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第二話 振り切った日常


急に姿を現した、現実という名の嵐。すべてがわかると言っても目先の未来さえわからないものでして。

いつも少しくらい未来が見れたら……なんて思う僕だけど今はそれどころじゃない。




キーンコーンカーンコーン――……




とある高校で、悲しいチャイムが鳴り響いているのを知るのは僕だけなのかもしれない。









「いやぁ山神、お前今日という日に遅刻してくるとはいい度胸じゃないか?」



担任のゴリラ……もとい五里(ごり)先生はご立腹だった。

教室に入る前からわかっていたとはいえ、遅刻したonly personになるのは恥ずかしいものだ。




「お前は何の為に今日が午後からなのかわかってるのか?ぁん?」


「み、みんなが遅刻しないように……

「違うわボケェ!!!!!!!」




ゴンッという鈍い音と共に教室に笑いが起こった。


僕なりに意図&空気を読んだつもりだったのに、どうやら僕は考え違いをしていたらしい。








「ドンマイ、空。」


席に着くと同時に話しかけてきたのは、銀フレームの眼鏡が似合う我が親友。


「う、うん…。僕さ、何か間違ったかな?」


「いや〜空っちは間違ってないよォ!!あ〜腹いて―!!」


答えたのは、まだ笑いが残っている男勝りの女の子。



「あれはゴリラが悪いよ。でも悪い子は空っちだね。」


「いや、梓、それ矛盾してる……。」


「え?そうだっけ?まぁ〜、面白かったからイイじゃん!?

ね?優花?」


「そ、そうだよ!!元気だして?空くん?」






友長(ともなが) 琢海(たくみ)

大島(おおしま) (あずさ)

北崎(きたざき) 優花(ゆうか)


僕らは小学生の時からの友達で、奇跡とはこういうことをいうのか……4人ともずっとクラスが一緒なのだ。

だからか、僕らはみんな仲がよかった。



「だよね。なんかついてないな……。はぁ〜〜。」



今日はホントに朝からついてない。いや、昼からなのか?もうどっちでもいいや……。



僕のテンションを悟ったのか、キラッと眼鏡のレンズが光る。




「空、なんかあったのか?」


「え"?いや、何もないよ?う、うん。」




いきなり核心をつかれたものだから僕はキョドりまくり。

たぶん梓以外にはもう気付かれただろう。



それにしても、琢海は本当に頭がよくキレる。昔から勉強もできていて、中学からは1番以外とったことがないし……


大学は、東京の二文字がつく大学か、ハーバードの五文字がつく大学で迷っているらしい。




「言いたくないならいいけど……あんま無理すんなよ?」


「ホントに大丈夫だからね?い、一応ありがとう。」







こうして授業も始まり、やっと日常が舞い降りてきた気がした。


今日の授業は数学、物理、化学。

最強に理系な半日だ。授業はいつも聞くふりだけだけど、今日は一段とうわのそら。


頭の中はさっきのこと(ゴリラのことじゃないよ)で一杯で、僕は向こうには暗い宇宙があるってことを忘れさせてくれるくらいの澄んだ青空を見上げていた。



何も耳にいらない。わかるのは


『ある街角である男性がカツアゲされている。』


だとか、


『ある喫茶店である女性がコーヒーを飲んでいる。』


といったようなどうでもいいことだった。



ちなみに『ある』の部分は、わかったりわからなかったりする。この違いは本人である僕にもまだわからない。




「……という感じになる。いいか?このように何かを関数で表して極限を……」



あぁ、でも何であの鞭の女の人のことはわからなかったんだろ?

……今は公園にいるのか。はぁ〜〜気になるな〜〜。



「よし!じゃあ山神!!この関数の最大値のリミットのχが0になる時の値を出せ。」



学校早退して行っちゃおうかな?いや、でも夜待ち合わせしてるし……




「……み?山神!!山神ぃぃぃ!!!!!!!!」

「は、はい!!」



ガタンと立ち上がった僕。しまった!!戦況がわからない!!




