愛しのマグロ丼
愛しのマグロ丼
「やばい、遅刻しちゃう」(ドヤァ)
時計を見ると、時刻は5時20分となっていた。6時からバイトが始まるので、急いでチャリに乗ってバイト先に行かなくてはいけない。
僕は大学二年生で、○○○―マートというお弁当屋でバイトをしているのだ。
支度をして、玄関の戸をこじ開け、僕は急ぎ足で自転車に乗り込んだ。
駅までゆく夕暮れの坂道を下ってゆくと、右手からマグロがやってきた。大きく横にのびたマグロは体当たりで僕の自転車に突撃し、僕はしばらくのあいだ虚空を舞い、時が止まったように感じた。
「おい、テメーどこに目つけてんだ!」マグロはそう僕を罵倒し、再び僕に体当たりしてきた。
「すいません。つい急いでいたもので」僕はマグロの体当たりにうろたえながらそう言った。
すると突然、
「わたくし、水産資源利用管理学研究室の者ですが、マグロ様にあなたが交通事故を被らせたとの事で損害賠償を要求しに来ました」と水産資源利用管理学研究室の方が言った。
暮れてゆく夕日を尻目に僕は絶望的な気分に襲われた。マグロ様に怪我を負わせたら、もうひとたまりもない。
僕が途方に暮れていると、50代くらいのオバハンがやってきた。
「松子くうん!」と僕の名前を呼ぶ声がした。僕の名前は、松子敦史というのだ。
「店長!」暗くてよく見えなかったのだが、バイト先の店長が大根をバックに埋め込みながら、勇み足でダッシュしてきた。
事故現場には、マグロ、僕、店長、水産~~の方、の四人がそれぞれ事故について罵倒や弁明や主張をし合っていた。
「俺はナー、時速80㎞で走ってねーと死んじまうんだ!わかってんのか!」
マグロはそう言って、道路をぐるぐると回遊していた。
「すいません。こちらも急いでいたもので」と僕は言った。
「どうもウチのバイトの者が至らぬことを」と店長は言った。
「私ども水産資源利用管理学研究室の者としましては、地上にお住まいのマグロ様を保護する目的で作られておりまして…(うんぬんかんぬん)」
「俺の背びれを見てみろ!ひん曲がってんじゃねーかよう。体中傷だらけだし!」
「おや、マグロさん、背びれがひん曲がっているのですね。ふむふむ。それはいけない」
水産資源管理学研究室の人がそう言うや否や、黒いビジネスバックから感電気を取り出し、マグロにあてつけた。
マグロは力なく道路に横たわり、周囲は愚衆の歓声に沸きたった。
「これで事故は無事、解決です。私ども水産――の調査対象としては、健康で生きの良いマグロを対象としていまして、背びれがひん曲がっていて体中傷だらけということでは…(うんぬんかんぬん)」と水産資源利用管理学研究室の人がそう言った。
「それで僕はどうすればいいですか?」と僕は言った。
「事故被害者の訴えもなくなりましたし、もう大丈夫ですよ。さて、あとは事故処理の処遇ですが…」と水産~~の人が言った。
「このマグロをウチの店で食材として使わせて頂けますか?」と店長が言った。
「そうですね。事故処理についてこちらも困っていた所です。お願いできますか?」と水産――の人が言った。
という事で、○○○―マートでマグロ丼を販売することとなった。水産資源管理学研究室の人の華麗な腕さばきによって、マグロはたちまちさばかれていった。限定300食のマグロ丼は飛ぶように売れていった。
もちろん僕にもマグロ丼は振る舞われた。おなかをすかせた僕としては大歓迎である。
めでたしめでたし。