1.始まり
世界は、民主主義国家と社会主義国家の二国に分立し、40年に渡る代理戦争と卓上での無意味な会談は終りをつげ、ついに直接対決の火ぶたが切って落とされようとしていた。
そんな社会主義国家の総帥であり、独裁者として国を治める、ケンベル・シュナウザー総帥24という若さで総帥になった天才である。そんな彼は、今まさに民主主義国に対して宣戦布告をするか否かという会議の真っただ中であった。
「今まさに我が国の国民の戦意は高まっています。つい先日の事ともいえる、民主主義国のスパイ捕縛によりロックバードの地下鉄爆破事件が民主主義国が主導したという事実が露見し、国民達は皆民主主義国家を憎んでいる。それだけにとどまらず、今もなお続いている我が国の同盟国と隣国との紛争への民主主義国による銀時介入。そして度重なる我が国の国民の入国拒否及び出国拒否。これは明らかな我が国の敵対行動である。国家の長である閣下が宣戦する事を国民、そして我々一同望んでおります。」
今発言するまだ若い聡明な彼こそがシュナウザーの左腕と呼ばれ、シュナウザーとは幼い頃からの友人であるグレイス・リヒターである。彼の役職は海軍総司令官であり、北部方面隊総司令であり、階級は元帥。
「既に海軍主力である東洋連合艦隊は東マリーナ洋にある我が軍の補給基地に集結し、来る宣戦布告と同時補給基地から約600海里に位置するサリバン島一帯に上陸作戦を展開。敵を奇襲攻撃し、制圧後は更に北進し、一挙にマリーナ洋にあるデッドウェイ海域を確保します。これにより敵は海上補給を絶たれます。西の陸上補給路はSIAの工作により線路を爆破しているので確実に敵の補給は絶たれ、南側の戦線は直ぐに後退するでしょう。」
「リヒター、先走るな。まだ我々は戦争をすると決めた訳ではない。戦争開始を決定するのはあくまで閣下の意思である。それにいくら北部方面総司令、海軍総司令であるとはいえ、陸上部隊は我が陸軍の指揮下にある。今回は認めるが、戦争が始まってから私の陸軍を勝手に動かす事は許さん。」
リヒターに提言した白髪の老眼の男はシュナウザーの右腕であるマンネル・グレゴリアスである。彼はシュナウザーの前任の総帥の元では戦車中隊の隊長だったが、内戦で功績を挙げ、シュナウザー政権に代わると同時に陸軍総司令官に任命された人物である。階級は同じく元帥。
「リヒター、お前の意見は正しいし素晴らしい案だ。だが私もグレゴリアスと同じくお前に海軍空母への空軍機の増載を認めた覚えはない。」
グレゴリアスに続けて発言したのはカリーナ・セントリヒ。彼女は幹部の中で唯一の女性である。歳はシュナウザーよりも8つ上で、空軍総司令兼、秘密情報局通称SIA(SECRET INTELLIGENCE AGENCY)長官である。同じく階級は元帥である。
「勝手については自分も猛省いたします。しかしながら、事態はそんなちんたらやっている場合じゃないのです!自ら仕掛けずとも、向こうからやってくる事だって考えられます。相手に一歩遅れを取れば百万の損害が出るとお考えください!そんな不測の事態に備える事も含め、私は勝手な行動をしたと理解していただきたい!」
リヒターは机をたたき、幹部たちがそろう場で戦争路線は変えられないと熱弁した。幹部の一部はリヒターの意見に賛同し、シュナウザーに宣戦をするよう煽る者もいた。
それを聞いてグレゴリアスやセントリヒなど一部の慎重派の幹部は静かに沈黙を続けていた。そんな状況で、たった一人だけそれを聞いて笑った男がいた。それこそが、シュナウザーである。
笑いだしたシュナウザーに、全員があっけに取られてしまい、会議室にはシュナウザーの笑い声だけが響いた。
「リヒター、それに戦争賛成派の諸君。お前たちはそんなに戦争がしたいか?そんなに人が死ぬのが見たいか?」
シュナウザーがそう言うと、誰一人喋らず。しかしリヒターは違った。
「閣下、その通りです。」
「…?お前は大勢の兵、国民が死んでまで戦争がしたいというのだな?」
シュナウザーの質問に、リヒターは不敵な笑みを浮かべながら頷き、こういった。
「はい、大勢が死んでまでも、この戦争には意味があると考えます。」
リヒターとシュナウザーの会話に入り込んでくるものは誰ひとりいなかった。
「今日の午後5時、また会合を行う。そこで最終的な決断をする。では皆ご苦労だった。」
午前10時、会合は終了し、幹部たちは会議室を後にした。
会合終了後、シュナウザーとリヒター、グレゴリアス、セントリヒは総帥本部の別室にて4人だけで集まっていた。
「閣下、いかがなさるおつもりでしょうか?」
グレゴリアスはシュナウザーにそう尋ねると、シュナウザーは4人が座る中心にあるテーブルに置いてある飴を取り、包み紙をはがして口に飴を放り込んだ。