「…そら。黒板。」


ボソッと聞こえた琢海の声。

あれか?極限を出せばいいのかな?



普通に代入したら……分母分子とも0になっちゃうのか。

しょうがない。なんかゴリラに負けた気がするけどロピタルの定理使おう。



「…えっと……、2分の1です。」







10人に聞いたら10人が


『こいつは体育系だ!!』


と答えるであろう体つきをしていながら、何故か数学の教師をしているゴリラを見てみる。

僕はやっと教室の静けさに気がついた。






「……せ、正解だ。」



『おぉ〜』とありきたりなどよめきが起こる。


しまった、ここは上手く間違えるべきだったのかな……。




「空っちスゴいじゃん!!」


「いや、まぐれだって……。」



冷静になってみるとあんな問題暗算できるわけないよな。

でも、たぶんみんなわかってないだろうし……まぁいっか!!






「……俺のノートが見えたのか?」




隣から話しかけてくる琢海。

そっか、琢海は昨日ノートにもう答えを書いてたんだった。

じゃあ話を合わせた方がいいかな。



「そ、そうなんだよ。ありがとう琢海!!助かったよ。」



琢海は一瞬、ほんの一瞬目を大きくした気がしたが、




「そっか。」




この言葉の本当の意味を知らないまま、僕の心はまた窓から外へと羽ばたいていったのだった。










「よし!!今日も一日お疲れだった!!

じゃあさよなら。」



「さよなら〜。」




何だかんだで学校は終わった。

さて、それじゃあどうしようか……うん。



「空、帰ろう。」



琢海はもう帰る準備を済ませて立ち上がっている。




「いや、なんていうか……ぼ、僕今日勉強して帰ろうかなぁと……。」




こう答えた理由は簡単。

夜の待ち合わせがこの学校な訳で、母さんに話すのが面倒くさい訳で。




「あ?なんだ珍しいな。そんなら今日も俺忙しいし先帰るぞ?」


「うん。じゃまた明日。」



「空っちバイバーイ!!」


「また明日ね?空くん…。」




こうして放課後の教室に残るのは初めて。

時期が進級する直前だったからか、20分もすると僕一人となった。なんだか不思議な感じだ。







昔僕は一人ぼっちだった時期があった。

まぁ具体的に言えば幼稚園のころ……琢海や梓たちと出会う前まで……僕は一人ぼっちだったんだ。



今のこの状況とは同じようでいて、まるで違っている。

理由は……後でわかるだろうから今はいいかな。

とにかくあの頃は泣いた。泣いて泣いてなきまくった。



よく涙の数だけ強くなれると言うけれど、もしそうなのだとしたら、僕はもう人類史上最強の人間になっていたかもしれない。


そういう意味じゃないんだろうけど。






そうこう思いを巡らしている内に、有り得ない出来事が、現実に僕の左側で起こった。



僕は恐る恐る窓に目をやった。





「やっほ〜〜っ!!」


窓に張り付いていたのは紛れもなく昼の女の人だった。僕は激しく驚いた。


何故かって?だってここ三階だもん。




「空く〜ん、あけて!!」




なんだか『空く〜ん』ってのが恥ずかしくて、むずがゆくて、

僕はカーテンを閉めてみた。






「あ・け・て?」






少し間があいて聞こえた声。そこには確かに殺気があった(ような気がする)。



速攻で僕はカーテンを開け鍵をあけ、右の窓を左側に走らせた。





「ありがと!!空くん意外とSなんだね。」


「い、いや〜…。」



再び目の前に現れた女の人。うん。やっぱり綺麗ですね。



もとから茶色かかったサラサラのロングヘアーに夕日のオレンジが重なって、何とも言えないような魅力がそこにはあった。




「どうしてここに来たんですか?」


「だって待ち合わせ場所ここじゃん。」


「で、でもまだ二時間以上あるし……。」


「それなら私も同じこと言えるんだーけど?」



い、痛い所をついてくるじゃないか。




「どうせ家にも帰らないつもりなんでしょ?ホンット似てるんだから……」




悲しそうに見つめる瞳。

それはきっと僕を捉えてはいなかった。






「似てるって誰にですか?」




「……ま、いいじゃん!!今は!!

