基本訓練/Basic Training
空鉄の宇宙の操作方法は、長年プレイしてきたプレイヤー達にそれぞれ「リミット」と「フルマニュアル」と呼ばれている。
「リミット」モードは、開発陣によって作られた「初心者用モード」である。コックピット内の見た目や乗り心地はそのまま、操作性のみを簡略化したものである。実際、始めたばかりの初心者でも簡単に操作できる操作性であり、「巨大ロボットの操縦」というゲームコンセプトを体験するには十分なものである。
しかし、プレイヤーのリミットモードに対する総評は「欠陥モード」である。
何故初心者用モードが欠陥なのか。それは、リミットモードでのプレイが将来的に活きないからである。
リミットモードはその名前の通り機体性能に強制的に制限が掛けられる。そのため、本格的にゲームをプレイする場合、機体性能に制限のない、すべての操作がプレイヤーに委ねられた「フルマニュアル」モードに変更する必要がある。しかし、初心者用の簡略されたモードと操作性の良さが全く考慮されていないモードでは操作難易度が天と地ほど違う。リミットモードの操作に慣れても、フルマニュアルモードに変更する場合は全く操作が分からない初心者と同じ土俵から始めないといけない。
現在空鉄の宇宙の攻略サイトの初心者用ページを見ると、最初からフルマニュアルモードで始めることが推奨されている。しかし、現実問題、フルマニュアルモードを説明なしで操作するのは、前知識が全くない状態で飛行機を飛ばせと言われるのと同等である。始めようにも、どこから始めればいいか分からない。そのため、プレイヤーの間では空鉄の宇宙を始める条件に「操作を教えることができるプレイヤー」が含まれると言われている。
◇
絶句する龍斗、もといレイドラを横目に右前方に表示されたチャット欄を見る。元々俺が投稿する動画が空鉄の宇宙のプレイ動画だからだろう、生放送のチャット欄は『知ってた』『この反応を待ってた』『やっぱり知らなかったのか』といったコメントが殆どだった。
盛り上がっているチャット欄はさておき、他のボタンやレバーなどを見始めているレイドラに対して話しかける。
「一通り確認が終わったら操作してみろよ。動かしてみたら何かわかるかもしれないぞ。」
「…とりあえずやってみるわ」
そういうと、恐る恐るレイドラは操作感を握る。それに連動して、ゆっくりと画面にロボットの手が映りこんでくる。
「この機体はトレーニング専用の機体だから、武装は一切ついていない。本番は武装がある機体を使うから、手と腕関連の操作は慣れておいたほうがいいぞ。」
俺のアドバイスを聞いたレイドラは頷くと、続いて足元のペダルを踏む。すると、機体の足がスラスターによって蹴り上げられ、勢いよく後天し始める。その無茶苦茶な挙動の反動は、一緒に機体に乗っている俺も襲う。
「き、基本的に移動には背部と胸部のスラスターを使って、脚部と足裏のスラスターは姿勢制御用と覚えておけばいいぞ。」
そういっている間にも、レイドラは必死に操作を行い何とか暴走する機体を止めようとしている。それが更なる暴走に繋がり、動きが安定したのは約20分後であった。
◇
機体の暴走を止めてからのレイドラの成長速度は、異常の一言だった。
暴走を止めるまでに行った諸々の操作が役に立ったのだろう。それぞれのボタンやレバーの役割はもちろん、それらを組み合わせることで行える操作もすでに把握し始めている。直線的な移動などは既に問題なくでき、旋回やその場での方向転換などにも手を出し始めている。普通の人なら時間をかけて習得する操作を次々と身に着けていくその姿は、まさに「天才」としか言い表せないものであった。
俺の目の前に表示されるチャット欄は数十分前の雰囲気から一変、目の前に繰り広げられる自然の不平等に阿鼻叫喚と化していた。それもそうだろう。俺が空鉄の宇宙の動画を投稿しているとはいえ、視聴者すべてがプレイヤーというわけではない。実際、俺の視聴者で実際に空鉄の宇宙をプレイしているのは約4割で、それ以外は見る専である。その中には、自分でプレイしたくても、その難易度故に諦めるしかなかった者もいる。そういう人からすれば、今俺の放送に流れている映像は非常に残酷なものだろう
俺はチャット欄から操作練習を行うレイドラに意識を戻す。現在レイドラは上昇下降を絡めた動きを練習している。多少ぎこちなさはあるが、初めて初日とはとても思えない動きである。
