ワンコ少年と出会いました
本日二話投稿しています。
入学式の日。式の行われるホールに向かって歩いていると、横からダッシュしてきた男子生徒がわたしにぶつかりそうになった。
「わわっ⁉︎ちょっとそこの子、どいて!」
ぶつかられてはたまらんと、わたしはスイッと体の向きを変えて彼をかわした。前世のスクランブル交差点で身につけた人をかわす術が、こんなところで役に立つとは。
男子生徒は止まろうとして止まれず、さらに華麗に避けられてつんのめり、ズザァッと派手な音を立てて転んだ。
「……あのう、大丈夫ですか?」
なかなか起き上がらない彼が心配になり、わたしは屈んで声をかけた。
「う……うん、大丈夫…」
ようやく顔を上げた彼は、ふわっとした白銀の髪に青い目、格好いいというより可愛い系の顔立ちで、着ているものはみんなと同じ制服でも、高貴な雰囲気がぷんぷんしていた。こりゃあ間違いなく貴族だな。そう感じたわたしは、親切にしておいて損はないと、手を差し伸べて彼が起き上がるのを手伝った。
男性というよりは男の子、という印象の彼に前世のアラサー魂が母性を目覚めさせ、ついでにパンパンと服を払ってあげる。
転ぶ時になんとか顔は庇ったようで無傷だったが、両手のひらを擦りむいてしまっていた。
「あらら…怪我をされていますね。ちょっと待ってくださいね」
わたしはポケットから未使用のハンカチを取り出すと、彼の右手にぎゅっと巻き付けた。
「とりあえず、こちらの手のほうが酷いのでこれで。どちらもすぐに水で洗って、救護室へ行ってくださいね」
「あ…うん」
何故か顔を赤らめた男の子は、ちょっと俯いたまま上目遣いでそう言った。あら、可愛い。
まだ何か言いたそうではあったけれど、もうすぐ式も始まる時間だ。
「式が始まりますので、失礼しますね。お大事に」
家庭教師に習った礼をさっそく披露して、わたしはホールへと急いだ。
無事に入学式も終わり、早三日。放課後、わたしは学園の中庭にいた。
たくさんの蔵書があるという図書館を見てみようと思ったのだが、ちょっと小腹がすいたので、家から持ってきたクッキーを食べるところだ。教室の中で食べるのは貴族の皆さまにはしたないと言われそうなので、こっそり目立たない場所へ来たというわけで。
この学園は学生の平等を謳っているわりに、クラス分けには身分も大きく関係しているらしい。上位貴族はAかB、下位貴族と平民はCかD。それぞれどちらのクラスになるかは、成績順だ。
なのでわたしのクラスはC。両親の望むような男性をつかまえるには、絶好のポジションだろう。印象を悪くしてはいけない。
木陰のベンチでひとりポリポリとクッキーをかじっていると、背後の植え込みから急にガサガサッと音がして人影が現れた。
「ひいっ⁉︎」
お金持ちのお嬢様らしからぬ声が出てしまったではないか。そしてまだ中身の入っているクッキーの袋も地面にぽとりと落下した。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」
植え込みから現れたのは、入学式の日に派手にすっ転んだ白銀の髪の男の子だった。
「それなら、普通に出入り口から来てください」
未だドキドキする心臓を押さえ、わたしはクッキーの袋を拾い上げた。
「ごめん……」
しゅーんという音が聞こえそうなくらい、男の子は見るからに落ち込んだ。垂れたワンコの耳が見える気がする。
それを見たら、なんだか怒る気も失せてしまった。
「悪気がなかったのならいいです。次はしないでくださいね」
「はぁい」
にっこり笑うと、今度はパタパタ振る尻尾が見えるようだ。よくよく顔を見ると、くりっとした目のイケメンだがやはりどちらかというと可愛い。
「あなたもこちらで休憩ですか?」
この横の通路は図書館棟に繋がっているけれど、彼は植え込みを突っ切ってきた。中庭が目当てなのだろう。しかし。
「ううん、君を探していたんだよ」
にっこり笑顔のままで、彼はそう言った。
「わたしですか?」
「うん。僕は一年Aクラスのノア・ケイナイン。入学式の日に、転んだところを助けてくれたでしょ。ちゃんとお礼がしたかったんだけど、名前もクラスも聞くのを忘れちゃってたから、見つけるのに時間がかかってさ。そこを通ってたら君が見えて、急がなきゃと思って突っ切っちゃった。あの時はありがとう。あとこれ、ハンカチ」
三日前に差し出したわたしのハンカチは、きれいに洗ってアイロンがかけてあった。血がついたと思うんだけど、高貴なお家のメイドさんは優秀なのね。母のところの紹介かしら。
わたしは頭の中で、父の書斎にあった貴族名鑑をめくった。ケイナインというと侯爵家だ。お友達になるには高貴すぎるが、挨拶くらいはいいだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。一年Cクラスのモモ・クーパーです」
「クーパー……ああ、造園とメイドの。うちもお世話になってるよ」
こちらが平民だとわかっても、彼は態度を変えないでいてくれた。いい人である。
「こちらこそ、お世話になっております」
ちょっとブラックな企業を思い出してご挨拶する。
「ここは学園だし、堅苦しいのはいいよ。それより…その袋、さっき驚いて落としちゃったよね?大事なものじゃない?ごめんね」
ノアがまたシュンとしたので、慌てて答える。
「いえ、ただのわたしのおやつですから。袋に入っていましたし、大丈夫です」
言ってから、こんなところでおやつを食べているのも、袋ごととはいえ一度落としたものを食べるのも、どちらもまずいかと気付く。
「ふうん…それ、君の手作り?よかったら僕にちょうだい。ちょうどお腹がすいてたんだ」
けれど、ノアは意外なことを言ってきた。これを、くれと?
「あの…わたしは構わないのですが、侯爵家のご子息に差し上げられるものではないかと…」
「いいのいいの。じゃあ、ひとつもらうね」
ノアはわたしの持っていた袋からひとつクッキーをつまみ、ぽいと口に入れた。
元優秀なメイドである母直伝のクッキーだ。味がおいしいのは保証できるが、侯爵子息がよく知らない人の手作り、しかも落ちたものを食べていいのだろうか、と心配になった。
「うん、おいしい!すごいね、有名店に売ってるやつみたい。もっと食べたい」
ノアがぱあっと顔を綻ばせたので、またしてもまあいいか、という気持ちになった。あなたの笑顔の破壊力のほうがすごいです。
「ありがとうございます。これは一度落としてしまいましたから、よろしければまた今度作ってきますよ」
落ちたクッキーを高貴な方に食べさせるのが忍びなくて、ついそう言ってしまった。
「ほんと?じゃあ、約束ね。明日…は悪いし、休み明けは?また、放課後にここで」
「えっ…ええ、構いませんけど…」
なんだか餌付けに成功してしまったわたしは、それからちょくちょくお菓子をねだられることになるのだった。