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託された想い

そしてエルベラに滞在し、一週間が経った時のことだった。

早朝レイが目覚めて支度をしていると、ベッドにいるセラから名前を呼ばれ手招きされた。

そんなセラは顔が真っ青で大量の汗をかいていた。


「セラ、どうしたの?」

「身体が重くて、寒気がするんだ…。」


そう言って震えるセラの様子に心配したレイが、水銀体温計でセラの熱を測ると四十度近い高熱だった。

レイは自分の毛布を持ち出しセラにかけると、冷たい水でタオルを絞りセラの額に乗せた。


「セラ、カルメンに医者を呼んでもらうわ。。今日は部屋でゆっくり休んで。」

「レイ。でもお母様が…。」

「私がシェリー様のところに行きます。シェリー様に何かあればすぐにセラを呼びにいきますので。」


あれから毎日セラはシェリーの体調を気遣い、できるだけ側にいて寄り添っていた。

セラはずっとシェリーの手を握り、幼き頃の昔話や現在に至るまでの話をシェリーに笑顔で語り聞かせていた。


しかしシェリーの体調は日に日に悪くなっていく一方であった。

強靭なセラでさえも、大切な人が日に日に病気に蝕まれる姿に堪えらなかった。


「分かった。レイ、私の体調のことはお母様には言わないでほしい。」

「分かったわ。」


高熱に苦しんでいるセラは自分の体調よりも、自分が体調を崩していたことを知ったシェリーが気に病んでしまうことを気にしていた。

どんな時も変わらぬセラの思いやりにレイは心を温かくし、セラの髪を撫でた。

そしてすぐにカルメンを呼び、カルメンにセラの看護を託した。


レイは初めてただ一人でシェリーのところへと向かった。


だんだん日が短くなり曇り空も多い日々だったが、その日は快晴だった。

そんな爽やかな天気のせいか今日のシェリーは顔色が良かった。

シェリーはベッドサイドに座りながら刺繍をしていた。


「おはようございます、レイ様。セラはどうしたのですか?」


シェリーは、部屋にレイだけが訪れたことに疑問に思っているようだった。

しかしレイは平常を装い淡々と話した。


「今日はセラが急用ができてしまって来られないんです。ただシェリー様になにかあればすぐにお伝えに行きますのでご心配なさらないでくださいね。」

「そうですか。」


シェリーはそう言うといつものように微笑み裁縫に視線を戻したが、その眼差しはレイには寂しげに見えた。

レイはシェリーが作成している裁縫に見ると、刺繍の美しさについ声を上げた。


「シェリー様、刺繍素敵ですね。ピンクのバラ、可愛いです。」

「ありがとう。この刺繍は、ミーナのために縫ってるの。ミーナが産まれてから私はほとんど体調が悪く、なんにもしてあげられなかったからの。せめて、私の形見だと思ってもらえるようにね。」

「そんな、形見だなんて…。」


普段のシェリーはセラの前では平常を装っており、このように悲観的に話すことはなかった。

シェリーが抱えるこれまでの孤独な病魔との戦いを想像すると、レイは胸が苦しくなった。


「レイ様は刺繍はできますか?」

「はい、それなりには。」

「では私が突然亡くなったら、刺繍の続きを縫ってくれませんか?」

「そんな私が代わりに縫うなんて、恐れ多いです。」


レイは丁重に断ったが、シェリーは険しい顔をして首を横に振った。


ピンクのバラの花言葉は、可愛い人だった。

気品溢れ貴族の女主人を務める幼い娘を純粋無垢な子供に返すかのような解釈ができた。

シェリーの部屋には花言葉の本があり、きっとこの刺繍にはそんな意味を込めているのではないかとレイは思った。


そんな特別の意味を持つ刺繍を、自分が受け継ぐ資格はないとレイは思った。

そんなレイの優しい思いを汲んだかのように、シェリーは言った。


「レイ様は、セラとご結婚されるのですよね?」


シェリーから直球の質問にレイはつい顔を紅らめ、両頬に手を当てて隠そうとした。


レイは一瞬、セラと結婚する未来を想像してしまったのだ。

それは自分にとって一番期待してはいけない、遠い未来だった。


「…しないと思います。」


レイはシェリーに対して、正直にそう伝えた。

セラと一緒にいると、ミーナから言われた言葉が頭を過ぎることが多々あった。


『私はセラを幸せにできない。』


シェリーもきっとミーナと同じことを考えていると、レイはずっと思っていたが、シェリーの返答は想定外のものだった。


「そうですか。それは残念です。」


レイは目を見開き、困惑した。

そんなレイの手を取って、シェリーはいつもと同様に穏やかに微笑んで言った。


「レイ様のように心が澄んで優しい人とセラが共に生きていて欲しいと思ったんです。レイ様と一緒にいたら、セラは幸せになれますよ。」

「そのままシェリー様にお言葉を返します。そんな素敵な女性は私ではなくてシェリー様です。」


シェリーからの賛辞の言葉を、レイは恐縮した。


シェリーはナタリーによく似た、穏やかで子供を丸ごと暖かく受け入れる、母親の鏡のような人だった。

レイはものの一週間ですっかりシェリーを慕い、セラのためにも一日にでも長く生きていてほしいと願うようになった。


そんな敬愛するシェリーからの言葉を、レイは内心嬉しかった。

自分とセラと身分差のある恋は、きっとこの先誰からも祝福してもらえない恋だとレイは思っていた。


「レイ様、聞いてください。確かに平民が王族の妻となり、王室で生きることは茨の道です。私も志半ばで病に蝕まれ、セラとミーナには辛い思いをさせてしまいました。でも生涯最愛の人との子供を出産できたことは私の誇りです。私は王様と結婚したことを後悔したことはありません。」


シェリーは真っ直ぐにレイを見ると、そう語った。

そしてシェリーの目には一筋の涙が落ちだが、シェリーし口元は暖かく微笑んだままだった。


シェリーがセラとミーナを残して病と闘った日々を想像すると、レイも目頭が熱くなった。


「私は最期にあレイ様にセラを託します。セラを幸せにして欲しい。」


そしてシェリーはレイの手を握る力を強くした。

レイは溢れる涙を堪えながら、シェリーに返事ができなかった。

シェリーに託された未来に進むことができるほど、自分はシェリーのように強い人間ではないことをレイは分かっていた。



その日の夜セラは解熱してシェリーに会いに行き、夜更けまで多くの話を交わした。

しかしそれがシェリーの最期で、翌朝シェリーの呼吸状態は見る見るうちに悪化してしまい、セラとレイが見守る中息を引き取った。



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