それよりあなたは一回家に帰りなさい。」


「え〜〜……。やです。」


「やです。じゃない!!お母さん心配するでしょ!!

そりゃ面倒くさいって思うかもしれない。でも残された人の気持ちを考えなさい。

急に……急に大切な人がいなくなったりしたら誰って嫌でしょ?」




後半涙声なのかってくらい感情的な響きをまとった声だった。






「ね?わかった?」




しばらく間があいて、今度は笑顔になっていた。少し胸の奥がキュンとしたことは秘密にしておこう。




「わかりました。」



こう言うと、彼女はまた全快の笑顔を咲かせてくれた。





「ありがと!!それじゃ……まだ少し時間あるし、ちょっとお話ししよっか?」



『お話し』って単語がなんだか可愛らしく聞こえた。




今、たった今この時も、世界では悲しいことが起きている。挙げればキリがない。


ちょっとしたイジメから、喧嘩、強盗、殺人、紛争、戦争……


はっきり言って僕はこの世界のことがあまり好きではない。

でもこんな風に誰かと向きあって話しをしたりするのは、いいなぁって思うんだ。



「は、はい。いいですよ。」



「うんっ。まずは……あ、名前言ってなかったね。

私は


天龍寺(てんりゅうじ) 美来(みらい)


っていうから。美来ちゃんって呼んでね?

あ、私のことが好きなんだったら、かっこよく『みらい…』って呼んでくれてもいいな。」




自分で『みらい』って言ってキャーって騒いでるこの綺麗な女の人は美来っていうらしい。


まだ高校生な僕。頬が赤くなってるのはきっと僕のせいじゃないよな。……うん。






「……すき。」



「え""!!!!????」



「??。なんで驚くの??」




首を傾げながらハテナマークを浮かばす美来。

いや、こっちがハテナなんですけど。




「いきなりなんですか!!??バ、バカにしてるんですか!!??」



「可愛がってはいるけどバカにはしてないよ!!??なんか空くんおかしくない??

私は『固くなりすぎ』って言っただけじゃん。」








なるほど。どうやら僕はとんでもない聞き間違いをしていたらしい。



なんか今日うわのそらが多いな……。




「すんません……。」



「ってことで敬語は以降禁止ね!!」



「ちょっ……でも……。」



「いいじゃん!!空くん17歳でしょ?私と二つしか変わんないんだし。ね?」




ということは19歳か。見た目でもわかんなくはないかな。







「……はい。」


「敬語禁止ドーン!!!!」


「痛っ!!」




コンパクトな右ストレートが僕の左頬を捉えた。痛いって言った割には痛くはなかった。



「こんどから敬語使ったらドーンだからね??」



「……わかったよ。」



「うん。それでいいのだ。」




うん。どれでいいのだ??















そんなやり取りを続けているといつの間にか帰るべき時間が迫ってきていた。










「……そろそろ時間だね。」


「うん。」



あれから一時間ほど話した。それだけっていったらそれだけなんだけど、だいぶ仲良く?なれたと思う。


内容はくだらないことからSだのMだのって話まで………


つまりくだらないことばかりだった。




「楽しく時間潰せてよかったぁ。空、ありがと!!」



そうだ。いつの間にか『空くん』が『空』になった。

これはグレードアップというのか?


