騒動の真相は
パーティーの後数日して、わたしは王宮の一室に呼び出された。両親も一緒に来いという。
部屋に通されると、そこにはいつもの四人の他に、立派な紳士と若い青年がいた。
「こちらはワードリー公爵とその子息、ネスだ。これから話す内容に関係があるので同席してもらった」
「初めまして。モモ・クーパーでございます」
わたしが礼をすると、公爵はどこか切なそうな目をして微笑んだ。
「娘が…ヴィラが、迷惑をかけてすまなかった。私の教育不足だ」
頭を下げようとした公爵を、わたしは慌てて止めた。
確かにいろいろされはしたが、その程度で公爵に頭を下げてもらうなど、とんでもない。
「怪我もしていませんし、大丈夫です。どうか謝らないでください」
「……父さん」
何かに耐えているような公爵の背中を、息子のネスが優しげな表情で支えた。
「本題に入ろう。モモにも真相を知らせなければな」
ライアンが促し、一同は席についた。クーパー家とワードリー家が向かい合わせにソファに座り、それを見守るように横の一人掛けに王子。側近三人はその後ろに立ったままだ。
「まず…ワードリー公爵、あなたから話してもらおうか」
「はい。……私には、結婚前に愛し合った女性がいました。彼女は身分が低く、私の結婚が決まった時お互い納得の上別れましたが、心の中では忘れることができませんでした」
妻を愛そうと努力はしたが、息子が生まれても全く関心を持たなかったり、使用人にきつくあたったりするのを見ていると、どうしても信頼関係を築くことができなかったという。
娘が生まれても、妻は子供たちを放って遊び歩いていた。そんな時偶然元恋人と再会して、関係を持ってしまったのだそうだ。恋人には別宅を用意し、翌年そちらにも女の子が生まれた。そこまでは貴族にはままある話なのだが。
「私がそちらに心を寄せるのを、妻は許せなかったようでした。立場を脅かされると考えたのかもしれません。仕事で長期間王都を留守にした間に、恋人は急死したのです。何者かが関与したようでしたが、詳細は結局明らかにできませんでした。子は無事だったのですが、私が引き取ったりすれば危険に晒されると思い、信頼できる使用人夫妻に実の子として育ててくれるよう託しました」
今日両親とともに呼ばれた理由はこれなのか。わたしは黙って公爵を見つめた。
「妻はその後、それまで関心のなかった娘に執着するようになりました。息子は私によく似ていますが、娘はあまり似ていなかったので、私の気を引けないと思ったのでしょう。学園に入った後は特に、上位貴族の子息と繋がりを持たせようと躍起になっていました」
ひとつ年下にはこの国の最高位、第一王子のライアンや、隣国からの留学生、ネイボルの第二王子もいた。
ヴィラ様にわたしのことを伝えたのも、母親側の人間らしい。
「妻は殿下たちと懇意にしているのが私の娘だと気付き、排除しようと計画していました。そんな時、同じく娘の出自に気付いた殿下が協力を申し出てくださったのです」
「モモはネスに似ていたからな。もしやと思って調べさせた」
そう言って後ろの三人を見たので、彼らが実際に調べたのだろう。彼らも、お茶会の間にそんなことはおくびにも出さなかった。
ほんわかしているとばかり思っていたが、やはり王子の側近に選ばれるだけの能力があるのだと、彼らへの見方を改めた。
言われてみれば、公爵もネスもわたしと同じ金髪碧眼だ。それでもこの世界ではさほど珍しくない色である。いくら似ているところがあるといっても、そういう目でよく見ないとわからないだろう。
「いつから……」
「最初に見た時からだ。ネスも俺の側近候補だったことがあるから、顔はよく知っていた」
わたしはライアンの人を見る目に舌を巻いた。平民と公爵子息が異母兄妹だなどと、誰が考えるだろうか。
「公爵夫人は不審な人物と接触していたところを押さえた。毒物も所持し、お前を害そうとしていたことを認めたため、公爵は離縁を決めた。実家も引き取りを拒否しているから、おそらく修道院に入ることになるだろうな。ヴィラ嬢に関してはお前に手を上げた程度だから罪にまでは問えないが、どうする?公爵」
「殿下への不敬もあったと聞いていますので、厳しく再教育いたします。不安要素が無くなるまでは領地から出しません」
「そうか。…モモについては?」
「……私の個人的な感情だけで言えば、正式に娘として引き取りたい。息子も賛成してくれています。しかし、全ては私が身分差の恋を諦められなかったせいで招いたことです。これ以上、私の都合で振り回すことはできません。どちらの身分で生きるかは、彼女自身に選んで欲しい」
公爵はわたしの目をしっかりと見て言った。事前に話していた内容と違うのか、ライアンは微妙な顔をする。
「む…話が違うぞ。モモ、俺と生きるのは嫌か?」
俺様王子が縋るように見てきて、わたしは思わずクスリと笑ってしまった。
「嫌じゃありませんよ。殿下と居るのは楽しいです。でも、クーパーの両親も、わたしにとっては本当の両親なんです。お別れになってしまうのは悲しいです」
「クーパー夫妻には感謝している。私よりよほど立派に娘を育ててくれた。もし公爵家の娘になったとしても、自由に二人と会ってくれて構わない」
公爵にそう言われて両親を見ると、二人はわたしの手を片方ずつ取った。
「旦那様は、モモが成長した時どちらの道も選べるよう、家庭教師を手配して下さったんだよ。事業がここまで上手くいっているのも、旦那様の支援があってこそだ。名乗り出ることはできなかったが、いつもお前を気にかけていらっしゃった」
わたしが貴族令嬢レベルの教養を身につけていたのには、そんな理由があったのか。
「どちらの立場を選んでも、あなたは私たちの自慢の娘よ」
それならば、とわたしは公爵の申し出を受けることにした。
目に見えてほっとした様子のライアンの背中を、「さあ、これからだよ」とノアがぽんと叩いた。