「当然開戦だろうな。」
シュナウザーは飴を口で噛み砕きながらそう言った。
「しかしながら閣下、単純な戦費の比較で言うと我々は敵に相当差があります。兵力で言うと我が軍が上ですが、最終的に我が陣営の同盟国も内戦で死亡した閣下の父上の代の関係が今も続いているだけにすぎません。そんな連中の中には敵に加担し、裏切る可能性がある国もあります。もし戦争を始めるのでしたらそういった弱小勢力を抑え込む必要があるかと。」
セントリヒはシュナウザーにそう言って自分も飴を掴めるだけ掴み、口に無理やり詰め込むように放り、それをバリバリと音をたてながら噛み砕いた。
「それも初戦にすべてかかっている。初戦に勝てば我々に味方するだろう。だが負ければ、奴らは簡単に勝った方につくという訳だ。弱小国に戦局を見据える力はない。だからこそ初戦に勝利した国に勢いがあると単純な考えで着いてくるのだ。ならば簡単だ、初戦で勝てばなんの問題もない。」
シュナウザーはおもむろに胸もとから数枚の書類を取り出した。
「閣下それは?」
リヒターがそれについて尋ねると、シュナウザーは笑みを浮かべた。
「これは私の父が総帥だった頃、極秘裏に研究を進めていたものの一部だ。それは父が総帥に着任した時までさかのぼる。」
シュナウザーは自分の父の話を語り始めた。父が総帥に着任した時、シュナウザーの祖父にあたる人物からある研究を託されたのだ。それは秘密裏に、決して表ざたにしてはいけないとされ、この研究が成功すれば、核兵器等比べるに値しない程の強力な力が手に入るというものだった。
「その研究について、お前たちだけには伝えておこうと思ってな。」
シュナウザーはそう言って書類を右隣りに座るリヒターに渡した。リヒターはそれを読み、驚愕した。
「これは!!?」
書類に書かれていたのは魔法について。かつてこの世界に存在されたとされる魔法とは全く別の部類であり、実際に魔法という存在はこの世界で確認された事例はない。科学的にも根拠がないとされていたのが魔法である。しかし、それを前任の総帥、シュナウザーの父は国の天才科学者たちをかき集め、極秘裏に研究を進めていたのだ。魔法の威力を証明するデータが記載されたところには、メガトン級(Mt = TNT 1,000,000 t)の核兵器を無力化に成功と書かれていた。
リヒターに続け、グレゴリアス、セントリヒもこれを読み、冷静だった二人も驚きを隠せずにいた。
「閣下、魔法研究はどの程度まで進んでいるのですか?」
リヒターがシュナウザーに尋ねると、シュナウザーは言った。
「そう、それこそ今日である。まさに神が我々に味方したといってもおかしくない時期に!」
シュナウザーの喜びの感情は、周囲から見ても分かるほどだった。
「ですが、このような魔法、閣下の御父上はどのようにして発見なされたので?」
グレゴリアスは額に汗を掻きながらシュナウザーに尋ねた。
「どうやらそれは私の父も祖父も知らないらしい。つまり我が国が私の一族が総帥の座につく以前から研究は行われていたのだろう。」
「しかし、それだけの力を手にしてしまっては、神に背くと言っても過言ではない。閣下は神にでもなるおつもりか?」
「そんな話はよせ。私は信心深いわけではないから神の存在は偶像であり、実在なぞしないと思っている。そうだな、もしこの世界の支配者を神と定義するならば、
「お前たちは歴史上初の魔法誕生の瞬間の目撃者になるのだ。」
そうして、シュナウザーと3人はある場所へ向かった。
会議堂から離れた総帥府地下施設。そこは一部関係者しか知りえない極秘中の極秘施設である。たとえ幹部といえど、この施設を知りえる事はない。そう、この施設はシュナウザー家を含む、総帥何代にも及んで秘匿された国家機密である。
「このような施設が総帥府の地下にあるとは…。」
リヒターはそう言って地下へ降りていく巨大エレベーターの上で立ち尽くしていた。それは他の幹部二人もそうであった。ミサイルサイロよりも深く、広いその施設は、その研究の重大さと、秘密保持性の高さを物語っていた。
地下の最下部に到着すると、総帥の側近部隊である総帥親衛隊ではなく、全身黒の装備で、重たい装甲を全身に纏った兵士だった。兵士は機関銃を装備し、まるで歩く装甲車かの如く、その存在感はとてつもないものだった。
「皆驚いているようだが、ここを守っているのは国に属している兵ではない。私の祖父の代からシュナウザー家に仕える私兵たちだ。装備も我が国で配備されている者よりもより最新鋭の装備だ。」
地下最下部を守るのはシュナウザー家の私兵たちであり、その存在を知らない幹部三人は、自分たちが総帥の側近でありながら、何も知らない、無知な自分を恥じた。