わかんないけど空くんよりはいい気がする。




「いや、僕も楽しかったよ。それじゃ、一旦帰りま…帰る。」




危ない危ない。ドーンがくるところだった。


もう構えてらっしゃいますからね。恐ろしい反射神経だな。




「じゃ、美来さん。」



そして僕は振り返り、幼い子供みたいに手を振った。








只今午後六時すぎ。

待ち合わせは七時すぎ。


僕はだいぶ日が長くなってきた空を見上げながら、いつもの帰路を辿っていた。



はぁ……母さんにはなんて言えばいいのか……。


琢海の家に泊まるぜっ

でいいかな?いや、そういえば泊まるってことは今日家帰れないの!!??え、ちょっ……




今ごろ大事な所に気がついた一人の少年は、自宅という名の魔王が住む城の前に立ち尽くしていた。




はっきりいって母さんはめちゃくちゃ厳しい。

昔中学の卒業の打ち上げで、例の四人で夜中まで遊んで帰ったとき、母さんはもう人間じゃなかった。



……あれは鬼だ。




証拠ならある。何故なら真っ二つにされたテーブルが、一部始終を物語っていたのだから……。









さて、こんなことばかり考えてる暇はないわけで、どうなるかわかんないわけで、



僕はとうとう門扉に手をかけた。






「空。おかえりー。遅かったわね?」


「う、うん。まぁね。

勉強してたから……」




そう。と呟いて母さんは奥に戻っていった。






い、言えね〜〜……




自分の無力さを再確認して、とりあえず二階の自分の部屋に入ることにした。



勉強道具をおいて、着替えのシャツと下着を入れてみたけど……


大袈裟かな?流石に家帰れるよね?

ま、念には念を、か。






それよりあれだよな。はやく言わないといけないよな。うん。頑張ろ…………う…………。







言いようのない不安の中、




『神様仏様琢海様〜〜!!!!!!!!』




唸りながら両手を合わせる僕は何なのだろうか……。






「か、母さん!!」


「な、何よ?」



気合いを入れすぎて無駄に大きな声を出してしまった。

母さんはちょっと驚いている。



「き、今日さ、琢海の家に泊まろうと思ってるんだけど……」


「あ、そうなの?はやく言ってよ〜もう晩ご飯作っちゃったじゃない!!

……まぁわかったから。迷惑かけないのよ。」


「え!!??うん……。」



想定外だった。こんなにもあっさり終わってしまうとは……


僕の苦悩は一体……










「あんた何か隠してるでしょ?」








……やはり僕は嘘をつくのが下手みたいだ。

母さんは腕を組んで僕を睨んでいる。




「何?他に何かあるなら教えなさいよ。

黙ってるんなら行かせないわよ?」


「だから何もないって!!琢海に勉強教えてもらうだけなんだよ!!」


「じゃあなんでそんなにビクビクしてんの?

何もないってんなら堂々ど言えるはずでしょ!?」


「だ、だから……」


「はっきりと言えないようなことがあるんなら行くのはやめなさい。


あなたはまだ子供なんだから。大人の言うことは聞くものよ?」




……結局まだ子供扱いか。

もう高二なんだよ?

……確かにまだ子供なのかもしれない。


でも、そうやっていつまでも僕を子供にしているのは母さんの方じゃないのか?




僕はいつになったら大人になれるっての……?






「……うるさい……………。」




「な、なんですって……」



「うるさい!!いつまでも子供扱いしないでよ!!!!

いつまで……いつまで…………。」




何かが爆発したかのように弾けていった僕の言葉。


こう怒鳴り散らして、僕は外に飛び出して走っていった。




「空!!待ちなさい!!!!」




呼び止める声が聞こえるわけもなく。






――バカ……――――




僕はずっと、ずっと遠くまで走っていった。







「空……。」








「ハァッ、ハァッ……」



そうえばこんなこと初めてだな。母さんに怒鳴るなんて。




何かを追い越したような、振り切ったような気分を背負ったまま、少年は風を切っていく。






でも結局僕は逃げてるだけなんだよな。



ははっ。バカみたい。ちっぽけなのは僕じゃないか。




僕を子供にしているのは………僕じゃないか………。









今度は涙がこぼれてきた。


誰も見てないとはいえ、さすがに恥ずかしくて上を向いて立ち止まる。












綺麗だな――……………










いつの間にか薄暗い空に散らばっていた星たちは綺麗すぎて、




その下で立ち止まる僕は本当に、本当にちっぽけで、




止める為に立ち止まったはずなのに、頬を伝う星屑は流れを留めてはくれなかった。




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