次の一歩/The Next Step
龍斗が初陣を飾った翌日の朝。俺は龍斗の家の玄関前に立っていた。
俺は深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせる。
大丈夫だ。話す内容は何通りも考えている。考えたシナリオ通りにいけば話は弾むはずだ。
自分にそう言い聞かせ、玄関のチャイムを鳴らす。即座にはーいと答える女性の声と共に玄関に急ぎ足で歩いてくる。
ドアを開けたのは髪を後ろでポニーテールに結び、エプロンを身に纏ったおっとりとした表情の女性。龍斗と同様に整った顔立ちをしたその女性は、俺の顔を見ると嬉しそうに微笑む。
「おはよう一君。今日も龍斗と遊びに来たの?」
よし、想定していたパターンに含まれる挨拶だ。後は脳内で練習した通りに言えば問題ない。
余裕な表情を作り、はっきりとした声を意識掛け話始める。
「お、おおはようございましゅ、静香さん。き、今日は一緒に外に遊びに行く約束をして言いまして、ハイ。」
今の台詞を自己評価しよう。3点。100点中の。
どうしてこうなった。
◇
そもそも、龍斗の姉である荒谷 静香とは昔からの知り合いだ。龍斗より一年年上の彼女は、龍斗と同じく文武両道、容姿端麗と完璧人間の家系なのかと思わせるような人物である。小さい頃は、一緒に俺達と一緒に遊んでくれたし、俺も普通に静香さんと話せていた。
だが、ある日を境に、俺は静香さんと話そうとすると異常なまでに緊張する様になってしまった。それは、中学を卒業し、龍斗と一緒に行った入学式のこと。勉強詰めでしばらく龍斗の家に行っていなかった俺は、俺達の入学を祝いに来てくれた静香さんと久しぶりに会った。
そして一目惚れした。
よく見知った人に一目惚れするというのもおかしな話だが、そうとしか言えなかった。1年振りに会った静香さんは、包み込むような優しさを漂わせていて、俺の苦労が無駄じゃなかったと思わせてくれた。
まあ要するに、俺は甘い初恋の真最中なのである。これまで何気ない気持ちで通っていた龍斗の家が、強大な試練をもたらす場所になった。でも、だからと言って行くのをやめる俺じゃない。
毎回入念に会話パターンを練り、脳内で何度も練習すし、盛大に失敗する。
いつしかそれが龍斗の家に行く時のルーティンになっていた。
◇
「そうなんだ。じゃあ龍斗に一君が来てるって伝えてくるね。」
「あ、ありがとうございます。」
静香さんが階段を上っていくのを見ながら、昨日の帰り道に龍斗とした話を思い出す。
◇
「ニューカマーズ・ジャンクヤード・トーナメント?」
龍斗は俺が口にした名前を復唱する。
「ああ。5月に入ってから始めた人のみが参加できるオンライン大会だ。開催日は来週の週末。今日テツソラを始めた龍斗は参加条件に当てはまるし、いいモチベーションになるだろ?」
龍斗は少し考え込むと、俺に質問を投げかける。
「その大会のレベルは一週間でどうにかできるレベルなのか?」
「多分普通なら無理だな。でも、龍斗が本気を出せばいい勝負をできると思う。もちろん、俺もできる限りお前のサポートをする。やってみる価値はあると思うぞ。」
俺の言葉に対し、ニヤリと笑顔を浮かべ手を差し出す。
「その話乗った。ただ、大会に出るからには狙うは優勝だ。いい勝負だけなんてつまらないだろ?」
「任せとけ。俺もテツソラを相当やりこんでいるんだ、お前を優勝に導いてやるよ。」
俺は龍斗に笑い返し、グッと握手を交わす。
◇
「ごめん、待った?」
「早めに来たのは俺なんだし気にすんなよ。」
急いで階段を走り降りた龍斗は、慌てて靴を履く。
「じゃあ行ってくるわしず姉。」
「い、いってきます。」
龍斗の家の門を出る俺達に、静香さんは手を振る。
「いってらっしゃい。一君、龍斗をよろしくね。」
「は、はい!」
俺は手を振り返すと、先に歩き始めた龍斗の後を追う。
◇
荒谷 静香は弟とその親友を見送ると、玄関のドアを閉めリビングに戻る。
「今日もちゃんと話してくれなかったな…」
荒谷 静香は気付いている。自分の弟の親友である古川 一の様子が一年ほど前から変わったことに。それもそのはず、今まで何の問題も話せていたのにいきなり話し方がタジタジになり、目線を合わせてくれなくなっているのだ。気付くなという方が難しいだろう。異変に気付いていない人は自分の弟くらいだろうか。
だが、異変に気付いたはいいが、荒谷 静香は悩んでいた。その態度の変化の由来が何なのか分からないからである。
考えられるのは、自分が高校一年生だった年。
その年、一は弟と一緒に高校受験を行っており、勉強が忙しくて一年間顔を合わせることができなかった。
その一年の間に心情の変化があったのだろうか。
理由を聞くにも、中々ちゃんと話をできる機会が見つからない。
そう考えている内に、一年以上過ぎていた。
「私のこと、嫌いになってないといいけどな…」
憂鬱な気分を晴らすために静香はキッチンに行き冷蔵庫に入っているコーヒーゼリーを取り出すのであった。
◇
フルダイブVRハブ『ペガサス』に着いた俺達は、迷わず会員証を提示し入場する。昨日まで外観で躊躇していた龍斗も、二回目ともなれば迷いはない。
奥のモニターの方へ向かっていると、呼んでいた人達の一人が既にそこに待機している。
「おはようございます、元帥さん。集合時間は12時って言ってたと思うんですけど、随分と早く来ましたね。」
「おう、おはよう。そういう古兵とレイドラもだいぶ早えじゃねえか。事前にレイドラ君の練習に付き合う感じか?」
「まあそんな感じです。まだ決めてないこともありますし。」
元帥さんに挨拶をしていると、龍斗も少し気まずそうに挨拶をする。
「おはようございます。その、プレイヤー名を教えた覚えはないのですが、どこで知ったのですか?」
「どこって、そら昨日の古兵の放送見たからに決まってるだろ。それにしてもお前すげえな、初心者帯をカグツチだけで勝ち抜くやつ初めて見たよ。」
「あ、ありがとうございます。」
元帥さんの押しの強さに戸惑う龍斗。俺は龍斗の緊張を和らげようと話しかける。
「元帥さんはこんな見た目だけど、常識的で優しいちょっと感性のおかしいお兄さんだから安心しろ。」
「感性がおかしいってのは聞き逃せねえが、あとは合格点だから今回だけは許してやる。」
「そ、そうなのか…」
戸惑いの表情が少し引いた表情になった気がするが、気にしない。
「とりあえず本題について話そう。他にも何人か助っ人を呼んでいるけど、やるのはあくまで立ち回りとか戦い方の練習だ。今はその前にしないといけないことがある。」
龍斗は首を傾げる。
「操作はある程度できるようになったし、そのまま実戦練習に移っちゃダメなのか?」
「確かに操作はもうできるようになったけど、お前はこのゲームの大きな醍醐味を忘れている。それが何か分かるか?」
龍斗は首を振る。俺は携帯端末で空鉄の宇宙のメインページを開き、「設計図一覧」というタブを押す。
「機体選びだ。お前の戦い方に一番合う機体を見繕うぞ。」
ラブコメ要素大丈夫かこれ?
今回は補足が必要そうと感じるところが特に無いと思うので無しです。
次回もよろしくお願いします!