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初恋の人に贈る花(番外編)

これはセラの護衛騎士ロクが、フィッセルを旅立つ日の晩のことである。

ロクはフィンから、自分宛ての一通の手紙を渡された。


「ミーナが?俺を呼んでる?」


ロクが手紙の内容に信じられず口に出すと、隣にいたフィンは首を縦に振りながら鼻歌を混じえ、非常に上機嫌だった。

フィッセルに訪れてから、ロクは忙しい女主人のミーナとは全く接触する機会がなかった。


ロクは不思議と胸がざわつきながらも、フィンと共に呼ばれた庭園に向かった。


「ロク。」


暗闇の夜空をほんの少し灯りで照らした庭園の真ん中に、ミーナは満点の笑顔で立っていた。

そしてロクの名前を呼ぶと同時に、ミーナはロクの胸の中に勢いよく飛び込んだ。


「ごめんなさい。今日になるまでゆっくり話もできなくて。」

「大丈夫だよ。っていうかこんなことして、大丈夫なのか?」


ロクはすかさず不審に思いミーナの身体を離そうとしたが、ミーナはロクの胸に顔を埋めて動かなかった。


「主人は街の会合に出ているし、護衛には蛇の目についているから大丈夫よ。」

「蛇の目…かぁ。」


ロクはあまりに妥当すぎる相棒のあだ名を聞いて、つい吹き出しそうになるのを堪えた。

そして、ミーナの綺麗な金色の髪を優しく撫でた。

セラは許されないことだとは分かっていたが、未だミーナを想う気持ちに逆らえなかった。


「久しぶり。ミーナ。」

「明日…ロクはフィッセルから旅立ってしまうのね。もっと早く、ロクと時間が作れればよかった。」


ミーナは寂しそうに上目遣いでそう言った。

さすがのロクも顔を赤らめてミーナを優しく離すと、少し距離をとった場所で背を向けた。


「それでもこんなことしちゃダメだろ。ミーナはもう既婚者なんだから。」

「そうね。軽率だったわ、ごめんなさい。でも次にいつロクに会えるかと思うと、耐えられなかったの。」


そうか細い声で気持ちを伝えたミーナはまたロクの腕に手をかけた。

しかしロクはその手を優しく振り払った。


「まだ覚悟が足りないんじゃないか?レイにはあんな大きな口を叩いていたのに。」

「聞いていたの?」

「あぁ…。」

「そうよね。ごめんなさい。」


ミーナは堪えられなかったレイへの言動を悔い、目には涙が溢れていた。

ロクはそんなミーナにもう二度と触れられない自分の立場に悲嘆した。


「セラお兄様から聞いたの。ゼロという従者が共に育ったマリア王女様に恋焦がれ、気持ちを絶つために自ら去ったと。私はその話を聞いた時、いつか二人が幸福になる未来を願ってしまった。矛盾してるわよね。セラお兄様とレイ様の仲を引き裂くようなことを言ってしまったのに。」


身内の辛い恋路には味方になれなかったミーナは、セラやレイに対して罪悪感を感じていた。

そしてロクに対して衝動的に軽率な言動をしてしまったことで、自分はロクへの初恋にまだ未練があることに今更気付いてしまった。

ミーナは胸が締め付けられ、その場に蹲み込んだ。


「ミーナ。一つだけ聞きたいことがある。」

「なんですか?」

「自惚れていたらすまない。この庭園にミニバラが多いのは、俺がミーナと別れる時に最初で最後にミーナに渡したミニバラに由来してるのか?」


ロクが恐る恐るそう言って手を差し出すと、ミーナはゆっくりと頷きその手を取った。

そしてミーナは色とりどりのミニバラの中から黄色の花を一本取った。


「そうよ。でもあの時ロクが渡したミニバラの色は黄色だった。立場を弁えていたのはいつもロクの方ね。」

「そりゃ俺は、ミーナより何年も歳を重ねているからな。」


そう言ったロクにミーナは口角を上げて微笑すると、黄色のミニバラを差し出して言った。


「ここフィッセルの女主人は、ロクのご武運と幸福を願っているわ。我が信頼なる従者、ロク。」

「有難く頂戴いたします。」


ロクはそう言うと跪き深く頭を下げ、その花を受け取った。

ロクが頭を上げるとミーナは微笑みながら、一筋の涙を流していた。

ロクはその涙を払おうと思い出した手を止め、一人暗闇の中に向かって去って行った。



それからミーナは静かに涙を流しながら、テレサ侯爵との結婚前夜のことを思い出していた。


『明日、私は好きでもない年上の男の後妻となる。』


ミーナとテレサ侯爵との縁談は、ミーナが十五才になった春に訪れた。

侯爵家との縁談は、一国のたった一人の王女様であるミーナに不釣り合いすぎた。


しかしミーナには反対できる発言力を持ち合わせてはいなかった。

そんな身の程を弁えることができたのは、一人の男性との出会いからだった。


クルート国唯一の王女様といっても王様と平民の母親との間で産まれたミーナは物心ついた頃から、宰相の娘である継母を始め重臣から煙たがれていた。

しかし病を患いながらも愛してくれた母親、自分を時には厳しくそして優しく育ててくれた乳母のステラと、三人で睦まじく田舎の城で過ごせた自分は、幸福な子供時代を送ることができた。


