零話
投稿頻度は遅めですがよろしくお願いします。
「どうしてこうなるんだよ……こんなもの望んでいないっ!…」
目の前に広がる凄惨な状況に思わず嘆いてしまう。
出口に向かって逃げ惑う人々、その場に佇んで絶望の表情を浮かべ生を諦める者、地面に血を流しながら倒れ伏す沢山の屍、嬉々として人々を虐殺する化け物の姿。
光景は凄惨という言葉では足りないくらいに酷いものだった。
平穏な日々が続きさえすれば、他に何も望むものはないというのに現実は非情だった。
ささやかな願いは幾度も裏切られて、気が付けば非日常に彩られた異常な状況に巻き込まれてしまう。
この場所は、ほんの数分前までライブが行われ歓声が轟く賑やかな場所だった。
しかし熱狂に包まれた会場は、あの化け物、蜘蛛のような4対の歩脚を持ち人間の頭部をもつ人外生物が現れ観客を切り裂いた瞬間、歓喜が渦巻く会場は残虐な処刑場へと変貌した。
ライブ会場であった片鱗を一切感じさせない、絶叫が響く血の海の地獄になっていた。
どうしてこんなことになったのだろうか。
原因を考えながら光景を茫然と眺める。
「もう、やめてっ……」
目の前の惨状に絶望してステージ上で膝をついて、声を枯らしても何度も何度も静止を訴えかけている。
彼女はこのライブの主役のグループの一人。
この場に自分を招いた、一ヶ月前に知り合った同学年のアイドル。
いつも明るく振る舞い、誰に対しても優しく、自分の悩みなど一切見せない完璧な美少女。
けれど、それは偽物の彼女。
自分にとても厳しく他人にも厳しく見せるが優しい。
以外にも優柔不断で寂しがり屋。
そして時折、役を演じることに悩みを抱いて儚げな表情を浮かべる。
それが一ヶ月間で理解した本物の彼女。
この惨状でも逃げることなく声を上げ続けている。
けれど、相手は理性を失い自身の欲望でのみ動く化け物。
彼女の声は届かず、現れた時から間断なく目にとめた人間を殺して回っている。
何かできることはないかと考えるが、恐怖で体が動かない。
「あいつが…あいつさえいなければ、いつも通りの、平穏な日常だった…」
日常を壊したのは奴だ。そう思った瞬間に、恐怖で竦んでいた体がいつも以上に軽くなり、気がつけば化け物の元へと歩みを進めていた。
恐怖は嘘のように消え、今は全く異なる感情が心を侵食し始める。
この感情はよく知っているものだ。
あまりにも純粋で、あまりにも非常なもの。
非常なものには嫌悪感を抱くが、馴染み深いこの感情には何故だか安心感さえ覚えてしまう。
気がつけば化け物はすぐ目の前にいた。
奴もちょうどこちらの姿をとらえたようで、ゆっくりと獲物を捕らえるために近づいてくる。
もはや逃げ出すことが叶わない程に近づいていた。
けれど、つい少し前のあの恐怖は完全になくなっていた。
今はたった一つの自分の望みしか持ち合わせていない。
「お前さえいなければ元通りの日常になる。お前の存在が邪魔だ。」
真正面に化け物の姿を捉えて宣告する。
「これから日常のためにお前を消す。」
そう告げた瞬間に、今まで束縛をしていた何かが外れるような感覚がする。
化け物はその宣言に呼応するように、今にも飛びかかるろうという姿勢になった。
しかし、突然動きを止めてこちらの様子を伺っているようだ。
化け物の頭部、人間の表情にはわずかに驚きの色が見て取れた。
何に驚いているんだ?
奴が視界に捉えているのは俺の姿のみ。
ああ、そうか。
そこで気が付いた。
俺も奴と同類の化け物だった。