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御伽話のヒロイン

夜会当日ー。

昼過ぎまで花屋を手伝っていたレイは、ナタリーの休憩時間に夜会に行く支度をしてとらっていた。

レイがナタリーから淡い栗色のウェーブのかかった細い毛を編み込みしてもらっていた時、ナタリーはレイにそっと声をかけた。


「大丈夫…?レイ。」


愛娘の変化をそっと見守っていたナタリーだったが、流石に何か大事なことを抱え込んでいるレイをそのまま夜会には行かせられないと口を開いたのだった。


「…うん。」


レイは活気なくそう頷き鏡を見つめると、心配そうな顔で覗き込む母の姿に気付いた。


昨晩からずっと頭から離れないことはただ一つ。

溢れ出す思いに深呼吸をしてレイは、つい昨晩の出来事をナタリーに話した。


「実は昨晩ね、レオに告白されたの。」

「……まあ!おめでとう。」

「お母さん…。」


レイの話を聞いたナタリーの顔はたちまち、満面の笑みに溢れ返っていた。

そういえば昔から母親はこの手の話が大好きだったーと、つい忘れていた事実にレイは気付き心の中で溜息をついた。


すぐにレイとの温度差に気付いたナタリーは、困惑した。

自分はすっかり安心したからだ。


「嬉しくなかったの?」

「嬉しかったけど…。ううん、なんでもないの。」


『なんとなくレオの気持ちは分かってて…いつかこんな日が来ることも驚きはなかった…。』


なんて、レイは冷静に思っている自分の気持ちを、喜んでくれているナタリーに言えるはずもなかった。


苦笑するレイをみて、ナタリーは自分の嬉しさを少し抑えて落ち着いた口調で言った。


「ゆっくり考えたらいいわ。」


ナタリーにとっては、レイを大事にする不器用だが根は優しいレオほどの素敵な相手は近くにいないと思っていた。


心境の異なる二人の間には、しばらく沈黙が続いた。



ヘアメイクが終わるとナタリーからメイクアップしてもらったレイは、ナタリーがわざわざ作ってくれたふわふわのパニエを履いた。

そして、パフスリーブの淡いピンクのドレスに袖を通した。

レイは全身鏡の前に映る、レースやフリル、スパンコールの散らばった素敵なドレスにうっとりと見惚れた。


「ねぇ、とってもいい。お母さんはこんなに素敵なドレスを持っていたのね。」


レイはドレスの両裾を折ってお辞儀をして見せ、歓喜の声を上げた。

それはレイが産まれて初めて着るドレスだった。


「それはお母さんのお気に入りだったの。レイに着せることができてよかった。」

「うん、とっても嬉しい。」


平民には絶対手に入れられないだろう豪華なドレスは、ナタリーが実家で大切に保管していたものだった。


ナタリーは伯爵家に産まれ大切に育てられた箱入り娘だったが、偶然王宮下で出会った造花業を行う平民のリュウと恋に落ち、駆け落ちをした。

現在は実家の当主も変わり、今でも気にかけてくれる兄の伯爵に頼んで送ってもらったのがこのドレスであった。


「お母さんはレイにお下がりのドレスだけで、ガラスの靴も馬車も用意できなくてごめんね。」


小さい頃に読み聞かせた御伽噺に例え、ナタリーはたった一人の娘にこんなことしかしてあげられない自分を悔やんだ。


「いいの…そんなものなくたって。私は十分幸せだから。」


レイはつい正直に口に発した言葉に、顔を赤らめて照れ笑いした。

愛くるしい娘の姿に、思わずナタリーは後ろから柔らかくレイを抱きしめた。


「…レイには誰よりも幸せになってほしいの。」



ナタリーはレイがドレスを着た姿がまるで晴れ姿のように感じ、溢れる涙を堪え声を震えた。

そしてナタリーは唇を噛み締めるとしばらく、鏡越しの娘の姿をしばらく見つめていた。


