1.どうやら旅行は突然に始まるらしい
「ふぅ~、疲れた。」
今日3年かけたプロジェクトがようやく終わり約一週間ぶりに小さなマイルームに帰ってきた。
まぁ、俺はいちプログラマーとしての参加だからプロジェクトリーダーほどの苦労があったわけじゃないが何度も顧客からの仕様変更や機能追加の要望に答えるために徹夜や土日出勤があってここ半年くらいは大変だった。
とにかく次のプロジェクトが始まるまでは土日はゆっくりできるし平日も定時退社ができる。
いっそのこと溜まった有給を消化するか。
今の会社は忙しいときはトコトン忙しいくて無理だけどそれ以外は簡単に有給が取得できるので有り難い。
思い立ったが吉日、有給消化の計画を立てよう。
俺はカバンを床に置いてちょっと奮発して買った黒革の椅子に全体重を預けるようにドカっと音を立てながら座るとほぼネットサーフィン専用となった無駄に高スペックなパソコンを立ち上げる。
因みにこの黒革の椅子は80キロを超える俺の全体重に対して抗議するかのようにキィキィと悲鳴をあげ続け、終にはポッキリ折れて寿命を全うするまでの長い年月を連れ添ったイスの後継機である。
二代目であるこの椅子は奮発して買っただけあって俺の体重にも全く講義の声を上げない上に身体にベストフィットしてとてもリラックスさせてくれる。
そんなわけで一台目がご臨終したときから真剣にダイエットをしないといけないと思いっている。
すでに30歳を過ぎて数年経っているのでいろいろと健康不安もあるしなぁ。
しかもただの不安だけでなく現実問題として健康診断で再検査を受けることになったのだ。
こんな不健康な恰好をしていても若い時は某バスケ漫画の影響を受けてバスケに熱中したしたスポーツ少年だったのだが最初に就職した会社が悪かった。
コピー機を販売する営業会社だったのだが良くある話しであるがブラック企業って奴だった。
毎朝、社訓なるものを大声で叫ばされる。
営業先では何をするのにも帰ることさえ上司の電話指示に従わされる。
サービス残業は毎日。
飲み会は強制参加。
営業ノルマが全て。
ノルマ未達のやつはゴミ。
労働基準法?それは幻想です。
スポーツなんてやっている暇が無いから自然と飲食で溜まったストレスを発散させた結果が俺だ。
年のせいなのか、ストレスが溜まる以前の食生活に戻った今も全く体重が減らない。
寧ろ増えている。
「はぁ~。」
いかんいかん、嫌な過去を思い出していたら気分が沈んでしまう。
パソコンが立ち上がったのでブラウザを開いて有給消化候補である旅行について調べるために旅行サイトを検索していく。
思い切って海外にでも旅行してみようか。
マウス操作しながら検索内容を流し読みしていく。
「う~ん、これと言ってパッとしたものがないな。」
景色が綺麗なのは良いけど極寒の地はいやだしな。
砂漠とか熱いところも嫌だな。
蚊も嫌いだからジャングルや熱帯地域も無しかな。
泳ぐのは苦手だから海も無し。
それに今の体型で水着なんて着たくない。
長時間の移動も出来ればしたくないな。
・・・・アレ?
なんで俺旅行に行こうと思ったんだろ?
長期の有給が取れるからって無理して旅行に行く必要もないよな。
そう思うと途端にどうでも良くなってきた。
「ちょっと、喉乾いたな。」
俺の命の水を冷蔵庫から取り出してコップに注がずにペットボトルから直接飲む。
「あ~。(ゲプ)」
炭酸を飲んでお腹に溜まった二酸化炭素を排出するために盛大なゲップをする。
最近は体型を気にしてコーラも無糖のものを飲んている。
無糖のコーラは炭酸が強いのだが俺はこの刺激の強さを気に入っている。
無糖うんぬん関係なしに元のコーラには戻れないな。
元のコーラは炭酸が弱くて物足りないのだ。
コップを逆さにして残りのコーラを一気に胃に流し込む。
口の中が痛いくらいに炭酸が弾けて気持ちいい。
コーラを飲んで気持が上向いたので旅行以外に長期休暇でしかできないことを探そうと再びパソコンに向かう。
「ん?新着のメールが来ているな。神紹介旅行サイト。」
どうやら以前登録した旅行情報サイトからのメールらしい。
「なになに、今度新しくできたファンタジー世界を体験する旅行の体験者に当選しましたと。イギリスへの旅行だろうか?費用はかからず、了承するならアンケートに答えて返送してくれと。」
ファンタジー世界かぁ。
ドラゴン、妖精、魔法なんかの伝承や由来のある土地を巡るのだろう。
うん、良いかもな!
さっきまで旅行に興味を失っていたはずなのにファンタジー世界と聞いただけで急に興味が出てきた。
さっそくメールの添付されたURLからアンケートに答えることにする。
なになに、まず名前は日陰虚。
いつ見ても俺の名前は陰鬱だな。
否定してたけど俺の両親は間違いなく厨ニ病だな。
字面カッコ良いけど、ウツロくんって、あ○まちゃんほどじゃないけどこの名前で俺良く苛められなかったよな。
あれ?
そういえば今考えると思い当たる節があるような・・・。いつもグループを作ったら一人だったし、席替えのときもいつの間にか決められてたし、掃除は一人でしてたし・・・止め止め。
もう過去のことだ、思い出しても暗い気分になるだけで何も良いことはない。
もしファンタジー世界に一つだけ持っていけるとしたら何を選ぶか。
水は魔法で出すか現地調達ができるだろうし、スマホやパソコンは電気もネット環境もないから持っていくだけ無駄。
チートな能力はこの世界にないから持ってはいけないよな。
そしたら生き残る為に必要なサバイバル知識だな。
ネット小説とかではいきなり森からスタートってこともある。
折角ファンタジー世界に行っても死んだら意味がないしな。
同じような感じで他の質問にも答えていく。
アンケートに答え始めて10分、ようやく最後の質問か。
もしファンタジー世界にいけるなら予算はいくらか?
う~ん、行きたいけど命の危険があったら嫌だな・・・。
予算が多ければ安全の確保もしてくれるかな。
そしたら俺の給料ニヶ月分30万が限界かな。
アンケートに全て答えたので送信ボタンをクリック。
すると画面に「アンケートにご協力ありがとうございました。それでは異世界旅行をお楽しみください」と表示されるた。
パソコンのモニターに魔方陣の様な物が浮かび上がったのを見た瞬間、俺はどうすることも出来ずに意識を失った。