part.5
5.
幸いと言うべきか、手紙の内容自体は他愛のないものばかりだった。学校で流行っていること。小6の僕は、「消しバト」という、消しゴムを指ではじいてぶつけ合う遊びに興じているらしい。「消しゴムバトル」の略だろう。
そういえばさっき、箱の隅に古びた消しゴムが入っているのを見た。そうだ。確かあれは僕の「愛機」だったものだ。
「そういえば男の子がそんな遊びをしていたわね。全く理解できなかったけど」
「転校先でも流行っていたりした?」
「うん、似たようなのがね。そっちは定規だったわ」
先程から妻は、妙にはしゃいでいる。転校した先の学校では卒業制作がなかったみたいだから、新鮮なのだろう。
……いや。その横顔には、昔を思い懐かしむ以外の感情も交じっているようだった。
「しかし、さすが僕だな。このころからベストセラー作家の片鱗が垣間見えている」
「自分で言いますか、それ」
妻は噴き出した。
友達のこと。面白かった本のこと……。書かれているのは他愛もないことばかり。やはり恥ずかしいが、まだどうってことはない。
「『校外学習では雹が降りました』……ああ、思い出した。もう五月だったっていうのにね」
「本当だよ。とんでもない雨男でもいたんだろう」
校外学習があったのは、5年生の時。僕と妻が同じクラスになったのもその時だから、この想い出は共有されている。といっても、手紙には妻に関する記述はない。あまり会話も交わさなかったし、当然か。
記憶に残る小学生の頃の妻は、長い黒髪が特徴的だった。よく物静かに本を読んでいて、心も身体もガキの僕には、どこか近寄りがたい存在だった。
妻の知らない、僕の過去。さっき妻の横顔に垣間見えた陰りは、疎外感だったのかもしれない。
「なにこれ」
そして、それはついに見つかってしまった。
さすがに妻でも予想はできなかったはずだ。こんな面白い仕掛けが出てくるなんて。やはり彼女は根っからの探偵らしい。「謎」を引き寄せてしまう。
手紙の最後の一枚。そこにはこんな文字列が並んでいたのだ。
真実の灯りは消えぬ。……かイ材まAたパル
サンゴマQ十2<シ兄ウナタのノハ8÷あツ
児スマド紙ハワXスをメカ4&表裏一体……
紙の上半分にぽつねんと記された、不可解な文字の羅列。鉛筆で、これでもかと言うほど濃く記されている。
これは明らかに……。
「暗号!」
今日一番の笑顔で、妻は快哉の声を上げた。探偵になったのだって、もともとホームズに憧れたからだなんて大真面目に言う人だ。こういったものにはめっぽう弱い。艶っぽい唇から例の口癖が漏れ出るのを、僕は聞き逃さなかった。
こうなったらもうどうあがいても止められない。僕はまるで、死刑判決を待つ被告人のような気分だった。