悲願の帰国
「やっと、帰ってきたのね。」
レイは待ち望んだ故国クルートへの帰国につい涙を露わにした。
それは隣で寄り添うセラも同様だった。
セラは生きて母国に帰ってくることができ、愛する者を見つけて連れて帰ったことは悲願であった。
「レイと一緒にまた、クルート国に帰って来れて本当に良かったよ。」
セラは安堵感からそう言葉を漏らし、セラとレイは顔を合わせれば微笑み合った。
想いが通じた夜から、セラとレイは会えば照れ笑いし、一段と甘い雰囲気を醸し出していた。
セラはそんな愛してやまないレイを胸に抱き寄せ、アリセナ国へ人質として送還されるまでの経緯を思い出していた。
アリセナ国に侵入しエヴリ王女様を暗殺することは、父親であるテン王からの直々の勅命であった。
そんな暗殺者にでもさせればいいことをクルート国の第一王子が執行するという無謀な任務をテン王がセラに命じたのは、むしろ次期王様になるための試練のようなものだとセラは感じていた。
セラには二つ下の弟、カラがいた。
カラは宰相の娘である王妃様の子供で、既に周りの多くの重臣たちが自分と弟派の派閥に別れ、争っていた。
しかしセラとカラの兄弟仲は大変睦まじく、カラはセラを慕って王座など好まず、好きな勉学に励み、学者になることを夢見ていた。
ただ宰相や王妃様の血族であることから、次期王の座は勿論カラの方が有利であった。
テン王はそんなカラ派の魔の手から逃れるためにも自分をアリセナ国に送り、類稀に長けている剣の腕でで自分が王位継承に有利になるべく自ら功績を取ってくることを望んでいるのだろうとセラは思っていた。
しかし現実は、エヴリ王女様を殺すことなく、むしろ連れてきてセラは不正にクルート国へ帰国した。
自分の行く末はセラも不安定であった。
ただもうセラは次期王になりたい理由であった初恋の人を手に入れており、王室に戻ってももう欲しいものは何もなかった。
「会わせたい人がいるんだ。」
帰国してから、セラはレイに初めてそう告げた。
それは帰国前から段取りされていたことで、フィンが一足早くこれから赴く地に向かっていた。
「会わせたい人?」
「妹なんだ。今は侯爵家の婦人をしている。」
レイは驚きで開いた口に手を当てた。
幼い頃に聞いた話を思い返すと、セラの妹はまだ年端もいっていないだろう。
そしてセラと同様、セラの妹は血筋に反して非常に苦労して生きてきたはずだ。
「…分かりました。」
レイは小さな声でそう言うと自分の姿を見て、セラの少し後ろを歩いた。
セラは一国の王子様であるため、帰国したらすぐに王城に戻ると思っていた。
そして自分は未だにどうやって生きていくか、決めかねている。
帰国する前に、レイはブロンドの長い髪を切り、レオに赤髪に染めてもらった。
そして少しきつめの化粧も施し、姿見はもうエヴリ王女様とは似つかわないものになっている。
しかしそうすればするほど、逃亡劇を行っていても溢れんばかりの気品ある王子様の側に立てる女性ではなくなっているような気がした。
しかもレイは血筋だけが王族なだけで、もとい自分は田舎村で育った人間であると自負していた。
レイは一抹の不安を抱きながらもセラに着いて行き、セラ達一行は秘匿でセラの妹ーミーナのいる侯爵家に入ることとなった。
季節は移ろい、街樹には紅葉が色づいていた。
ここフィッセルは自然溢れる静かで穏やかな街で、レイが長い時間を過ごしたローレフを思い出させるような懐かしい場所だった。
フィッセルを管轄するテルサ侯爵家の下に、ミーナは嫁いでいた。
一足早く潜入したていたフィンにセラ達一行は導かれ、城の裏口から中に入り、ミーナのいる部屋へ向かった。
そこで待っていたミーナは、齢十六とは思えぬほど背が高く豊満な体型をし、セラに瓜二つの容姿をしていた。
「お兄様。」
「ミーナ。」
そんな大人びたミーナもセラの前では涙を溜めた顔に幼びて笑い、二人は強く抱擁をした。
すっかりミーナの側近に変装していたフィンもその姿に泣いていた。
レイはミーナとフィンの仲が良いことをその様子をみて悟った。
「貴方がレイ様ですか。」
そして暫しの兄妹の感動の再会を終え、ミーナが興味を抱いたのはレイだった。
ミーナはすっかり淑女のようにドレスの裾を持って、レイに軽く頭を下げ挨拶をした。
「お兄様が慕っていると、フィンから聞いております。」
そう言って見上げたミーナの目は細くなり、レイを睨むようであった。
思わぬ反応にレイは戸惑い目を逸らした瞬間、部屋にノックの音が聞こえ、低い声が部屋に響いた。
「ミーナ。入ってもいいかい。」
「ええ。もう皆様揃ったところです。」
ミーナがレイから離れ、部屋に誘い入れたのは紛れもないそのこの家の主人ーヘルサ侯爵だった。
「セラ様、長旅御足労様です。狭い家ではありますが、ゆっくり旅の疲れを癒してくださいませ。」
ヘルサ侯爵は部屋に入って早々跪くと、セラに深く頭を下げた。
一時滞在することをレイは聞いていたが、ヘルサ侯爵にまで話がいってることはレイも驚きを隠せなかった。
「ヘルサ侯爵、顔を上げてください。」
そしてヘルサ侯爵の身姿にもレイは衝撃を受けた。
豊富な髪にはところどころ白髪が混じっており、額には深い皺があった。
ミーナとは親子以上に年が離れているようだった。
しかしミーナは直ぐにヘルサ侯爵の隣に向かうと、腕を絡めて寄り添っていた。
「旦那様、セラ王子様を受け入れてくださり本当にありがとうございます。」
「セラ王子様はこの国で最も大切な人物の一人だ。歓迎しないはずがないだろう。」
ミーナとへルサ侯爵が手を取り合い目を合わせ、睦まじくする様子に呆気にとられていたのはレイだけではなかった。
それは後ろに控えていた、護衛のロクだった。
『…もしかして。』
ロクはその姿に歯を噛みしめ唇が震えていて、振り向いたレイと目が合うと顔を逸らしていた。
クルート国にいた頃から、レイは色恋沙汰には敏感であった。
レイはセラから、ロクがアリセナ国に人質として送還されるセラの護衛騎士になる前、長年ミーナに仕えていたと聞いたことがあった。
淑女に成り果てたミーナとの再会は、レイにだけでなくロクにも大きな刺激となったのである。
そしてフィッセルでセラ達一行は、平和な街中を巡って探索したりと、現実を忘れるようなとても充実した日々を送った。
そんな日々が数日が経った頃、城の女主人として多忙であったミーナからようやく、話の続きをしたいとレイは内密に呼び出された。
レイは異様な緊張感を持ちながら、ミーナの待つ庭園へと向かった。




