冷徹メガネを見つけました
本日二話目です。
ノアとルイスとの勉強会兼お茶会が定例化した頃、わたしは一人で図書館を訪れた。家にある恋愛小説を全部読んでしまったので、新しい本を探しに来たのだ。ついでに、ルイスの勉強に役立ちそうな本も。
なんだかんだ言いつつ可愛い弟のような二人の面倒を見てしまっている自分がいる。いや、身分的にはあちらのほうがめちゃくちゃ高いのだけど。
まずは勉強の本、と歴史書コーナーへ向かい、なるべくわかりやすそうなものを探す。
ノアはAクラス、つまり勉強ができるはずなのに、自分が教えようとはしない。以前ルイスに教えた時に全く理解してもらえず、しまいにはケンカになったので二度と教えないと誓ったのだそうだ。どちらも素直そうなタイプなのに、あまり噛み合わないのだろうか。
そんなことを考えながら踏み台に乗って高いところの本を手に取った時、バキ、と嫌な音が足下からした。同時にぐらりと体が傾く。
「わあっ!」
落ちる、と思って身構えた瞬間、誰かに両腕を掴まれて支えられた。むむ、落ちてない…
ゆっくり目を開けて振り返ると、濃い緑の髪に赤い切れ長の瞳、メガネをかけた長身の男子生徒がわたしを支えていた。おお、ファンタジー。
自分も金髪碧眼で元日本人からしたら憧れの容姿なのだが、緑の髪とか赤い目とか、物語にしかない色彩は萌える。しかもメガネ!冷徹そうな眼差し!乙女ゲームのキャラみたい……って、このシチュエーションもよくある感じでは?
「重いのですが、早く降りていただけませんか?」
わあ〜、ほんとにいるんだ冷徹メガネ!……ごほんごほん、少々脳内が取り乱しました。
わたしは脚が一本折れた踏み台から降りて、頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで転ばずにすみました」
「ええ。それと、図書館内では大きな声を出さないようにお願いします」
いきなり踏み台が壊れて驚いたんだから、仕方がないでしょーが。
と言いたかったけれど、明らかに身分の高そうな人なのでグッと我慢した。
「申し訳ありません。気をつけます」
「わかればいいのです。この踏み台はもう駄目ですね。他も危なくないか点検しないといけません。教師に伝えておきましょう。本は取れたのですか?」
「はい?」
「本です。取ろうとして踏み台に乗ったのでしょう」
「ああ、はい。こちらに。お気遣いありがとうございます」
表紙を見せると、メガネ君は眉を顰めた。
「……ずいぶん低レベルの歴史書ですね。成績が悪いのですか?」
失礼な。確かに、読む人がほぼいないから上のほうに置いてあったのだろうけど。
「勉強の苦手な方に読んでいただこうと選びましたので。始めはこのくらいのほうがよろしいかと」
するとメガネ君はさらに眉間にシワを寄せしばし考えて言った。
「……最近、ルイスに勉強を教えているのはあなたですか?」
メガネ君、お前もか。お友達なのか。
「はい。一年Cクラスのモモ・クーパーと申します」
「見られたくないらしいから秘密だ、と言っていたのは、平民に教わっていたからですか。なるほど、周囲に知られると面倒が起こりそうですね」
メガネのブリッジをくいっと上げる。
こいつの言う「平民」はルイスと違って、なんだか見下している感じがするのが腹立たしい。ひん曲がりそうになる口をなんとか笑みの形に戻した。
「わたしは平民ですので、ご辞退申し上げたのですが。ルイス様がどうしてもとおっしゃるので」
貴族風に嫌味で返してやった。
「何も悪いとは言っていません。ルイスがあなたのことを大層褒めていましたし。試験の点数が良かったと喜んでいましたよ」
「お役に立てたのなら幸いです。では、わたしは他にも探す本がありますので」
失礼します、と一礼して別のコーナーへ向かう。
あ、名前聞き忘れた。まあ、もう関わらないだろうからいいか。
しかしその次のお茶会に行ってみると、ノアと同じテーブルに例のメガネ君が鎮座していた。
「モモちゃんいらっしゃい。図書館でこのメガネ君と会ったんだって?怪我しなくて良かったねー」
「おかしな名で呼ばないでください。イーサン・フェザント、所属は二年Aクラスです」
おう、先輩でしたか。偉そうなわけです。しかも公爵家。これは貴族名鑑をめくらなくてもわかる。
「皆さんお知り合いだったんですか?」
ノアの態度が先輩、なおかつ爵位が上の人に対してのものとは思えなかったのでそう聞くと、ルイスが答えた。
「俺たちは第一王子殿下の側近として、小さい頃から一緒にいるんだ。今日は殿下は公務で王宮にいるから、連れて来られなかったけどな」
いやいや連れて来なくていいです。今でも充分面倒な感じなのに、余計に事が大きくなります。
「それより、今日のお菓子は何?いつも楽しみなんだよね」
ノアの問いに、わたしは手に持っていた包みをテーブルに置いた。今日はちょっと自信作。
「マカロンです。サクッとした生地の間に、クリームが挟まってます」
これは母のレシピではない。前世の学生時代、お菓子作りにハマった時に作ったものを思い出して、試行錯誤したものだ。こちらの世界で売っているのを見たことはないから、オリジナルと言っても大丈夫だろうか。
カラフルな初めて見るお菓子に、甘いもの好きらしいノアの目が輝いた。
「何これ⁉︎きれい!かわいい!……ん〜、おいしい!」
満面の笑みでマカロンを頬張るノアに、イーサンが驚いた顔をした。
「毒見もなしで…!あなたは侯爵家嫡男でしょうっ!」
うん、それが普通の感覚ですよね。この中では彼が一番まともな気がする。この間は感じ悪かったけど。
「大丈夫だって、イーサン。モモは俺らを殺そうとなんかしねえよ。そんなつもりだったらもうとっくにやってる」
「そうですね。わたしも食べますから、先輩も良かったらどうぞ」
わたしは一つ取ってかじると、包みをイーサンのほうに寄せた。
イーサンは「先輩…」などと何やら噛みしめていたが、同じく一つ取って口に入れた。
「……とてもおいしいですね」
わたしがもう一人、餌付けに成功した瞬間だった。
イーサンは仲間には年上扱いされず、下級生には恐れられていたので、初めての先輩呼びが刺さりました。