「そうだ…。」


ナタリーは忘れていたーと、慌てて化粧台の棚の中から白い包帯を出した。

そしてレイのパフスリーブの袖を捲り、右上腕に包帯を巻いた。


「お母さん、これは…?」

「アリセナ国では禁止されているからね。貴方が嫌な思いをしないように。」


レイは包帯の巻かれた右腕の上を優しく摩った。

そこには、薄紫色の複数の小花と単語が彫られた刺青があった。


「どうしてかしら?この国で刺青はお洒落とかご祈祷の意味で使われているのに。」


レイは自分の刺青は、病弱だった乳児の頃に祈祷のために入れたものだと聞かされていた。

そのためレイにとっては小さい頃からこの刺青に愛着があり、これまで人に見られて困ることはなかった。


「私、この花がなんだか分かるようになっー」


レイがそう言おうとした時、部屋に馬の鳴き声と轡を引く音が響いた。

一瞬で胸が高鳴ったレイとナタリーは目を合わせた。


「あら、誰かしら?」


ナタリーは直ぐに窓に向かい、街下を見下ろした。

レイもドレスの裾を両手で上げながら、ナタリーの後ろから必死に窓の向こうを覗いた。


窓の向こうには汚れ一つない白馬がいて、白馬に乗るレオがこちらに手を振っていた。


「レイ、迎えに来たよ。」


いつもとは打って変わってあまりに爽やかな笑顔で手を振るレオを見て、普段のギャップに思わずレイもナタリーも吹き出すように笑ってしまった。


「あらもう王子様が迎えに来るなんて。私のお姫様はハッピーエンドね。」

「もう、お母さんったら!」


『豊かな環境で育った自分がこのドレスを着た時、薄汚れた社交界で満たされるものはなかった。貧しい境遇でも心優しく育った娘には、本当に愛してくれる紳士がいる。きっと今は迷っているレイも、レオ愛されて幸せになれるだろうー。』


ナタリーは二人の明るい未来を想像して安堵し、美しい娘の頭を撫でて言った。


「レイ、行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」


白馬の上でレオの後ろに腰掛けたレイは、レオの腰に軽く手を置いて乗っていた。



二人っきりになってからのレイとレオはどこかよそよそしかった。

しばらく沈黙の中、先に言葉を発したのはレオだった。

レオは弱々しく、自信がなさそうに呟いた。


「レイ、昨日のことは気にしなくていいから。ごめん。」


『何でレオが謝るの…。悪いのは答えを出せない私なのにー。』


レイは一瞬胸が締め付けらるように痛み、レオの腰に添える手の力が少し強くなった。


「レオ、謝らないで。迎えにきてくれてありがとう。」


しかし無意識に話を変えてしまったことに気付き、レイはハッとした。

その微かな吐息に気付いたレオは鼻で小さく笑った。


「今日のレイ、本当に可愛い。俺のシンデレラなんだっけ?」

「もう!」


そしていつもの調子で揶揄うレオに、照れながらレイは安堵した。


『私の我儘だけど、レオとの関係は変えたくない。まだ返事ができない自分は本当に嫌な女。』



「そのドレスは?」

「お母さんのもの。」

「レイのお母さんも…昔はこういう夜会によく出ていたのかな。」

「そうみたい。お母さん、華やかな暮らしが恋しいと思ったことはなかったのかしら…。」


そしてレイはしばらく、母やレオのように華やかな貴族として育った者と自分の存在を比べては自虐的に考えてしまった。


『私の想像を超えるような、華やかでかつ恵まれた暮らしをしていた母。何不自由なく育った母が駆け落ちをし、本当に幸せだと言って両親は仲睦まじく生活していた。しかし愛する人が亡くなった時、血の繋がらない私がいなければーと母は思ったことはなかったのだろうか。

