第一話 少年
眩しい光が目に入る。今日も朝日がこの街を照らしているみたいだ。
目を細めながらカーテンを開けてみると、見慣れた街並みは微笑んでいるみたいで、何だか気が休まるものである。
……と同時に僕の気分は優れなくなる。
今日も世界は悲しみに満ちていた。見ない見ないと決めていても、ふとした瞬間に流れ始めるのだ……見たくもない現実が。
「あ、空。起きたのね。」
母さんが振り向き様に言った。
「うん。おはよう母さん。」
「あんた今日も顔色がよくないわね〜。
低血圧なのかしら?まぁ朝ご飯くらいは食べなさいよ。」
低血圧だと顔色が悪くなるのか?
とどうでもいい疑問を抱きながら僕はテーブルについた。
この僕の不思議な能力については、まだ誰にも…無論母さんにも話していない。
というか話せない。話しちゃいけない気がするんだ。わかんないけど。
簡単に言うと、僕はたった今世界中で起きていることがわかる。……っていっても誰もわかってくれないだろうけど。
「ごちそうさまっ。」
カチャッと箸を置く音を立てながら、朝ご飯を終了した。
いやぁ今日も美味しかった。
「はい。あ、そういえばあんた今日昼から学校よね?忘れないで行くのよ?」
「わかってるって。」
こんなありきたりな日常の中、変わり映えのない一日がまた始まると思っていた。
未来はわからない僕は知らなかったんだ。
ここから物語が始まるなんてことは。
午前11時。僕はいつもより遅く学校に行く準備にかかる。
林檎のような、いい香りがするワックスを手にとり、寝癖を直す。
あ、だいぶ減ったなぁ。新しいの買っとかなくちゃ。
家を出るときには12時近くになっていた。家から学校まで15分、ホームルームは12時半から。
……よし!!完璧!!
やけに人通りの少ない道を一人進んでいく。桜もちらほら咲いていて、何よりも風が異常に柔らかかった。
しかし、大好きな並木道を抜けたところで、僕は異変に気付いた。
つけられてる…??
確かにそこには10人くらいの人間がいて、彼らは一人の人間を円上に囲んでいる。
……逃げよう。
決心が右足を大きく前に動かしたのもつかの間、僕は2、3メートルぶっ飛ばされて、気がつくと腕が動かなくなっていた。
「痛〜〜っ!!」
あの、何なんでしょうか?このゴムみたいな鞭みたいなものは。
ってか鞭か。
「あ、ごめ〜ん。加減間違っちゃった。逃げようとしたもんでつい……
怪我はない?」
顔を上げると、まるでゲームのキャラクターみたいに派手な服を着た、とてつもなく綺麗な女性が鞭を持っていた。
「っ?あのぉ、一体……」
「あぁ、説明がまだだった。私達はある秘密組織の一員なの。そしてちなみに私は幹部。」
『ヘヘンッ』って効果音が似合うような顔をした女性。
いや、てかわけわかんないんだけど……。
僕はことが急すぎかつ意味不明すぎて混乱していた。
「ん?何〜?思ったより可愛い顔してるじゃない。
で、君が山神君で間違いないね?」
そう言って女の人は笑った。やっぱり笑顔も可愛いかった。
さて、どうしてこの人が僕の名前を知っているのかはおいといて、
「あの、どうして僕の名前を…?」
おいておけなかった。
何だかんだ僕は世界中のあらゆること、特に身の回りのことは把握しているつもりだったから、
『この女性が 山神 空 を知った。』
という出来事を僕が知らない理由が気になったのだ。
「あれ?空く〜ん、あなた何でも知っているんじゃなかったっけ?」
ニヤリと笑う女性。もう何で空くんなんて呼んだのかには突っ込まない。うん。突っ込まない。
ちょっ……………………
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!????????」
驚きすぎて若干悲鳴ともとれる声をあげてしまった。
「驚かせちゃって悪いけど、私は君の秘密を知っているの。
いや、正確には導かれたと言うのかな。何にしろ多分君はこのことがわからなかった。
そうでしょ?」
「確かにわかりませんでしたけど…。」
手が少し震え始めていた。
何で?何でこの人は僕の秘密を知っている?誰にも言ってないのに。何で?
僕の中に渦巻く感情。もう綺麗な色か汚れた色かもわからない。
……あの頃と同じ感情。
少なくとも、まだ僕は『実は全部夢でした〜〜っ。』
みたいな幼稚な結末を望んでいたんだ。
「……どこまで知ってるんですか?」
「大方なら全て知ってるわ。
でも、怖がらないで?私達は君にとって悪い存在じゃないはず。これだけは言える。
私達は君が必要、そして君にはきっと私達が必要なの。」
岩をも貫くような真剣な眼差しに、僕が疑う余地は全く残っていなかった。
「今はまだ私達を認識してくれるだけでいい。でも出来るだけ早く君には知ってもらいたい、いや、知ってもらわなくちゃいけないことがあるの。
だから、今晩どうにかして時間を作りなさい。
口実は……『彼女の家に泊まるぜっ』がいいわね。わかった?」
後半の命令と口実が理解し難かったが、
「……わかりました。」
僕は了承した。