そしてミーナが十才になった時、王女様の身を案じた母親が王様に頼み込み、護衛に付けてくれた騎士のロクと出逢った。

しかし正直ミーナは最初、ロクの存在に嫌がっていた。


ロクは腕の立つ騎士であったが、平民で田舎の出身であった。

いくら王様が身分差別のない太平な世を作ろうとしていても、ミーナが平民の騎士を連れているのを見かけられると周りから嫌味を言われた。

”平民の王女には平民の騎士がお似合いだ。”ーと。


ミーナは幼いながらも、クルート国の王女様としてプライドを持っていた。

しかしせっかく自分のために騎士をつけてくれた母親に文句を言うこともできず、ミーナができたのはロクをうまく遮ることだった。

それでもロクはどんなにミーナが逃げても着いてきて、ミーナがロクを蔑む言葉を言っても心が折れなかった。


いつしか自分から一時も離れず強く守ってくれるロクにミーナは心を開き、初恋をしていた。

やがてミーナと五歳も年の離れたロクも同じ気持ちを抱くようになり、二人は両思いになった。

それから五年という歳月を、二人は共に穏やかに過ごした。


そしてミーナにテルサ侯爵家との縁談の話が持ち込まれたのと同じ頃合いで、ミーナとロクに突然別れが訪れた。

人質としてアリセナ国に送還されることになった自分の兄、セラ王子様にロクが護衛騎士として仕えることが、王様の王命として下されたのであった。


敵国に行くことは勿論、命の保証もなかった。

ロクは信頼するセラに仕えることに何も迷いはなかったようだったが、ミーナはロクに一つ提案をした。


「私と一緒にこの街から出て、二人で遠いどこかで暮らさない?」


それは十五才のミーナにとって、大層大人びた発言であっただろう。

ロクはミーナから駆け落ちの話をされたことに微笑むと、自分の胸の中にミーナを抱き頭を優しく撫でて言った。


「ミーナなら分かっているだろう、俺の返事を。だから言わないし、言えない。俺はこの五年間、ミーナと一緒にいることができただけでよかったよ。」


王女様と護衛騎士ー、それは将来を望めない許されぬ恋であった。

ミーナは頬を膨らませながらも、ロクの硬い胸の中に頭を埋めて目を瞑ってその暖かさを堪能した。


「ずっとこのままでいてはいけないのよね。私は結婚し、ロクはその命をかけてお兄様を助けなければいけない。でもね、少し我儘を言いたかったの。子供みたいに。」

「ごめんな。幼いミーナを物分かりの良い大人にしてしまったのは、俺のせいだ。」


ロクの言葉は震えていた。

ミーナは頭を上げて、ロクの顔を覗くとロクは泣きそうな顔をしていた。


「いいえ。ロクのおかげで、私は初恋を経験できた。きっと一生忘れないわ。そしてロクの御武運を祈りながら、フィッセルの女主人になろうと思う。でも今日はまだこの胸の中にいさせてほしい。」


ミーナはそう言いながら、自然と涙が頬を伝っていた。

ロクを好きになった時から、いつかはこうなる日が来るのことが心のどこかでは分かっていた。

ミーナはむしろ五年という長い歳月をロクと寄り添い、幸福に過ごせたこと自体奇跡だったと思った。


「愛しているよ、ミーナ。」


ロクはそう言うと、胸元から一輪の黄色のバラをミーナに渡した。

ミーナはその花を受け取り、ロクの身体を強く抱きしめた。

その花の意味を知ったのは、数年が経った時のことだった。



そして明くる日ミーナはロクを見送り、最初で最後にロクにもらった黄色のミニバラをドライフラワーとして残していた。


しかし大切なドライフラワーを婚家には持っていかなかった。

ロクとの幸福な想い出は実家に残しておきたかったからだ。


「私幸せになる。ロクも幸せになってね。」


ミーナは窓から遠い夜空を眺めて、呟いた。

夜空には無数の流れ星が駆けていた。


その願いは叶ったのか、ミーナは幸福な結婚をした。


後世、ロクは英雄の一人として国中から崇められた。

しかし数多の婚姻の願い出を断り、生涯独身を貫いたの。

それは、黄色のミニバラにミーナへの一生の愛の忠誠を誓ったからであった。



閲覧ありがとうございました☺︎

一方の甘い雰囲気のセラとレイはもうすぐ山場を迎えます。

レオも重要なキャラクターとして再登場しますので、お楽しみください!


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