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示された道

庭園に入ると淡いパステル調のミニバラが咲き乱れ、その香りがレイの緊張をほぐした。

レイを待っていたはずのミーナさえも、花壇の前に跪き花の匂いを嗅いでいた。


「素敵な庭ですね。」

「この庭の花達は、私が自ら植えて育ててます。レイ様にお見せしたいものがあります。」


レイが微笑みついそう言うと、ミーナは振り向いてレイを庭園の奥へと連れて行った。

小さなスペースに咲いていたある花を指差してミーナは言った。


「秋の夜に咲く花です。貴方はご存知でしょう?」

「…ストック。」


ミーナの視線の先にあったのは、珍しい秋咲きの白いストックの花の蕾であった。

レイはこれからミーナが言おうとしていることが手に取るように気づいてしまった。


「なぜ貴方は、右腕のストックの花を消さないんですか?」


それはレイがずっと洋服で隠していても、決して隠しきれない事実であった。

レイがまだ消すことのできない刺青のある右腕をミーナは見つめていた。


ミーナの顔色は曇っており、目尻を上げていた。

それはセラに見せる朗らかな表情とは真逆だとレイは思った。


「私は正直言ってたった一夜の初恋よりも、お兄様とフィンが結ばれることを願っていました。」


その言葉は見事にレイの心に刺さった。

フィンがセラ護衛騎士の立場を超えて、セラを特別に想う気持ちは痛いほど感じていた。


ロクから、フィンは貴族の良家の娘だと言うことを聞いていた。

本当はミーナのように政略結婚をさせられるだろうフィンが、護衛騎士としてセラの側にいる理由はなんとなくレイは察していて、ミーナの言葉でそれは確信に変わった。


何も言えず俯くレイをよそに、ミーナはベンチに座り静かに呟くように言った。


「私にも初恋の人がいます。でもお互いの未来のために、私たちは別の道を歩むことにしました。正直、テルサ侯爵様との結婚は継母に粗雑にあてがわれたものでした。しかしテルサ侯爵様の領土を大切に想う温かいお人柄に、私は直ぐにテルサ侯爵様へ愛を育むことができました。私はお兄様には、お兄様に相応しい人と幸せになって欲しいのです。私達の両親は身分差がある婚姻をして、お母様は不幸になりましたから。」


