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命の灯火

時は遡ること、四ヶ月前。

エルベラに残ったレイは、聖地で何か自分ができることがないか探していた。


しかしレイはセラと別れて間も無く体調を崩し、数週間療養していた。

レイはほとんど食を受け付けなくなり、一日に何度も吐いてしまっていた。


そしてエルベラに北風が吹く頃、レイは少し体調が落ち着いた。

そんな時レイはリリィに呼ばれ、大聖堂でリリィと謁見することとなった。

レイはついにリリィからエルベラを去って欲しいと言われると、一抹の覚悟をしていた。


「レイ様。今日は大切な話があってお呼びしました。」

「リリィ様、私からもお話があります。」

「レイ様から…どうぞ。」


リリィはいつもと変わらぬ寛大な態度で、レイに微笑みかけた。


「私、エルベラにお花を咲かせたいんです。花は人を明るくさせます。きっとエルベラで療養している人の心も癒すでしょう。」


エルベラは閑散としていて、周りに草木や花が一つもなかった。

レイは少しずつ調査していたエルベラの土壌や相応しい草木の種類などを詳しくリリィに説明して説得をした。


しかし傾聴してくれていたリリィがだんだん顔色が曇っていたのを、レイは感じていた。


「申し訳ありません、レイ様の良案にはすぐに返答はできかねます。それは…私が話そうとしていた大切な話に関わるものだからです。お話ししてもいいですか?」


そう言ったリリィの表情は真剣で、レイは息を飲んだ。

レイはアリセナ国とクルート国の両方で生きることが難しい自分が、恵まれたエルベラでの生活を自分本位に選んだことをリリィから叱咤されるのだと思っていた。


「私には産まれた頃から、両親がおりません。大聖女を身籠った母親はエルベラの使者から、そのことを伝えられます。そして母親が子供を産む選択をすると、夫や恋人と離縁を強制され、エルベラに匿われます。その理由は…母親が大聖女を出産する時、必ず命を落としてしまうからです。まるで、呪いのようですよね。」


普段淡々と話をするリリィが、少し感情的で俯きながら話していた。

リリィがエルベラにとって大切な大聖女の出生秘話を、なぜ自分に話してくれるのか、レイはその意図が全く分からなかった。


「レイ様。落ち着いて聞いてください。今、レイ様のお腹の中には私の跡を継ぐだろう大聖女が授かっています。」

「えっ…。」


レイは返す言葉を失い、呆然とした。

確かに自分がこんなに体調を崩していたのは、健康なレイにとって珍しいことであった。


本当は胃腸炎なんかじゃなくて妊娠していたこと、胎児は将来大聖女になること、そして自分は胎児の命と引き換えに命を落とすこと、それらはレイの範疇を容易に超える事実だった。


「レイ様。私としても大変辛い決断ですが、お腹の子を産んでくださいませんか?」


リリィはそう言うと、レイとレイのお腹に宿る胎児を相手に、深く項を下げた。


レイはこうして母親の命を引き換えに、アリセナ国とクルート国の病める人を救っていきた大聖女が苦しんできた出生の秘密に胸が締め付けられた。

そしてレイは未だ見ぬ、自分は見られないだろう命が宿ったお腹の上を撫でて言った。


「リリィ様、答えは一つです。愛する人との子供です。私に出産しない選択肢はありません。限られた時間の中で、この子を無事に出産できるよう大切に過ごして参ります。」

「レイ様…ありがとうございます。」


リリィはそう言うと祭壇から降り、レイの身体を優しく抱きしめした。

レイはリリィの暖かい温もりで、深い幸福に包まれた。

突然余命宣告をされた悲しみよりも、愛する人との命を授かった奇跡をレイは歓喜した。


そしてレイはシェリーが残した最期の言葉を思い出し、呟いた。


「お腹の子を授かったことをただ誇りに思います。」



しばらくのリリィとの抱擁の後、レイは去ろうとするのをリリィから引き止められた。


「レイ様に、会わせたい人がいます。」


リリィがそう言ってカルメンに目配せし、カルメンが大聖堂に連れて来た人は、なんとレオだった。


「レオ!どうしてエルベラへ?」

「エルベラからハルクに戻ったセラ王子様から、レイと別れたことを聞いたんだ。俺はセラ王子様に失望してハルクから勝手に脱走して、ローレフに帰ったんだ。でもずっとレイのことが心配で堪らなくて、エルベラに手紙を送っていた。そしてついにリリィ様からエルベラに呼ばれたんだ。」


すっかりセラ王子様の護衛として切磋琢磨しているだろうと思っていたレオが自分を想い続けていたことに、レイは感銘を受けた。

レオはレイの隣に座ると、レイのお腹を見つめ目を細めて微笑んでいた。


「レイ様、私の独断で申し訳ありませんが、レオ様にレイ様の大切な身体をお守りしていただこうと思ったのです。本来なら大聖女の父親となる者が、母親が大聖女を出産するまでその身を守ってもらっていただいてる慣わしだったんですが。」


レイはふと、セラのことを思い浮かべ切ない表情になった。

セラの戦地での活躍は、エルベラの地まで届いていた。

戦争の先に訪れるだろう二国の平和のために、レイはあの時セラと別れて本当に良かったと思っていた。


「でもレオ。本当にハルクから離れて良かったの?レオはセラ王子様を慕っていたじゃない。」

「あぁ、確かにセラ王子様は俺の憧れだった。だけど、やっぱり俺はレイのこと諦め切れなかったんだ。未練がましいこんな俺だけど、レイの最期の時間を俺に任せてくれないか?」


レイはレオに微笑みかけ、首を縦に振った。

涙を浮かべたレオはそのままレイを優しく抱きしめた。


レイは数ヶ月後に訪れる死を前に、残された時間を信頼するレオと共にいられることに安堵した。


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