そしてレオもまた母のような境遇で育っていて。こんな出生も分からない自分が、レオと結ばれてはいけないだろう。ーそれは、王族のあの人だってそう。』



当時のレイには未だ、ナタリーの望む幸せの意味が分からなかった。




「わぁ…。すごい。私いつもレオの家に来ていて、それに昨日も会場の準備をしたのに。こんなに変わるんだね。」


レオにエスコートされて会場に入るとレイは思わず歓声を上げ、全身が身震いし胸が高鳴った。

そこには着飾った紳士や淑女達がいて、豪勢な料理や酒が振舞われている。



初めての夜会に目を輝かせて嬉しそうなレイの姿に、レオは少し不安がって見ていた。


『レイはこの世界に戸惑わず、ずっと今のような歓喜な表情で俺と一緒に着いて来てくれるだろうかー。』



しばらくして二人の下に、カリディア家の長兄のソラが訪れた。


「レオ。そろそろ戻ってこないと、お父様が何を言うか分からないぞ。」


レオには三人の兄がいてそれぞれ家業を手伝っているが、ひと回り年上のソラは頼り甲斐のある兄で跡継ぎだった。

末っ子でも一応貴族の息子であるレオが、アリセナ国の宰相を接待する二度とないこの大事な日に抜け出してレイを迎えに行くことができたのは、ソラが裏で手を回してくれたおかげでもあった。


「ソラ兄さんありがとう。」

「ソラ様。ご無沙汰しております。」


レイは久しぶりに見るソラの姿に、照れながらドレスの裾を掴んでお辞儀をした。

ソラは着慣れない服でぎこちない可愛いレイの姿につい顔が緩んでしまった。

レオはソラの気持ちを察しながら、レイの傍に寄って耳元で囁いた。


「席を外すよ、後で一緒に踊ろうね。」


そう言ったとたん顔を真っ赤にする若い弟とその愛する少女の姿に、ソラは若者を見守るような暖かい気持ちになった。



レイはレオが去って少し心細い気持ちになった。

しかしレイは街の女性たちが集まっている姿が目に入り、すぐに近寄って行った。


「レイ!」


街の女性達は、レイと同様に普段は街で商売をする者達が多かったが、今日はここぞとばかりにお洒落をして着飾っている。

レイは素敵な淑女達の姿を好奇な目で見ていると、一人の女性がそういえばーと声を上げた。


「レイ、今日白馬の王子様と一緒に夜会に来たんでしょう?」

「…見られてたんですね。」

「まさか、白馬の王子様が現代にもいるなんてねぇ。」

「本当、レオ様はレイにご執心よねぇ。」


レイは赤面しながら直ぐに弁解したが、女性達は皆大笑いして、レイを揶揄った。

そして暫くして、街の女性達の中でも少し年が離れ落ち着いている一人が呟いた。


「レイだけね。私達が望む夢を叶えられそうなのは。」


皆は固まって、とある同じ場所に視線を向けた。

それは、アリセナ国の家臣であろう若くて美男揃いの紳士達だった。


「そうよね。夜会で紳士達に出会うことができても、それは私達には決して叶うことのない夢のような時間だもの。」

「まあ素敵な紳士達に手を取られて踊ってもらえれば、私達はそれだけでいい思いができるけどね。」

「うふふふ。」


街の女性達は自虐的な気分になりながらも、生まれて初めてきっと二度こないだろう豪華な夜会に呼ばれ、儚い夢を抱いていた。


「レイは私たちの夢を叶えてね。」



レイはその貴族の相手に告白をされて迷っている立場であり、なんとも複雑な気持ちになり苦笑をすることしかできなかった。


レイが貴族のレオに恋い焦がれていることは皆周知の事実であり、田舎の街娘達の羨望の的であった。

しかし異常に目立つ美形な外見を持つレイが、かつ謙虚で人当たりの良い性格を持っていることは、皆が納得のいく事実でありそこに嫌味な気持ちは込められてなかった。



それから直ぐにアリセナ国の重臣とその接待をするロイ子爵と息子達が姿を見せ、夜会は始まった。


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