それを見て、俺はレイドラにとある提案を行う。
「だいぶ動けるようになってきたから、試しにオンライン対戦に潜ってみないか?」
レイドラは一旦機体を停止させ、俺の方を見上げてくる。紅の髪のアバターには、心配した表情が浮かんでいた。
「まだまだ操作は仕上がってないけど、これで対戦に行っても大丈夫なのか?他の人も練習してから対戦に行くんだろ?」
「その点は多分大丈夫だ。むしろ動きに関しては恐らくだけど初心者帯の人たちよりいいと思う。それに、実践的な動きを身に着けるためには対戦をして経験を積むのが一番だと思うぞ。」
レイドラは一瞬俯き考え込んだが、すぐに顔を上げ頷く。
「分かった。即帰還する為の手順とかはあるのか?」
「母艦へ通信で『帰還します』って言えばできるぞ。」
レイドラがすぐにその手順を行い、俺たちはすぐさま母艦に転送される。
◇
母艦に転送されると、パイロットシートとアシスト用の座席は自動的に前に動き出し、開いたハッチから俺たちは機体から出る。出た先は母艦のZS用ハンガーのキャットウォークになっており、少し歩くと見た目が全く異なるZSが三機並んでいる。
一番手前に立つ機体は、バイザーアイの濃い紫色が特徴の機体である。機体の装甲は全体的に薄めで、機動力が重視されている機体だということが一目でわかる。頭や胸部の装甲などは丸みがありながら全体の輪郭は鋭さあり、スマートなフォルムにまとまっている。右肩の後ろから主兵装であるマシンガンの持ち手が見えており、両脚の外側には副兵装のミサイルポッドが取り付けられている。
その一つ奥に立つ機体は、他の機体に比べ存在感を放つ紺色を基調にした重装甲の機体である。質量だけでいえば、手前にある機体の倍くらいあり、その機動力を完全に捨てた姿は貫録すら感じる。寸胴な体に隠されかけている顔からは小さいながらもキリっとしたツインアイが覗いている。機体の右手には主兵装となる巨大なバズーカが握られており、両肩からは長い砲身がそそり立っている。
一番奥に立つ機体は、赤とオレンジが目立つ非常に派手な機体である。機体の至る所からスラスターが覗いており、「とにかく速い機体を作りたい」という開発者の意図が見て取れる。そのじゃじゃ馬な機体性質を体現するかのように、その顔は獣的な異様な形をしており、腕は膝下に届くほどの長さである。右肩には体と同じくらいの長さの凶悪な両手剣がマウントされており、腰の両側には追加でコンバットナイフが一丁ずつ下げられている。
三機の前で立ち止まると、俺はレイドラの方へ振り向く。
「こいつらが最初から使える3機体こと『御三家』だ。手前から『フレイ』、『ネプチューン』、『カグツチ』だ。」
機体名を呼びながら、それぞれの機体を示す。それぞれの機体を眺めながらゆっくり歩むレイドラに機体の解説を行う。
「フレイは、中距離戦を主体とする機体だ。中距離で当て易い武装が揃っていて、対戦の基本を学ぶのに一番適している機体だ。ネプチューンはあまり動く必要がないから武装を充てることに集中すればいいという点では初心者向けの機体だ。カグツチは…ロマンはあるかな、うん。正直あまりお勧めはしない。気になる機体があれば詳しく教え、る…」
レイドラが真っ先に向かった機体を見て、俺はその場で固まる。その真っ赤な機体にレイドラは近づくと、機体の前で立ち止まる。きょろきょろと何かを探すように辺りを見回すと、レイドラは俺に声を掛ける。
「なあ、これどうやって機体に乗るんだ?」
「その前にその機体に乗ること自体を考え直さないか?」
「コックピットを触れば勝手に開くんか?」
「人の話を聞けや。」
既に心が決まった様子のレイドラに対し、俺は必死に説得を試みる。だが、レイドラは既にカグツチのコックピットハッチを開け、中に乗り込んでいる。俺は急いで後を追い、アシスト用の座席に座る。
「この機体は遠距離攻撃手段を持たない近距離特化機体だ。初心者帯とはいえ、敵の弾幕を潜り抜けてから近接攻撃を当てるのは中級者でも厳しいんだ。だから今からでも別の機体に変え―」
俺の話を無視し、レイドラはメニュー操作を続ける。空鉄の宇宙のメニュー操作にすでに慣れ始めたのか、教えた覚えがないのにコックピットハッチが閉まる。それと同時に、アラート音が鳴り響き、目の前のモニターに真っ赤な文字が表示される。
WARNING!! INVADER INCOMING!!
これ以上説得する暇もなく、俺達が乗ったカグツチは出撃待機場所へ転送された。