店の主/The Big Boss
「こ、殺されるかと思った…」
必死に深呼吸をして息を整える龍斗。
「いやぁ、悪いねぇ。このハブに新入りが来るなんて滅多にないからぁ、ちょっと意地悪したくなっちゃてねぇ。」
「店長の場合はレベルが高すぎるんですよ。何でその巨体で完全に気配を殺すことができるんですか。」
目の前に座っている店長は一言で表すとでかい。とにかくでかい。
普通の人に比べると龍斗は背の高い方だが、それでも見上げなければいけない程の巨体。その筋骨隆々の体格は、数十年前のアメコミヒーローを彷彿とさせる。半袖から覗く腕には、いくつもの傷跡が刻まれ、一目でその筋肉が見かけだけのものではないことが分かる。胸にかけられた『ペガサス』のロゴが入ったエプロンは、恐らく最も大きいサイズであるにもかかわらずミニスカートほどの丈しかなく、いつ弾けてもおかしくないくらい張っている。
現在店長はベンチに座り俺達は立っている。目線が合わせやすいようにと店長なりの気遣いらしい。
「そういえば自己紹介がまだだったねぇ。私はアンダーソン清正ぁ。ここのオーナー店長をしている。気軽に『店長』と呼んでもらっていいよぉ。」
「あっ、初めまして。荒谷 龍斗です。一週間ほど前からここに通わせてもらっています。よろしくお願いします。」
ねっとりとしたバリトーンボイスで自己紹介を行う店長と、それに応じてすぐに自己紹介を返す龍斗。
お互い自己紹介したところで、俺は龍斗に店長の説明を行う。
「ここは店長が自費で経営してるハブなんだ。外観が変わってたり置いてある筐体がテツソラだけなのも、全部店長の影響でこうなってるんだ。」
「なるほど、一つの種類しか機会が置いてないと思ったら、そういう理由だったのか。」
龍斗の返事を聞き、店長は少し嬉しそうな声を上げる。
「あれぇ、もしかして龍斗君は他のフルダイブVRゲームに汚染されていない感じぃ?一君、中々珍しい人材連れてきたじゃなぁい。」
「お、汚染?」
龍斗は店長の物言いに不安げな声を上げるが、店長はそれを気にせず続ける。
「やっぱりリアリティが売りのフルダイブVRゲームをやるならぁ、テツソラくらいシビアじゃないとねぇ。他のフルダイブVRゲームの難易度は完全にプレイヤーを舐め腐った難易度だからねぇ。あれをやるくらいなら家庭用のヘッドセット型VRゲームをやった方がいいと思うよぉ。」
「ず、随分と他のフルダイブVRゲームがお嫌いなんですねぇ…」
「店長、その辺にしてください。龍斗が完全に引いてます。あと他のフルダイブVRゲームが気に食わないのは分かりますけど、あれらはあれらで一般受けはいいですし、一概に悪いとは言えませんよ。」
俺の言葉を聞き冷静さを取り戻した店長は、改めて話始める。
「それで、今日は確か公式配信に参加するために許可を取りに来たんだっけぇ?」
「はい、昨日招待メールが来て、せっかくなら参加しようかと。」
龍斗は背筋を伸ばして答える。
「それならいいよぉ。使う筐体と日にちさえ教えてもらえれば、後は気兼ねなく参加しねぇ。」
「ありがとうございます!でもいいんですか?俺みたいな新入りが使っても。」
「むしろ新入りは大歓迎だよぉ。テツソラしか置いていないからぁ、客足はなかなか増えないしねぇ。新規プレイヤーの手伝いだったらぁ、いくらでも手を貸すよぉ。」
話も大分まとまり、店長はベンチから立ち上がる。
「うちから公式配信に参加した人は何人かいるからぁ、何か質問が有ったらいつでも聞いてねぇ。店の奥にいることが多いからぁ、カウンターにいる店員に呼んでもらえればすぐに行くからぁ。」
「いろいろとありがとうございます!今後もお世話になります!」
大分緊張が解けた様子の龍斗を見て店長はにこりと笑う。
「じゃあこれで私は失礼させてもらうよぉ。今後も活躍に期待しているよぉ、レイドラ君。」
カウンター裏に戻る店長を、豆鉄砲を食らった鳩の様な表情で見送る龍斗であった。
◇
「見た目は怖いけど優しそうな人だな。」
店長が奥の部屋に行ったのを確認し、龍斗は肩の力を抜く。
「まあな。俺はテツソラを始めた頃からお世話になってるけど、すごく優しい人だよ。ただ絶対怒らせたくない人ではあるな。」
「やっぱり怖いんか?」
「昔一回だけたまたま来たヤンキーが喧嘩沙汰を起こしかけたんだけど、店長につまみ出されたよ。言葉通りの意味で。」
「そのイメージが簡単にできるのが恐ろしいな。」
龍斗はその光景を想像したのか身震いする。
「それに身体的もそうだけど、『ペガサス』を経営している地点で経済的にもすごい力を持ってるのは確実だからな。」
「他のハブとは違うのか?」
龍斗の質問に、俺は頷く。
「他のハブは基本的に会社に経営されてるからな。個人経営のハブは俺の知ってる限り『ペガサス』だけだ。それに『ペガサス』はテツソラ専門のハブだ。プレイ人口が少ないからあまり収益は多くないから、筐体の維持費とか管理費は恐らく店長が自費で出してるはずだ。店長に聞いたら趣味だからって言ってたけど、あんな大金を趣味だからって払える人は中々いないよ。」
「なんか今になってあの人がまた怖く感じてきたよ…」
俺の話を聞きまたもや身震いする龍斗であった。
店長の話を終えたところで、俺は本題に戻る。
「とりあえず、許可取りはこれで終了したから、今日やるべきなのは招待メールへの返信くらいだな。それも後でパソコンとかでやった方がいいだろうし、今のところやるべきことはこれで終わりかな?」
龍斗に確認すると、龍斗は頷く。
「うん、そうだね。今日中に返信して、他に必要な準備で分からないことが有ったらその時聞くよ。」
「となると、今からガッツリテツソラをやる感じ?」
「そうだね。まだまだ実力不足だし、空帝戦までに対戦経験を増やしていかないといけないからな。」
「だったらまずはランクマッチでランク帯を上げた方がいいな。初日以来ランクマッチに触れてないからまだ中級下位帯にと思うけど、そのランク帯だと多分お前にとっては練習にもならないからな。できるだけ早く実力の合う相手と戦えるように中級上位くらいまでは上げた方がいいと思うよ。」
龍斗は関節をポキポキ鳴らす。
「よし、とりあえずの目標ができたし、気合を入れてやってくるわ!」
「おう、じゃあ俺はちょっと機体の調整をするつもりだから、この辺で適当に座ってやるよ。六時半くらいまででいいか?」
「分かった、じゃあ行ってくる!」
龍斗は小走り気味に筐体の扉を開け、中に入る。
「よし、じゃあ俺も機体調整に本腰を入れるか!」
鞄からパソコンを取り出し、壁近くにあるベンチに座る。
そして機体編集用のアプリを立ち上げ、空帝戦を制した相棒を眠りから呼び覚ます。
「おはようクロノス。もう一度俺を宇宙の帝王の座へと導いてくれるかい?」
店長のイメージはプロフェッサーなハ〇クです。
見た目や話し方が印象的ですが、滅茶苦茶に高スペックな人間です。財力、人脈、暴力、すべてを兼ね備えています。ある意味現在登場しているキャラの中で一番完璧人間に近い人です。
今の段階ではあまり設定が固まっていませんが、今後もかなり登場する予定のキャラです。