そして、更に厳重な防壁を越えた先にあったもの、それは丸い球体に閉じ込められた一人の少女であった。
全員が驚いていた。巨大な施設の奥にあったのは丸い形の水槽に、水いっぱい満たされたその中に少女がいて、それが魔法であるというのは、余りにも理解しがたい光景であった。その球体を囲うように研究者たちがコンピューターを制御し、データーを解析していた。
シュナウザーたちが到着すると、研究員の一人が近づいてきた。その男は白髪で眼鏡の老人である。
「あ、シュナウザー閣下。遅いではありませんか、もう我々研究員一同待ちかね、余りにも閣下がお越しにならないものですから、早速魔法力の抽出を実行し、もうあとは閣下のお言葉で魔法という概念をこの世に誕生させるだけです。お、本日は見ない顔が多数ですな、私個々の研究主任であるロッキーソン・キタムラと言います。どうぞよろしくお願いします。」
シュナウザーはその言葉を待っていたとばかりに少女の入った水槽へ近づき、手をさっと差し出して水槽に触れた。
「ようやくこの時が来た。私の祖父と父、そして我が国の偉大な総帥たちよ、やっと今日で世界に平穏が訪れる日が来た。戦争を利益とする悪逆民主主義国家は打倒され、我々が民を導き、真の平等の世をこの世界にもたらすのだ。」
シュナウザーはそう言って研究主任であるキタムラに合図を出した。
「実行しろ。」
「ただちに!」
キタムラは直ぐにコンピューターを起動した。すると水槽の中の少女が青い光に包まれ、水槽はブクブクと泡をたてて言った。そして起きたのは空間が振動し、縦揺れの地震が襲う。全員何かにつかまり、立っているのがやっとの状況で、シュナウザーは笑いながら仁王立ちしていた。
水槽が青い光から白い光へ変わった時、辺り一面何かに飲み込まれるように光に包まれていった。それは体感的には5秒ほど続き、そして視界が戻った頃には揺れも収まっていた。
揺れが終わったのと同時にキタムラは急いで水槽からパイプでつながれた二回りほど小さなカプセルの元へ向かった。キタムラはそれを見るなり言った。
「閣下、成功です。」
キタムラはそう言ってカプセルの中から何かを取り出した。それをシュナウザーに渡すと、シュナウザーはそれを見て少し期待外れのような顔をしていた。
「キタムラ、これが例の魔法結晶とやらか?」
「仰る通りです。これが一つあれば、核など比にならない莫大なエネルギ―を生み出す事が出来ます。これにより我が国のエネルギー供給はとてつもなく増加し、軍需品などの生産性が向上するだけでなく、新たに魔法を使って技術を発展させることもできるようになり、わが国は100年、いや200年はこの一年か二年で進歩するでしょう。それだけではありません。この石はウランや重水素、三重水素などの分子の核分裂、熱核反応を無効化できるのです。つまり、簡単に言えば核兵器を無力化できるという事です。」
キタムラに説明を受け、シュナウザーを除く三人はこの小さな石がそのような事を可能にすると考えただけで恐ろしくなった。
「そうか、この結晶は複製や量産は可能なのか?」
「そうですな、今のところは時間がかかりますが、恐らく1年で1個のペースでこれからは作っていけるとは思います。」
「そうか、まずはこの石で我が国の軍需工場での生産ペースを上げる。そうなればどのくらいの効果が見込めるのだキタムラ?」
「そうですね、現在の生産ペースは知りませんが、それを仮に1とするならば結晶のエネルギーを使うなら3000、すなわち3000倍は可能でしょうな。」
シュナウザーはそれを聞いて高笑いした。シュナウザーがこれほど笑った姿を見た事がない幹部3人はあっけに取られていた。
「見ろ、この手のひらにも満たないこの石ころが、我々の想像をはるかに凌駕する力を持っているのだぞ?こんな気分は人生で初めてだ、生きた心地がしない。まるで私の選択一つで世界が滅ぶかのような、そんな恐怖心で私はこれまでにないほどに震えている。リヒター、グレゴリアス、セントリヒ!総帥府に戻り緊急で幹部全員を招集しろ。」
そしてシュナウザーたちは地上へ戻り、総帥府から表へでた。しかしそこは今まであった国の光景ではなかった。
目の前に広がっていたのは見た事のない世界。総帥府がただぽつんとあり、その周りには近代的な建造物は無く、あったのは草原とちらほらとある木々と川。そして空には鳥では無く、倍以上ある巨大な翼竜が飛んでいた。
そう、彼らは触れてはいけない禁断の力を使ってしまったのだ。そしてこの世界は彼らが元いた世界ではない異世界。こうして、独裁者は異世界へと転移したのであった。