。
また二人でいつものように会えると、レイとレオは当たり前のように思っていた。