ミーナはだんだん声が震え、目に涙を溜めていた。


『愛のある結婚をし苦しんできた母を、幼い頃から目の当たりにしてミーナはどんなに辛かっただろう。』


兄を思うあまり、辛い幼少期のことを思い出して口にしなければいけなかったミーナの兄に対する親愛の深さをレイは悟り、胸が苦しくなっていた。


そして自分はまだ刺青を消すことができない、中途半端な愛情でセラを縛っているとレイは自覚した。


ミーナは静かに涙を流していた。

慰めること方法の分からないレイとミーナの間に気まずい沈黙の時間が過ぎた。


そして暫くして、庭園に意外な人物が姿を現した。


「テルサ侯爵様。」

「ミーナ、みんなで探してたんだよ。聖地エルベラから大切な電報が来ている。」


ヘルサ侯爵は、レイとミーナが一緒に状況を把握する間もないほど慌てており、息を切らしていた。


「テルサ侯爵様、大丈夫ですか?」

「私のことより早く、ミーナその電報を読みなさい。」


そう言うテルサ侯爵から電報を受け取って読んだミーナの顔は、一瞬で真っ青になった。


「…お母様が危篤!?お兄様は知っていますか?」

「あぁ、セラ王子様はすぐミーナと話がしたいと。」

「分かりました。」


そしてレイとミーナの話は未着のまま、ミーナはテルサ侯爵とセラの待つ談話室へと急いで向かった。

残されたレイはずっとミーナから言われた言葉が、頭の中を何度も巡っているようだった。



レイが重い足取りで部屋に戻ろうと庭園から離れようとした時、花壇の影からすすり泣く男性の声が聞こえた。


「ロク…?」

「レイ様。格好悪いところを見られちゃったな。」


花壇の影で泣いていたのはロクだった。

ロクは涙を手で拭ってレイに愛想笑いを振りまいたが、ロクの涙は収まらなかった。


「もしかして、私の後をついてきていたんですか?」

「…その通り。」


ロクはそう言うと、近くのベンチに腰掛けて俯いた。

レイは隣に座り、普段落ち着いているロクのひどく取り乱した様子を不安そうに思っていた。


「レイ様は全て分かっていそうだな…。」

「そうですね、ミーナ様に会った時になんとなく気付いてしまいました。」

「辛いよ…。」


ロクはそう言うと苦笑して、頭を抱え項垂れた。

そしてレイに対してロクは、齢十五の時にミーナの護衛騎士として仕え、主人の臣下としての愛情を越えて二人は結ばれ想い合っていた過去を吐露した。

レイは身近でまた一人切ない恋の結末を迎えたことに、悲嘆の思いを募らせた。


「でも、ロク。自分だけが相手を想う気持ちには制限はないはずです。私もずっと、母国の王子様に決して届くはずのない恋心を持っていましたから。」


レイがそう自然に心から溢れた言葉をかけると、ロクはまた涙が止まらなくなった。

そしてレイもまた目頭を熱くし、一人決心をしたのだった。


『私は一人でここから出ていこう。』


ロクが泣き止んだ頃、レイは自室に戻って行った。

レイは部屋に戻ると、少ない荷物をまとめた。


レイはここ逃げるなんて、また衝動的な行動でもちろん行く先など全く決まっていなかった。

しかしこのまま自分がセラのそばにいることは、セラにもクルート国にとってもよくないことだということだけはよく分かっていた。


しかしレイの荷物が整う前に、レイの部屋のドアの向こうから荒いノックの音が届いた。

レイは憂鬱に思いながら恐る恐るノックをした相手を確認すると、なんとセラだった。


『これが運命というものかしら。』


レイは固唾を飲んで、セラは部屋に招き入れた。

セラは我を失ったように慌てている様子で、レイの手を取り言った。


「レイ、これから一緒にエルベラに行って欲しい。」

「エルベラ…ですか。」


エルベラは敵対するアリセナ国とクルート国が唯一繋がっている、ティナ島唯一の聖地だった。

エルベラでは大聖女から選ばれし者ー大病や大怪我を抱えた患者だけが一時的に聖地に招かれ、療養することができた。


そしてエルベラに関することは極秘事項であり、元は平民であったレイだけでなく王族さえも詳しいことは分からなかった。

エルベラ周囲には結界が張ってあり場所さえも分からなかった。


「これはクルート国王室の一部だけが知っている話なんだが、私のお母様はずっとエルベラで療養していた。そして今は危篤となってしまい、二人の人間だけがエルベラに赴くことを許す電報が届いたんだ。」

「…どうして私なんですか?」


レイはつい疑問に思ったことを呟いた。

セラはそのまま不思議がるレイの無防備な身体を、自分の胸に引き寄せて抱きしめ耳元で囁いた。


「レイが私にとって大切な人だから。本来ならミーナが赴くところだろうけどミーナは各地で戦争が始まっている今、街から離れられないと言っていた。」

「そうですか。でも…私でいいんですか?」


愛する母親が亡くなろうとしてても、侯爵夫人の立場を優先するミーナの強さにレイは胸を打たれた。

そして自分がセラに着いてエルベラに行くことにレイは、全く自信がなかった。


「もちろん、レイしかいない。私はずっとお母様に会っていなかった。すごく不安なんだ…。レイに私の隣にいて欲しい。」


そう言うセラの声は震えていた。

レイはそのままセラを抱き寄せ、手を伸ばし綺麗なブロンドの髪に触れ撫でた。


レイは自分を必要としているセラの存在に純粋に幸福を感じた。

そして身勝手にこの場から逃げ出して楽になろうとしていた自分自身をレイは責めた。


「分かりました。私でよければ、ご一緒させてください。」

「ありがとう。レイ。」


レイがそう返事をすると、セラと抱き合った。

セラの暖かい温もりに、もう勝手に離れることはしないとレイは固く誓った。


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