part.3
3.
テーブルの上には、筆箱を大きくしたくらいの木箱。蓋にはねじでL字型の金具が取り付けられており、開けられないようになっている。その横には妻が用意したらしいドライバーが置いてあるので、これから僕の目の前で開けるという事だろう。
「じゃあ、開けるわね」
案の定、妻は手際よく金具を外し、蓋を開けた。途端に、オルゴールの音が漏れ聞こえてくる。何十年か前、僕たちが小学生の頃に流行っていた曲だ。
そうだ、開けたらストッパーが外れて歯車が回転しだす。このオルゴール箱はそういう仕組みになっていたんだった。
「あ、この曲知ってるわ。懐かしい」
妻の楽しげな声はどこか遠くで聞こえているような気がした。僕の思考は、オルゴールの音色に導かれるように、数十年前へと遡っていった……。
僕たちは同じ小学校の同級生だった。しかしそれは5年生までのこと。彼女は6年生に上がる時に転校してしまった。
何の因果か、今ではこうして仕事で知り合い、パートナーになるに至ったのだけど、だから当然、僕の卒業アルバムに妻の写真は無いし、オルゴール箱だって妻は作っていない。
歳月の隔たりを全く感じさせないオルゴールの音色は、ますます深く、僕の記憶を掘り起こしていく。鮮明になっていく、遠い日の思い出。僕がどんな気持ちで、このオルゴール箱を作ったのか。
ま、まずい。あの秘密を妻に知られるのは――まずいぞ。なんとか妻に隠し通すことはできないだろうか。
……ダメだな。そんな芸当が不可能なくらい、僕には分かっていた。読心術を操る妻を相手に、どう抗えというのだ? いずれ全てつまびらかにされるに決まっている。
なら、せめて僕の目の前でそんな事態を迎えることだけは、避けなければならない!
「あ、そうだ。僕は仕事がまだ残っているから――ほら、君の推理通り、サトリについての短文さ。
そろそろ戻るよ」
だけど妻は、腰を浮かしかけた僕に鋭い視線を向けると、
「もう終わっているんでしょ?」
「……どうして」
「だってもう、眼鏡を外しているじゃない。
それにさっきこの箱を見ようとして、目を細めていたから、コンタクトも付けていない」
これには言葉を無くした。確かに僕は仕事の区切りがついたから、コーヒーを飲みに来たのだ。
僕は仕事をする時、眼鏡かコンタクトレンズを付ける。それも織り込み済みで、終わるのを待っていたのだろう。全て悟られていたというわけだ。
観念して、僕は再び腰を落ち着けた。