弟と交わした約束
そしてハルクから帰還して一週間後、セラは旅路の疲れが癒えることのないまま、出陣の日を迎えようとしていた。
その前夜、寝支度を終えたセラの寝床へフィンが訪れた。
「ちょっと大変よ!セラ!」
「一体どうしたんだ?フィン。」
フィンはドアのノックを忘れるほど、慌てていた。
ついフィンがセラに身を乗り出そうとしたのを、隣にいたロクは即座にフィンの後ろ髪を引っ張った。
「セラ。レオがいなくなったのよ。」
「まさか…エルベラに向かったのか?」
レオが失踪する身に覚えのある理由はまさに一つしかなかった。
無謀だが、一途なレオの気持ちを汲むとレオの行為に対してセラは決して否定できなかった。
「追いますか?」
仲間内でも冷静にそうセラに聞いたのはゼロだった。
いくらレオが護衛として信用していた相手だとしても、アリセナ国からの逃亡劇を共にした者をこの時世野放しにすることは良いことではない。
しかしセラは躊躇わず、首を横に振った。
「レオが私の代わりにレイを守ってくれるのなら、それでいい。」
セラはそう言って作り笑いをすると、人払した。
自分の無力さを感じ、セラは胸が苦しくなった。
しかしセラには悲嘆に暮れる猶予さえも残されていなかった。
セラはハルクで迎える最後の夜に、弟の下に行った。
「カラ。夜遅くにすまない。」
「セラお兄様。」
カラはセラの姿を見た途端、机から降りて跪き、頭を下げた。
クルート国に残る幼きカラは聡明な知性を発揮し、この先の戦争の策を練っていた。
そんなカラの熱心さをセラは誇りに思い、カラの頭を撫でて優しく告げた。
「カラはいつも本当に一生懸命だな。」
カラはセラの言動で緊張が解れ笑みが溢れると、頭を上げた。
セラは自慢の弟ーカラと見つめ合い、出陣の前夜に会えたことを嬉しく思った。
「セラ様、私からもお話ししたいことがありました。」
「どうしたんだ?」
「先日、テン王様から聞きました。セラお兄様はクルート国の王位継承権を私に譲るつもりなのですか?」
カラは恐る恐るそうセラに尋ねた。
王位継承権の話、当人同士で話し合うには大変重要な事柄であった。
しかしセラは躊躇うことなく、カラに対し優しく見つめて言った。
「血筋も勿論だが、勤勉で知性に優れたカラはクルート国に相応しい良い王様になれると思っているんだ。私もこの話をするために、今カラの元に来たんだ。クルート国の未来を頼めるか。」
「そんな滅相もありません。セラお兄様が王位継承権を手放し平民に降格されるのは、光を手に入れたからですか?」
「…あぁ。」
カラは昔話を思い出しついそう口にすると、セラは微笑んだ。
セラは部屋の大きな窓に近付き、夜空を見上げた。
まるで降ってくるかのように無数の星が夜空一面の覆っていた。
「しかし勇敢な兄様とは違って小心者の私がクルート国の王様を務めていく自信がありません。」
カラは純粋にそう弱音を吐くと、俯いてソファーに座り込んだ。
そんなカラの落ち込む様子にセラは膝を落とし、泣きそうなカラに謝罪し懇願した。
「カラ。私の重荷を背負わせてしまってすまない。しかし王様もまだまだ健全だ。王様への道は長いだろう。カラに頼めないか…?」
「…分かりました。」
ずっと慕ってきたセラの願いに、カラは全く自信がなかったが受け入れることを決めた。
セラが二国の戦争を経て平民に降格した後に手に入れるだろう幸福が、カラはまるで自分のもののように感じたからだ。
「セラお兄様、戦場でのご武運を願っております。」
「カラも無理せず、勉学に励んでくれ。」
セラはカラと熱い抱擁をし、二人だけの約束を交わしたのであった。
そしてとうとうセラが二国の戦争に向かう日。
セラは日の入りと共に目が覚めた。
朝支度を終えたセラは、鍛錬場に行った。
鍛錬場に行くとまるで昨日のことのように、幼き日に懸命に鍛錬していた日々が蘇った。
セラはは一人の少女ーレイのために、必死に剣の腕を磨いてきた。
しかしセラはレオほど一途な愛に向かって突っ走る勇敢さが自分にはないと、本当にこれからの道が正しいのかと一晩悩んでいた。
もし自分が王子様の立場でなければーと、セラはクルート国を守らなければいけない王族として生まれた自分が絶対に思ってはいけないことを頭に巡らせてしまうことがあった。
そんな誰にも言えない悩みを抱えながら、自分はこれから何千の兵の命を抱えて先陣を切ることの不安感がセラに押し寄せていた。
「セラ。レイのことで悩んでるのか?」
「ロク。いたのか。」
セラは後ろに仕えていたロクの存在に驚かなかった。
微笑したセラは、ベンチに腰掛けて俯いた。
「自信がないんだ。レイのこともだが、国運を背負うことが。」
「セラ、そんな不安を感じるのは当たり前のことじゃないか。」
そんなセラの弱音に、相棒のロクは背中を叩き明るい口調で言った。
ロクは人間味のあるセラの発言に少し安堵していた。
「まずレイのことだが。セラは俺とミーナの過去を知っているだろう?レイに話した時、言われたよ。誰かを思い続けることは自由だと。」
「…ロクも妹の独断に辛い思いをさせたな。」
「いいんだ。愛する人が幸せで生きていることが、一番だよ。」
「そうか。…レイも幸せでいてくれるといいな。」
セラはエルベラまで繋がる遠い空を眺めて、清々しい顔で微笑んだ。
しかしまた神妙な顔をして、ロクに聞くのだった。
「ロクは人を殺したことがあるか?」
「…あぁ。」
「そうだよな。私は人を殺したことがないのだ。正直怖いんだ。私が人を殺すこと、そして私のために何百も国民の命を亡くすことかもしれないことに。」
そう言うセラの声は震えていた。
セラはこれまで数多の名だたる将軍を剣で打ちのめし、国一と噂される腕を持っていても、実戦には出たことがなかったのだ。
そして国軍を背負う責任の壁が厚く、セラの前に立ち塞がっていた。
「そうか。それはセラの背負った重荷だよな。俺も前線で必死に戦うから。なるべく人を殺さない、そして殺させない。下の者たちにもそう伝えるよ。」
「ロク…。」
「大丈夫だの、セラ。俺やフィン、ゼロが一緒にいる。俺たちはセラの重荷も苦しみも、一緒に背負う準備ができているよ。」
ロクがそう言い放つと、セラはベンチに項垂れ日射しを浴び、徐々に顔色が良くなっていた。
「ロク、皆で王城に戻ってこような。」
「勿論そのつもりだ。そしてセラ、クルート国に戻って来た暁には、すぐに愛する人のところへ行け。」
「あぁ。夢を、忘れずに持とう。」
セラが拳を出すと、ロクが威勢よく拳を交わした。
セラは信用できる頼もしい相棒達が側にいることに感謝した。
そしてセラはハルクから、仲間達と国でも屈強の騎士を数十名、兵数千名の大所帯で出陣した。
二国の戦争はクルート国優勢と云われていたが国内あらゆる場所で戦火が立っていた。
途方もなく果てしない戦争を、セラは後ろを顧みず潜り抜けていった。
~
第二幕終了です。
突然ですが私はロクがお気に入りです。笑
次回から最終幕ですが、怒涛の展開が続きます。
もう少しお付き合いくださいませ。




